「世界は広がっている。それが重要なんや」
未だ証明に至らぬ物理学の基礎。相対性理論。
そう。物理って基礎からよくわかっていない学問なのだ。これで世界を説明出来ると思っている人間がいたらおかしい。
我々人類はまだ、現実を不完全な数式に置き換えることしか実現していない。
で、その証明されていない相対性理論がなにを明らかにしようとしているかと言えば、質量とエネルギーが同じだと言うことではない。
誰もこの宇宙に存在する限り、神の視点を持てないという事実である。え、当たり前じゃんと言う人間は、ニュートン物理学にケンカを売っている。戦え。アインシュタインでもまだ勝ててねえぞ。
塚原卜伝とかなんとか、どうして人類最高峰クラスとケンカする未来ばかりが見えるのか。龍驤は憂鬱である。
「ビッグバンの話はしたな?」
「宇宙開闢!!」
「広がっとるのはそのせいや」
すべての物が動いているから、その相対的な差異を打ち消さないと、本当に起こっていることなんてわからないよね。
これが相対性理論だ。
龍驤と見つめ合うチョッパーの顔が、笑顔からだんだんと引きつっていく。
「え? 広がってるのか? 俺たちごと?」
今、ここで突っ立っている二人は、実は自転速度で動いている。そして太陽系を公転し、太陽は銀河を回っている。
夕日に向かって走るとき、我々は加速しているのか、減速しているのか。放物線を描くはずの砲弾は、公転面だとどのような軌道を描くのか。真っすぐ月へ飛んでいるはずのロケットが、なぜかものすごい遠回りをしているかも知れない。
中立な観測者はいない。実験は無意味だ。見る場所、存在する慣性系によって、現象は様々に見え方を変える。
そして究極的に我々は、宇宙開闢、ビッグバンの勢いそのままに、空間ごと吹っ飛んでいる。光速を超える速度で。
我々は持っている。位置エネルギーや慣性という形で、ビッグバンで生まれたエネルギーの一部を。
これを利用する技術を、慣性制御と呼ぶ。チョッパーは混乱している。
「え? でも、え? 俺たち離れ離れになってないぞ?」
「そこに気づくとは天才か」
「私はみんなの援護に行くよ」
「頑張ってなー」
「また怪我人が出たらすぐ来いよ!?」
ラキはバカらしくなって仕事へ向かった。世の中、物理学より大事なことだらけだ。
よくあるワープ理論に、紙を曲げて二点間の距離を縮める、というものがある。残念ながら、紙、空間をどれだけ折り曲げても、二点間の距離は縮まらない。
例えば金管楽器。管の長さで音程が変わるのだが、長いと持ちにくいので折りたたんである。折りたたんでも長さが変わらないので、ちゃんと音程を保てる。金管というか、空間を空気が移動する距離は変わらないからだ。
ワープするなら空間を折りたたむだけでなく、次元を超えないとダメだ。我々は紙の上、つまり空間の中を移動するしかないのだから。
逆に、どれだけ紙が大きくても、折りたたんで端と端をきっちり揃えることは出来る。
重力は空間の歪みだから、我々は最初から折りたたまれた紙の上に生きている。歪みの大きさは質量に依存するから、宇宙が広がって、歪みまで大きくなったら質量の保存則に反する。
歪みの大きさ、つまり龍驤とチョッパーの見た目の距離が一定であるなら、空間はそれに合わせてたわんだり波打ったりすることで広がる。
これが重力波で、それを利用するのが重力制御である。
わかっただろうか。龍驤はわからない。チョッパーもわからない。わかったら相対性理論を証明出来るので、是非に学会で素人質問を受けて欲しい。
世界と自分とを相対化出来たら、だが。
「神なんておらん。神なんておらんのや、チョッパー」
龍驤は深刻である。人類は救われない。この宇宙に生きる限り。
恐ろしい理論だ。相対性理論。
キリスト教だと、神のおわす神の国があるらしい。仏教だと、仏様とか第六天魔王とかが住む世界もあるらしい。
どうせなら、そっちに生まれ変わりたかった。
神道は万物に神が宿る。世界創造、宇宙開闢、ビッグバンエネルギーが、すべての事象と物体に存在する。
もしも、それを自由に操れたら。
むしろ神の真似事など簡単に思えるが、そういうのを魔法とか魔術って呼ぶ。たいがい、神の御業と呼ばれるものは、詐欺かなんかである。
