「天国に行くんだぞ? もっと楽しめよ」
「ウチとこの天国、地下にあんねん」
「天国だって言ってんだろ?」
「あるあるやで?」
三大宗教が天国なだけで、死者の行き先が地下設定の神話は多い。世界三大怖いは、太陽、雷、お母さんなので、みんな大地に帰るのだ。バブみに溢れた話である。
空というのは、招かれて行くものだ。麦わらの一味のように押しかけるものではない。そんなことをしても、たいがい追い返される。
「まあ、歩いてった人は何人かおるらしいけど」
西遊記なんかがわかりやすいが、スカイウォークという聖蹟がある。お迎えを待たずに自分で行ったから聖人なんだそうだ。
本来なら工夫と技術で乗り越えるものを、わかりやすい苦難という形で示す。
人間の想像力とは面白い。突飛なくせに、どこか生真面目で微笑ましい。リアリティがある。
実際は海老に乗っているのだが。
「なんや、この現実」
しかも後ろ向き。そりゃ、海老なんだからそうやって泳ぐのは自明だが、現実的だからリアリティがあるわけではない。
そんな泳ぎ方しか出来ないやつが、なんで特急で富士山登頂なんだ。
7000メートルから一万メートルだ。開戦当時、猛威を振るった零戦も、だんだんと陳腐化した。勝てなくなった。それをアクタンのせいだと後悔すらさせなかったのがアメリカだ。
ほとんど宇宙という高度を飛ぶ超空の要塞、スーパーフォートレス。戦略爆撃機、B-29。
あれだけ高空を飛ばして、パイロットに防寒具さえ着せないという、圧倒的技術力。それが大空いっぱいに編隊を組み、ハリネズミのような無人操作の防御兵装と強靭な装甲を備え、多少どころか貫通しようがなにしようが飛び続ける高い生存性と、修理で直る整備性でもって、何度も何度も襲ってくる。
焼いてくれる。
人間の努力や根性を嘲笑う工業力が、物理的に届かない高さで睥睨する。
勝てるか、バカ。海老が届くな。船を背負うな。
龍驤は泣きたい。
世界が違うのだとしても、これはあんまりだ。あれは絶望だったのだ。
南方ではどれだけ飢餓の中にあろうとも、戦争だった。日本が弱いだけで、殺し合いをしていたのだ。
それが本土ではただの殺戮に様変わりした。龍驤が育てて、残してきた航空隊は、なんの役にも立たなかった。同じ土俵にも登れず、戦えなかった。
見上げることしか出来ない、遥か高空。日の丸を背負った飛行機乗りであれば、この身が焼かれても行きたかった場所。
そこに海老で。
実に感慨深い。
「元気出せよ」
「頑張る」
ちょっとシャレにならなくて、一味は困惑している。龍驤も切り替えようとしている。
ここは異世界なのだ。龍驤は沈んだし、生まれ変わった。無関係とまでは言わないが、引きずるにしても限度がある。
とりあえず、今は飛べるのだ。龍驤は無力ではない。妖精さんの改修ごっこも終わった。後悔は後悔として、前を向かねば。
海老は後ろ向きだけど。
「上に行ったら覚えとけ。食ったるからな」
「そいつはいいな。ウマそうだ」
「義理人情!!」
怒られた。殴られた。
海老は知らずに、凛々しい表情で上を目指す。
およそ、生き物は人間のような移民はしない。地球規模で移動する鯨などもいるが、決まったルートやナワバリがある。親離れして一人立ちしても、せいぜいがお隣の地域だ。
普通、生き物は水のように生息圏を広げ、また森林限界の中で生きる。
ならば、この海老はなぜ富士山並みの高さを登るのか。
たぶん、森林限界がそこにないんだろうなと推測は出来るが、それにしたって後ろ向きに泳ぐのは無理をし過ぎだ。
働く必要のない動物は、生きるために頑張ったりはしない。腹が減るからだ。
減ってもエサが見つかるとは限らないのが自然界で、探そうとすれば更に減る。エネルギーを消費する。だからじっと待つ。
それでも生き物が長距離移動するなら、だいたいは生殖が理由だ。渡り鳥も鯨もヌーや蟹も、みんな子育てや出産のために大移動をする。
つまり、この海老。メリーをメスか卵と勘違いして運んでいる可能性がある。だから、こんなキリッとしている。
「旬なわけよ」
「腕の振るい甲斐があるな」
「急に気の毒になった」
