「なぜ吾輩は呼ばれたのだ?」
「笛吹きたかったから」
改めて呈した疑問に、龍驤が無慈悲な答えを返した。実際、来てみたら燃えてるクソガキがセクシーな美女に踏みつけにされて、明らかバーベキューの隣で元部下たちが所在なさげにしていた。
なんにもわからない。この場面から傭兵がなにを察しろと言うのだ。
そして、怒涛のあーだこーだである。
流れでこの場にいるけど、このまま参加しててよいのか、どうなのか。
食べ終わった男連中は、早速気合いを入れて冒険へ出発した。
冒険だ。メリーの敵討ちとかじゃない。だってもうすでに修理は始まってるし。龍驤の方が重症だって言われると、なんかそんな気もするし。
アッパーヤードには歩いて行けないのに走り出して、放っておけないパガヤ親子が追いかけてった。
なんなら、戻って来てる。
「わかっとるやろうが、ウチらに任せておけんで? スカイピアはグッチャグチャになる。要望があるなら聞いておこう」
だって制御出来ないもの。次になにやるかわからな過ぎて、ついに空まで飛んだ。島への行き方も知らないで突っ走るのだから、今度は宇宙か地の底か。それは誰にもわからない。
ロビンが包帯の巻かれた手を上げた。痺れはあるが、それほど大事でもないとの自己申告である。
ここに置いて行かれているのが答えだ。チョッパーの頑張りに、船長が応えた。今、彼女は、ちょっと不満げなワックワクお姉さんである。
「空爆は待って。遺跡を調査したいの」
ガチモンの冒険者がいる。様々な意味で、鞭を持たせたい。
「ねえ、まだウチから仕事とるの?」
ちょっと龍驤が素になった。やっとこさ、やっとこさ表立った仕事の機会なのだ。しかし、ロビンは冷酷だった。
「歴史を傷つけることは、誰だろうと許さないわ」
龍驤は目頭を押さえた。
「ナミさん、地図出したってぇ」
さっきのを泣きマネだと思っていたけど、結構本気かも知れない。反骨心溢れるナミは、一味が龍驤の好き勝手にされているように錯覚していたのだが、そんなことはなかった。
かわいそうかも知れない。
「クリケットさんとこに資料あったから、反映してくわ。えっと、ガン・フォールさん。知っとること教えて。あと、部下の人がおるとしたら、どこ?」
航海日誌とは別に、詳細なジャヤの調査資料があった。なにかの参考にしようと持ち込んだのだろう。肝心のジャヤが空にあったせいで、クリケットさんの役には立たなかったが、宴の合間に読み込んだ龍驤の助けにはなった。
どんだけツンデレだ。あのじいさん。本当にありがとう。
部下の人の監禁場所は、わからないようだ。
「えーと、確か、上陸地点は西側やろ? 髑髏の右目で、遺跡がこの辺り。集落がクリケットさんちやから」
「本来、犯罪者として招かれる祭壇の近くですな」
「試練の場所、神官のナワバリであるが、こことここと」
「うわ、この平地って樹熱で全滅したとこやん。罰当たりな」
「なんだったの?」
「シャンディアは、まあ樹木葬やってん」
「許さないわ」
怖い。
ちなみに、日誌をロビン。資料を龍驤が担当した理由も、怖かったからだ。ノーランドさん、ログポースなしに航海していた。
ヤケに迷走していると思ったら、マリージョアからジャヤまで二年をかけていた。逆方向からだが、同じくらいの距離を、二週間もかからず航海して来た身からすると、ノーランドさんはもちろん、自分たちも怖い。
時間が経つと、なにもしなくたってログは消えるのだ。グランドライン自体が狂った磁場の中にあるのだから、いつかはそうなる。どんなに弱い磁力でも、リトルガーデンのように時間さえかければログは貯まる。そういう仕組みで、ログを書き換えるのだから。