この世界、どうやらそういうものがあるようだ。
マリアンヌは色による効果で、人の精神へ影響を与えているのではなかった。マークを描き込んだ、物、に効果を付与していた。
色という情報が入力されるのは、目からだけだ。彼女が本当に色彩画家なら、効果のあるマークを見た人間に効果が及ぶはずだ。ルフィの背中に描いたら、それを見たウソップが対象だったはずだ。
描かれたルフィが和んだり、裏切ったりした。
じゃあ、そのマーク、魔法陣とか護符とかじゃん。
砂粒一個でも置けば、慣性なり位置エネルギーは得られる。質量が変わらなくても、物の形を変えれば、重力波の波形は変わる。
字を書いただけ、絵を描いただけ。紐を結んだだけ、解いただけ。貝の殻頂を押す。なんなら、踊ってもいい。
究極的には、それでなにかを起こせるのが慣性制御や重力制御である。
天使と悪魔の戦いを描いた私生児の物語かな。ゴン太ビームを呪文で出すんだ、この世界。
あれでさえ、慣性系で閉じた物理法則を霊的とかいう理屈で誤魔化してたのに、それさえないんだ。
いや、覇気だ。覇気さえ使わなければ、この世界そんなに不思議ではない。逆に言えば、覇気こそが超越的であり、世界の限界なのだ。覇気さえあれば、いきなり銀河の中心から地獄が溢れたりとか、しないはずだ。
もし覇気も使わずに、前世のような現象をこの世界で再現していたら。スペックを無理矢理、前世に合わせていたら。
艦娘が霊的な存在でもある以上、下手なことは出来ない。法則の無視なんて許したら、妖精さんがどんな暴走をするか。
絶対にわざとである。妖精さんは、龍驤にそれをさせようとした。龍驤の意志で。怖すぎる。
よってこの世界の物理は、E=mc²=覇気かなんかの第三形態があるのだと思う。
知らない。龍驤はアインシュタインじゃないし。アインシュタインでも解明してないし。異世界だし。
「妖精、さん?」
チョッパーは慄いている。妖精さんが、龍驤を使って、なんか宇宙大戦的な世界観をこの世に生み出そうとしたと知って。
チョッパーは理解してしまった。誤魔化すように踊っているこのかわいいのは、好奇心で気軽に宇宙を滅ぼす邪悪なのだと。
「わかったか? いい男になりたきゃ、ウチがいくらでも知恵を授けたる。でも、強い男になりたきゃ、ルフィを見習うんやで。自分に正直に、真っすぐに生きるんや」
「お、おう?」
紳士になるには、ズルくなければならない。イギリスがそうなので。
でも、漢になるにはバカでなければ。島津がそうだから。
どうして、相対性理論だの慣性制御だのの話からそうなったのか。
でも、そうなのだ。なんか知らないけど、覇気ってそうするもんなのだ。
位置エネルギーには、重力的な意味での高さ。物質の相互作用的な意味での弾力性。そして、電磁力的な意味での電荷がある。
要は、スイッチのオン・オフみたいな、デジタルな情報にも位置エネルギーは存在しているのだ。
電気が水のように流れながら、重力を無視して地面から空に打ち上がったりするのも、重力の偏りよりも、電荷の偏りに合わせて電気が動くからである。
ならばアナログで結晶型な人間の脳みそでも、電気信号で構成されている以上、似たようなことが起こるはずだ。
文字や絵、彫刻なども、人間の脳内で処理された情報を現実へ出力したものに過ぎない。
ノーランドさんの想いは、文字や地図として受け継がれ、歴史を紡いだ。それは400年後のシャンディアを動かした。
マリアンヌの絵筆は、人間の精神を一時的に操作し、あるいは姿を消すといった物理干渉まで引き起こす。
脳内ではそこまで器用なことが出来ない代わりに、三刀流で世界を目指せるようだ。
「え? 器用じゃないか?」
「なにが器用や。道理を踏みにじっとるだけやないか」
刀とか首とか口とかを上手く使えば三刀流だ、と言うなら器用なのだろう。
使ってねえよ。力任せだよ。
どう考えたって邪魔に決まってんだろが。邪魔でも無理矢理使っているなら、それは器用とは言わない。ゴリ押しと言う。
ゾロは不器用な人間だ。そこはチョッパーも否定出来ない。
「ウチの苦労がわかるか?」
龍驤が世界最強だと思うじいさんが、どけの一言、脅しの一つもなく敵を殴り飛ばすことを最良とみなしているのだ。
