俺には理解できん。敵の親玉をブチ殺したことがなぜ咎められる。
これは手柄だろう、感謝されこそすれ責められる謂れはないはずだ。
アルテラとアスラウグは結構な遠出をして、国境を跨いで俺を探し出したらしい。帰り道でアルテラがこんこんと説明してきたが、馬の耳に念仏、全部聞き流した。一部耳に入ったのは、本格的に本腰を入れられる前に、ローマの力を削いでいったほうがフン族の戦がやり易くなるだのなんだのといった事くらいだが、やはり全く理解できない話だった。
最初に地元を離れた時に感じたことだが、ここいらは空気が軽いし薄い。呼吸が苦しくなるだのという不便さはないが、外の人間は異様に弱い雑魚ばかりなのだ。比較してフン族やピクト人はおかしいが、それ以外の人種は同じ人間かと疑わしくなるほどに弱かった。
インテリぶって言うなら、神秘が薄いって奴だ。ファンタジー要素を抜いた普通の人間の範疇にいるといえば馬鹿でも分かる。こんな奴らを相手に負ける要素はねぇし、フン族の奴らの相手になるのなんざピクト人だけで、ローマの奴らはハッキリ言って烏合の衆でしかない。フン族が負け戦をする可能性があるとしたら、とんでもなく頭がよく手下を上手く死にに行かせられる将軍がいた上で、天の奴らが味方してやってようやくというところだろう。
それだって俺やアルテラ、アスラウグが出張れば簡単にひっくり返る。分からんのはアルテラが自分の力を出し惜しんでることだ。あっちこっちを荒らし回り破壊しまくってんのに、変に自重しているのが本気で分からん。一部の奴は地元の奴並にやれたりはするが、そういう奴の数は少ないし、魔術師も奇術師みてぇなびっくり人間なだけで、全部取るに足らないヒョロガリ共だ。
なぜアルテラは自分で戦わん。戦いが好きじゃないからか? なのにフン族にはよく戦わせているな。略奪や陵辱が嫌いなのか? 手下には好き勝手させてるよな。発展した都市ほど念入りに踏み躙る指示も出していたはずだ。分からん、コイツが自分で戦わんことも、言動が一致しない蛮族そのものの戦も。アルテラは力があるだけのガキだってことだけが確かだが……。
ああ、なるほど。解った。コイツは王の責務通り、望まれた通りに版図を広げてはいるし、それに真面目に向き合ってはいるが、別に自分のやりたい事ってわけでもねぇんだな。そんで侵略先で見かけた文明を粉砕したくなる、自身の破壊衝動を抑えられねぇってわけか。
コイツを見た時に幻視した白い巨人は……アルテラの大元かなんかか。女々しいガキっぽい感性が付随している割に機械っぽいのは……真っ白だったコイツをフン族の小賢しい奴が役割で縛り付けて、利用したってあたりだな。お蔭で人間にふれあい人間らしさがほんの少し芽生えたのはいいことなのかもしれんが……ハァ。これだから偉い奴が考えることは小賢しく煩わしく腹が立つ。
……ああ、スルーズ達やアスラウグがアルテラに敬意を払ってんのは、あの大元の奴を……あのジジイ辺りがなんかして造ったってとこか? ってことはあのジジイはスルーズ達の親父だな。
クソだな。何がクソかって、ちょっと考えただけでなんもかんもの裏が見えちまう。幾ら俺の脳も筋肉だからって、俺の筋肉は頑張りすぎだ。これじゃあ世界一の知恵者を名乗れちまうぞ。
明らかに俺のガラじゃないから頭ん中は空っぽにしとくか……あれこれと見通せたところで面倒臭いだけだろう。どうでもいいんだよ、賢い奴らの思惑だのなんだのは。誰それの過去にこういうことがあっただのなかっただの、そんなもんには鼻糞ほどにも興味はない。
あの三人は俺のモンだし、アルテラがどんな奴であれ俺の獲物なのも変わりはない。大事なのは現実にあるこの事実だけで、それ以外はどうでもいい。
「……何を言っても無駄か。解ってはいたが」
諦めたように嘆息するアルテラに、俺は一つ強い鼻息を漏らす。当たり前だろう。
俺がここにいるのは強くなる為だ。地元から出たのはアルテラという獲物を逃さない為だ。
ここいらには雑魚ばかりしかいないが、神殿遺跡なり真祖なり面白いものもある。怨念だけは一丁前の雑魚共をヤれば戦斧の強化も効率よく出来るし、天が雑魚共に味方しているような流れを感じもする。天に味方された奴を狙えば俺の筋トレも捗るというものだろう。
「もういい。好きにしろ」
ああ、好きにするさ。今までも、これからも。
