朝起きて、サンジがメシの支度をしている間に、洞窟探検である。蛇の体内だが、船長の認識がそうなので、そうなのだ。
「なに食ってんだ、この蛇?」
「すごーい!!」
「見ろ!? クリケットさんちで見たやつだ!!」
無造作に落ちている財宝を拾う一味。船長は自慢げである。
「な!? な!? 俺が見つけたんだ!!」
残念なことに、みんな落ちているものに夢中である。しっかり、観察している。
「造りは、クリケットさんの家と同じね。シャンドラの遺跡ではなく、シャンディアの集落みたい」
「うん、わかったから。早よ出んと服、溶けるから」
「構わないわ」
「構うっちゅうの!!」
なんとかロビンを引きずり出して、朝ごはんである。
「なんだったんだ? 夜中のは」
「知らん。寂しかったんちゃう?」
龍驤はサイコパスではないが、兵器の側面も持っている。殺人者として、なんらかのシンパシーを持たれたのかも知れない。
やめてほしいと思う。
軍隊はサイコパスを人工的に製造する。ソシオパスでないのは、あくまで脳内マクロの構築であって、障害ではないからだが、まあ、どっちでもいい。恐るべき技術と結果だ。
参謀っていう。
戦争なんぞ、どう言い訳しても反社会的で暴力的なのだから仕方ない。それをしないと、一般人に殺し合いなんか無理だ。
必要悪である。言い出したのはギリシャって、イギリスが言ってる概念だ。
で、製造方法だが、虐待だ。
スポーツ科学の発展により、厳しいだけのトレーニングでは効果がないとわかっている。しかし軍隊の、特に精鋭を練成する過程では、心身をいじめ抜くような訓練が必須であり、これを見直す動きはない。
なぜなら、虐待が目的だからである。
要は、心が死ぬと、共感性が死ぬのだ。
ブラック連勤したら、起きて寝るだけの機械になるだろう。間に仕事があるなんて、もはや意識すらしない。苦しいと思わなくなる。
人間は他者と共感することで、人間らしい感情を励起している。共感を失うと、情動が失せる。
戦争はたくさん悲しいことがあって、肉体的にも精神的にも辛いので、軍隊はあらかじめ殺しておく。
人間性を。
自我の未熟な子供にしたら大変なことになる虐待も、自我の確立した大人なら大丈夫。
ちょっと参謀になるだけである。
戦術的に無理だから味方を見殺しにしましょうとか、復讐なんて下らないから利益を優先しましょうとか、死体はものだから打ち捨てて回収は諦めましょうとか。
そういう助言をするだけである。決断するのは指揮官。
大丈夫、大丈夫。
言ってることがサイコパスに近いので、本物に仲間認定されることも、ないではないかも知れないが、所詮は付け焼き刃だ。
参謀は、決して殺人鬼ではない。
みんな龍驤から遠ざかった。龍驤は傷ついた。
「こいつの助言は、話半分にした方がいいな」
「キミらにだけは言われとないな」
ゾロとルフィが頷き合っているが、安心してほしい。お前らも確実にエリート教育を受けている。幼少期からそれやって、ある程度人間として破綻していないの、奇跡であるレベルで。
一味は創立メンバーから距離を置いた。
「ほーら、メシ出来たぞ。バカやってないでさっさと食え」
「参謀と指揮官は、別の人種や。キミらはウチとは違うよ」
謎に慰められたコックは、やっぱり龍驤だけが危険なんじゃないかと首を傾げた。同類扱いする龍驤から、ルフィとゾロが逃げている。
えんがちょはイジメ。
「座って食え!! クソども!!」
揃ってマナーは悪い。だが、空の住人はそれを眺めて笑っていた。
二日連続での、全力出撃。これまでに例のなかった、決意の戦術。
だけども、みんな元気である。包帯も巻いているし、武器を失った者もいるが、予備を手にしてワイパーの前に整列している。
「……なによりだ」
「素直じゃねえな」
笑われた。笑っていられた。これからの戦いは、これまでと違う。
「隠れ里のみなを、アッパーヤードに呼んでいる」
戦士たちの表情が引き締まる。
「小娘の話を信じるなら、やつらはこの空を捨てる」
嫌悪がみなぎる。勝手に現れて、勝手に奪って、置いていくならまだしも、捨てていくというのだ。
「安全な場所は、この聖地だけだろう。もはや、意地の問題でも、一族の悲願でもない」
なんのために400年、戦ってきたのか。そんな屈辱も、辛苦も、なかったことにされるわけにはいかない。
栄光など欠片もないが、だからって無視されて気分がいいわけもない。
そして、その400年の空白が、断絶が、奪われたものが、分かたれた運命が、カルガラとノーランドの縁が、再び紡がれたのだ。
「今日、俺は、エネルの首を取る」
覚悟はすんでいる。正直に言って、ワイパーについていけないところはあった。
