カオスである。
雲海からはナミが慌てて警告を口にし、島では龍驤が暴走し、そして正体不明のなにかがにじり寄ってくる。
バレバレの匍匐前進で。
敵に数えていいのか、真剣にわからない。隠れているようで欠片も隠れてないし、無防備と言えば無防備だ。
しかし、ガタイはいいし、制服っぽいものも着ている。一応、海賊を自称する身としては、警戒せざるを得ない。
なにに、という気分にはなるが。
この瞬間に蹴散らしてやりたくないかと言えばウソになる。ただ、それだと暴走娘を肯定することになるのだ。
これをマズいと思えない理性では、麦わらの一味をやっていられない。
「へそ!!」
「どうも、へそ」
「いや、なに言ってんだお前ら!?」
地球でも出会い頭に、オラと言われることがある。というか、旗にドクロを掲げて文句を言うことではない。
だが、とりあえずツッコミが出来てよかった。行動するかどうかで迷っていたのだ。ぶっ飛ばす以外の選択肢が提示されて冷静になれた。
とにかく、よくわかんなかった。
「あいつはなにを喚いてるんだ?」
ナミは不穏な空気を読んで、ビーチに近づかない。ただ、必死に一味を呼んでいる。
「知らんよ。偵察はしてへん」
「なんかあんのか?」
「監視されとる」
白々海に来てから、電探と無線にノイズが走る。妨害や傍受をされている証拠だ。しかし、通信技術さえ生物特性に頼る世界である。
電伝虫がいるなら、交流出来るだろう。なんで、新聞でしか。
通信はまったく、普及技術ではない。
ならこの空島では傍受するだけ無駄だ。となれば、妨害もおかしい。妨害すべき技術がない。
慎重にノイズを解析すれば、生体反応に近いように思えた。つまり、これは悪魔の実の能力だ。
龍驤はげんなりした。
ルフィやバギーでなければ、能力というものは意図的に発動させるものである。
島の防空圏ぐらいの範囲に対して常に能力を発揮し続けるとか、頭がおかしいかなんかである。クロコダイルですら街一つ分。
能力者でもないドリーさん、ブロギーさんで島一つ。黒ひげとエースで半分。規模だけなら越えている。
巨人怖い。
で、どうやら昔の風習とか残っているらしいことを考えると、神と天竜人はニアリーイコールな感じらしい。
らしいばかりだが、船長が冒険したいと言っているのだ。空島の事情は、龍驤も把握していない。ただ、龍驤の常識だと、冒険というのは敵対地域でやる遊びではない。
麦わらの一味をジャングルで彷徨う日本軍のようにしてしまうわけにはいかないからだ。文明がなければ、人間は自然の中で生きられない。ならば、その文明と敵対は出来ない。
文明を支えるのは、個人ではなく集団であり、集団をまとめるのは法やルールだ。その運用を任された人間を、王様とか執政者と呼ぶ。空では神だ。
頭のおかしい執政者がやることなど、国民の監視ぐらいしか思いつかない。つまり、見慣れない、よくわからない、あんまりどうにか出来そうにない飛行体なんか飛ばすと、狂人のご機嫌を損ねてしまう可能性がある。
自分の機嫌すら思うようにならないのに、神なんぞのご機嫌伺いなど御免である。一味は龍驤がダメでもすぐに見張りを始めたので、龍驤はサボることを決めた。
当たり前だがこの世界。空母の制空権など過剰なのだ。龍驤がいると、冒険出来なくなっちゃう。
そうなのだ。せっかく、高度一万メートルで活動出来るようになったのに、龍驤は我慢をしなければならないのだ。
腹が立つばかりである。一味は空にまで来たのに。
働いても、裏をかかれてガレオン船が直上攻撃してくるし、働き過ぎるとネタバレになるし、働こうとすると邪魔してくる。
龍驤がヤサグレて戸惑っている間に、一味は猿山連合と仲良くなって、災害を利用してそれを乗り越え、こんなところまで航海した。
龍驤は役立たずだったわけだが、それ龍驤のせいだろうか。
そろそろキレてよかろうと思う。すでにキレ散らかしている気もする。
もちろん、船長の決断に文句などない。ワイパーとガン・フォールさんは戦争をしている。
事情がわからなくても、想像や推測は出来る。その意味ではわかりやすい。
有り触れた先住民と既住民の争いだ。常識外れな事態によって、どっちが先住民かもわからないが。
島に住んでたのはワイパーたちだけど、空に住んでたのはガン・フォールさんたちである。こんなもの、いちいち首を突っ込んではいられない。ガン・フォールさんは引退しているようだし、ワイパーは一味にケンカを売った。
自分の目で確かめる、と暗に決断を先延ばしにしたルフィを責められない。力で解決しようとしたらどっちかの皆殺ししかない。二人と出会った時点では、誰の味方も出来ないのだ。
