龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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入り口だから遠い理解

 客はちゃんと戻ってきて、なんだか騒ぎは大きくなった。楽しい宴だった。

 夜明けだ。麦わらの一味はのんびり遊覧しながら、ジャヤを回ってクリケットさんの家に帰るつもりである。

 もう、全然、メリーで昼寝するつもりである。

 龍驤を迎えて、航海は実に楽だ。妖精さんたちに任せてしまえばいい。

 少なくとも、島の気候海域で気を張る必要は欠片もない。

 メリーを信頼しているからだ。

「待てよ」

 だが、そんなバカンスを止める男がいた。ベラミーだ。

 顔が変形している。バネなのに。龍驤が船長の方を見ながら、どこか遠い目をしている。

「なんだ?」

「負けるわけにはいかねえんだ。あの人のシンボルに、泥を塗るわけには」

 ベラミーはぼんやりしているようだ。バネだから、さぞ盛大に脳みそが跳ね回ったことだろう。仲間らしき取り巻きが止めようとするが、それでも進み出て、拳を構えた。

「裏切れねえ。裏切れねえよ。あの人は憧れなんだ」

 なにを言っているのかわからない。だが、会話が出来るとも思えない。麦わらの一味は便利な仲間を見た。

「あー、ん? ああ、あれか。ハイエナのベラミー。ドフラミンゴの傘下やよ。新入りやな」

「誰?」

「七武海よ」

 ナミがキレた。

「なんでッ!! またッ!! そんな危ないやつに関わっちゃったの!?」

「運命」

「止めなかったじゃねえか」

「仕方ないわ」

 ウソッチョはアワアワしている。ナミはさめざめと泣いている。サンジは慰めるどころか、トキメイている。

「そういうとこやぞ?」

「なにがだよ!?」

 ルゾップは残念な顔をしている。チョッパーには、まだ難しい。

「かかって来い。かかって来いよ。俺はまだ負けてねえ!!」

 言いながら、ベラミーはルフィに殴りかかった。ルフィはそれを、棒立ちで受けた。ベラミーはたたらを踏む。

「手、出すなよ」

「邪魔はさせねえよ」

 ゾロが立ちふさがり、横入りしようとした取り巻きが怯えた。モックタウンの真ん中で、再び決闘が始まった。

 ほんの数日前、ここでは災害かと思えるような戦いがあった。誰も近づけないし、見ようとも思わなかった。逃げ出した。

 それに比べれば、なんとも情けない戦いだ。だが、そこに居合わせた誰も、立ち去ろうとしなかった。ベラミーが殴り、ルフィが避けた。そこに一撃を叩き込む。ベラミーは這いつくばる。