時化で雷にでも遭遇すれば、それで指針を失うこともある。麦わらの一味のように、いきなり別のログに指針を奪われもする。
実はエターナルポースは特定の島へ行くためのものじゃない。ログを貯める機能なんてあると、そもそも航海が無理だから作られたものなのだ。
つまり、普通の海賊は、文明のある場所でエターナルポースを買うなり奪うなりしながら、ワンピースを目指している。それがなければログポースがあったとしても、ワポルやノーランドさんのように海で彷徨うことになる。
それなりに先進国の国軍や、当時最高峰の冒険家でもそうなるのだ。
ワンピースなんか無理だろう。ジャヤのように歴史に埋もれたり、ログの途切れた航路は珍しくもない。モンブラン一族のようになって当然だ。
クロッカスさんはものすごく重要なことを教えてくれたんじゃないだろうか。彼は最後の島、ラフテルまで、ログは繋がっていると言った。それは嘘ではないはずだ。
しかし、ならばなぜ海賊王は二周目に挑んだのか。すべてを語ってはいないとしたら、それはクロッカスさんからの問いかけではないのか。
龍驤は思い出す。
彼は磁気は繋がっていると言った。どの航路を選んでも同じだと。だが実際には、いくつもの島が姿を消していた。
ところが、島食いと言う怪物に食われても、ログは失われない。スカイピアのように空へ突き上げられ、または海底に沈んでも、ログはまだある。確かに、繋がってはいるのだ。
島がなくなってしまっても、ログを繋げるにはどうすればよいのか。スカイピアとジャヤを繋いだのは、一味の運と、400年前の航海日誌だ。
埋もれた歴史を掘り返すこと。過去、島があった海域を見つけ出すこと。ログポースで航海するためには、これが必須の作業なのではないのか。
なにも考えなければ、島を見つけられずにどこかで行き詰まる。海を彷徨い、藻屑となる。
逆にクロッカスさんの言葉を疑って、ログポース以外に頼っていても、たぶんないのだ。ラフテルへの進路を示す島が。
エターナルポースもない場所で、今さら歴史に触れようとしても手遅れだ。だから、海賊王はもう一度やり直すことにしたのではなかろうか。
鳥肌が立つ。
誰も辿り着けなかった。唯一、辿り着いたのは海賊王だけだった。そう歴史には刻まれた。
その島への行き方が、歴史の中にあるだと。
じゃあ、その歴史ってなんだ。誰が紡いだ。行ったことない場所を、行ったこともない人間が、どうやって記録に残したのだ。
それはそれとして、まさかスカイピアみたいに、運だけで見つけて行かんよな。
冒険家ノーランドさんですら選ばなかった航路が、リバースマウンテンである。クロッカスさんの隠れ家で、ワンピースへのスタート地点。
「双子の灯台。八本の航路。ラフテルが繋ぐはずのログ」
ヤダ。ラフテルの場所、わかっちゃったかも。
龍驤はこれを、ネタバレとしてずっと黙ってなきゃいけないのか。いや、どうせ推測に過ぎないっちゃそうだけど。龍驤だって、ネタバレ嫌なんだけど。
龍驤はビックンビックンしながら、現実逃避のために目の前の現実を見る。一同がドン引きする。
「なんか、珍しいね」
「大丈夫であるか?」
「持病なの。気にしないで」
エセな方言すら吹き飛んだせいで、女性陣が唱和した。なんか気まずい。龍驤は遺跡があると思われる場所を指差す。
「みんな、雲の下や」
標高が低いと言えばいいのか。アッパーヤードの地理を確認すると、例外なくミルキーロードに覆われている。それも、人工的なものではなく、自然に存在する雲による池や沼、もしくは島雲そのものが詰まった、バンカーになっている。
「ロビン、どう思う?」
「各国の都市の立地までは、調べてみないと」
「任せる」
低い場所に人里がある。利水などを考えれば当たり前のことだが、違和感がある。