龍驤は敵味方の区別が、物理的に苦手である。
さすがのルフィも、龍驤の戦力を正確に理解しているわけではないが、慎重にならなければならないことぐらいはわかっている。龍驤だって、伊達に危ない言動を繰り返しているわけではない。龍驤は見た目、単なる美少女なので、エキセントリックに振る舞わなければ、危険性をわかってもらいにくいのだ。
ゾロなんかそれで、龍驤を斬れなくなった。
天竜人メンタルなバカにケンカ売って、複雑な紛争に首を突っ込んで、そこに龍驤が参加すると、地獄しか生まれない。龍驤は危険人物である。
上手いこと住人との敵対を避けながら、ピンポイントで神だけ倒したい。長い争いのおかげだろう。居住権の争いで、和解の選択肢が生まれてるっぽい。ここで下手につつくと、龍驤はイギリスになってしまう。
あとは住人の気持ち次第だ。
ガン・フォールさんが神の座から降ろされた理由が、現、神の暴力ではなく、住人の総意だった場合は、もう放っておいて逃げるしかないと思っている。つまり、ガン・フォールさんに対する不支持が理由だった場合だ。
まだ戦争を止めたくない住民が大多数だったら。
こういうのは、時間でしか解決しない。400年で足りないなら、あと500年でも頑張ってほしい。
それもGODなる海老のおかげで、目処が立ちそうな状況だ。海老で迎えを寄越すとか、人手がなくて自分たちを隔離している証拠だ。
ルフィたちはちゃんと出会った住人と友好関係を築いているし、龍驤の中できちんと敵と味方の区別がついた。
だいたい、事情はわかった。
もはや、らしい、ではなく、ここの神とやらは天竜人とイコールである。
法やルールを盾にしてくるのは、他に正当性のないクズだから。
住人が怯えているだけなのは、まともな統治能力がなく、暴力以外の弾圧手段がないから。
住人が余所者への警戒心がないのは、実はちゃんと治安維持機構が働いていて、住人の味方だから。
まるで政府と海軍のようだ。空も結局は変わらない。
一味のためにもっと単純化するなら、いい例がある。
「つまり、ここはシェルズタウンで、神はモーガンや」
「マジかよ」
ゾロがうんざりしている。ウソップが首を傾げた。
「誰だっけ?」
「ゾロを張り付けにした人」
サンジがニヤついた。
「へー、面白そうな話じゃん」
たぶん、ゾロの失敗談的な期待をしているのだろうが、やめた方がいい。リカちゃんの話をしたら、嫉妬に狂う。
待っていてくれる女がいるというのは、男の格を上げるのだ。0歳児龍驤は年齢で人を差別しない。子供はすぐ大きくなるし、このネタはもうちょっと寝かした方がオモロい。
さて、モーガンが君臨しているだけの島なら、ご本人とそれに従うごく一部だけを吹き飛ばせばいい。どうせ、そういうのは自分たちだけの城にこもっている。つまり、船長以下、戦闘狂どもを投入して暴れさせたら解決する。
誰かを巻き込みそうな龍驤とナミは待機。ウソッチョ、ロビンは援護だ。
七武海の右腕だったロビンがいる時点で、およそ対抗出来る勢力が見当たらない。正面戦力なんぞ、龍驤とウソップとチョッパーで、いくらでも削れるし。後ろにはナミが控えてるし。
実に明確で、わかりやすい。龍驤の中で算段はついた。あとは船長がどのように判断するかである。
「んなこと言っても、船盗まれるわけにもいかねえじゃん」
「ですから、これは神からの招待で」
「招待なら、別に船盗る必要はねえだろ?」
「だからと言って、殺していい理由には」
「マジで言ってんのか?」
なんか、船長が口で勝ってる。ちゃんと討論している。
ロビンがいないと龍驤に立ち向かいもしなかったゾロとサンジが、なんか深刻な顔になってる。
ホワイトベレーなる方々はタジタジだ。
そりゃまあ、無理があるよなと思う。
海老に船を誘拐されるとか、普通は防げない。防げないものを防がれた時点で、なんの優位性が得られよう。およそ、向こうの思惑というのは、完全に崩れていると考えていい。崩れた思惑を、まともに執行出来てない法なんかに頼って押し通そうとしても、上手くいくはずはない。ルフィはあれで、血縁だけ見たら頭脳系エリートだし、イギリスじゃなければ、アクロバティックな屁理屈で道理をねじ曲げたりは出来ないものだ。
どんな思惑かは、一切合切わからなくても、それだけは確かである。
「なんでだよ?」
「海賊にこんなんして、トラブルにならんわけないやろ? 想像力もないアホやねん。目当てがすんで暇つぶしのつもりやろが、間違ったな」
「なんだよ、目当てって」
「知らんよ。せやけど、こういう無責任なやつのやることは決まっとる。他人を破滅させることや。遊びでな」
