「死は救済や」
龍驤は語る。
「敵に救われたいか? 拾った命を逃したらアカン。誇りを守り、勝つためには生きねば。何百年経とうとも、復仇のために。わかるか?」
島津の心得を。
「サー・イエッサー!!」
「マムじゃ、ボケ」
半裸の若者を筆頭に、男連中が整列している。完全に調教されている。
あらゆる制限から解放された妖精さんの悪ふざけは、若者たちの甘えを吹き飛ばした。
この世には、いかなる覚悟と胆力も通用しない拷問が存在すると知った。苦しみでも痛みでもない業苦を味わうことがあると。
対明石・夕張用お仕置きデラックス。
一味に怖気が走った。あまりの、あまりの残酷さに、目を逸らすことも、妖精さんを止めることも出来なかった。知らず、悲鳴を上げた。
彼はもう、お嫁に行けない。
こんなものに、人間が耐えられるわけなかった。
そして、こうなった。
ガン・フォールさんがコメントに困っている。ナミとロビンは呆れている。
ちなみに、やつらはそれでもやる。
なんで。
「まあ、写真は燃やしとこな。さすがにこれは、世に残せん」
「ありがとうございます!!」
礼儀正しい青年である。一味の男たちは、我が事のように祝福した。友情が生まれた。
本当に、ガン・フォールさんは複雑な表情をしている。
車座に座る。改めて、自己紹介からだ。
「シャンディアの戦士、ワイパーだ」
「ゾロ」
「サンジ」
「ナミよ」
「ジャヤやん」
「あっさりね」
「俺は!! 海賊王になる!!」
「ルフィとウソップと」
「トニートニー・チョッパーだ!!」
ロビンが困っている。麦わらの船に乗るという理不尽を、存分に味わい尽くしている。ルソッチョはポーズしている。
情報交換をする。
「ノーランドの子孫だと!?」
「そだぞ? 確か、ひし形のおっさんはそう言ってた」
ワイパーは呆然としている。
「ずっと海に潜って、病気になってた。治療はしたし、薬も置いてきたけど、きっとあのままじゃ死んじゃう」
「だからよ、鐘を鳴らそうと思って。確か、鳴ってたんだよな? 鐘?」
「全部、うろ覚え」
龍驤の余計なツッコミ。
「そうよ」
「探しているのか? シャンディアを、未だ」
「だから、そう言ってんじゃねえか」
ワイパーは泣いた。声を上げずに泣いた。自分でも気づいていないようだった。あの拷問でも、涙は流さなかった男である。
いや、そんなヒドくないけど。恥ずかしいだけで。
それでも耐えようとした意地を、一味は見た。耐えられないのは誇り高い男であるからだと、心から共感した。
一味はワイパーを認めていた。なんか、思惑通りに動かされているみたいでちょっと嫌なナミ。
そこまでではないので、流れに納得出来ない龍驤。
「まだ、届くのか? 俺たちの、カルガラの願いは」
なんのことだかわからない。だが、この男が泣くのだ。
「ヴァースはまた、歌うのか?」
ガン・フォールさんも口を挟んだ。
「かつて、スカイピアにヴァースが現れたとき、島の歌声が響いたという。それがシャンディアと、我々との永い戦いの合図だった。だから、吾輩は、もう一度島の歌声を」
その顔に浮かぶのは悔恨だ。ワイパーが彼を睨む。
「先代の神、ガン・フォール」
「あー、なるほど。神ね。王様じゃなく、神なんや、なるほど?」
龍驤が呟いた。
ここにあった感動や、敵意や、切望などなかったかのようだ。
「ハイハイ、神ね。神。天竜人はそれに仕える聖人ってわけや。なるほど、なるほど。神か、そりゃ上等」
龍驤は倒れ込み、ゴロゴロと船べりへ転がって行った。かつてないヤサグレ具合である。
「どうした?」
「気にせんと、続けて」
完全に不貞腐れている。
なにを続けたらいいのか、ちょっと悩んだ。
とりあえず、次に会ったらそのとき考えようということになった。船長がなにをしたいもなにも、とにかく冒険がしたいのだ。
ネタバレはダメなので、それ以上、事情も聞かなかった。方針もなにもない。どうやって鐘を探すか、鳴らすのかさえ決まっていない。
空の騎士は在処を知らず、ワイパーはヴァースへの上陸を止めた。
「まず、神から奪い返して言えや」
ワイパーは黙った。険しい表情で去った。ガン・フォールさんのホイッスルを、一味が奪い合っている。
盛大にネタバレされたロビンは、納得がいかない。
「ここになにがあるの?」
「ワンチャン、ポーネグリフ」
ロビンは額を押さえた。
「なんでわかるの?」