古代都市、シャンディアの中心地までがそうなのだ。権力者の住むところというのは、防衛や権威のために高くなるのが普通なのだ。
アラバスタが特異なのは、そこに国民を同居させていることだ。ドラムは極端だが、城は古今東西、山の上に建てたり、高い尖塔や天守閣を備えるものである。
やがてそれらは廃れて、反対の方向へ発展することになる。龍驤はこうした防御設備に心当りがある。
「塹壕」
「なんの話をしているのだ?」
広げているのは、地図というより絵だ。そこから情報を抜き出していく姿は、誰の目にも奇異に映る。戸惑うガン・フォールさんを、ロビンが押しとどめる。龍驤は考察を続ける。
しかし、これでは大砲を防げない。大砲は上から落ちてくるからだ。フタをするか、ジグザグと細い溝にしなければ被害が拡大してしまう。つまり、シャンディアが想定している兵器は落ちて来ない。
「ビームか、電磁投射砲か。黄金、黄金ねえ」
ものすごく速く飛ぶなにかだ。シンプルに拳骨の可能性もある。いや、あれはどうとでも飛ぶ気がする。
装甲としての金は、反応性の低さぐらいしかメリットが見つからない。ただまあ、重力制御技術なんてものが仮にあったとしたら、一種の錬金術として権威付けにはなるかも知れない。
「伝導率の高い金属や。エネルにゃ都合がよかろ。重いもんやし、動かすんは大変や。人手がいるな」
「なるほど。いくら探しても見つからぬはずだ。そもそもの地形に隠されていたのか」
もしくは、重いということそのものに意味があるか。
ガン・フォールさんは、一連の不審な行動を、神隊の居場所を推測する過程だと納得したようだ。非常に善意の人である。あながち、間違いでもない。
龍驤がどれだけ逃げても、現実は追ってくる。
「じゃあ、黄金はここにあるのね」
ナミが嬉しそう。神に一味をけしかける気満々である。麦わらという組織を活用するのが上手い。
「エネルが加工してな。なにに使っとるかは、想像するしかないが」
歴史と同じく、技術も空に伝わっているかも知れない。その場合に想定されるなにかは、ものすごいものかも知れないが、黄金製である。
金が弱いのは常識だ。
「ロボやったら楽しいやろうけどなぁ」
剣とかなら青銅製とあんまり変わらない。なんか不思議技術でオリハルコンとか言い出さない限り、この世界で刀を超えるような金属武具はない。いずれにせよ、時代遅れだ。
あんだけドヤ顔して、出てきたのが金ピカの兵士だったら笑う。
大砲のようなものなら、戦略級のものだろう。地下からせり上がって来たり、砲身がガチャコンするやつ。展開するときと、最初の一撃はカッコいいかも知れないが、一味にとってはただの的である。負けようがない。
そもそも龍驤が想定する大気組成が確かなら、よほど弾頭が特殊でない限り、バギー玉より強いと思えない。
理想郷への旅立ち。この言葉から察するに、乗り物だ。たぶん、飛ぶ。メリーがああなってしまったことを思えば、一味に都合の良い展開な気もするが。
「ジェネレーターないんよなぁ」
技術や現物を奪っても、夢の航空戦艦は完成しない可能性がある。名前通り、エネルギーはエネルの能力だろうからだ。
鵺は仲間に出来ない。
「武装がどこまで再現されとるか」
波動砲あったら、今日にでも世界は滅ぶだろう。そういえば、あれの艦載機は海老だ。嫌な共通点と、郷愁である。
なんにせよ、あるとすれば重力とか慣性とか、荷電粒子砲とか、マップ兵器なのは確実だ。
「じゃあ、ロボもダメか」
金色だったり、マップ兵器だったりするロボで敵に回していいやつなんかいない。その上で歴史や遺跡に関わっているとなると、太陽系レベルで滅ぶ。
龍驤はワクワクしてしまう。が、冷静な部分が夢を否定する。