同じ人間のはずなのに、異世界人かと思うような価値観の人間はいる。その違いに潰れてくれるなら助けようもあるが、その違いを無価値と考える人間もいる。
想像力がないのではなく、そうしたことをゴミかなにかだと思っているとしたら、危険だ。
龍驤は考えた。
「ちょっと、ヤバいな。もし、本当にそうなら、わかりやすく力を示さんと」
「力ったって」
麦わらの一味は知っている。龍驤が争いを避けようとしていることを。
同時に、世界を滅ぼそうというのも本気だと。
必要悪の概念は難しい。
ゾロは面倒くさくなってきた情勢に顔をしかめた。
「神に逆らえばどうなるのかわからないのか!?」
「知らねえよ、神なんて」
どうも向こうの話し合いも泥沼へ突入してきたようである。
ならば、頼るべきは一人。龍驤は船長へ声をかけた。
「ルフィ、神さんならほれ、鎧のおっさん」
「あ、そうか!! 呼べばいいんだ!!」
「か、神を呼ぶと!?」
なんか勘違いしているようだが、泥沼からは抜けた。話し合いなんか、海賊とじゃなく、ちゃんとした大人同士でやってほしい。海賊を巻き込んでいいことなんてなにもない。
ルフィはホイッスルを吹けると大喜びである。うらやましくて、チョッパーとウソップがアワアワしている。
笛の音が、ビーチに響き渡った。
「なにをした?」
ホワイトベレーのみなさんが必要以上に警戒して、慄いているが、じいさん一人呼んだだけである。元神だけど。
なんか、かわいそうになってきた。たぶん、この人たちなんにも知らない。
知ってる側に部外者の麦わらの一味がいるの、なんでだろう。
「バカな。だから言ったのだ。神の裁きが下る」
隊長が空を見上げた。当然、一味も気づいていた。ルフィがホワイトベレーの人たちを突き飛ばし、サンジがパガヤさんとコニスを抱きかかえる。ゾロがチョッパーを掴んで、ロビンを押しのける。
龍驤は両手で錨を投げた。
「二度も許すか。バレバレじゃ」
落ちてきた閃光は、鎖を伝って雲海に消えた。あまりの光量に呆然となる一同の中心で、龍驤は渾身のドヤ顔を見せた。
突然の直上攻撃を、防いで見せたのだから。
そして、吹っ飛んだ。ナミがウェイバーで横から突っ込んで来た。
「聞けッ!! 逃げろっつってんのよ!!」
この世には、神なんかより怖いものがある。
声を枯らしたナミは、空島の果物、コナッシュにストローを刺している。足元には龍驤。白目をむいている。
「で、どうすんの? 逃げるのよね?」
「逃げねえよ。冒険しに来たんだ」
なんか、また不毛な争いをしている。どうせ結論は見えている。今はショックかなにかで忘れているが、黄金郷を思い出したら、むしろ突撃を命じてくると思う。
だから、一味は出航準備にかかっている。サンジが台所を借りに行って、ウソップが資材をもらいに行った。パガヤさんはもちろん、コニスも手伝ってくれている。
妖精さんがはしごを下ろすのを、ロビンがにこやかに礼を言って、チョッパーは燃えている龍驤へ懸命に海雲をかけている。
「で、なにされたの、あんた?」
龍驤がうげっと答えた。踏んでいる。チョッパーが泣いてる。
「落雷や。クッソ雑な」
電気は水と同じだ。圧力と流量で勢いが決まる。
このビーチに集まった全員を巻き込むような、あんなぶっとい水道管じゃ、大した勢いなど生まれるはずもない。実際、空気がプラズマ化することで発生する雷鳴がなかった。
ただ、見てのように木材の発火点ぐらいまでは余裕で発熱するので、人体はもちろん、雲で構成された島や海が危ない。龍驤にかけた海雲が、ジュージューしている。
龍驤は仮にも船舶なので大丈夫だ。アースしたし。燃えてるけど。
呼ばれて飛び出たガン・フォールさんと、ホワイトベレーのみなさんが遠巻きにしている。
「あの、ガン・フォール様。お知り合いで?」
「うむ。諸君らの働きは見知っておる。よく、みなを守ってくれた」
ホワイトベレーの隊長が感動している。微妙に話がズラされている。神さまといえど、この現実を受け止めるには覚悟がいる。
青海って怖い。
「見たでしょ? あんなんが降ってくるのよ。危なくてやってられないわ」
「それぐらい、どってことねえじゃん。俺は鐘を鳴らすんだ」
「鐘? そう言えば、ここって黄金郷だったわね」
ナミの目がベリーに染まる。
船長と航海士の意見が一致しちゃったらもうダメだ。進路は決まった。ルフィは文句だけ言われて不満そうだが、まだナミの足の下で転がってるバカもいる。
どう締めたらいいのか、ゾロが迷っている。ロビンは楽しそう。そろそろ、チョッパーをフォローしてあげてほしい。
静電気が走った。
「好き勝手言ってくれるものだな」
その言葉は、あらゆる意味で上から降ってきた。