来る日も来る日も行軍、侵略、交渉だ。支配したところの統治もなんのかんのと差配している。もちろん俺は関わっていない。全部アルテラのやっていることだ。
奪って殺して犯してお終いとはならんらしい。解っちゃいたがお偉いさんにもお偉いだけの由縁があり、相応にアルテラも忙しなく王様をしていた。
アルテラはあのバカなんか及びもつかねぇほど優秀な王様なんだろうよ。
だが、つまらん。コイツに付き合っていると欠伸が出る。
なので殴る。一人で黄昏れているのを見掛けると、必ず手を出した。メスガキのくせして嬉しそうに応じるもんだから、さっさと王様なんかやめちまえと思うが……変に律儀で生真面目だからなコイツは。なかなか義務を投げ出さねえから面倒臭い。巻き添えが出ない程度に力をセーブして殺し合いのごっこ遊びをしても、軽い運動にしかなりようがないし、却って鬱憤も溜まるってもんだが、ローマの雑魚を相手にするよりはマシってもんだ。
ほんの数年だ。俺は戦にだけ参加し、それ以外の時は大抵、道先案内人のアスラウグだけ連れて妖精とか精霊とかを探して喰ったり、魔獣の焼き肉をしてキャンプをしたりと悠々自適に過ごしていた。稀に活きのいい幻想種とやらもいて焼き肉が旨くなったりもする。魔術師の変な痣みたいな神経も、食いごたえのある奴を持った大物を狩れたりもした。
今日はフン族に混じって略奪をした。こういうのはもう呼吸と同じで、襲った先だと何も考えずにやってしまうことだ。フン族の奴らも大張り切りで、コイツらも元気だなと感心する。
たぶん、いや絶対にトップがアルテラでないと、コイツらの精鋭は一枚岩になって戦えんな。飛び抜けて強い奴が上にいて重石になってるからなんとか軍隊の形になっているだけだ。コイツらも略奪は習性の一部だし、女が大好きだし、暴力を愛している。暴力を振るわれる側に立つのは断固として認めない我儘さもあった。獣そのもので実に人間的だ。
コイツらは俺に配慮しているが、女に関しては早い者勝ちだ。地元にいた時みたいに進んで女を差し出しに来る奴はいない。不便だが、こういう嗅覚なら俺も負けん。今まで襲った先の一番の器量良しを逃したことはなかった。今回もだ。散々に殺戮して滾っていきり勃った一物を丸出しにし、裸で捕まえた女を二十人檻に閉じ込めお楽しみタイムである。
が、今回は異例の事態が起こった。
女を閉じ込めていた檻が女ごと業火に焼かれて灰となり、俺が今からヤろうとしていた女の頭も消し飛ばされたのだ。
あ? こめかみに青筋を浮かべる。俺は奇襲にはめっぽう鈍い。雑魚の攻撃なんざ効かんし奇襲を警戒する意識がなく、いい筋肉の持ち主には俺の筋肉が勝手に反応するからだ。
だからすんなり女を殺され、一瞬で俺の殺意のボルテージはMAXに跳ね上がった。
誰だ俺の邪魔をするのは。殺してやる。憤怒の形相で振り返ると、そこにいた奴の面を見て殺意は呆れに転身する。俺の邪魔をしたのはアスラウグだったのだ。
――ヘルモーズ、観念しろ。これから先、お前が女を抱けると思うな。この私を差し置いては!
「………」
俺はいきり勃った一物を見下ろす。寂しそうにしていた。
マズイ。
男ってのは馬鹿で愚かだ。普段は反応しない相手に一度反応してしまったら脳がバグる。コイツはイケる奴だと認識してしまう。そして始まるのは暴走だ……止められない。
しゅるりと衣擦れの音をさせて裸体を晒したアスラウグに、俺の視線が完全に吸い寄せられている。やめろ。お前はこんな燃え盛る都市の中で、死体と瓦礫に囲まれながら抱かれていい奴じゃあない。もっとこう、なんかいい感じにいい感じの奴といい感じになれ。
そう思うのに体は正直だ。俺の手はアスラウグの方へと伸びて、自ら進み出てくる女に――
「お、おぉー……」
「………」
途方もないヤッてしまった感に内心頭を抱えつつ、力尽きて失神しているアスラウグを地面にマントを敷いて寝かしてやっていると、物陰からこちらを見ているガキがいるのを見つける。
……なに見てんだ。
「あ、い、いや……悩める姪に策を授け道を示した手前、見届ける義務が私にはある、はずだ」
……良くも悪くも正面突破しかしないアスラウグに要らん入れ知恵をしたのはテメェか。悪ガキには折檻が必要だな。コイツ一人で俺が治まると思ってんのか? ブチ犯すぞクソガキ。
「あっ、う、うん……姪の後詰めをしてやるのも吝かじゃないぞ」
……。
………ん?
