言えることがあるなら、接着剤って便利。
真っ二つになったメリーは修復され、予備の帆も張った。メインマストも、龍驤の特等席も揃っている。
そのメリーに乗って、女だけでビーチを漕ぎ出す。喧騒を離れて、のんびりとスカイピアを眺める。
ビーチに一軒だけ佇む、親子二人には大き過ぎる豪邸。土地がないがゆえに、大地に憧れを持つ国で、それは矛盾ではないのか。実際、高層建築とまではいかずとも、エンジェル島の中心地では、島雲を利用した多段階層を用いて、居住スペースを確保している。
なぜだ。
日本にも夢の島があった。それはつまり、ゴミの山であり、埋め立て地だった。
人が住んで生活しているのなら、土への憧れなど、どうして生まれるのだろう。
不浄として遠ざけられ、差別を生むのではないのか。
どころか、貴重な技術者であるはずの人間が、その技術を生かす船着き場と真っ反対の、石切り場のさらに向こうに居を構えるのはなぜなのか。
パガヤさんは、ルフィたちをアッパーヤードへ連れて行ってくれた。神に逆らった。なにが彼をそうさせるのだろう。
本当にクソみたいな国だ。誰も彼も、過去に縛られて、贖罪や復讐のために生きて、死ぬ。人も、ゲリラも、神でさえも。
夢のまた夢の島だったはずなのに。
龍驤と変わらない。深海棲艦に相違ない。そんなもの、龍驤は見飽きたのだ。見るに値しない。
異世界に来た。冒険をしたい。新しいもの、知らないものを見に、旅へ出た。ただ自由に、なに憂うことなく。ルフィのように。それが願いだ。
「で、なにをそんなに現実逃避してたの?」
龍驤が色々なことを考えるのは、たいがいヤサグレのキャパシティが崩壊したときである。話し合いを終えて人目が少なくなった途端、見透かしたナミが龍驤を締め上げた。
で、吐かされた。
「イギリスがなにかわからないけど、そんなに重大なこと?」
「別に? 自分で考え直すやろ。最悪、じいちゃんに叱ってもらう」
「ガープ中将よね?」
そのシチュエーションには同席したくないと思う。そうなったら逃げようと、ナミは誓った。
ちなみに詐欺ならともかく、ナミの企みが実ったことはない。
なんて魔王らしい。逆説的に。
人と人とは影響しあい、互いに変化していくものだ。一味に与えられたものはたくさんあるが、龍驤が与えたものも確かにある。良いものも悪いものもだ。
で、今回は悪かった。
マイペースの極地であったはずのルフィが神の出方を待つとか、バグにも程がある。躊躇わないし、止まらない。事情も都合も気にしない。それがルフィの良さだ。
それが失われた。話を聞けば、大したことにも、些細なことにも思える。なんなら、分別がついたと言っていい。
歓迎すべきことにも思えるが、龍驤の考えは違うようだ。
「化け物しかおらんような海で、化け物のような能力に、たかがゴムで挑むんやぞ?」
ロギアのエースを、雑魚と呼んだのだ。じゃあ、ゴムはどうなんだという話である。
だが、能力以前にちょっと考えよう。大砲が役立たずな世界で、人々はどうやって戦っているのか。
決して能力バトルではない。みんな単純な殴り合いや、武器を振り回した斬り合いをしている。
殴り合いで勝つための要素は技術でも筋力でもない。体格だ。
龍驤の世界なら普通と言ってもよい麦わらの一味だが、この世界では単純にチビである。
クロコダイルでも小兵の類だ。この海で恵まれた体格と呼べるのは、ジンベエクラスからである。人間なのに、6メートルを越える身長だって珍しくない。
ここまで差がある人間と殴り合うときに、迷う暇はない。構える間すら惜しい。だって、待ち構えるガープとか、どうにもなんないじゃない。
殴りかかってどうすんだよ。
味方すらハッとするルフィの後先考えない無謀な戦い方は、ガープによる教育の成果である。なら、まあ、イギリス相手でも大丈夫か。島津の上位互換だろうし。
あれはルフィがガープと対峙するうちに自力で辿り着いた、この海をゴムで渡るための最適解なのだから。
「辿り着くまでぶっ飛ばしたのね?」
「たぶん」
船長って、実はかわいそうな生い立ちなのかも知れない。いや、すっごい愛情は感じるんだが。