「まあまあ、メリーは美人やからな。嫁には出さんが」
「お前はメリーのなんなんだよ?」
「姉?」
「オイ、0歳児」
末っ子が調子に乗りよる。
なんにせよ、新しい景色だ。トンネルを抜けた先には、別の世界が待ち受けているはずだ。
龍驤も含めて、ワクワクとその瞬間を待った。厚い雲のすき間を抜け、光が差し込む。
出口ではなく、入り口だとはっきり書いてある。看板がある。
「神の国、スカイピア」
「あの地図にあった場所」
「黄金郷」
「古代都市の遺跡」
「エビフライ」
「タルタルソース」
「そこはウスターだろ」
「入るぞ!!」
海老がハサミを離す。メリーが打ち上げられる。
「空島だぁー!!」
「ハッハー、ココ椰子!!」
もう、ヤサグレてすらいられない。わかってたけど、南国です。木が生えてます。エベレストより高いです。
いや、今さっきストレスを発散したところなんですけど。
「疑問を持つな。楽しむコツは純真な心。素直に、素直になるんや、龍驤ちゃん」
「悪かった。気持ちワリィからそのままでいろ」
ガレオン船に不意を打たれたところから始まり、勝手に設けられていた高度限界に、空気の組成による大砲の威力減衰。
仕事に影響が出るから不機嫌なだけで、未知への探求は楽しくて面白い。龍驤の目的は旅である。結果ではなく、過程。ゴールなどないのだから、楽しまなくては損だ。
いつかドクトリーヌに語ったように、不幸すら娯楽に過ぎない。海賊旗のように、自慢げに掲げよう。
そうも言ってられない事情が、この世界にはあり過ぎるのだが。
大半は政府のせいなので潰す。根性がどれだけネジ曲がっても、自分の言葉は曲げない。よって、船長にも面倒を見てもらう。ヤサグレたら機嫌を取るのが役目。
「龍驤!!」
「バッチリや!! あのビーチらしきもんに上陸して、探検したら、バーベキューやで。腹が減ったら帰って来ぃ」
「ガッテン!!」
龍驤の錨の先には、さっきの海老。脳天を貫かれている。切ない。ご苦労さまとご馳走さまを、ちゃんと送らないといけない。
「ノルマンディー!!」
「やめろ。なんか縁起悪い感じがする」
「そうか? 盛大に景気よく感じるぞ?」
一味の勘も鋭くなった。成長だ。ヤケになってやがる。
メリーは雲に乗り上げた。ルソッチョがさっそく飛び込んで走り出した。ゾロもサンジも澄ました顔をしているが、ウズウズしている。
「ええ、ええ。行け行け。メリーはウチが見とるさかい」
「そうか?」
サンジは靴下を脱いで、ズボンの裾を上げて、ヒャッホウと船べりを蹴った。ゾロは無言で頭から突っ込んだ。
泳ぎたかったらしい。ルソッチョが白海で龍驤に止められていたとき、混ざりたかったらしい。龍驤はメリーの錨をビーチに刺して、海老を船に引き上げる。
「あなたは?」
「天国にゃ知り合いも多い。挨拶してくよ」
「空島の出身なの?」
「異世界やってば」
龍驤は空を見上げる。
「ああ、やっぱり。まだ雲がある」
ロビンはそれ以上、尋ねるのを止めた。ただ、素直に口にした。
「航海や上陸が冒険だなんて、思ったことはなかったわ」
「挑戦さ。どんなことでも」
龍驤は海老から錨を抜く。
「未知なんやから。まぁ、ウチはもう十分やけど」
アメリカに、イギリスに、世界に挑んだのだ。龍驤の前世は無謀であり、蛮勇だった。もう懲りごりだ。
だから、ルフィや一味がどれだけ望んで、ネタバレを嫌っても、龍驤だけはチートをやめる気はない。ただの推測だけど。
龍驤は喉を鳴らして笑った。
「オハラも、ここのことは知らんかもな」
「そうね。そのはずだわ」
「どや? 楽しくなってきたか?」
「ええ、楽しいわ」
「ほな、混ざってこい。お嬢ちゃん」
ロビンはにこやかに軽やかに、空島へ降りた。龍驤はそれを見送って、海老の頭をもぐ。
「どれだけ海に隔てられようと、空は繋がっている」
懐から盃を出し、酒を注ぐ。海老の頭と共に並べる。そして、自分にも波々と注ぐ。
「異世界ともか? なんでもええが、こっちでもまあ、変わらずやっとるよ」
艦娘になったのに、本当に変わらない。龍驤は龍驤だ。空に掲げて、飲み干した。空きっ腹に染みる。
妖精さんたちが、それに付き合ってくれた。
