アッパーヤードのほとりで、チョッパーと龍驤はちょっとした野戦病院を開いていた。
「た、盾は役に立たない。連中の、グフっ、ダイアルはッ」
「はいはい、大丈夫よー。情報は共有しとるからねー」
腹をスッパリやられているが、内臓にまで届いてはいない。盾が役に立ったからだろう。龍驤はそう信じたい。
止血をし、傷を塞ぐ。軽傷とは言えないが、命に別状はない。
それでも痛いはずだが、もがいたり、伝えたりを止めようとしない。腹筋を傷つけられて、上手く立てないことに目を剥いて無念を訴える。生きていることを喜ばず、戦えないことを嘆いている。
ちょっと煽り過ぎたかと、龍驤は反省した。彼らの戦意は高い。と、同時に、そこらの雑魚でもない。
麦わらのクルーでも、正面からちょっと気合いを入れて殴らないと無力化出来ないだろう。
対照的に、神兵は雑魚である。通りすがりに蹴散らして行けそうだ。
よって、怪我をしていても元気過ぎるので締めておく。簡単だ。脈を見るふりして、頸動脈を押さえたらいい。
「知らんダイアルなんやな?」
「あ、ああ。アックスダイアルなんて、スカイピアにはないさ」
美人さんが凛々しく答えてくれる。率先して、仲間の援護に回ってくれる。
これだけイケイケの集団の中で、冷静に後方を担当出来るのはありがたい。どれだけ強くても、後詰めが脆弱では戦争に勝てないのだ。上杉も武田も、そうして天下を逃した。
ただまあ、三十人とかの兵力でそんな細かいことを言っても仕方がない。海賊なんてもっと数が多くてもぐちゃぐちゃなものだ。
龍驤の世界でなぜ海賊が成り立つかと言えば、その方が儲かるからだ。襲った船から船員をスカウトすれば人件費が抑えられるし、奪った荷物なら好きな港で捌ける。
港を選べるなら慣れた航路と海域で活動し、航続距離を短くして、限られた積載をより有効に活用出来る。
ところがこの世界。島ごとに文化や文明が違う。つまり、基本的に経済が島内で完結している。わざわざ船を出して運ぶ荷物は、別の島まで運ばないと金にはならない。
となると、積載に余裕がないので、安易にスカウトが出来ない。素人の状態で海へ出たのに、メンバーは固定化し、新陳代謝もなく、独自の常識ややり方を醸成し、どっかで詰まる。
それは技術的な問題かも知れないし、経済的なものかも知れない。今回の一味のように、知らない場所で船が壊れてしまうかも知れない。基礎や基本がないので、応用も出来ない。
本来、島同士の交流を担うはずの船乗りが、海賊であるせいで、閉鎖的な組織へ変貌してしまうのだ。地元の友達だけで構成される暴走族のような。
「よかった。みんな輸液だけで大丈夫そうだ」
「さよか」
物流はもちろん、そうした社会の流動性が大事な理由は、血液と考えればわかる。
出血して失われるのは、水、酸素、様々な栄養素に、白血球など体内で戦う力だ。
そして循環が止まれば、各々の細胞で生産される生存に必要な化合物や、その生成過程で排出された毒素、二酸化炭素が留まることになる。それを餌にする外敵まで、血流に流されることなく自由になってしまう。
もちろん、呼吸や消化といった生命として根本的な機能も停止していくだろう。
二重三重の大損害が発生する。
出血さえなければ、つまり海賊さえいなければ、最悪でも老化や病気ですむものが、速やかな死へと誘われる。
物流や労働流動性を血液循環と考えれば、世界は大出血中なわけだ。
そんな時代が二十年。限界は近い。
逆に言えば、そんな自分のことで精一杯な世界だからこそ、シレッとワンピースを目指せたのだ。
それをエースのバカめ。白ひげは不完全と言えど、魚人島の件で出血を止めた実績があるのだ。世界に比べれば小さいが、安定したナワバリがあり、他の四皇のように、比較的、外へ被害を広げない。
そんな白ひげと海軍が戦うきっかけなんか作ったら、一気に情勢は傾くだろう。勝者が世界を支配することになる。それをひっくり返す方法なんて、人も技術も失われたこの世界で第三勢力を作るしかない。
こうした苦労なんかわからないだろうなと、仲間の顔を思い浮かべながら、ラキというお姉さんにも仲間意識を持つ。
きっと彼女も苦労しているはずだ。
「なんだい? 気味が悪いね」
「ごめんね?」
気のせいかも知れない。
兵は消耗品だ。技術は使われないと精練されない。兵站の概念は幅広く、政治や行政と関わってくる。
支配下に置かれて、役割を固定化されたスカイピアの住民と、戦士として、各々が必要な役割を考えて実行出来るシャンディア。どちらが限られたリソースを活用しているか。
