龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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天国に来た、見た、落ちた

 クリケットさんのために用意した酸素ボンベだが、非常に便利なものなので、当然麦わらの一味も使うつもりだった。

 しかも向かう先が高空とあれば、大活躍する予定だった。

 潜水病とは逆の、高山病にかかってもおかしくはない。

「頭とか痛ない?」

「? 全然」

 ナミでさえそうだった。いい加減、耐えられない。

 ボンベを投げ捨てた龍驤は、それを空中で撃ち抜いた。空に赤い花が咲く。

「ヒャッハー!!」

「どうした、お前?」

「どうしたもこうしたもあるかい!!」

 なんで一味が健康でこんな思いをしなきゃいけないのだ。理不尽だ。理不尽の極みである。

 チョッパーがオロオロしている。

「ああ、せっかくのボンベが」

「いくらでも作ったるわ。今は勘弁してくれ」

 龍驤は落ち込んでいる。

 目の前には、雲海が広がっている。そこにメリーが浮いている。

 見慣れたとまではいかないが、パイロットなら何度か遭遇する光景である。感動よりも、戸惑いの方が大きい。

 感想が出て来ない。脳みそが考えることを拒否するより先に、心が物思うことを拒んでいる。

 だから、龍驤はとにかく出来ることを探した。高度計を見る。

 そこには目を逸らそうとした事実しか刻まれていない。

「オイ、妖精さん。キミら、ウソついとったな?」

 妖精さんが慌てている。龍驤は艤装を展開し、周囲に艦載機を飛ばした。

「どうした?」

「地上、7000mの気圧やない」

 艦載機はすぐに戻った。はっきり言って、この光景と同じかそれ以上の不思議だが、不思議であるが故に、きっちり戦中のスペックを再現している。

 だとしたら、飛べないはずなのだ。空気が薄すぎて。

 いや、エンジンが回らないとか以前にですね。龍驤の小さな飛行甲板じゃ離陸速度まで達しないっていうか。向かい風がないと発艦が難しいとか、そんなんで訓練したら、そりゃ人外しか生き残れないよなって。

「無理矢理、ウチの力を制限したな? ルールを守るために? まあ、ええ。大したことやない」

 零戦の最高高度が6000として、それ以上へ上がれないのは、確かにエンジンのスペックだ。自然環境がそれを許すなら、零戦であっても高度一万まで到達する。

 スペックの数値を守るか、この世界の法則に従うかで、妖精さんはスペックの数値だけを守ったらしい。

 まあ、この辺の融通のなさは慣れている。羅針盤とかで。

 龍驤は頭をかきむしる。

「物理法則の前に、前提条件が覆りよる」

 気圧の違いは、沸点を変える。様々な法則、現象は、気圧によって変わってしまうのだ。

 物が動く早さだって変わるし、気象なんて僅かな違いで快晴から台風まで変わるし、とにかく変わる。一変する。

 ここに来て、もう一度異世界転生したぐらい世界が変わってしまった。これまで龍驤が悩んで、苦しんで、もはや解釈というレベルで無理矢理答えを出して来たすべてを、もう一度考え直さないといけないところまで来ている。