たかが雷ぐらいで、カルダシェフ・スケールのレベルを上げることは出来ない。龍驤のロマンは裏切られるだろう。
エネルに劣等感はあっても、勇気は絶対にないだろうし。
「ほな、ウチらはメリーでこっち回るか。男子はアトラクション、順番に回りたいやろうし」
修学旅行のグループ討論か。あるよね。せっかく、男女混合なのに別々の予定立てたり、自由行動になった途端にいなくなるの。
どことなく、安全な感じが見受けられたので、龍驤たちはショートカットして調査をメインに進むことにした。
どう安全かと言えば、世界がまるごと滅ぶか、なんにもないかだから気にしても無駄、という結論である。
「試練を、アトラクション?」
マッキンリーさんが絶句している。かわいそうに。誰かを犠牲に人々を守ってきたせいで、人殺しの目になっている。
軍人の顔だ。嫌なことでもやり抜く人間だ。信頼出来る顔だ。いい人たちだ。ワイパーもそうだった。一味が尻込みした理由があるとしたら、なによりもこれだろう。
あそこでエネルをぶっ飛ばして、じゃあさいならって空の人たち、どうすればいいんだ。よい子の麦わらが迷うのは当然だ。
龍驤は頭をかくが、切り替える。
「いきなり言っても無駄やろうから、準備だけしとき」
「本当に、島を捨てる必要が?」
「なきゃええがな。命を捨てるよりマシや」
どこにあっても、ゴミはゴミだ。しかし、中にはどうしてもゴミ箱に収めないと気がすまない人間がいる。そんなことは常識だと思うかも知れないが、間違いだ。そんな常識はない。
ノーランドさんが嘘つきにされてから400年。クリケットさんの本棚に並べられていた資料は、すべてゴミだった。なんの役にも立たなかった。
しかし、モンブラン一族にとって、また、ロビンやナミや龍驤にとって、それは宝だった。一味が拾ったガラクタは、空で億単位の現金相当に扱われた。
リサイクルの技術は昔からある。馬糞や人糞すら、肥料にする術がある。なんなら、火薬になる。
なにがゴミかは、価値観だ。なのにどうしても、ゴミ箱に捨てないと満足ならない人間がいる。
価値を絶対のものとして扱う人間がいる。
残念。価値は変わるのだ。為替が変動するように。命が軽く、また地球より重いように。
今日、魚が食べたいように。昨日は肉だったように。
日によってすら欲しいものは変わる。
変わらないはずだったのに、そう龍驤が変えた。ルフィに、取引を教えた。
命を捨てたはずのルフィが、仲間でもない男に、どけと言ったのだ。それも二度も。
異常事態である。
ゴミは集めてくれる誰かがいるから、ゴミ箱に捨てるのだ。一人暮らしをしてみろ。自分の部屋のどこに捨てても、ゴミはなくならない。ちゃんと収集場所まで持っていかないと。あまつさえ、神は行政官である。
あの絶望と諦観。親への感謝。大人への階段であり、人が歩むべき、本当の道を示す光輝。
堕落とは怠惰とはなにかに気づくとき、人は真に現実へと立ち向かう。自立する。
ゴミはゴミ箱へ、なんて浅い考えだと、ゴミに埋もれて生きることになる。ゴミは自分でなんとかするのだ。
人にやってもらうことを期待してはならない。
仲間であれば、ルフィだって頼ることに躊躇いはない。だが、仲間でもない人間が自分の思い通りになってくれると思うような、そんな甘ったれじゃないのだ。麦わらの船長は。
自分でやる。邪魔と思ったなら、その手でどかす。殴る。
マッキンリーさんになにを言われても、知らないことは知らないって言うし、嫌なことは嫌だと言う。討論しない。反論しない。自分のことだけ言う。
それがルフィだ。
そうじゃなかった。
ヤバい。どうしよう。
船長にイギリスが感染しちゃった。
神と戦うより、世界と戦うより、強大な敵と立ち向かわなければ。