「日誌見たやろ? 800年前にシャンディアは誰かと戦った。世界政府以外、誰がおんねん」
そうかも知れないが。
「証拠は?」
「なんでウチが示さなアカンねん。学者やろ、キミ?」
そうかも知れないが。
高山病でもないのに目眩がする。
「いえ、そうじゃないわ。ジャヤは後から来た。あなたは、ここに、なにかを見出したはずよ?」
龍驤はちょっと首を傾げて。
「言語が同じ。でも、通貨は違う。二十年前で新世界。少ないにしたって、加盟国あるのに。ノーランドがおったのに」
レッドラインのこっちと向こう。八百年も前に進出しておいて、新世界もなにもないだろう。海王類を仕留める強者にとって、本当にカームベルトは冒険の妨げになったのだろうか。
今でさえ、犠牲を前提に空島へ訪れる船があるというのに。
「世界は、未知へと遡った?」
「空島もそうなら、ここに政府の手は届いとらん」
言語が同じなら、間違いなく同じ文化圏だ。なのに、通貨が違うなら、別の国なのだ。
ヨーロッパはラテン語を起源としているが、隣り合った国でさえ違う言葉を喋る。同じ言語を使うのは、遠くてもかつて植民地だったような国だ。だからドイツ語を公用語にする国は少なくて、スペイン語やポルトガル語の方が、フランス語より使用頻度が高い。
空島もそうだとすれば、イギリスとアメリカのように、独立したのだ。
世界政府は歴史を隠すことで、コミュニケーションの分断を図っている。世界を繋げていたものを断ち切ろうとしている。
だとするならば、一番に断ち切られたのは独立した空島ではなかったか。空島がアメリカと同じく、かつての盟主たちと無関係でいようとしたならば、実際に、カームベルトを越える地理的分断があったならば、この場所には空白の百年どころか、それ以前の歴史が残っているかも知れない。
例えば、元首を神と呼ぶしきたりのような。
ロビンは俄然、やる気になった。龍驤はさらに首を傾げる。
「やっぱ、空軍ないんかな?」
あるような気がしていたのだが、事実を前にすればないという結論が出る。あれば、空島にも干渉している。
しかし、ないとおかしいのだ。マリージョアの持つ戦力は、海軍を別とすれば神の騎士団、陸軍のみである。
CPを含んだとしても、諜報機関だ。あいつら、いっつも墜落するか、しがみつくだけだ。高いところとか空とか、本当にダメな人種である。
表向き存在していないのはその通りだが、じゃあなんで世界をバラバラにしようとしているのか。
分断して統治するというのは基本だが、自分が分断されちゃうと、安禄山になる。ならないためには海軍をきちんと統制しなければならないが、センゴクは真面目に見えて、さすがはガープの親友というはっちゃけ具合である。
センゴクとガープにおつるさんまで加えたら、安禄山より怖いだろ。
でも、放置なのだ。節度使と違って、足元に本部があるのに。
牽制で白ひげとクロコダイルによる包囲網の噂を流しても、あいつらなんにもしやがらない。確かめすらしない。
空軍を隠し持っていなきゃおかしいのだ。
もしかすると本当の本当に、世界政府がバカである可能性もあるにはあるのだが、そこまでは思い込めない。
というか、信じたくない。
バカで空軍ないのにこれほどの期間を統治出来るなら、マジで神でもおかしくはない。知恵じゃなかったら、暴力しかないじゃない。
怪獣超えちゃった。ちょっと、それは勘弁して欲しい。
ただ、龍驤の故郷は倭建命を筆頭に、神殺しには不自由しないお国柄である。むしろ、怪獣の方が大変という、変な国である。
なんとかなるだろうとは思うが、それをロビンには話さない。
日本には言霊信仰がある。
龍驤はただのシッタカなのであって、本当の専門家に肯定などして欲しくない。
それに、別の視点も欲しい。情報の共有はいいが、分析まで同じにしては、仲間の意味がなくなってしまう。あくまでも、共有するのは一般論までだ。
歴史が、知識が失われてなお、ロビンの理論的基盤は、龍驤と同格かそれ以上である。艦娘特有のマルチな思考による多角的な視点と、常識フィルターさえ外せばロビンは龍驤と同じ答えを出せる。
血みどろの戦争の果てに知性を獲得した地球と、千年近く局地戦しかなかった世界が同じというのは、なかなかに業腹だ。
が、龍驤は助かる。
そんなロビンがいると、龍驤は一味の無謀に、思いっきりヤキモキ出来る。命を突き放して見るロビンが客観性を保っていてくれると、ゾロやサンジが龍驤に対抗する根拠になれる。
