龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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自己紹介も出来ない小物を指差して笑う日

 黒猫海賊団が今すぐでも襲ってくるかも知れないのに、子供たちを帰すのを忘れていた。彼らがどうするかは知らないが、あれでウソップを見出した慧眼の持ち主である。

 悪いことにはならないだろう。

「よし完璧だ!!」

 坂道には油を撒いた。綺麗に削ってはあるが、石の道である。危なくなれば火を付けてもいい。単純だが、非常に有効かつ悪どい手際だ。

「お前さん、凄いな。ウチの故郷にも似たような英雄がおるで」

「よせやい。本当のことでも照れちまうぜ」

「邪道と卑怯の代名詞みたいなやつやけどな」

「オイ」

 ルフィが笑う。勇敢なる海の戦士を目指すウソップとしては、不本意だろう。

「大丈夫や。勇気と義俠心の代名詞でもある。劣勢な君主に味方して逆転させ、最期まで忠義を貫いた男やよ」

 ウソップの鼻は、それ以上高くならない。いつの間にか弁当が広げられ、酒瓶を傾けるゾロが囃し立てる。ナミは困惑している。

「ピクニックか!!」

「どうした? 腹減ったのか?」

「サンドイッチ食べる?」

「酒注いでやろうか?」

「ここで俺様が一発芸を」

「真面目にしろ!!」

 笑われた。ナミはいじけた。

「これも挑発や。あのアホ、意地でもここを抜けようとするで」

「アレが?」

 まあ、単なる悪ガキどもの集まりにしか見えない。実際、彼らにそんな意図はない。

「中途半端なんや。名前を捨て、足を洗うでもなく、三年も耐えて、たかが村の富豪に収まるつもりの小物やで。身の程を知っとるフリした、ただの外道や。プライドは捨てられん」

「アンタ、本当に何者なの?」

「それがわかったら苦労はせん。なぁ、十三歳の身体に、七十年と何百人の知識と、生まれてひと月の心。そんなもん、どう表現したらええ?」

「不思議生物ね」

「違いない」

 中途半端なのは、龍驤もだ。この一味で誰よりも強いが、なんならウソップにすら勝てる気はしない。覚悟が定まっていないからだ。

 ルフィがそれでいいと言ってくれたから甘えているだけで、いつかは彼らのように見定めなければならない。この世界と自分の人生を。

 しかし、もう彼らを殺せないのか、と龍驤は感慨にふける。負けるということはそういうことだ。自分の心は、いつの間にかそう決めたのだ。龍驤はナミを見る。

「なによ?」

「今なら裏切っても、ウチは追わんで。船長がどうするかは知らんが、もうウチに殺される心配はせんでもええ」

「やっぱり、そのつもりだったのね」

「ままならんもんや。命令も使命も、運命からすら自由や。なにせ、異世界やからな。なのに従うべき心は、赤ちゃんやもん」

「ウソね」

「地を出すとね。ウチ、こんなんだよ?」

 別人である。あのヤサグレた龍驤が、単なる美少女に変身した。今までで一番怖い。

「人格すら、全然未熟なんよ? だから、人形みたいに誰かに従うか、無理して主導権を握るか。そんなことしか出来へんの」

 同じ声なのに、もう頼りなさとか幼さとか純真さとかが伝わるようで、そういう芸だとしか思えない。珍妙な訛りさえ鳴りを潜めて、耳に心地よく響く。

 ナミを見る目も、どこか作り物めいた透明さだ。龍驤が本当に人形になったかに思えた。

「わかるよ。怖いよね? それが理解出来る知恵はあるのに、心が追いつかないの。どうしたらいい?」

「わ、私に聞かないでよ」

「そう、自分で考えるしかない。アンタも考え」

 すっと、奥に引っ込んでいく感触があった。ナミの感覚が、今のがウソではないと告げている。

 龍驤は立ち上がり、ナミは自分の考えに沈む。ニタリと、龍驤の口角が不気味に吊り上がった。

「オイ、あんまりからかうなよ」

「からかっとらへんよ」

「また悪巧みか?」

「怖い怖い」

「もう二度とな。自分勝手に人助けなんかせんのよ。命がかかっとる限りな」

「いや、結構、強引だったぞ?」

「ウチは船長に忠実なだけやもん」

「なら、俺の肉返せ」

「もう、食った」

 夜が更けていく。

 

 

