一番早いのは、蛇に乗ったウソッチョだった。と言っても、彼らの目的はシャンディアの者たちだったので、ジャイアントジャックのある広場は通り過ぎた。
地を這うものに負けた航空戦艦もどきの気持ちなど、誰もわからない。
「なんだァ!? この地獄はァ!?」
ただ、二人が最初に出会ったのは、龍驤に蹴散らされた神兵だった。木の下で倒れている者たちにはまだ息があったが、広場に転がっているのはもう手遅れだった。
「ウソップ!! ノラといっしょに怪我人を集めてくれ!! 助けないと!!」
「ノラ?」
「蛇の名前だって。な? ノラ」
見上げると、呼ばれることが嬉しそうにする。誰がこんな化け物に名前をつけたんだと思ったが、一応、言っておく。
「こいつら、敵じゃないのか?」
「もう負けてるから、倒れてるんだ。敵じゃない」
そんなもんかと思う。麦わらの一味は好奇心の強い一味だが、龍驤の知識に一番、興味を示すのはチョッパーだ。
龍驤は教えた。
裏切ろうが暴れようが、相手が勇敢な帝国陸軍兵士でない限り、取り押さえるのが看護兵である。あらゆる抵抗を、有り余るフィジカルでねじ伏せろ。
それが出来るなら、敵だの味方だのは関係ない。
助けたいと思ったなら助けていいよ、ぐらいのつもりで披露した話で、ウソップのハードルが上がった。実にかわいそうというか、半分は実現してて怖い。
この世界であっても、おかしいと思われる。
で、ついでにシャンディアの怪我人も集まり始めた。もちろん、文句も言われた。しかし、チョッパーは苦しそうに答える。
「治療を拒否するなら、俺はなにも出来ねえ。俺は医者だから、命を奪ったりしないんだ」
命は本人のものである。ならば、使い方まで決めたらいい。治したのなら、返すべきだ。そこを医者の勝手には出来ない。
もちろん、みんな助けたい。
説得もするし、反論だってする。それが聞けたり、言えたりするぐらいにはしてやるが、医者が出来るのはそこまでだ。
医者が、患者の敵になってはならない。
それで黙るよい子は、チョッパーが治療した。それでもうるさい意地っ張りな悪い子は、ウソップが黙らせた。
「必殺。催眠ガス」
ぐっすりだ。チョッパーの薬はよく効く。二人ともいつの間にかガスマスクをしていた。怪我の軽いよい子は、離れた場所で見学だ。
つまり、問答無用で助けた。
「ワイパーは?」
なんでこいつ、友達みたいな顔をしているんだろう。そうラキは思ったが、背後の大蛇を見て飲み込んだ。仲間を運んでくれた、親切な蛇だが、ジャイアントジャックの次くらいにデカい。
本当になんなんだろう。
「あんた、ウソップだっけ? 最後の神官と戦ってるよ」
「おおう。神官って強敵なんだな」
なんかもう、互いに混乱しながら戦っていたので、ウソップに強敵と戦った自覚はない。
「一人でこんなに」
「間抜けな話だけどね。みんな試練に引っかかっちまって」
神兵も含めてである。本当に間抜けで言葉がない。
なにかに怯える神兵たちをアイサが見つけて、トドメをさして回った。あまりに不審で集まったところを、一網打尽だった。
負担の大きかったアイサは、里のみんなのところに預けてある。
戦士たちは、アイサを巻き込んだことを後悔した。と、同時に、このまま戦いが続けば、あの力に頼らないでいられるかと、不安にもなった。
エネルが去れば、再び五百名以上の神隊が復活することになる。シャンディアの戦士には、もうそれと伍するだけの戦力はない。
終わらせなければならない。むしろ、今、エネルのいるうちに。
それが酋長の決断だった。その正しさが身にしみていく。
シャンディアは団結した。
「じゃあ、これで全部か?」
「神兵のことは知らないよ」
近くで爆発音。二人は振り向いた。
「ウソップ!?」
「お前はここで、医者をやってろ」
探す。木々の間に人影。遠い。チラッとだけだが、間違いない。
「ワイパー!?」
「戦場が近づいて来たか」
なぜか、ワイパーたちより奥にある、即興の野戦病院。仕方ないのだ。位置関係がそうだったから。
多少、怪我をしてても意地を通そうとする戦士がいたのも、宜なるかな。
「どうするんだい!?」
だが、怪我人だ。なんなら眠らされている。ラキは焦った。
せっかく、なんの幸運か命を拾えたのに、溢れてしまう。
ウソップは、そんなラキが不思議そうだ。
「どうするもなにも」
一味のためでないのは残念だが、簡単な仕事だ。チョッパーの援護と言えば、そうとも言える。