もう、考え抜いて考え抜いた、これ以外にないと思える戦術と訓練である。
生物の脳はマクロを組める。条件によって、反射すら出来る。熟練した行動は無意識のうちに進むし、背後に立たれると自分でも止められない。
ルフィは、相手を敵だと思ったときには行動が終わってる感じのナニカにされたのだ。どんな人間で、どんな能力を持っていようと、敵意や殺意を抱くより先に飛んでくるゴムの一撃を避けられはしない。いや、避けられたとしても動揺は免れない。
大人と子供どころか、巨人と小人ほどもハンデがある中で、ルフィの能力を最大限に生かした第一撃を、高い確率で叩き込める秀逸な戦術だ。誰にでも、なんならガープにも通用する。
間違いなくルフィの、そしてエースのために考えられた対策だ。勝つためというより、生かすための技術だ。
ルフィは無謀に飛び込まなきゃ届かないが、エースはカッとなって無謀に飛び込む質である。それはどうにもならない。ガープですら諦めたのだろう。
だから教えた。なにも考えず、思うことも置き去りにして、とにかく全力全開でぶん殴る方法を。そうするしかない状況に、いつまでも何度でも、ずっと追い込み続けた。
臆病なルフィが恐怖を感じるより速く、エースの怒りが沸騰するよりも速く、二人は敵をぶん殴る訓練を受けている。
小兵、小人と言えど、成人男性の全体重が、最低でも時速30キロで飛んでくる。戦車だって多少は揺らぐだろう。城には穴が開く。巨人だって転ぶ。
この世界。肉弾戦でなければ、龍驤の世界の大砲の威力に届かないのだ。
ガープが教えたのはそれだけだ。それだけを全力で、徹底的に叩き込んだ。小さな、本当に小さな孫たちを生き延びさせるためだけに。
それをやって勝てるかどうかじゃない。敵を倒せるかもわからない。だが、なにも出来ずに死ぬことだけはない。
これを愛情と呼ばずして、なにをそう呼べばいいのか。ルフィやエースが今強いのは結果論に過ぎない。子供は可能性の塊なのだから、夢や運命に押し潰されるだけの人生だったかも知れない。ルフィが弱くても、エースが無鉄砲でも、なにかを出来る誰かにしてくれた。殴りたい誰かを殴れないまま終わる人間にだけはしなかった。誇れる男に育て上げた。
覇気なんて、鍛えていればそのうち身につく。技も力も、必ず成長する。だが心と誇りだけは、愛情でしか与えられない。
そんなものを、龍驤は傷つけちゃった。
間違いなく、メリーより重傷で困る。
「イギリス、冤罪じゃない?」
「悪いのはあなたってことね」
「せやねん」
ルフィだけならまだしも、ゾロがまた、そうなのである。
というか、ゾロもそうなのか。一の太刀か、この野郎。謎過ぎるぞ、シモツキ村。
まあ、脳内マクロは既にあるので、あとは再起動するだけだ。その辺は勝手にやるだろう。龍驤が誤魔化したのは、責任だ。
どうしようもなくても、責任は取らねばならない。仲間を大事にする一味だからこそ、この罪は大きい。船長は背負わねばならない。
だが、それほどでもないと龍驤は思うのだ。あんなメインマストをいきなり引っこ抜くような扱いはヤバいと思っただけで、船は船だ。素直だからルフィは龍驤に乗ったし、乗った限りはゾロも従っているが、生きるも死ぬもないのである。
そこは価値観の違いだから、真正面から相対すると面倒くさい。だから、龍驤へ怒りが向くようにした。甘やかされている自覚があるから出来たことである。
男連中はそれで大丈夫だが、女性相手には無理だ。それにメリーはもちろん、エンジェルビーチでの顛末は龍驤の影響であるのも間違いない。悪い気はするが、だからって自分を変えられない。
仕事は出来ないわ、一味に変なこと覚えさせるわ。あれもこれも、それもどれも。
本当に空は災難である。
女性陣はメリーに乗って、アッパーヤードを迂回する。なんだか、とっても大きなジャングルだ。メリーに無理させないためにも、ゆっくりと船を進めていく。暇なので愚痴大会だ。男がいないので丁度いい。コニスが居心地悪そうに、隅っこにいる。
「そう緊張せんと。とって食いやせんよ」