 なんと、この世界。地球とは大気圏の厚さが違う。

「ここは!! 地獄やぁ!!」

「どっちかっていや、天国だろ?」

 龍驤はバケツを取り出すと、頭を突っ込んだ。見ているクルーは言葉もない。

 やがて、龍驤はバケツから顔を出すと、不自然なぐらい爽やかな笑顔で言った。

「危ない、危ない。気が狂うとこやったわ」

「それ、危ないんじゃないか?」

 死にかけても即座に戦場まで連れ戻してくれる逸品だ。当然、危ない。

 ルフィとウソップはそんなバカに付き合わずに、はしゃいでいた。

「第一のコ〜ス!! キャプテン・ウソップ!! 泳ぎます!!」

「気ぃつけてな。海底は、さっきウチらが飛び込んだ積帝雲の底やから」

「え?」

 ウソップはその言葉に振り返りながら、雲海に落ちた。ルフィが唇を口内にしまった独特な表情で考えている。

「あー、人間って浮かんのかな? 船が浮いとんのは、表面張力か」

 龍驤も降りた。どうやら、艦娘も浮くらしい。

 麦わらの一味は静かである。

「オイ、上がって来ねえぞ」

「ヤバいんじゃないか?」

「一応、ウチの錨は垂らしとるけど」

 みんな、息を飲んで待った。

「ダメかもわからん?」

「ウソップ〜!!」

 ルフィが腕を雲に突っ込んだ。

「出来るだけ腕を伸ばして!!」

 ロビンがルフィの腕に目を咲かす。

「それ、花かな?」

「美女はみんな花さ」

「毛むくじゃらのおっさんが食っても、そうなるんやぞ?」

 ウソップは助かった。あらゆる体液を吹き出して、空への恐怖を唱えている。

 龍驤は航行の具合を確かめるため、フィギュアスケートのように雲を滑っている。一味はそれを見物した。

「みんな冷たいぞ!!」

「落ちるのがイヤなら、なんでここまで飛んできた?」

 乗っているのは雲なのである。きっかけは、恐らくここから落ちてきたガレオン船なのである。

 雪で隠れたクレバスを踏み抜くように、突然真っ逆さまでもおかしくはない。

「どうする? 移動するなら、ウチが先行する」

 悪ふざけをしている間、クルーの安全を確保しようとした龍驤を責めるわけにもいかない。どこかしっくり来ないものを感じながら、一味は破れていた帆を張り直した。

 なんでか、ルフィが龍驤に乗っている。

「ホントになんで?」

「ズリぃぞ。俺だって海雲で遊びたい」

「遊んどるわけや、」

 龍驤はため息をついて好きにさせた。それを背後から見る一味は複雑である。

 絵面が妙。

 ルフィの手には、ウソップに潜んでいた空魚のソテー。

「一口ちょうだい」

「仕方ねえな。アーン」

「アーン」

 とにかく納得いかないが、一味も皿を持って空魚を味わった。空腹が多少癒えると、心も落ち着いた。

 とんでもない体験に、思いがけず動揺していたようだ。ゾロが顔を叩き、サンジは一服を終える。ウソップはまだ恐怖から抜け出せない。

 残当。

 ちなみに、動揺の半分ぐらいは龍驤が発狂したせいである。いきなりボンベ投げて、大砲撃って、バケツに頭を突っ込んだら戸惑う。

 龍驤はルフィを肩車して、優雅に雲海のクルーズを楽しんでいる。

「バカらしい。それより、周辺をよく見ろ。妖精さんが飛んでねえ」

 ゾロが指摘した。メリーにある基地航空隊が、なんか総出で飛行機の整備をしている。龍驤に言われて、ルールの改正という名の改修ごっこをしているのだ。

 飛ばなくても、龍驤には一味より優れた観測機器がある。ただ、ちっこいのであんまり活用出来ない。

 これまで、一度として経験してこなかった、本当に観測手がいない環境。どこから敵が、雲が、風が来るかわからない状況。

 いつもと勝手が違う。異世界に来た気分というのを擬似的に味わいつつ、一味は船を進めようとした。

 ウソップはあっさり復帰した。

 ちゃんと仕事はする子なので。