「まだだ。まだ」

 ベラミーは立つ。その繰り返しだ。仲間たちからは悲鳴が上がり、懇願や命乞いがあった。金を差し出し、頭を下げる。すがりつく。

 ゾロはそれに顔をしかめて、振り払った。そして、見ないフリをした。あそこで、恥を濯ごうとしている男がいるのだ。

 ルフィはベラミーが立ち上がるまで待った。ベラミーは一歩進み、拳を振った。避ける必要すらなかった。

 ルフィは殴り飛ばした。

「負けらんねえんだ!! 俺は、俺はァッ!!」

 耐えたベラミーの、真正面から鼻面を撃ち抜いた。ベラミーは仰向けに倒れた。白目を剥いて、ピクリとも動かなかった。

 ルフィはなにも言わないが、立ち去ることもなかった。ただ、待った。

「アッ!? ゴフッ!! ばだ、ばげでねえ」

 ベラミーは意識を取り戻すと、地面をかいた。立てない。どころか、座れない。しかし、諦めない。

 いつしか、歓声が上がった。ベラミーを応援する人間が現れた。

 このモックタウンで。

 不思議な現象だった。ベラミーが動かしたのか、ルフィが雰囲気を作ったのか、わからなかった。

「立て!!」

「どうした!? その程度か!?」

「やれよ!! やっちまえ!!」

 体のいいことだ。現実を見たと臆病の言い訳にし、夢や浪漫へ背を向けて、意地を張るのをやめた。

 やせ我慢もしないで酒に逃げ、小金に満足して誇りを捨てる。そんな街なのだ。

 本物の海賊に焼かれた、被害者の集まりでしかない。

 世界が理不尽であることを思い出し、海の広さを知ったはずだった。身の丈にあった暮らしをしていた。彼らは正しかったのだ。

 その応援に押されたのか、ベラミーは立ち上がった。立ち上がっただけで、動けなかった。それでも、拳を構えてルフィを見た。

 ルフィは言った。

「俺はルフィ。海賊王になる男だ」

「ベラミーだ。俺が追うのは、夢なんかじゃねえ」

「そうか」

 その言葉とともに、鈍い音が街を揺らした。突き刺さった。

 今度こそ、ベラミーは沈んだ。容赦などなかった。顔ではなく、頭蓋の形が変わった。群衆が息を呑んだ。

 これが、海賊のケンカだ。

「行くぞ」

「おう」

 麦わらの一味は、その言葉に続いた。わかっていた。ゾロに止められたチョッパーにだって、同情をしたらいけないのはわかっているのだ。チョッパーは涙を浮かべて、胸を張った。ウソップも肩をいからせた。海賊たちが道を開ける。

 龍驤だけが残った。

「この男に手を出すなよ。手当てしてやれ。ウチの船長が認めた男や」

 返事はなかったが、異議は欠片もなかった。誰かがベラミーを助け起こして、それを手伝った。何人かで、運んで行った。

 みんながそれを見送った。

 拍手もない。敬礼もない。無言でなにもなかったが、敬意に溢れていた。誰もが、そちらに視線を送った。誰も立ち去らなかった。

 ベラミーが見えなくなるまで、それは続いた。

「こいつらは?」

 誰かが言った。指を指す先には、ベラミーの取り巻きが残っていた。

 彼らも、動いていなかった。震えていた。

「知らんよ」

 龍驤も去った。一味の元へ向かった。ベラミーの一味は囲まれた。

 モックタウンが戻ってきた。

 

 

「男ってバカよねえ」

「まあな」

 男たちは揃って仏頂面をしている。そこをチクチクチクチクと、女二人が嫌味を言っている。男たちは反論しないで、ただ黙っている。

 ロビンが笑った。コロコロと楽しそうに。どうにも止まらないようだった。ナミや龍驤に見られても、ただただ笑い続けた。

 ナミもニパッとした。

「さあ、いつまで辛気臭い顔してんの? 空島へ行くんでしょ?」

「そうだった!!」

 俄然、盛り上がった。麦わらの一味は調子を取り戻した。

「やっぱ行くんやよな。空」

 いつものように、龍驤はヤサグレた。

 

 