「いえ、お気になさらず。わたしに出来ることがあれば、なんでも言って下さい」
「悪いのは神や。戦うことは義務やない」
それは軍人の仕事だ。一般人に課せられるものではない。
「でも、それでも!! わたしは!!」
「自惚れんな。ウチのも、誰も彼も、海の男や。お嬢さんに殺されるほど甘ないよ」
捨てた命だ。もはや生きていないのだから、誰も殺せない。そういう反則みたいなやつらにケンカを売るのがどれほどのバカか。
利用したいならそうすればいいが、わざわざゾンビの行方を阻んでも、腐った肉しか落とさない。エネルがやったのは、そんなことだ。バカに巻き込まれたのは不幸だが、決して罪ではない。
だったら、楽しめばよかったのだ。ゾンビと言えど死体を弄ぶのは倫理的に問題かも知れないが、他に選択肢などなかったのだから。
「た、楽しむって」
「なら誇れ。キミは下衆には堕ちなんだ」
コニスのすすり泣きが響く。居心地が悪くて、二人分の視線が龍驤に刺さる。
おかしい。
いいこと言ったつもりなんだが。
少女の涙は、中途半端な説法など吹き飛ばす。
「あ、見て見て見て。人がおる!!」
耐えかねてアッパーヤードを眺めていた龍驤が、これ幸いと指を差す。それを追ってナミとロビンが身を乗り出すと、確かに白い影がちょこまかしている。
「子供?」
「なんでこんなところに?」
立ち入り禁止の禁足地のはずだ。神官だの、神の配下以外はいないはずの島である。
「あれ、シャンディアやない?」
「確かに。そうね。あの帽子と服は、スカイピアの住人じゃなさそう」
ナミが首を傾げる。
「なんであんなところにいるの? ゲリラの根城って、この近くなの?」
「あ、は〜ん」
龍驤はニンマリした。
「海賊しよや、ご両人」
「いやよ」
「一人でどうぞ」
龍驤はしょんぼりした。
「勝った!!」
「チッ。たまたまだ。たまたま」
「玉?」
ウソップが玉を渡した。サンジはそれを投げ返した。ウソップは飛び出した魚に噛まれた。
ルフィが両手を上げていた。足元にはサトリと名乗った神官。
色々と難しいことを言っていたが、ルフィ、ゾロ、サンジに、チョッパーの頭脳と、ウソップの援護である。
とても楽しい試練だった。マントラとか言ってこちらの動きを読んでいたようだが、そんな特殊能力使わなくても、予測なんて誰だってする。予測に関して言えば、うっとうしいぐらいのバカが仲間にいる。それに比べればなんともない。
下手だと自称していたエースよりも、手応えはなかった。いくらでも対応出来た。
厄介だったのは、びっくり雲へ不用意に触れることで起こる、自爆である。
「おい、ちょっと待て。クソマリモどこ行った?」
「迷子か? 仕方ねえやつだな」
「ここにいるよ」
「俺も」
玉雲に引っ付かれている。風景に紛れている。なんか、どっかのアフロみたいなびっくり雲らしい。邪魔だったので、みんなが押しつけた。いつの間にか、逃げるサトリを誰が仕留めるかの競争になっていて、ゾロはチョッパーにしがみつかれた。出遅れたところに、仲間から総攻撃を受けたのだ。
有り体に言って、キレていた。
「やってくれたな、この野郎」
「ハッ。間抜けな方向音痴も役に立つことがあるんだな」
「作戦通り。ご苦労だ、ゾロくん」
剣戟が迸る。ウソッチョは逃げた。サンジが足で捌く。
「おうおう、仲間に噛みつくたぁ、躾のなってねえ狂犬だな?」
「飼ってみろよ。地獄まで散歩に連れてってやるぜ」
パガヤさんとガン・フォールさんが呆れている。
「青海の海賊にしては強いのだな」
「みなさん、空島の環境に苦労するのですが」
「なんで?」
なんでと言われても。
色々混じっていることで気圧も保つ不思議な高空ではあるが、さすがに酸素は薄いようだ。酸素は燃料でもあるので、純粋に身体能力が落ちる。
それに慣れない青海の人間が、という話は二度目である。あんまり聞いていなかった。
「あれかな? 猿山でやった特訓」
「特訓ったってお前、溺れてただけじゃないか」
高い潜水能力を持つ友人たちとの交流が、一味を助けている。
たぶん。
「次はどんな試練だろうな!?」