あれが覇気を使えないとか、覇気を想定していないとか、絶対にあり得ない。
龍驤は仲間の誰一人死んで欲しくないのに、仲間のため、ワンピースと最強の剣士のために、無謀を良しとしなければならない。怪獣と塚原卜伝とアインシュタインが、ラインダンスで立ち塞がる世界で。
サポートするためには当然、ネタバレもチートも手放せないが、自分も覇気を使わないと置いていかれる。
ナミはお金が大事で、ロビンは遺跡に目がない。龍驤をサポートしてくれるクルーは、あまりに心許ない。
「お、俺も、もっと強くなるぞ!!」
「そうやな。そうなってくれな」
そうだろうと思ったが、チョッパーもそちらへ行った。ズルくて軟弱でもいいとは言わなかった。
龍驤のようにならないのなら、それはよかったと思う。誇らしい。祝福しよう。でも、寂しい。
自分に嘘をつく人間は、麦わらにはいないのだ。
龍驤は艦娘だ。人間である前に、0歳児の龍驤には、なにが嘘で本当なのかもわからない。
龍驤はまだ、自分の心がわからない。
そんな龍驤を、妖精さんが見ている。
「バカに。うーん」
そんなん、どうやったら。
「龍驤がまた、バカやってる気がする」
「気がするじゃねえよ。バカなんだよ、あいつは」
唐突な船長の思いつきに、コックが吐き捨てた。
誰もいない試練の場で、一味はちょっと待ってみることにした。最初があんなびっくりだったので、なにかサプライズがあるはずだと。
なかった。
しょんぼりする船長。そこへシャンディアの方々が通りかかった。物騒な気配だが、彼らは麦わらを無視して通り過ぎようとした。でも、友達を見つけたルフィが黙っているはずがなかった。
「よう、仮面のやつ!!」
「ワイパーだろ、ワイパー」
「え? お知り合いですか!? すいません」
びっくりしたのはパガヤさんだった。ワイパーの仲間たちもびっくりした。
「お前、いつの間にどこでなにやったんだ!?」
ワイパーは頑張ったが、無視出来ずに立ち止まる。同胞と言えど、話せないことはある。
「お前らには借りがある」
「え!? なにかやったか!?」
「え!? むしろ、恨みじゃ!?」
ウソップがビビっている。さもありなん。男の尊厳を破壊したのだ。
ルフィはしっくり来ていないようだが。入れ墨以外にも筋を浮かべながら、ワイパーは理性を保つ。
「遺跡も、黄金とやらも好きにしろ。だが、鐘を鳴らすのは俺たちだ」
「お? じゃあ、競争だな!?」
「話が通じねえ」
諦めろと、他のクルーが手振りで示す。ワイパーは舌打ちをして、バビュンと去った。
「俺たちも急ぐぞ!!」
「無理です。すいません」
「重いんだよ。降りろ、ゾロ」
「なんで俺なんだよ!?」
「刀邪魔」
「狭い」
「いい度胸だ」
サンジが制裁する。
「全員降りるか、大人しくするかだ」
「ずびばぜん」
パガヤさんは恐れている。
「あの、なににつけても排除と言っていたゲリラの方々が。すいません。あなた方、一体なにを?」
心当たりは、その、なんだ。ない、ということにしておく。
龍驤のお話しの中で語られる、様々なお父さんの形。
奈落だったり、錬金術だったりするそれらを真似してしまう問題児が、明石と夕張らしい。
妖精さんすら、それはダメだと思うのだ。やっていいことと、悪いことがあると。そんなものに課す制裁を味わってしまったワイパー。目撃した麦わらの一味。
彼らはその記憶をなかったことにした。だから、きっとそうだろうと、仕事とやらに邁進している仲間を思う。
「やっぱり、早く行かねえと、全部掻っ攫われちゃうんじゃないか?」
「チョッパーは無事か?」
「なんか、心配になってきたな」
ゾロが提案する。
「俺らだけで、歩いて行ってみるか?」
みんなでその顔を見返した。ゾロは真剣に、真面目に言っていた。
「そうだな。大人しく船で行こう」
「ナミと龍驤なしに、俺たちが目的地になんか着けるわけねえよ」
「着けたとして、余計な騒ぎを起こすだけだ。遺跡に傷でも付けたら、ロビンちゃんが悲しむ」
「えー、すいません。出来るだけ急ぎます」
納得がいかないゾロである。
「次こそ、どんな試練なんだろうな!?」
船長は冒険を楽しみにしている。
なお、試練のキャストさんはいない。