 なんということでしょう。

 船の改造もしないで、また宴である。寝て起きたら昼だっての。

 日はとっぷり暮れていた。慌てて仕事にかかる。サウスバードなる鳥を捕まえに行ったルフィが、ミヤマとアトラスを連れてきた。

 北に住む虫と南に住む虫が一緒の島にいた。龍驤は大切に虫籠へしまった。目は死んでいた。

 きっとヘラクレスもいる。ルフィは再び森へ突撃した。龍驤はその辺の木に、蜜を塗っておいた。

 目が死んでいる。

 行きたくないわけではない。死にたくないとか、無謀だとか言いたいわけでもない。

 なんならクリマ・タクトでどうにかなる気はする。

 飛べるわけではなかろうが、着水は出来る算段がある。

 挑戦し、失敗することになんの問題もない。万が一死ぬことになろうとも、それはそれだ。

 海に出るとは、そもそもそういうことである。

 遊びで素人が漕ぎ出ていい場所ではないし、逃げ場でもない。

 人が生きていていい場所じゃないし、だからって猿でいいわけでもない。

 問題は、成功しそうなことである。

 マシラのクレーン船を構成する、謎にしなやかで丈夫な木材。ガレオン船すら吊り上げるワイヤー。

 あのバナナ。どうやらカウンターウエイトらしく、ショウジョウもなんか育ててた。帆の後ろに大木があった。風なんか受けられない。

 重い金属がないので土を乗せて、ついでになんか育ててたらああなったらしい。バナナはその反省なんだと。

 育てるのをやめろ。ミカンのせいでなにも言えない。

 しょうがないので、ショウジョウは人力のパドルシップとして運用していた。あれを外輪船とは絶対に呼ばない。犬かき船でいい。

 バカだけど、本当に技術はあるやつらである。エンジンの類はないが、もうとにかく人力ですべてをなんとかしている。

 凄いことだ。

 出来た船がフライングメリー号。

 ニワトリである。

「ニワトリはッ!! 飛ばんやろ!?」

 実は、びっくりするぐらい飛ぶ。

「まあ、ハトの方がな」

「それ以前の問題でしょう?」

 以前の問題どころか、だ。なんか翼と尾羽根はいくつもの羽板で構成されていて、なんかいい感じに一枚一枚が風で動くようになっている。それがなんかいい感じに揚力を発生させて、なんなら推進力に変えてしまうっぽい。

 風洞実験でもしなければわからないが、この猿まがいども。勘と経験だけで、なんか風を捕まえて浮く凧みたいな機構を船で組み上げやがった。

 よくわからないが、あの尾長鶏みたいな二つ折りの構造。後ろからの風を捕まえて推進力に変え、同時に船尾が沈み込んだり浮き上がったりしないようにバランスを取る構造らしい。

 わからない。妖精さんですら首を傾げている。これでと疑問に思いながら、いつもは人間レベルで止めているバグ能力を総動員して、なんでこうなるのか真剣に議論している。

 つまり、妖精さんが本気になっている。

 どんなだ。

 龍驤はヤサグレきっている。

「完敗や!! 完全に完敗や!! このウチが!! 龍驤が!! 不思議メリーとしか表現出来ん!!」

「別にいいじゃねえか」

 飛べるわきゃねーと一刀両断したい。こんなものはもはや漫画だと、鼻で笑いたい。

 でも、異世界を跨いでも不思議だと思ってた妖精さん自身が、思いっきり不思議に思うような不思議に出会ってしまったのだ。

 もう龍驤に頼るものはない。この世界には、妖精さんを越える理不尽がある。

「もう、おしまいやぁ」

 鬱陶しいので、メリーに投げ入れた。

 かくも、職人は恐ろしい。高すぎる技術は科学を越えるので、再現性が欠片もない。よって解明出来ない。

 人材が大事な理由である。彼らが失われると、もう不思議としか表現出来ないものが世界に生まれてしまう。

 オーパーツというやつである。最近、深海6000が加わるんじゃないかと、もっぱらの噂。

 ヘラクレスを捕まえたルフィが、人々の賞賛を受けながら凱旋した。

「おっさんたちは行かねえのか?」

「お前らの船だから飛べるんだ。俺たちのはよ」

 ウエイトというか、木が生えている。もちろん、船が飛ばないのは大前提として。

「命をかけるなら、自分たちの船で行くぜ」

「そうか」

 ルフィはちょっと寂しそうだが、仕方のないことだ。船に乗るというのは、簡単なことではない。生活をともにするのだ。

 結婚にも似た、人生を預けるような決断がいる。

 友達になれて、仲間になっても、船に乗れないことはあるのだ。ある意味で、ルフィが夢でなく、現実と出会った瞬間だった。

 ビビはまだ、立場もあったが、彼らは海賊だ。職人だけど。

 同志であっても、同じ道を歩けないことはある。

 いい話風だ。

 気でも狂ってんじゃなかろうか。これから行うのは、手漕ぎなんか目じゃない自殺行為である。法とか倫理とか関係なく、ノックアップストリームに突っ込むなんて、やっちゃダメだ。