神がバカなおかげか、後方能力は同等。だが、シャンディアと神の陣営では、兵の質に差がある。それでも勝負がつかない理由は、銃とダイアルの優位性。地の利。数。そして、覇気っぽいのを使う神官の存在だろう。
龍驤がネタバレを厭わないのは、先読みをすると優位に立てるからだ。紙一重で勝負が決まるなら、一瞬でも早く動けた方がいい。なんならそれすら置き去りにして、捨て身で飛び込んだらいい。龍驤がルフィやゾロについていくためには、絶対に必須なのだ。
それが一の太刀という奥義である。奥義であるがゆえ、そんな単純でもないのだが、逆に言えば技術がなくても心意気だけで実現出来る範囲がそこだ。
とにかく居合より速く、刀を抜くとか抜かない以前の問題として、誰よりも早く決断してしまう。で、決断と同時に斬りかかる。ほとんど暗殺術である。テロと言ってもいい。ちょっと間違えると、通り魔だ。
塚原卜伝とか、そのへんの達人でなければ対応は不可能だろう。試合開始直前に襲いかかるようなものだ。反則で勝ちが拾えるなら、実質、世界最強ということである。
そんなのを普通にするなんて芸当はガープだけで十分なのだが、東の海には最低でも、もう一人はそんな教育者がいる。
そして、覇気がある以上、鷹の目みたいなのが何人かグランドラインにいる。
塚原卜伝と宮本武蔵と李書文あたりのサバイバル。観客としてなら夢の対決なのだろうが、当事者だ。怪獣とはまた違う、人外の戦いである。ルフィもゾロもサンジも、さすがにそんな化け物ではない。シャンディアも言うに及ばず。世界が広すぎて憂鬱だ。
神官とやらもそこまでではなかろうが、少なくともこちらが技術で劣ることは確かである。
技術は積み重ねだ。
すぐに埋められない差なら、別のアプローチを試す。
「アックスダイアルゆうやつ、そのへんからパクって来れん?」
「そんなすぐに使いこなせるようなもんじゃないよ」
それはそう。
ウェイバーなる乗り物で銃を撃つ姿は、艦娘を思い起こさせるものだ。艦娘は大砲の反動とか、諸々無視する不思議の塊なので、実際に近いのは騎兵だろう。
なんなら航空機の格闘戦に例えてもいい。
高速で移動しながら、一瞬の交錯で武器を交わし合う。
それこそ、積み重ねた技術の賜物である。間合いはもちろん、重さや長さといったバランスで、繊細な操縦が不可能になる。
特にダイアルは種類によって使用感に大きな差があるらしく、慣熟にはそれなりの手間がある。危険なのだ。
スポーツでも武術でもそうだが、芯を外せば威力が落ちるだけではすまない。騎兵並みの機動力と運動エネルギーが、跳ね返ってくる。
騎兵突撃とは、人間の数倍の質量を馬の速度でぶつけるミサイルか砲弾だからだ。
よくパイクを立てて止めるなどと言うが、あれで止まるのは最初の一頭だけだ。人間に馬の体重は支えられない。二頭目で諸共に潰され、三頭目で踏み荒らされ、四頭目以降は馬から降りてきた歩兵に斬り刻まれる。
長篠でなくとも、騎兵を歩兵で止めるには何重もの横陣が必要だ。それも、犠牲を前提とした。
戦車の複合装甲を人間でやるのだ。なんなら破られることが役割ですらある。
騎兵の方が日和ってくれればいいが、馬に乗るぐらいだから精鋭だ。槍を握らされているのは、下手したら農民である。
歴史の中で、項羽みたいなとんでもねえのが現れる理由もわかる。だって怖いもん。槍衾が崩れたら、騎兵を止める手段はない。逃げ惑う無抵抗民族。遼来々笑って踏みつぶす。
神兵にこの戦術は出来ない。騎兵であれ、航空機であれ、シャンディアと兵科が同じだからだ。待ち構えて止めようにも、突撃するシャンディアとの速度差があり過ぎるし、速度差を埋める質量も用意出来ない。
となれば、馴染み深いのはグラマンか。ジャングルの地形を生かし、横ではなく縦のベクトルで戦う。樹上からの急降下一撃離脱。
これで三人も怪我人が出れば、救護に六人はいる。その時点でシャンディアの戦力は半減し、撤退という流れになるわけだ。
それが出来る蛮族怖すぎる。きちんと消耗を防いでいる。そりゃ終わらねえわ、戦争。
上手いこと均衡しているものだが、だからこそシャンディアの撃退は約束された未来だ。
じゃあ、なんでアックスダイアルなんて持ち出した。神官を試練から引き抜いた。
救護役をガン・フォールさんとアイサに任せ、チョッパーによる治療まで施せば、この均衡は崩せる。
これを読まれたなら、ガン・フォールさんたちが狙われてもおかしくないが、友釣りのような状況は発生していない。この野戦病院へ浸透してくる様子もない。
当てずっぽうで電波妨害をしているのだが、それでも作戦が筒抜けになる可能性は考えていた。だからこそのピエールとアイサの組み合わせだ。