「俺は狙撃手だぜ?」
「ウソップが援護に入ったぁーッ!!」
「え? じゃあ、終わりじゃん」
「ええから、次の枝探せ!! どんだけ遠回りすんねん!!」
アーアアが楽し過ぎてやめられない。
「お前こそ真っすぐ走れよ!!」
「見てわからんか!? 曲がりくねっとんねん!!」
「いいわけすんなぁッ」
「理不尽!!」
次にジャイアントジャックへ到着したのは、空を飛んでいた迷子である。
諦めて懸垂していた。サウスバードが迷惑そうだ。
「おい、さっさと離した方がいいぜ?」
聞く耳を持たないサウスバードたちだが、ジャングルがなくなったことで見えるようになった地表に、犬を見た。
その隣の化け物も。
ゾロは剣を抜いた。片手でリュックを掴み、口と利き手に構える。
一本でいいんじゃないかな、と思う。
見た目は化け物だが、脅威とは感じなかった。サウスバードは空を飛んでいる。届くはずがない。
サウスバードは獲物を横取りしようとする人間の、浅はかな脅しだと思った。バカにするように鳴いた。
「忠告はしたぜ?」
次の瞬間、激しい金属音とともに、尾羽根が斬れた。びっくりした。もう一度、地表を見る。
サングラスの奥に隠れて、相手の目は見えない。それでも視線に貫かれた気がした。
狙いを自分に変えたのがわかった。野生動物として、一切、迷いはなかった。
「あ、ちょっ」
獲物を離した。命より大切なものはない。食べ物なんて、また探せばいい。一味といっしょに来たサウスバードまで、ゾロを捨てた。飛び去った。
「覚えてろよ、てめえ!!」
鳥です。
恨み言を吐くゾロだが、余裕はそこまでだ。下から伸びて来たなにかを、片手で弾いた。足りなかった。
太ももに薄く、切り傷が刻まれた。剣でつけられた傷としては、かすり傷もいいところだ。剣先すら触れていないだろう。
それでも顔をしかめた。
たった二撃。だが、本気になるには十分だ。
勢いを殺され、着地に支障はなかった。腕のバンダナを、頭に巻いて歩き出す。
その男は、遺跡の上に座っていた。その姿勢から、技を繰り出していた。
「空ってのは、なんでもデカくなんのか?」
隣に座る犬。見た目だけなら飼い犬だが、メリーのリビングにいたらいっぱいだろう。飼えそうにないなと、ゾロは思った。
問題は男の方だ。犬よりもデカい。はち切れんばかりの筋肉が、血管を浮かべて周囲の遺跡のようだ。
それだけの偉容でありながら、気配は石と同じだった。斬れるのかと、ゾロが迷うほどに。
「静かにしろ。俺は嘆いているのだ」
「感傷なら自分の部屋でやりな。酒でも飲みながらな」
男は涙を拭いながら、笑みを浮かべた。
「粋なことだ。確かに、戦場ですることではないか」
男は立ち上がる。ゾロはそれを見上げた。巨人以来だ。ここまで誰かを仰ぎ見るのは。
いや、鳥に攫われたルフィを見たときとか、結構あるような。
退屈しない船旅だ。楽しいだけじゃない。
こうして、強敵とも出会う。
一人だったときには、望めなかったことだ。
なにが海賊狩り。東の海で出会う海賊など、雑魚ばかりだ。つまらなかった。心底、退屈していた。どうやっても、こんな海で最強を目指せるとは思えなかった。
だから、なんでもやった。肉体も精神もいじめ抜いた。海軍にも逆らった。死にかければ強くなれると、本気で思っていた。
結局のところ、死にかけても惨めで悔しいだけだった。磔にされ、子供を助けた自分に、あの艦娘は尊厳を取り戻せと言った。
油断と慢心で、バギー一味には腹に穴を開けられた。鉄の檻を前に役立たずだった。華奢な艦娘がそれらをねじ曲げて、船長といっしょに嘲笑われた。
その後も機会をくれた。譲られ、尊重された。間違いなく負けだった戦いは引き分けになり、情けなさに涙が出た。
だが、本当に負けた艦娘の涙を見た。次なんて一切ないのに、生きると決めた人間もどきは、あまりにも哀れだった。
あの艦娘が勝つことは、一生ない。目的や夢を持つこともない。終わっているからだ。あいつの人生は。
もう負けて、失って、なに一つ取り戻せないからだ。
そんなものを蘇らせて笑っている妖精さんが、ゾロは悍ましくて仕方がない。深海棲艦と言ったか。世を恨み、呪う怪物が生まれて当然だと思う。
負けて生き残るなど、考えただけで最悪だ。あまつさえ、死ねないなど。
逆に、生きている限り負けていないと言える、この人生が幸せだ。
