龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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巡り合わせ、じゃねえわ

 なぜ火山が噴火するのかという問いに答えるとするなら、圧力差であると言える。

 というか、どんな爆発も同じだ。爆弾も、急激な燃焼によって生まれた高圧力が、周辺へ逃げていくことで起こる。

 火山の場合、火口という銃身によってそれが撃ち出されているわけだ。

 地殻だとかマントルだとかで生まれたマグマは、星の重力と熱によってとんでもない圧力を持っている。それが一気圧というなんとも軟弱な環境に触れたことで、火山というのは噴火するのだ。

「でも、それって深海じゃ起こらんくね?」

 深海の圧力は高い。そりゃ星の内部ほどではなかろうが、地表なんかよりよっぽど高い。

 火山爆発の中でも比較的小規模な水蒸気爆発で、その深海の層を突き破った挙げ句、積帝雲という積乱雲の化け物にまで到達するほど吹き上がるだろうか。

 龍驤の常識は当然、そんなことはないと結論する。よって、この世界の星の内部では、常識を外れた出来事が起こっているとわかる。

「単純にあれやな。下手な太陽ぐらい凄いんやろな、この星のマグマ」

 ルシフェルと呼ばれる超カッコいい星がある。金星だ。何十億年か前までは、地球と同じ大気成分だったと言われる。

 もしかしたら、海が生まれたかも知れなかった。しかし、太陽にちょっと近かったために、水は蒸発して吹き飛んだ。地球と同じくらいの重力を振り切って、宇宙空間まで飛び出した。

 それがかつて、金星で起こったことである。

 局所的とはいえ、ノックアップストリームが大気圏というか、海を突き破らんばかりに吹き上がるなら、海底では金星が太陽に直接炙られた程度のことが起こっているわけだ。

 よく太陽の表面温度とマグマは同じと言われるが、じゃあ太陽が海に触れたぐらいで冷えて固まるのか。

 星の軛から海ごと全部吹き飛ばすだけである。マグマにそれが出来んのかって話。

 やるんじゃねえよ。

 出来なかったから、地球は海のある生命の惑星になれたのだ。地球誕生直後、マグマに覆われた煉獄の地表は、水を追い出せずに固まってしまった。海に負けた。

 つまり、マグマが勝つなら生命が生まれない。この世界は存在しない。

 でも、ノックアップストリームはある。龍驤は転生した。

 矛盾と言うべきかもわからない。ただ、理不尽だ。

 しかし、これまでの旅で明らかになった惑星史が正しければ、説明はつく。

 砂浜が少ないことだ。

 これは恐らく、海面上昇が理由だろう。ただし、砂浜は波打ち際からずぅっと海底まで続いていて、なんなら大陸棚とかを形成する。

 1mや2m沈んだだけなら、百年もかからず砂浜はまた出来るのだ。むしろ、河川の浸食や堆積によって出来た標高0m地帯を飲み込んで、砂浜は拡大するはずである。また陸地に戻ったりもするだろう。