「ごめん、寝てた」

 真夜中に、黒猫海賊団が襲撃してきた。油で滑って、ほとんどウソップとナミだけで押し返していた。

 キレた執事が怒鳴り散らかし、龍驤が起きた。ルフィとゾロの頭も蹴っておく。

 海賊側には明かりがあるが、一味の側には三人が寝ていた焚き火しかない。そのせいで投石などの集中砲火にあっていたが、それでも起きなかった。

 妖精さんの不思議パワーを込めたので、二人も起きる。

「なんか、痛えな」

「寝違えたか?」

「あんたらマジで殺すわよ?!」

「は、は、は、早く参加しろぉ!!」

「大丈夫そうじゃん」

 明かりの中の海賊たちは、息も絶え絶えにネトネトしている。

「ウチやナミみたいな美少女ならともかく、おっさんが油まみれとか気持ち悪いな」

「どっちもウケるだろ?」

「まあ、指差して笑う自信はあるな」

 海賊たちから姿は見えないだろうが、笑い声だけは響く。海賊のこめかみに血管が浮き、ウソップとナミは青褪める。

「あそこに火、投げ込まん?」

「ウソップ、そういうのねぇか?」

「あるけど……」

「火踊りか。酒の肴にはなるな」

 すぐ様、上った血が冷める。ウソップとナミはもっと青褪める。まあ、すぐそこが海なので死にはしない。火傷と塩水のダブルアタックだが。

 状況は詰んでいた。というか、明かりの火の粉で今にも大惨事になりそうだ。その辺りに執事がいて、距離を取っているから無事なだけで。

 いきなり、右手の崖が爆発した。同時に、悲鳴がいくつも続く。龍驤が艤装のライトを点けた。

「坂を上がって来い、三流。知恵比べなら負けたやろ?」

 濃密な殺気が、坂の下から吹き荒れた。倒れそうなナミをゾロが支え、腰を抜かしたウソップが涙目でパチンコを向ける。ルフィは笑って拳を打ちつけた。

「かかって来いよ、執事。俺が海賊の格を教えてやる」

 さっきまで寝てたし、海賊旗もないが、気構えだけでも負けはしない。所詮、ドロップアウトである海賊すらドロップアウトした男だからだ。

 決して、ヨダレ跡とか寝癖がという話ではない。

「いいだろう。ぶち殺してやるぜ」

 とか言いつつ、手下に松明を投げさせた。坂の油に火がついて、向こう側が何も見えなくなった。ウソップとナミを坂の上まで下げると、投石とともに吶喊の喚声が聞こえる。

「往生際の悪い」

 龍驤が鼻を鳴らし、ルフィとゾロが炎の熱さなど気にしないとばかりに待ち構える。

 無理矢理突破した途端に無数の拳と斬撃に晒され、あっという間に振り出しだ。そして、執事の凍える表情を目の当たりにし、また坂を駆け上がる。

「なんやそれ? 二度寝すんで」

 その度に。

「たった五枚相手に、どんだけ手札を無駄にすんねん。それで百計?」

 龍驤が煽る。

「ウソップとナミすら最前線におったのに、いつまで尻を磨いとんねん」

「龍驤」

「ちょっと黙れ」

「船長があんまりに惨めやからやめろってさー。はよ、自慢の飛び道具を出しー」

 迎撃側を照らして、隙さえあれば仲間ごと両断しようとチャクラムを構えていたオモシロおじさんが慌てる。

 ルフィとゾロがぐっと唇を噛み、龍驤が肩をすくめた。趨勢には影響はなくても、一撃は受けていたかも知れない。

 龍驤を観客にして、そんなことになったらどうなるか。二人が気を引き締める。

 坂の火勢が弱まった。

「皆殺しだ」

 執事がやっと動き出した。

 

 