「なにを求める、青海の海賊」
「最強」
「悲しいな。儚き夢だ。人はみな、どうせ死ぬ」
「そうかもな」
それでなくとも老いる。病に怪我に、人如きが長々と座れる場所ではない。
だからなんだ。なりたいんじゃない。なると決めたのだ。約束だ。
「俺はオーム。神に成り代わり、お前を救おう」
「ロロノア・ゾロだ。宗教は間に合ってる」
オームは笑う。剣を抜く。
「そう言うな。誰しも、死に際には祈りたくなるものだ」
「神を信じねえわけじゃないがな」
なんか、それより変なのが仲間だし。
「俺は絶対に祈らねえ」
ゾロも構える。二人の間に、雷よりも激しい火花が散る。
「それも一興。我が悲しみの求道、生存率0%。味わったあとで、吠えてみろ」
オームは眉をひそめた。ゾロは怯まなかった。マントラが示すのは、目の前の男の歓喜である。
「いいねえ。馳走になるぜ、筋肉神官!!」
不可能は越えていく。それでこそ、海賊だ。
「誰や、ガンマ線垂れ流したやつ?」
「なんだそれ? 美味いのか?」
「不味いと思うけど。それより船長」
「なんだよ?」
「そろそろ本気にならんと、ウチら最下位やで?」
「マジで?」
「マジで」
赤髪のシャンクスは白ひげに使者を送った。
まあ、それはいい。少なくとも、邪険にはされなかった。白ひげ本人と、直接会える寸前までは行けた。
が、ちょっと忙しいということで、後回しにされた。使者となったロックスターは、それなりに誇り高い男だったが、仕方ないかなと思った。
海賊なら、白ひげの流儀は知っている。一味も傘下も、みんな家族盃を交わす間柄だ。で、末っ子があんなことになってたら、よその四皇になど構っていられないだろう。なんなら力になれないかと、お頭というか、ベックマンと話がしたかった。
『なんか、情報でも入ってないですかね? 面会のきっかけにもなりやすし』
「ごめん。ねえわ」
ないのだ。黒ひげは姿をくらませていた。真面目に勢力争いなどする気もないが、仲間を守るためにも気を遣っていた分野だ。
そこに引っかからない。
楽園の出来事とは言え、四皇の手の届かない場所に黒ひげはいたはずだ。逆に、四皇の内部事情など同じ四皇ですら、どれほど入手出来るか。
カイドウもマムも動いていなかった。自分が動けば、どちらかが釣れる。だからこその使者だ。ダメだろうとは思っていても、慎重にならざるを得なかった。
白ひげは老いて、隊長が二人、不在なのだ。危険だった。
それが、なぜこんなに世界へ広がってしまったのか。
エースを評価しないではないし、いつか見つけるだろうと予測はしていたが、まさか手遅れになるとは。
ベックマンが落ち込んでいて、みんなは喜んでいる。
シャンクスもだ。
「だっはっは。こりゃ参った。舐めてたな、若人を」
本当に喜んでいる。
どうやら古い友達が、裏で関わっているようだからだ。
懐かしい名前を見た。次の時代は、シャンクスたちでは思いもつかないことをしてくる。
「新聞を見たか?」
『ええ、まあ。ずいぶんと好き勝手書いてますね』
クソ鳥は、ついに四皇が動き出したと、世間を煽っている。不安をばら撒いて、新聞もばら撒くつもりだ。
動くなと警告するはずが、もはや既成事実となっていた。逆に、白ひげは動く。
わかっていたことだし、なにも変わってはいない。それでも忠告はするべきだと思っていたが、無駄になった。
一手遅れた、と見るべきだろう。だが、シャンクスの勘は告げている。
「伝言を頼みたい」
『承りましょう』
「少し待て、それだけだ。それだけ言ったら、戻って来い」
『いいんですかい? 白ひげに伝えられるとは限りませんが』
「構わねえよ。もしかしたら、他人を気にしてる場合じゃなくなったかも知れないんでな」
シャンクスの手には、世界経済新聞がある。そこには、こう書いてある。
──戦争が始まる。白ひげが勝つにせよ、海軍が勝つにせよ、世界は混乱するだろう。
既存の勢力が滅び、また新たに台頭する者が現れる。これをチャンスと考えられないなら、野心など捨てるべきだ。
だが、注意するべきことがある。
先に述べたように、カイドウとビッグ・マムは、用意した戦力で拡大を図るが、赤髪はなにも出来ない。降りかかる火の粉を払うだけで精一杯なはずだ。
だから、ハイエナに徹する。賢明なる諸君は備えるべきだ。
やつらの手の届くところに、価値あるものを置いてはならない──
投資アナリスト ドラドラ・アッパカット