指揮官として有能だし、仲間を大切にしていた。エネルが来て、先代とは比べものにならないぐらい厳しい戦いの中で、犠牲を最小限に出来たのは、彼のおかげだ。
戦士は若者以外、生き残らなかった。戦士長の席は空席のまま。その状況で六年、抗い続けた。
それでもあまりに苛烈なやり方を、シャンディアの方針として認めることは出来なかった。郷愁はあるし、奪い合わねば生きていけないとしても、分かち合う道もあったのだ。
エネルだけでなく、空のすべて、余所者のすべてを敵とする憎しみに、シャンディアが飲まれるわけにはいかなかった。
だが、今のワイパーからは、そんな憎しみは感じない。
当然だ。彼の怒りは晴れた。子供の夢だと。どうせ届かないのだと。ノーランドも、カルガラも死んだのだと。
ただエネルに敵わないというだけではない現実が、ずっと彼の前には横たわっていた。カルガラの無念という、400年も過去の理不尽が許せなかった。そんな彼の気持ちは報われた。
届いたじゃないか。ノーランドの無念は。うそつきと呼ばれた理不尽も、再会出来なかった約束も、ときを越えて、文字という形で、空にまで。
受け取れたじゃないか。守り続けて、諦めなければ、ちゃんと果たせたじゃないか。
次は自分の、自分たちの番だ。カルガラの無念を、願いを果たす。
「この雲の下には、俺たちと同じ、あのときの子孫がいる。シャンドラの灯がともるのを、待っている男がいる。これ以上、待たせたくない」
取り戻せ。土地でも権利でも地位でもない、400年の空白を。
「ついて来い。倒れた者から置いていく」
「おう!!」
今日こそは、本当に、それを成し遂げる。
「覚悟のない者も!! みなを守れ!! これは生存競争だ!!」
コミュニケーションの通じないものには、交渉も取引も意味がない。言葉も文字も届かない。
「この命に代えても」
ワイパーの後ろに続く戦士たちは笑う。
させるわけがない。お前がそうして、率いてきたんだから。
みんなウキウキで冒険に出かけた。蛇は一味を乗せてくれたし、サウスバードはゾロについて行った。
従えば南に行けて、逆らえば戻ってこれる。あの鳥、頭いいなって思った。ぜひ、一味への正式加入も検討したい。
なんであのバカは、出発の段階から迷子になれるのだろう。
当初、スカイピアの支配者を、世間を知らない学者かエンジニアだと想定していた。頭でっかちで、実務を理解していないからだ。
電気はマイナスから流れて、プラスへ向かう。昔は逆だと思われていた。それがわかったとき、学者はどうしたか。
計算結果は変わらないから、放っといた。
つまり、数式は時系列を反映していなかった。時間という次元を考慮していない。
物事には順番がある。当たり前の常識だが、数学には当てはまらない。記号で指定しない限り、順番は関係ない。それが数学の強みでもある。
しかし、朝三暮四と言っても、実務では同じにならない。
仕事は朝から始まるのだから、受け取る側も、用意して渡す側も、三つと四つでは大きく手間が違う場合がある。
朝、四つ受け取るために、人々は仕事にかかる時間が遅れてしまうかも知れない。それを防ぐために、用意する側が早く仕事を始めるかも知れない。ロットが二個なら四つの方が手間がないかも知れないし、仕入れや物流、保管方法や場所などでも変わってくる。
簡便な計算式では、現実を反映していない場合がある。公式など覚えても無駄なのは、そうした意味だ。公式自体が極限まで計算を終えた状態なので、なにがどうしてそうなったのか、ちっともわからない。美しいじゃねえんだよ。
そうしたギャップを埋めるためには、途中式、過程、つまり現場を知らないといけない。
それも考えず、理屈だけで出来るはずだと宣う上司は、吊るしてよいと法律で定めるべきだ。まるで、全知全能のようにふんぞり返りやがって。
そんな、机上の空論がにじみ出ていた。とても危険だった。
人を罪に落とす。国家がそれをするとき、虐殺が起こる。
現実に即していない法律など守れない。だが、朝三暮四の故事の通り、現場も知らないバカは他人を猿かなにかだと思っている。
犯罪を起こす猿は、排除するに決まっている。だが、バカだったとしても、麦わらは猿じゃない。猿だったとしても、船を空まで飛ばす職人だ。
聞く耳なんてないはずだが、おばあちゃんは龍驤に詐欺られた。まあ、そこまではいい。
パガヤ親子も、龍驤に反論出来なかった。ホワイトベレーなど、ルフィに反論された。
ルールや建前を盾に喚き散らすバカなどいくらでもいるのに、彼らは黙ってしまった。人の話に耳を傾ける善性があった。
法律を国家の意志に出来ず、強要の範囲から出られていないのだ。スカイピアの住人は、ルールじゃなくて、脅しに従っているのである。