龍驤としては、さすがに口で負ける気はないので、あの口下手どもが言葉を飲み込まなくなるだけでも、非常にありがたい。
あいつら、負ける勝負をしやがらないのだ。龍驤は帝国参謀でもあるので、VIPPERが霞むような命がけのレスバをする。
するが、勝つのは当然、船長の意見なので、ゾロとサンジが負けるはずがない。ロビンがいれば、負けない勝負で負けを考えるより、よっぽど上手くバランスがとれる。
あと、ナミとも平気でケンカ出来る。フォローしてもらえるからだ。
ナミの怒りが麦わらの一味を壊滅させるのは、単なるリアルである。あのお姫様は、機嫌が悪いと船長すらボコボコにする。
さすが、龍驤が魔王と見込んだ少女である。
怖い。
大人って便利である。龍驤は0歳なので、子供でいる。
ロビンと、何気にチョッパーの負担が大きいことになっている。精神年齢、IQの高さが支障をきたしている。チョッパーこそ、子供でいいはずだ。
龍驤はおばあちゃんだっていい。
そのうちなんとかなる。
龍驤は脱線した思考を元に戻す。
「飛行機もないこの世界で、職人が翼を作ったんや。エンジンのようなもんは失われとるとして、空を飛ぶという発想自体は既知のものや」
白海と呼ばれるらしいこの場所へ来るまでに、翼は折れている。だがまだ、尾羽根だけは残っている。あんなとんでもないものは、龍驤の世界だと作れない。
世界一周も出来ないくせして、なんだこの世界。
「ノックアップストリームの利用が、当たり前だったというの?」
「それは嫌」
いきなりワガママを言うな。
しかし、当然ではある。なんであんなものに、再現性があるのだ。自然現象じゃなかったのか。
たまたま、ドーナツ状のソニックブームだったから、タイミングよく渦の中心にいたメリーは無事だった。
しかし、海底に空いた穴の形が違えば、ソニックブームは別の形状をしていたはずである。ただの燃焼をロケットやジェットの噴射にしているのは、穴、吹出し口の形状という工夫に過ぎない。
それが変わってしまったら、ロケットは宇宙まで打ち上がらないのだ。メリーがバラバラにならなくても、積帝雲に到達しなかった可能性だってある。
いくつもの、本当にいくつもの奇跡の重なりで、一味は空へ来たはずだが、そうではないという。
ガン・フォールさんの話によれば、失敗して全滅はあり得ても、全員が生き残る可能性があるのだ。後付けの翼と、高い航海技術。そして、海流に僅か遅れる打ち上げと、衝撃さえなんとかすれば。
それさあ。
なんとかならないだろ。
奇跡があり得ないほど重なるなら、それはもはや奇跡ではなく、単なる技術だ。
仮説が正しいとするならば、地殻に空いた穴は、すべてが同じ形状である。
「つまり、人工物や」
「古代兵器……ッ!?」
「わからん。それとは関係なく、単なる排水かも知れん」
リバースマウンテンで、龍驤は巨大な核融合炉の幻影を見た。あの非常識は、そうとしか考えられなかった。
消えた水がどうなっているかの答えが、ノックアップストリームなのかも知れない。少し穏やかであれば、サンドラ河という形になることも、あり得ないとは言えない。
「根詰まりしとるん?」
台所の排水口じゃない。しかし、海の堆積物は膨大な油田や、ヒマラヤ山脈を形成したりもする。
メンテナンスしなければ、そんなこともあるかも知れない。
わからない。
わかりたくない。
掃除をサボった結果が、あの大災害。
そして、無視してならないのは、覇気とか言う不思議。
二人して眉間を揉みほぐす。
「やめよ、推測で疲れんの」
結局、龍驤は愚痴の形で分析を共有している。
「そうね。その通りだわ」
最初からそうしろよ。
一味のツッコミが、彼らの口から出ることはなかった。
ジンベエの裏切り。
麦わらの一味が連日の宴を楽しんでいた頃、世界を駆け回ったニュースである。
新聞社の社長は、最近ウハウハが過ぎて顎が嵌まらない。よだれが出っぱなしである。見かねた社員が、見事なアッパーカットを披露した。
CPの工作員かも知れない。
海軍本部で行われた緊急会議には、信じられないぐらい七武海が揃っていた。
「なんでわらわが強制されて、モリアが欠席なのじゃ?」
「いや、あいつが今、一番仕事してると思うぜ?」
予想進路を考えると、モリアのナワバリは実に都合の良い位置にある。だから、このメンツで挑む事態を、一人で対応させられている。