異世界の水だが、酒は変わらず、うまかった。
殻を剥いた海老を置いて、バーベキューセットを準備していたら、ルフィたちが帰ってきた。
「準備にはまだかかるで?」
「早くしろよ。じゃねえ。ウェイバーってあっただろ?」
「ウェイバー? なんや、それ?」
「拾って来たやつ」
「あれ、空島の乗り物なんだってよ」
「直してくれるって!!」
龍驤は考えた。
「ああ、あれか。船倉に放り込んだるで。動力だけなんとかすりゃ動きそうやったし」
「やっぱりか!!」
「じゃあ、直るぞ!!」
「今度は俺も乗るんだ!!」
龍驤は振り向いて、海雲を見た。一味は龍驤で水上スキーを楽しんだりすることもあるが、雲海はやはり普通の海とは感覚が違う。心配だが、三人の顔を見たら止める気にはなれない。
「ゾロかサンジの見とるとこで遊ぶんやで」
「うん、わかったー」
三人は素直に返事して、メリーへ乗り込んだ。龍驤はぶつ切りにした海老や、備蓄していた肉なんかを串に刺していく。
ニョキっと、メリーの下から海老が生えた。龍驤はノータイムで撃ち殺した。
「こいつより大物やな」
傾いたメリーからルソッチョが転がり出てくる。
「なんだ? なにが起こった?」
「うわッ!! メリーが!?」
「また海老!?」
「おかわりや」
龍驤は歩みより、海老の背にあるメリーを見上げる。
「やっぱ、傷んどるな。メリーもよう頑張っとる」
船底などそう見る機会もない。三人も感慨深く、龍驤に並んだ。その傷みは、一緒に旅をしてきた軌跡でもある。
「猿山連合が、だいぶ面倒見てくれたみたいやな」
「ああ。あそことか、あそことか。俺じゃ直せなかったところだ」
「ありがてえ。恩を返さねえとな」
「鐘か? どこにあるんだろうな?」
ルソッチョは首を傾げたが、ウェイバーの存在を思い出して駆け出した。
海老は放置である。龍驤はさすがに呆れた。海老の額には、GODの文字が刻まれている。
「せっかくのお招きやけど、昼飯が先や」
龍驤はビーチで遊ぶ一味を横目に、バーベキューの準備に集中した。
雲海の恐怖というのは、さっきウソップが存分に見せつけた。それにも関わらず、ルフィはウェイバーに乗って溺れた。見せつけた側のウソップすら、迷わず助けに向かったりと実に誇らしくはあるが、単にバカである。
「学習しろ!!」
「何度同じことを繰り返すんだ!!」
「チョッパー!! お前もだぞ!?」
「え? 二回目なん?」
「ええ、そういうことになるわ」
バカである。
「ナミは?」
「すいません。私のウェイバーで。すいません」
なんか謝られた。どうやら現地住民らしい。さっそく、友達になってやがる。親子でやって来た。
「へそ」
「ああ、はい。こんにちは」
挨拶というのは、どんな国でも言いやすいように省略されていく傾向にある。グッドモーニングはあなたによい朝が訪れますようにという、祈りの文句が縮まったものだし、おはようございますは、早くからご苦労さまですねみたいなところから発生している。
だから、「へそ」という挨拶もなんかの省略だろう。南国かつ、繊維の貴重な場所では男女とも腰蓑だけという服装の地域も多い。互いの健康状態を測るのに、顔色ではなくへそで判断してたとかそんなんだろう。
龍驤は適当に理屈をつけて、異文化を受け入れた。気持ちだけは突っ込んでいる船長と同じである。
「と、特急エビを仕留めたんですか?」
「運がよかった」
住民コニスがドン引きしている。まあ、そうだろう。便利な動物だし、羽毛のようなウロコを持つ他の空魚とは、一線を画す生態をしている。
この浮力の少ない海で、頑張って早く泳ぐというクマバチみたいなやり方で、白海だの白々海だのを行き来する。
名物と言われるぐらいだから、半ば経済動物か保護動物的な扱いでもされているのだろう。海ねこを前にしたビビはクルーへ金棒を振り回したが、ここの住民はどうか。龍驤は油断なく見守る。
「おいしい!!」
「プリッとした歯ごたえが、実に。すいません」
杞憂なり。バーベキューは和やかかつ、騒がしく過ぎた。
だが、おかわりの方はそうも言っていられなかった。
「ちょ、超特急エビ!?」