 そんな船に乗ってはいけない。

 犬かき船に乗ってた。工夫してるだけで、手漕ぎ勢だった。そして、フライングメリー号を組み上げたご本人たちだった。

 ツッコミに生きねばならない艦娘の人生は、あまりにも過酷である。

 なんでもない旅の出発を祝うように、ルフィとクリケットさんは握手をした。

「お前らもありがとな!! お礼にこれやるよ!!」

 ルフィはヘラクレスを差し出した。

「えーッ!? お前、めちゃくちゃいいやつか!?」

 ナミとサンジが、ちゃっかりアトラスとミヤマも渡している。虫は嫌いだ。チョッパーが進み出た。

「それからな、これウソップと作ったんだ。酸素ボンベ」

 骨ですら壊死する潜水病が、常態化しているような無茶な男である。壊死していないのはともかくとして、血行その他が悪くなっているのは間違いがない。

 どちらかというと、高血圧かなんかな気がする。

 つまり、この人。深海の圧力と内圧で対抗している。そのうち魚人にでも進化する。

「圧力の変化に適応出来れば、病気は治るんだ。それが無理でも、休んでいる間にこれで呼吸すれば、倒れることはなくなると思う」

 なんならやめて欲しい。医者として止めたい。だが、クリケットさんの人生だ。医者は患者しか治せない。そして、患者が薬を飲まなければ、症状は改善しない。無力でいたくなければ、考えることだ。

「どの程度の水圧に耐えられるかはわからないけど、背負って潜れば急いで浮き上がる必要はないし、限界まで頑張っても、地上にこいつさえ用意しておけば、助かるはずだ」

 死んで欲しくない。元気でいて欲しい。それはチョッパーの願いだ。だが、医者であるチョッパーは知っている。

 人間は必ず死ぬ。生きるということは致死率100%の病なのだ。万能薬でも治せない。

 出来るのは、明日死ぬ確率を下げることだけである。

 それでも、人間は簡単に死んでいく。臨床経験の薄いチョッパーに、龍驤が散々語って聞かせたことである。

「なにをしてもいい。生きてくれ」

 クリケットさんは困った表情で、拳を握った。人生を肯定され、生を願われた。なんのための決闘だったのか。

 チョッパーは猿山連合に、酸素の生成方法など、ボンベの扱いを教えに行った。

「なんだ? まだ潜るのか?」

「龍驤のは仮説よ。その目で見なければ、確かめたことにはならないわ」

「じゃあ、やっぱり空に行こうぜ?」

「お前が食うのを我慢すりゃ、なんとか一人分の食事は確保するぜ?」

 ルフィは考えて、結論が出ない。だが、連れていけないことだけは理解した。

「じゃあ、待っててくれよ。俺たちが空島で黄金郷を見つけたらよ。なんとか知らせるから」

「なんとかってどうすんのよ?」

「電伝虫だって、機械に繋がなきゃ使えねえぞ?」

「妖精さんはダメだぞ? ここに置いとくと、間違いなく暴走する。龍驤じゃなくたってわかる」

「んなもん、行ってから考えるさ。龍驤が」

 だろうな、という気はしていた。つい、あの暴走娘に同情してしまう。

 まるで、空島へ行くのが当たり前のような会話だった。

 クリケットさんは、猿山連合は麦わらの一味に、無二の信頼を向けられていた。

 仮説だと言うなら、すべてが仮説だ。空島があるということも、ノックアップストリームという手段も、メリーへの改造も。

 これらの前提が間違っていたら、彼らは死ぬのだ。ノックアップストリームという災害に巻き込まれて、なにもわからないうちに。

 麦わらの一味は、船へ乗り込み始めた。時間が迫っている。ゾロが最後に、クリケットさんの背中を叩いた。

「ありがとさん。元気でな」

 こんな重い感謝があるだろうか。軽い別れがあっただろうか。クリケットさんは声を張り上げた。

「猿山連合軍!! 全力を尽くせ!! なんとしても、こいつらを空島へ送り出せ!! 絶対にヘマすんじゃねえぞ!?」

「ウォ〜ホ〜!!」

「アイアイサー!!」

「頼んだぜ? 証明して来い。空島も。黄金郷も!!」

「任せとけ!!」

 麦わらの一味は出航した。

 人間の想像は、いつか実現する未来でしかない。

 ならば、人間は神になれるのだろうか。

 まさか。自然は人間の想像を超える。

 数時間後、その意味を目の当たりにする。

 




フライングモデルを合理的に説明出来るやついる!?
いるわけねえよなあ!?
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