 怯えてたのも、全部ウソじゃないかと思う。どんどん信頼出来る男になっていくのに、だからこそ全然信用出来ない。

 答えは簡単で、感性が普通なだけである。冒険にドキドキワクワクしながら、リスクに怯むのは矛盾ではない。

 普通だ。

 そして、本当に普通の人間はモックタウンで立ち止まる。こんなところに来ない。

 ウソップはウソップなのであった。

「船!? と、ひ、人? あっ!! え? わ」

「報告はちゃんとしろ、チョッパー」

「敵性戦力が一人!! 近づいてくる!!」

 ウソップが確認した。ゾロとサンジが、一応は構える。ロビンは見物しているが、ナミは隠れた。でも、見ている。

「排除す」

「仮にも海でウチらにケンカ? 剛毅やなぁ」

 半裸で仮面の男は、セリフすらまともに喋らせてもらえなかった。肩甲骨の間に乗った龍驤が、男の姿勢を崩す。バランスを取るために腕が泳ぎ、バズーカはあらぬ方向を向く。

 それをヒョイと足で引っかけて、それで死に体の出来上がりだ。

「はじめまして、こんにちは。ほな、さいならで、逝っといで」

「殺すな、龍驤」

 腕の副砲を後頭部に押しつけたが、ルフィの言葉で袖口から錨を出した。

 段違いの威力ではあるのだが、人間の頭に用いるなら誤差であろう。

 気持ちのいい金属音とともに、男は昏倒した。沈まないように、鎖は巻きつけておく。

 電球でも灯った様子で、トーテムポールな二人が唱和した。

「鐘を探そう!!」

「鐘鳴らそう!!」

 よくわからないが、二人して同調したようだ。なんか、はしゃいでいる。

「いやあ、死んだだろ?」

「い、医者ァァァ!!」

 沈みゆく敵だった男に、クルーは同情を禁じえない。

「ピエエエっ!!」

「なんだよ、今度は?」

 雲間から漏れる光を背負い、神々しく飛来するなにかの影。眩しさに手をかざし、はっきりとその姿を捉えるまで待つ。

 龍驤とルフィは、とっととやる気をなくした。メリーによじ登る。

 鳥に見えたそれは、近づくにつれて姿を変えていく。

「吾輩は“空の騎士”、ガン・フォール!! そして、相棒のピエール!! ペガサスである!!」

「うわぁ」

 驚きでも感嘆でもない声が漏れた。水玉だった。

 ペガサスは水玉で、馬の中でもブサイクと呼ばれる鮫頭だった。額が狭く、鼻筋が凹んでいて、ちょっと口元が大きい感じだ。有り体に言えば鼻デカである。

 愛嬌は感じられるのだが、馬というよりロバっぽいせいで、ちっとも風格がない。模様もオモシロ過ぎた。

 水玉はない。おばあちゃんのモンペっぽい。

 つまり、モンペっぽいロバ。

 微妙である。

 その鞍上で騎士鎧に突撃槍を構える老人が様になっているだけに、惜しいという気持ちが湧いてくる。ドン・キホーテに見える。

 ロバとサンチョは混ぜちゃダメだ。

 この見た目で、本人よりも頼りになっちゃうから。

「吾輩は敵ではない。フリーの傭兵である。売り込みに来た」

「そりゃご苦労様で。お茶でもお出ししよ」

 

 

「なんと!? あのバケモノ海流で!?」

「あれやるバカ、ウチら以外にもおるんや」

 褒められたような気もするが、そうでないような気もする。だが、騎士の話しぶりでは好印象なようだ。

 やった本人の評価が一番低い。

「0か100かの賭けを出来る者はそうはおらん。近年では特に」

「あー、前は二十年ぐらい前やない?」

「よくわかったな」

「ロビン、お目当てあるかもな」

 ロビンが戸惑っている。クルーが同情している。

「ほな、こんな旗に見覚えない?」

「ん? これは、巨人族の骨か? 見覚えはないな」

「こっちには来てへんか。なら、とりあえず、両替は頼める? つっても、相場とかわからんとな」

「吾輩もそこまで現金は所持しておらん。だが、相場なら、そうだな。吾輩の育てたカボチャが一個、100エクストルぐらいか。ああ、そうだ! この先へ行くなら入国料がいるぞ?」