 それがないということはかなり沈んだはずで、地球のような極地の温度変化で起こるような、単純な海面変動ではなかったはずなのだ。

 つまり、全世界的な地盤沈下なわけで、すべての大陸も島も、地殻という星を覆う岩盤に乗っている。

 それが沈むとかカタストロフにもほどがあるが、ノックアップストリームがある。

 地球とは比べ物にならないうっすいうっすい地殻が、頻繁に破れて海がマントルと接触しているとすれば、わからなくもない。

 深海よりもさらに深い、まさに重力の底とも言える圧力の解放。それがノックアップストリームの正体である。いつか、全世界で。

 怖い。

 この世界の地殻は卵の殻みたいに脆くて、定期的に穴が空くんだって。そんで海が丸ごと宇宙に飛び出すんだって。

 ちなみに、龍驤がケンカを売った大将は、そんなマグマの能力者だ。

「なぁ? エンドポイントの伝説って知っとる?」

「あれは、政府が否定してるはずだぜ?」

 ロビンではなく、そういうのが大好きなマシラが反論する。

 大きな意味では考古学かも知れないけど、星の歴史なんて専門外だ。

 ちなみに龍驤の専門は砲術。艦種は空母である。

「都合の悪いことは隠すのが政府やろ?」

「こいつは、とんでもねえぜ。おやっさんにも教えてやろう」

 海底探査の専門家に、なんてことを教えてんだ。

 暇なのである。

 ジャヤ周辺は、気流を生まない積帝雲とかもあってか、本当に穏やかなのだ。そもそもナミのいる麦わらの一味が悪天候に突っ込むことが稀なのもある。

 そんなとき、龍驤はよく、お話を頼まれるのだが、猿のくせになかなかに教養のある猿山連合に釣られて、難しい話をしてしまった。

 猿でも出来ることが出来ないクルー一同。カードゲームに夢中である。不思議だねとしか言いようがない。その猿が貴重な技術者なことも含めて。

 フライングメリー号について、同じ立場に堕した龍驤は、ヤサグレている。

「これで飛ぶんかい」

「まだ言ってんのか?」

「いい加減、諦めろ」

「飛ばんならまだしも、飛ぶんやぞ? 妖精さんが保証しとる」

 納得など出来ようはずもない。しかし、無駄と言えば無駄な心配だ。

 飛ぶのだから。

 飛ばなきゃよかったと言えない辺りが余計にこう、しっくりと来ない。まだ飛んでないし。

「鷹とか鶴とかにならへんかった?」

「ハトだろ、ハト」

「いいじゃん、ニワトリ」

「お前らホント、ハラハラするぜ」

 間違いない。これからまさに、死出の旅なのだ。

 ちょっと飛ぶからってなんなんだ。太陽、つまり水爆クラスの爆発に、遊覧船で突っ込むのだ。ニワトリに改造して。

 バカ以外の何者でもない。

 一か八かの賭けではない。絶対に死ぬ。

 なのに、龍驤は止める気になれない。死んで欲しくない気持ちと、死なんやろの間で、ずっと葛藤している。不機嫌でいる。

 船長を信じてしまえばよいのだろうが、かつて乙女ゲーメンタルに陥った実績がある。自分を信じられない。

 実は龍驤。提督ラブ勢予備軍なのだ。甘やかされると、ついデレっとしちゃう勢なのだ。

 クロコダイルを笑えない。もし笑われていると知ったら、この海を干上がらせる勢いで襲ってくるのだろうが。

 ラブ勢、クロコダイル。

 下らない悩みである。

 龍驤はロビンの膝枕に甘えている。サンジがハンカチを噛んでいる。

 なんで船長より偉そうに美女を侍らせてんだ、この艦娘。

「あれか、積帝雲」

 龍驤の言葉に、みなが空を見た。マシラのクルーが確認した。

「見えました!! 夜です!! 南西の方向!!」

「よし!! ウータンダイバーズ!! 出番だ!!」

「ウォ〜ホ〜!!」

「連結すんぞ!! お前らは帆を畳んどけ!!」

「頼んだ!!」

 これから爆発のど真ん中へ行くのだ。帆なんか張ってたら、どんなことになるかわからない。

「予定より早い。タイミングは合うのか? ショウジョウ!! 兆候はあるか!?」

「10時の方角!! 巨大な渦潮を確認!!」

「来た!! あった!! ドンピシャだ!!」

「ハラハラドキドキだぜ!!」

「いまさら驚かんよ」

 龍驤がヤサグレている。風も雲も、理想的な状態が揃いつつある。波が荒くなった。どれだけ海面が荒れても深海に影響がないように、深海で起こった地震で海は普通荒れない。

 津波は波として大き過ぎるため、深い海の上ではただのうねりなのだ。

 だが、そんな常識を無視して、揺らした洗面器のように尖った波があちこちに発生した。それだけで沈んでしまいそうだ。

 メリーは逆に、ちょっと飛んだ。

 そんなメリーを守るために、マシラの船が盾となる。

「これからお前らを渦の軌道に連れていく!! 覚悟しろよ!!」

 そして、クルーは見た。

 水平線の彼方まで広がる、渦を巻く穴。深海まで、龍驤の仮説を信じるなら、星の内部まですべてを引きずり込む、大災害の前兆。

 もはや、この光景が大災害だ。

「なん、て、大きさ」

「こんなの初めて見たわ」

「はい、妖精さん点呼。みんな帰還したか?」

 一部、緊張感がない。喚き散らそうとしたクルーが、タイミングを外される。ついでに船の連結も外される。

「なるようになるて」

「その通りだ!! 流れに乗れ!! 中心まで行くんだ!!」

「どう考えても行き先は深海じゃない!? こんなの詐欺よ!! 詐欺!!」

「引き返そうぜ!? 今ならまだ間に合う!!」

「夜のせいで風も弱いし、手漕ぎではなあ」

「この状況で現実的なこと言わないで!!」

 どうしろと。ルフィはワクワクしている。

「夢のまた夢の島。俺たちは空島に行くんだ」

「懐かしいな。キミと出会ったのも、渦潮やった」

「ああ、そうだ。助けてもらったな」

「どうせ、行き先は海の底やと思っとったが」

「空に行くんだ。冒険っておもしれえな」

「そうか?」

「なによ?」

「落ちるぞ」

 ゾロが船べりを指差す。海面が、ない。

「ぎゃあああ!!」

 ウソップが人類をやめた。あらゆる顔のパーツを、鼻と同じように伸ばした。サンジがどさくさに紛れてナミを抱きしめようとしたが、ナミが選んだのはロビンだった。龍驤とチョッパーが、並んでサンジを追い詰める。ほら、抱きしめろ。