高い機動力と生体レーダーがあれば、伏兵に会う確率はぐっと低くなる。もしも追ってくるなら、それをシャンディアに追わせればいい。銃の射程も生かせる。ここに来るなら、手を出せる。
「神官は見たか?」
「いや、まだだね。試練じゃないのかい?」
「その試練の内容はわかるか?」
「鉄以外はね。厄介だから、やつらのナワバリには近づかないようにしてるのさ」
「ほな、罠やな。チョッパー、笛や」
「アイアイサー!!」
とりあえず、危ないとだけ知らせておく。どうするかはワイパーの判断だ。
落ちてくる砲弾も爆弾も点の攻撃であるなら、急降下一撃離脱も点の襲撃だ。神か神官か知らないが、向こうの生体レーダーも仕事をしている。していても、龍驤の企みを明らかに出来ていない。頭が悪いのだ。
ナミや龍驤のように暗算で測量が出来ないと、複数のレーダーを備えても意味はない。個人として強くても、やはり質量がなければ、騎兵全体は止められない。
確認したが、神官は麦わらの一味ではなく、シャンディアへすべて投入されている。試練の場にいない。無駄以前に、無防備だ。マジで神はなにしに来て、ついでにメリーへ手を出したんだ。
バカ過ぎて、合理性や一貫性が見つからない。龍驤は相手がどんなミスをしたのかまで考えなければいけない。
麦わらはいい。シャンディアはダメ。この矛盾がどこに由来するのか。天地人。作戦を考えるときに重要なのは、いつ、どこで、誰がということだ。わかるのは、一味の移動ルートと到着時間。シャンディアの目的地と侵攻速度。
速度だ。一味を邪魔せず、シャンディアへかかり切りになる理由はそれしかない。一味がミルキーロード最奥の生贄の祭壇まで辿り着くのに、およそ半日。おそらく、夕暮れ前になる。当然、探検は明日。お腹が減るので。
常識的には、暗くなるから。シャンディアもその時間になれば退くだろう。生贄の祭壇から神の社。つまり、都市の遺跡までは、常識的に考えて歩いて十二時間以上。人外なら三時間。
今日をしのぎ、明日、上手いことシャンディアを妨害して調整すれば、両者を同時に神の社へ集めることが出来る。
「調整に一日かかるか」
神の切り札。マップ兵器か搭乗兵器。
決め打ち過ぎる気もするが、電気と金属で機械以外のなにを警戒すればいいのだ。常識的な龍驤には検討もつかない。
騎兵を止める手段は、人間で作る方陣を除けば、単純な障害物が挙げられる。
馬防柵に、落とし穴。単純にロープを張って転ばせるだけでも、騎兵ならば有効だ。わざわざ壁を作る必要もなく、杭を適当に打っておけば、真っすぐに走れない。試練の内容がなんとなく想像出来そうだ。
ジャングルという地形は、ミルキーロードである程度無効化されているし、無効化出来る。となれば、なにを使うか。
「島雲ってどれぐらい加工出来るもんなんや?」
「ミルキーダイアルは使うけど。ごめん、私たちはわからない」
単純にギュッとすればいいわけでもあるまい。そうした技術も、やはり空が有利だ。
「ま、鉄やろな」
紐、玉、沼、鉄って言ってるし。
空に植物はない。あっても貴重。なんなら宗教的な意味がある。ならば、繊維や木材を使った罠など、戦争の道具として発展する理由がない。材料は島雲一択だ。
ダイアルとも相性がいい。
空気みたいな固体というのは既に現代でも開発されてはいるが、なんとも。島雲には海楼石が混じっているようなので、あり得なくもないのか。丈夫な素材ではあった。クロコダイルはケチだった。
ゾロや艦娘の怪力が通用しない石と同じ雲。エアロゲルの状態でも、鉄ぐらいにはなれるか。
なるんだろうなとしか言えない。
「これ、貰っちゃダメかな!?」
「あとで、聞いてみよな?」
ジャングルなので暗いと言ったら、渡してくれたランプダイアルを掲げて見せる。チョッパーの目は、それよりも輝いている。
やめてくれ。必死に目を逸らして、シャンディアの役に立とうと頑張ってたんだから。チョッパーの無邪気が恨めしい。
「これ、どんな仕組みなんだ?」
「聞きたいか?」
精一杯、おどろおどろしく見つめたのだが通じない。チョッパーは実は目がよくない。人間の表情もよくわかっていない。
トナカイだから、匂いで判断しているのだ。一味には通じる詐術が、チョッパー単独だと通用しない。
おまけに頭がいいから異世界の知識も理解するし、好奇心もあるから、あれこれ興味を持つ。
龍驤に現実を突きつけてくる。現実逃避してるのに。
心意気という面では男連中の背中を見て育っているようだが、頭脳面で龍驤をお手本にしていいのか、悪いのか。
チョッパーの将来が心配である。