「なんぼ?」

「一人、十億。ベリーだと、そうだな、ええと」

「そろばん使う?」

「かたじけない」

 騎士姿が似合わない。凄い所帯くさい。めっちゃくちゃ堅実な話をしてる。ルソッチョは飽きて遊んでいる。

 たまにまた雲へ飛び込もうとして、龍驤の錨を食らっている。

 振り返りすらしない。困惑する騎士は、素直に聞かれたことを答えている。

 目の前で仲間を拷問して、無事な人間から情報を引き出す尋問テクニック。

 仲間は龍驤で、騎士は部外者である。

 善人にしか通用しない。

「ド外道だな」

「質問も巧みね。思い出を喚起させて、警戒を解いている」

 解説は考古学者とコックである。他の二人は、ツッコミを我慢している。

 ルソッチョはついに、ペガサスへ手を出した。キッラキラした目で見られた。ピエールは助けを求めたが、売られてしまった。

 ここにも孫に甘いじいさんが。

「一人十万か、微妙やな。ざっくり百万か」

 ピエールの悲鳴が響くなか、龍驤と騎士は交渉を重ねている。

 三人で乗るなら背中にしろ。足やら尻尾にぶら下がるんじゃない。

 麦わらの一味にとって百万は端金だが、エクストルへ替えると百億になってしまう。

「億単位にまでなるとな。吾輩、貧乏なのである」

「現金はなあ。下で通用するかもわからんし」

 金が一番、使い道がないという。

 陸でしか使えないものは、海の人間には無用の長物である。こうして通貨が違う場合を見越して、貴金属を持つ方が便利なこともある。

 ただ、メリーの積載は、船長の食い物で大半を占められている。でなければ、ゾロのウエイトである。

 バーベルより重い食糧って。

 冷静に考えると、ゾロの筋トレで揺れないメリーって。

 やめよう。もう、大気圧が違うとわかったのだ。おいしいお茶の淹れ方から考え直すのは億劫だ。

 もっとも、異世界で重さや圧力なんて地球の尺度を持ち出しても、あんまり意味はないと言えばない。メートル法とヤード・ポンド法に、異世界が参戦しても戦争が激しくなるだけである。

 対話が、相互理解が大事だ。

 つまり、場面に合わせてヤード・ポンド法も駆使するのが多様性社会。

「滅ぶべき」

「急にどうした?」

「昔を思い出して」

 イギリスが悪い。アメリカに鉄槌を下す。世界大戦は必然だった。龍驤は正義。

「実質、入国制限か」

「そうであろうな」

 しかし、たかが一人十万である。高いと言えば高いが、ベリーとエクストルのレートは一万倍だ。一円で一万円の買い物が出来て、それを青海に持ち帰れば一万円以上で売れる。

 空島なんて、信じない人間がいるぐらい珍しいのだ。交易として最適である。面倒なだけの手続きでは、制限にならない。

 龍驤がアラバスタでしたことと、同じである。

 要は、空島の人間を入国させないようにしている。青海の人間には、金でなく、なんらかの商品を落とさせようとしている。

 そして、それを阻みたい勢力がいる。

「その仮面、どうや?」

「これだけではなんとも言えないわ。ただ、似ている気はするわね」

 クリケットさんの家と、見つけた黄金像だけがヒントだ。それでロビンといえど、四百年を飛び越えられるわけもない。

 龍驤の仮説は、まだ確かめられていない。

「うむ。ところでな。その若者なんだが、たぶん知り合いでな。その、言いにくいのだが、吾輩が預からせてもらうわけには?」

「アカン。そいつは強い。ウチの船長が声をかけな、ウチの攻撃を避けとった。あの死に体でそれが出来るアホ、一瞬であれ自由には出来ん」

「説得はする。なんとかならんか?」

「こいつの家でも教えてくれるか? その上で一切、敵対せんと? そんな物わかりのええやつには見えんな」

「こいつ、強いのか?」

 龍驤は頭を抱えた。船長が、っていうか戦闘狂どもが興味を持ってしまった。

「殺せ」

 寝たふりをしていた若者が、そう言った。船内は一気に不穏な空気に包まれた。

「妖精さん、思い知らせえ」

 だから、龍驤は手加減をやめた。

 

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