「余裕だな、オイ」

「こんなん、海王類の鼻先から落ちるのと変わらん」

 違うと言いたいのだが、ここまでオーバーキルな出来事だと、確かに誤差である。

 どっちも普通、死ぬ。

 そして、普通ではない麦わらの一味は死ななかった。渦が消えた。

「なんで?」

「ホンマにやわぁ!!」

 龍驤がキレた。忙しいやつである。慣性ってあるのだ。あの大渦を生み出したエネルギーが、すべて凪いでしまうほどのなにかが、深海から昇ってくる。

「きっちり、ど真ん中。みんな掴まれ。来るぞ」

「対ショック姿勢!!」

「対ショック姿勢用意!!」

「対ショック姿勢確認!!」

「準備よし!!」

「衝撃に備えろ!!」

「楽しそうでいいわね」

 龍驤が親指を立てた。視線の先には、同志たちの船。

「行けよ、空島」

「ああ、行ってくる」

 距離的に聞こえるはずがなかった。それでも通じ合った。

 その瞬間、それは起こった。

 

 

 龍驤は見た。立ち昇る水流が、一瞬で積帝雲の遥か中心まで貫くのを。

 ノックアップストリームはドーナツ状のソニックブームだ。それも、水中における音速の。

 もし中心にいなければ、その瞬間の衝撃波で、メリーは粉々になっていただろう。だが、渦の中心になどいれば、それはそれで粉々になる。

 またしてもドンピシャなタイミングを、麦わらの一味は掴んだ。

 もちろん、連れてきてくれた猿山連合のおかげだろう。彼らとの出会いもまた、奇跡だった。

 水流というのは謎が多い。どうして蛇口やホースの口から、そうやって水が流れ出るのか。よくわかっていない場合がある。

 男のおしっこが暴れるのは、まだ人類では辿り着けない神秘の領域なのだ。なんでなのか、まだ誰にもわからない。

 だから、あんまり怒らないであげて欲しい。

 ノックアップストリームもそうだと思えばいい。

 爆発の瞬間は外縁の速度が最も速かったが、今は中心部が最も速い。

 先行したソニックブームの作り出した真空に吸い上げられるように、突き上げられた海流が加速している。その影響は外縁に行くほど薄い。

 よってなんか上手いことメリーは打ち上げに成功した。人間が生きていられるギリギリの加速度ですんだ。

 よくわからない。不思議なことが起こったのだ。

 実は海流そのものではなく、付随した上昇気流に巻き込まれただけとも言える。破滅的なノックアップストリームではなく、それによる二次災害を上手いこと捕まえたというか。

 でなきゃ、ゴムでも死ぬと思う。だって、メリーはまだヒーコラ空を飛んでいるが、海流はとっくに、なんなら発生の瞬間に積帝雲まで到達しているからだ。

 高度何千mまでコンマ秒以下とか、怪獣だって死ぬ。

 もちろん、こんな災害だと二次でも死ぬ。

 あまつさえ、どうして航海など出来るだろう。

 妖精さんが寄って集って、メリーの尾羽根にかじりついている。ものすごい勢いで、データを取ってる。

 帆を張って空を飛べるなら世話はない。翼でもトサカでもなく、上昇気流を直接受け取る船尾に秘密があるはずだ。

 妖精さんはそれを調べている。たぶん、わかっても教えてくれない。

「なんだ? あの光る板」

「絶対にアカン」

 教育上、よろしくない。非常に依存性の高い板である。決して一味には渡さない。

 メリーは海流に沿って、垂直に上昇している。

「まあ、わからんことはええ」

「やっとか」

「常にその境地でいろ」

「二度はさせんからな」

 この数日で、一体何度奇跡を重ねただろう。ご都合主義と言われたら、泣いて反論する。

 こんな奇跡のバーゲンセール、都合がいいわけない。

 そして、二度もあってはならない。さすがのルフィも、抗議はしなかった。龍驤はその顔を見て、またやるつもりだと看破した。

 殴りたい。

「今は止めとけ。積帝雲に突っ込むぞ」

「空島があるなら、あれ海なんよね? 見えとんの、海底ってか、逆さなだけで海面よね?」

 麦わらの一味は考えた。

 大災害を乗り越えて、空を飛んだ。雲にまで辿り着いた。

 それなのに、これから海面に叩きつけられるわけだ。

 この速度で。

「マズくねえか!?」

「だからってどうすんの!? 止まったら落ちるわよ!?」

「この高度から!?」

 現実を知らされたクルーが泣きわめく。ルフィは船首へすがりついた。

「上には一体、なにがあるんだ?」

 死んだあとのことなんて、なにもわからない。見て、知って、体験出来るのは、生きている間だけだ。

 だから、ルフィは生き抜いた未来だけを夢見る。無駄なことはしないのだ。巨人と違って、人生は短いのだから。

「さあ!! 突っ込むぞ!!」

「とりあえず、息だけ止めとこか。はい、いちにー、さん」

 直前まで発狂していた、龍驤の平静が腹立たしい。

 

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