モリアのスタンス的にも、色々と大変だなあとみんな同情していた。
だが、蛇姫には関係がないようである。
「わらわは嫌だと言ったのじゃ!! なのに、あのじじい!! わらわのメロメロビームに鼻くそを打ち返して来よった!!」
ちょっと意味がわからない。蛇姫は七武海であり、その能力に抗うことは、およそ不可能と言われている。
彼女の魅力を前にして、覇気を使いこなすことそのものが困難であり、使えたとしても力で上回られる。
九蛇は覇気を使いこなすことが当たり前の国家なのだ。能力もさることながら、そうした技量で敵うわけがない。技量がダメなら力しか残らないが、七武海なのだ。
海軍と言えど、被害を油断の一言で片づけられないほどの強者が蛇姫だ。
それを、鼻くそ。
「あまりの、あまりの衝撃にわらわは気絶してもうた。気づいたら、首根っこを掴まれてここにいたのじゃ」
「猫か、テメェ」
さすがに、鼻くそで七武海は倒せまい。鼻くその衝撃は、たぶん、蛇姫へピトッとしたことである。ショッキングピンクが、必死に顔を逸らしている。
いまいちコメントが難しい。女性の、蛇姫の機嫌が悪いとなると、下手に笑えない。
特に、背後で石像を量産されていると。
「さっさと戻しておあげ。いい子だから」
「気安く、わらわに男が近づくのが悪い!!」
「だったら、こっちにおいで。お茶を入れてあげる」
蛇姫はムスッとしたままだが、無言でおつるさんの隣に移動した。その場にいた男たちは、おつるさんに尊敬の眼差しを送る。
しかも、どこからかクッキーなんか持ち出して、ガールズトークに花を咲かせている。クソじじいへの愚痴を聞いている。
あれ、自分たちも食べたい。
「揃っているようだな、海のクズども」
「フッフッフ、助かったぜ」
「まさに」
センゴクが訝しんだ。でも、仕方がなかった。若い女に弱いのは世界共通である。七武海でも例外はなかった。
むしろ、特効だったりする。
蛇姫は、若い女性である。
ジンベエとモリア以外が、海軍本部に揃っていた。
「下らんことで呼んだのではあるまいな?」
「俺ァ新世界だぜ?」
普通ならマリージョアだが、様々な事情を勘案の上、会議の開催は海軍本部となった。不自然なぐらいにガランとした部屋だ。
円卓と椅子の他は、おつるさんの手元にある茶道具しかない。
壁面に絵はなく、なんなら窓もない。だから、カーテンもなく、テーブルクロスも、観葉植物も、サイドチェストすら見当たらない。
海賊など歓待するつもりがないのだと、そう単純に考えられたらよかった。クロコダイルだけが察した。
「警護は誰だ?」
「ボルサリーノだ」
クロコダイルは鼻を鳴らした。それだけだが、それだけでなにかを疑うには十分だった。
「オイオイ、内緒話か!? 俺たちにも教えてくれよ!!」
「まあ、待て。抵抗するなよ? おつるさん、洗ってくれ」
「はいよ。みんな、ちょっとだけ我慢しな」
「は?」
部屋ごと洗われた。みんな、ちょっと丸くなった。あと、平たくなった。センゴクもそうだった。なんとか、円卓にすがりついた。
「大丈夫なようだね」
一応、抵抗はしなかった。しなかったが、七武海が揃って最高に不機嫌だ。洗われてなお、細胞一つ一つが弾けていくような怒気が、部屋を支配した。
もうなんか、切り絵かと思うぐらいにはっきり陰影を背負っていた。
クッキーは台無し。
「すまん、すまん。必要なことなんだ」
センゴクは朗らかに言った。クロコダイルが立ち上がる。
「テメェ、繋がってやがったな?」
「おい、こちらはなにもわからん。説明しろ」
他の七武海も察した。クロコダイルとセンゴクの間には、なんらかの共通認識がある。
悪巧みに巻き込まれようとしている。
センゴクはいたずらっぽく笑った。七武海は呆気に取られた。
そんな風に笑う男ではなかったはずだ。仏のセンゴク。そう呼ばれてはいるが、実際はよくて明王である。力を全面に出す、ある意味でわかりやすく、交渉のしやすい人間だった。
おつるさんだけが、ため息を殺して目を逸らせた。
「ああ、本当に。よく集まってくれた。ぜひとも、手を貸して欲しいことがあってな」
センゴク自らが、七武海に紙を配る。
それは事前に議題として知らされなかった、麦わらの海賊の資料。
鷹の目が笑い、ワニが苦虫を噛み潰す。
くまと蛇と、ピンク鳥はまだ知らない。