国としては三流以下だ。学校だって校則ぐらい守らせる。無能な上司を始末出来たら、仕事はもっと捗る。龍驤が神をモーガンと評するのも当然だろう。
そんなつもりで目を合わせたら、びっくりサイコパスだった。しかもロギア。
虐殺は起こるどころか、起こっている最中だ。誰かがスカイピアにやって来る第三者、海賊を生贄にしているだけで。
しかも、それをやってるのがホワイトベレーで、実際はただの密告制度だと。しかも、見聞色っぽいので、密告者も要らないと。必要悪と飲み込んで、十字架を背負って頑張る誰かがいるだけで、天罰は神の気分だ。
あの匍匐前進、雷への防御かよ。
住人を生贄にして恥じない行政官がいるのだ。エネルはただの化け物。荒神でしかない。
国の支配とか、絶対興味ない。愛が理解出来ない人間に、支配とかわかんない。
感情と一口に言っても、情動として別にされるものもある。
喜怒哀楽、怖いとか快、不快なんかは、外界からの刺激に対する反応であり、情動と呼ばれる。恐怖には鮮度があるわけだ。
そこから恒常的に生じる幸、不幸。愛や嫉妬なんかを感情と呼ぶ。ちょっと突かれただけでは変わらない、人の気持ちだ。
サイコパスにはないので、情動しかわからない。持続もしない恐怖や快楽を根拠にする。だから、支配も一時的だ。
どうせ捨てるもの。つまり、ゴミだ。サイコパスは操るだけで、支配をしない。
支配されたいと思う人間がいるのも確かだが、サイコパスはすぐに捨ててしまう。そうなると悲惨だ。
サイコパスにとって、過去や歴史なんてない方が都合がよいのだ。一切が破滅する。
ただ、未来もないので計画性もない。衝動的かつ刹那的に行動するので、たいがいは自身も破綻する。サイコパスはカリスマはあるが、ただのバカである。
たまにバカでないやつが、とんでもない用意周到さと計画性を発揮することがある。
彼らは一応、生物なので、好奇心はあるのだ。
この好奇心を利用すると、サイコパスは社会へ適応することがある。見た目がそうなだけで、実際は違うのだが、サイコパスは気にしない。
つまり、エネルはスカイピアを支配してはいないが、興味がある。
興味の対象は黄金しか考えられない。サイコパスが六年も我慢する理由として、現状で思いつくのはそれだ。違う可能性も植生やジャイアントジャックなど並べてみたが、本人が肯定した。
じゃあ、黄金はどこで知った。シャンディアの人々は、400年前からその価値を知らない。ガン・フォールさんも知らない。
青海では有名なうそつきの逸話になっている。為替のレートは一万倍。
猜疑心の強いサイコパスが探そうと思うだけの理由は、第三者どころか、今いる当事者からすら得られない。
唯一、麦わらの一味だけが、ノーランドの子孫から得られた情報だ。にも関わらず、エネルはスカイピアへ来た。
エネルは誰から得た。
龍驤が推測するに、神の子孫だ。
神と世界政府には、類似性がある。これも推測で、間違っていた。エネルは突然変異かつ、余所者である。先代のガン・フォールさんは、賢人かつ善人。
類似性はない。だが、世界政府のような力がなかったとしたら、400年の歴史の中で、バカな執政者は追い落とされている可能性が高い。
シャンディアを追い出し、シャンディアを弾圧し、シャンディアの歴史を奪って独占しようとした、天竜人もどきが、スカイピアを追い出されてビルカへと流れていたら。
エネルを利用して、神の地位に返り咲こうとしていたら。
自分の祖先に逆らい、自分を一般人へ貶めた元凶だ。元々クソだったのもあるだろうが、スカイピアの住人をエネルへの生贄にすることも迷うまい。
神であったというプライドだけで、実務も知らないで行政を行っていたとすれば、最初の推測とも矛盾しない。
空に悪役は二人いた。取り戻そうとする人間が、二人いたように。
下らない推測だ。それこそ一味に話すようなことでもないし、今さら煩わせるようなことでもない。龍驤が終わらせる。
邪魔することも、立ち塞がることも許さない。そんなケンカはさせない。
「さあて、どなたかな?」
一人、生贄の祭壇に残り、龍驤は舌なめずりをする。
パガヤさんたちには、メリーの保護をお願いした。
空の住人は、スカイピアもシャンディアもアッパーヤードへ避難を始めている。ガン・フォールさんは救出へ。
一味は冒険を。一人、迷子を楽しんでいる。
龍驤もそうする。
悪党を成敗する。
祭壇に残ってカッコつけてたら、目の前にでっかい蛇がいた。
「へ?」
鼻先にはルフィがいた。目が合った。
「なにしてんだ? さっさと行くぞ」
「いやッ、え? ちょっま!? え? ハァっ!?」
龍驤の思惑は粉砕された。