ルフィがワクワクと言った。
「なんか雲を使ってるみたいだが、紐とか鉄とか、よくわかんないな」
「島雲って、圧縮して加工出来るんだろ?」
「だからって鉄になるか? 紐はともかく」
ウソップとチョッパーが首を傾げている。ケンカを止めたゾロとサンジが、パガヤさんのダイアル船に戻ってきた。
神官と戦うより、生傷が増えている。
「いい加減にしろよ!! 医療品だって限られてるんだからな!!」
「ツバつけときゃ治る」
「ダメだ!!」
未知の島なのだ。感染症が怖い。それでナミが死にかけるという、一味最大の危機に陥ったばかりである。チョッパーが加入するきっかけだ。
二週間も経っていない。
二人は大人しく、チョッパーにチョンチョンされる。
「空の戦闘では、ダイアルの見極めが大事なのだが」
「相手がなんだろうと、もう気にしねえ」
「蹴り飛ばすだけだ」
「二度と不覚はとらねえ」
とか言いつつ、全員がインパクトにやられていた。余裕というより、一味を見下していた神官だが、まさか五人が連携もなく、バラバラに襲ってくるとは思いもせず、動きを読んでも対応しきれず、単純にリンチされて負けた。なんなら、同士討ちが一番ひどかった。まあ、向こうの望んだ戦いである。卑怯ではあるまい。
ガン・フォールさんは、なんでここにいるんだろうと黄昏れている。
「あの、怖いのでラッパを鳴らしていいですか? すいません」
「音楽か!?」
「よし、俺様がパーカッションで参加しよう」
パラリラパラリラ。
「うっせえよ!! 敵地だぞ、ここ!?」
怒られた。
「ほら、長丁場かも知れないからな」
「ちょっとでも回復しろ」
「メシ食いてえ」
「まだ我慢しろ」
酸素ボンベを活用する。弁当を温存して、びっくり雲から出た魚や鳥や、ヘビを焼く。回復した。
チョッパーは自分が必要なのかどうなのか、考えている。
「いくつなのだ?」
「俺はトナカイだからな。人間で言うと15ぐらいだって」
タヌキじゃなかったのか。ガン・フォールさんは、笑顔の奥に疑念を隠す。
「ならば、まだまだこれから。この歳になっても足らぬと思うことがある。待てとは言わぬが、悩むことではあるまいよ」
「でも、龍驤は0歳なんだ」
なんて言ったらいい。
「彼女は、その。不思議生物だろう?」
「俺も似たようなもんだろ?」
なんて言ったらいい。
「出来ることをやりゃあいいんだよ」
ゾロが三本目の酒瓶に口をつける。
「医者としちゃ、役立たずがいいだろ。さっきみたいなのは嫌だぜ」
ウソップが怖気を振るう。
「太ってみるか?」
「非常食じゃない!!」
サンジのからかいにキレた。チョッパーは不貞腐れる。
運転中のパガヤさんが、振り向かずに言った。
「壊れたウェイバーを見ると悲しくなります。しかし、整備してピカピカになったそれを見ると、誇らしい気持ちになります」
パラリラとラッパを鳴らす。
「直すものは違いますが、そういうものではないでしょうか。すいません」
へへんとルフィが笑う。
「気にすんな!! 頼りにしてるぞ、チョッパー!!」
チョッパーは一味に背を向けて三角座りをしているが、その背中に花が咲いた。パァとした。みんなで笑った。
一行のボートは進んで行く。
「長えな。いつ抜けるんだ?」
「あんまり退屈だと、アホが玉突きを始めるぞ」
「あ、バカ」
ウソップがサンジの口を塞ぐ。いつものように船首に陣取っていた船長は、ニッカリと振り向いた。
ホラーだった。
「それ、オモシロそうだなあ」
「おい、やめろ。バカなことを考えるな」
「よーし、じゃあ、当たりを引いたやつ負けな」
「おい、やめろってホントにバカ。シャレにならねえ!!」
「これは。すいませんが仕方ありません。一気に駆け抜けます!!」
「当たりってなんだよ!? 適当なことすんな!!」
「びっくりするやつ!!」
「全部だよ!! バカ!! 危ねえって!!」
「出来るだけ撃ち落とせ、ウソップ!! 死角は埋める!!」
「ピエールっ!! 彼を捕まえるのである!!」
「毒蛇だ!! 噛まれたあ!!」
「早速、役に立つぞ!!」
「嫌だああ!!」
その日、迷いの森は崩壊した。