「なんてことを!! 神の御使いですよ!?」
「知らんがな」
単なる誘拐犯である。かわいいメリーを船長たちごと連れ去ろうとした害獣である。文句を言われる筋合いはない。
「か、神に逆らうと言われるのですか?」
「そもそも、仕えとらん」
生麦事件でイギリスは、そりゃ貴族の行列に紛れ込んだらそうなるよなと本国では言いつつ、幕府に対してなんで大名行列があることを通達しなかったか問いただした。
文化や習俗はもちろん、法律も違うのだから、守るべき規範はあらかじめ通達して置かなければならない。教えてくれなきゃわかんないじゃないと、責任から逃げたのだ。
実際、下馬が必要かそうでないかの判断は難しかったと言えなくもない。
止まって待てば、そんな判断の必要すらなかったけど。
これがイギリスのやり方である。
今回はそんな阿漕なことをする必要すらない。島津はその場で、イギリス人たちに注意や警告の形で法の存在を通達したが、同じ言語を話すはずの麦わらの一味は、そんなこと欠片もされていない。
じゃあもう、身を守るしかない。結果がどうなるかは、それぞれの力関係だろう。
「船は財産であり、住処であり、海賊を海賊たらしめるものや。船もない海賊なんぞ、海賊とは呼べん。それに手を出したとなりゃ戦争や。キミらはそれを望むんか?」
親子はなにも言えない。当たり前である。ただの一般人を戦争の引き金にして恥じないの、イギリスしかあり得ない。
コニスとパガヤさんは、常識的な対応をした。偉い。
「なんだ? 敵か?」
ゾロが楽しそうに、柄へ手をかけた。サンジがタバコに火をつけた。
観光客から、海賊に変わろうとした。
「そういや、絶対に入っちゃいけない場所があるんだってよ」
「入って、この国にケンカ売るんやな?」
ルフィも楽しそうに付け加えたが、真顔になった。油断した。もう、発散したと思っていた。
ここ数日、ストレスを溜めまくっている危険人物が、一味にはいた。ルフィが冒険とか忘れるレベルで、待ち受けていた。
龍驤はワキワキと手を動かした。
「船長が許可くれるんやな? 街も人も、島も焼いてええんやな?」
「落ち着け」
制圧された。縛りつけられた。チョッパーを膝に置いて、メンタルケアが開始された。龍驤はワッシャワッシャと、撫で回している。チョッパーは目を回している。
「ええやん。なんか神さん、悪そうやん」
「そういう問題じゃねえよ」
「神以外も焼こうとしただろ?」
「ついで、ついで」
「ついでで焼くな。一般人だぞ?」
「むしろ、ついでで焼くもんやない? 海賊って」
「なるほど。哲学だな」
そうだろうか。そうかも知れない。
この世界で海賊とはなにかを問うのは、確かに哲学だ。
麦わらの一味が最後に海賊らしいことをしたのはいつだったか。最初がない可能性すらある。
でも、気分は海賊だ。登録は賞金稼ぎだが、海軍の人も海賊だって言ってた。具体的な犯罪が見当たらなくて、歯ぎしりしてたけど。
真剣に、自分たちが何者かわからない。
「一応、海賊旗さえ掲げていれば海賊よ」
ロビンが戸惑っている。まさか、自分の乗った船が自分がなんなのかわからないとか、想像もしていなかった。
「常識って、ここまで疑うべきものなの?」
「異世界人の苦労がわかったか?」
メリーは龍驤の船ではない。一義的にはルフィの船で、ロビンと同じ世界の住人たちが大半だ。異世界人より、よっぽどわかりあえるはずだ。
ロビンは龍驤の隣に腰を下ろした。
「年の差なのかしら?」
「たぶん、違うと思うぞ」
どう慰めていいかわからない。一味はコニスに目を向けて、断られた。だから、ナミを探す。
丁度、戻ってきた。
「早く船を出して!! ヤバいのよ!! すぐに逃げるわよ!!」
ちょっと同意したくなる提案である。ナミは慌てていて、大声で一味に呼びかける。なにがあったのかは知らない。
「なあなあ、アレなら撃っていい?」
すると、逆から龍驤がルフィの裾を掴む。指差す先を見ると、なんかガタイのいい男たちが、集団で匍匐前進している。こちらに、にじり寄っている。
「あかん?」
龍驤が首を傾げ、ロビンは塞ぎ込み、ナミは遠くで喚いている。
一味の男たちは進退極まった。