 今晩の屋敷に使用人はいない。クロの準備の賜物である。

 しかし、彼が帰って来ないことで、もう一人の執事であるメリーとお嬢様は心配していた。何らかの事故にあったのではないかと。

 そんなこんなで屋敷の外に注意が向いていたところに、ウソップ海賊団の三人組がやってきた。

 もう日も落ちて、危ない頃合いである。優しい二人は、彼らを屋敷に連れ込んだ。

「こ、これは?!」

「そんな!!」

 で、隠していた手配書がバレた。非常に深刻な事態である。裏切られたショックも大きいが、誰にも知らせていないとはどうしたことか。

「だって、キャプテンが言っても誰も信じないだろ?」

「毎朝、ウソついてるしな」

「余所者のにいちゃん、ねぇちゃんでも同じだろ?」

「あいつ、外面はよかったもんな」

「龍驤のねぇちゃんが言うには、見張りを信じれない時点で手遅れなんだって」

「緊急事態だもんな」

「だから、キャプテンと一緒に、撃退するんだって」

「闘ってるの?!」

 大事件である。1600万という数字は、絶望の数字だ。襲われれば町が消える、凶悪極まる海賊だ。

 メリーは覚悟を決めた。お嬢様もだ。

「ほしいというなら、屋敷も財産もくれてやりましょう。命をかけてまで守るものじゃない」

「ええ、間に合うかしら?」

「彼らだけじゃない。村人の命もかかっています」

「わかっているわ」

「まさか、こんなことに。いえ、それも全部、こいつの企みなのでしょう。ウソップくんはイタズラな子ですが、本当に嫌う人間などいない。それなのに、我々は彼を軽視してしまった」

「私が、私が頼りないからよね?」

「そんなことはありません、お嬢様。執事としては慚愧に堪えませんが、今は人手がない。私は村人たちを避難させます」

「大丈夫。逃げちゃいけない事態くらいわかるわ」

「じゃ、俺たちが連れてくよ」

「い、いけません!!」

「でも、お嬢様一人で海岸まで行けるの?」

「こんな夜道に?」

「それに、俺たちが知らせに走ってもダメだろうし」

「かあちゃんなら問答無用で拳骨だな」

「手配書持って行ってもダメかな?」

「まずちゃんと見ないよ」

 メリーは迷う。お嬢様は自分の不甲斐なさに消えてしまいそうだ。

「必ず逃げると約束して下さい」

「大丈夫!! お嬢様はちゃんと守るよ!!」

「龍驤のねぇちゃんも船いるって言ってたし!!」

「キャプテンの大事な人だもんね!!」

 不安だったり、訂正したかったりもしたが、時間がない。彼らは屋敷を飛び出した。

 

 

 流石に、執事もルフィたちを侮ることはなかった。あれだけ手下がやられたのだ。それで強さも測れないなら、本当にチンピラだろう。

 ゾロは船番二人と互角。というより、坂下に蹴落とすことを優先している。弱すぎて、勝負は頭次第だと見放したようだ。

 もっとも、執事にしてみれば、オモシロおじさんだけを通せば、あとはなんとかなると思っている節がある。確かに、あの催眠術は脅威だ。

 ことルフィに限っては。

「こっちを見ろ、ゴム野郎!!」

「なんだ?」

「見んな」

「ぐほぁ!!」

 と、龍驤に吹き飛ばされる機会の方が多い。隙を窺うオモシロおじさんを仕留めに行かない辺り、本当に観客でもやっているようだ。

「どや? 手下どもに動きはあるか?」

「いや、どいつもこいつも怖気づいてるみたいだ。動かねぇ」

「よー見とき。あれが、暴力に呑まれた一般人や」

「海賊でしょ?」

「だからなんやねん。軍人は命令さえあれば剣林弾雨に身を晒す。スジ者は、ほれ、あいつらみたいに嬉々として飛び込む。出来んやつはみんな一般人や。例外はない」

「ま、真似出来そうにねぇな」

「何言っとる。腰抜かしてもパチンコだけは奴らに向けとったやないか。どんな英雄もな、戦場じゃ一度はチビッた経験があるもんや」

「龍驤も?」

「美少女はトイレ行かへん」

「俺より酷いウソだな」

「歌と踊りが得意な奴が偶に言うセリフでな。ウチの爆撃全部避けて、必殺の一撃をカマしてくんねん」

「鬼じゃねぇか」

「それが末っ子やねん」

「上はどんな化け物よ」

「夜戦バカと訓練バカ。ちなみに、ウチは鬼も後ずさると恐れられた」

「もう、ダメなんじゃねぇか?」

「ダメやってん」

 戦争って怖い。

「てめぇら!! 一体、なんなんだ?!」

 執事がキレている。わからないでもない。龍驤が腹を抱え、ルフィに促す。

「俺はモンキー・D・ルフィ。海賊王になる男だ」

「俺ぁ、ロロノア・ゾロ。世界一の剣豪になる」

「え? 俺? 俺は!! 勇敢なる海の戦士になる!!」

「私? ナミよ」

 笑いを堪えながら、龍驤の視線が執事に刺さる。

「で、お前は誰なんや?」

 憤怒の表情で、歯を食いしばる執事。龍驤の高笑いが戦場に響く。

「名もない雑兵。お前は誰にもなれんよ」

 執事はルフィを置き去りに、龍驤へ斬りかかる。ルフィが慌てて追う。また、皮肉を聞かされるからだ。

「やめて!!」

 お嬢様が戦場に到着した。

 

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