お前……なんで鼻血なんか垂らしてやがる。
「え?」
立ち上がって裸のままアルテラに近づき、両手でむんずと小さい顔を挟む。
情事を見て興奮し鼻血を流す、なんて間抜けな奴じゃない。微かに赤面するアルテラの顔を注視した。
……なんだ? なんで……コイツの面に、
俺は無言でアルテラの服を剥ぎ取った。羞恥を感じたのか慌てて身を捻るのを押さえつける。
アルテラの裸体を見下ろした。周りに野次馬はいない。ヤッてる時の俺に近づく馬鹿を、何度か無意識に殴り殺していたらいなくなっていたからだが、今は誰もいないのは都合が良かった。
アルテラの体に手を翳し、あちらこちらを触る。おい、やめろ! と弱々しく抵抗するアルテラを無視して全身を隅々まで検分し、俺は顔を険しくさせてアルテラを睨んだ。
おい……お前。
「な、なんだ?」
惚けた面だ。だが、わざとではない。
俺の顔から血の気が引いた。普段ならアスラウグがあと三人は必要になる猛りが治まった。
青白い顔の俺を見て、流石に冷静になったアルテラは問う。
「……私がどうかしたのか」
「………」
「……そうか」
鼻血を拭い、アルテラは悟ったような顔になった。
「
寿命だと。コイツはまだ俺の半分も生きて……そもそもこれは寿命などではない。病の反応だが病でもない。コイツは、そうだ、例えるなら、燃料が尽きている。必要な食い物を喰えていない。
生きていく上で何らかの負荷が掛かり続けていたのか。コイツは――地球上の生命ではない。そして根源的な問題として、コイツは最初から
幻視した白い巨人。天を壊す天。ソイツの残骸から発掘された……? 残骸は残骸、骸から出てきたコイツは通常の人間のような生態をしていなくて。
「保って……なんとか、あと三年ぐらいか」
三年。長いと思う一方、たったの三年だと、と愕然とする己がいる。
なんとかならないのか。
「ならないだろう。なぜなら
言いながらアルテラは、仄かに微笑んだ。女のように。
「頼みがある」
なんだ。
「私を破壊しろ。
「………」
「お前は私が本質的に何にも縛られない人ならざる身で、裏切りや嘘を持たないと察知したから私の言葉を認識した。そしてそうであるが故に――
「――――」
愛?
……愛だと?
……俺が!?
「そうだ。だから私も人の理をねじ伏せた、お前という特異点に――外宇宙からの襲来物は惹かれたのかもしれない。私を破壊する者は、お前がいいと私が決めた」
………。
「だが私を起動した者達への手向けとして残り三年の殆どを捧げる。最後にお前と命を賭して戦おう。それまでに、この私を破壊し尽くせる力をつけろ。私を破壊した末に――お前はお前の運命を超えろ。そして願わくば、お前に惹かれた私に……お前の子を宿してくれ」
……ガキを? お前に?
「ああ。お前の精はもう強すぎる。並の女では宿らんだろう。だが私なら宿せる。お前の子を産み、お前と共にいた証を残したい。破壊しかできない私に、創ることを教えてくれ」
命あるものはいずれ死ぬ。俺もだ。いつ死ぬかはともかく、永遠の命に興味はない。いずれ死ぬ為に生きている。だが、死ぬのは今じゃない。コイツも。
細い腰を抱き寄せた。軽く、浅く口付ける。
「……ふふ。さっきまで緊張していたのに、今はそうでもないな。……なあ、ヘルモーズ。私に心を宿した残酷な戦士、比類なき悪逆の暴威。お前は私に破壊されず、縛られずに在ってくれ」
何を当たり前の話をしている。
たとえ俺がお前を愛しているのだとしても、お前を殺すことを躊躇いはしないだろう。殺したことを悔やむことはないだろう。お前は俺の
三年だな。いいだろう。三年後のこの時間に、お前を壊す。そしてお前が確かに在った証を連れて行こう。これは誓約だ。俺がお前だけに定める誓いだ。お前の屍を越えて征く。俺は必ず俺のまま生きて死ぬ。死んだ先に――地獄に落ちた後、共に地獄を征こう。
「いいな。そういう告白は――この空っぽだったはずの胸に、響く」
――ま……待、て……!
らしくなく重苦しい空気の中、交わろうとした矢先。よたよたと起き上がったアスラウグが、恨めしそうに俺とアルテラを睨んだ。
――私も、まだやれる……アトリ様は、後だ……っ。何年も耐えた私を差し置いて、いい雰囲気になることはアトリ様でも赦さない……!
「む……だが私に残された時間は少ない。今は私に譲れ」
――ダメだ。認めない。私がいるのに他へ目を向けるのは。
気が抜けた。延々と言い争いはじめた二人を見て、俺は深く嘆息する。
面倒だ。俺は強引に二人を抱き寄せる。どうせこの二人が潰れた後でも俺はピンピンしているのだ。自分が先だの後だのという言い争いを眺めておいてやる義理はない。
特にアスラウグだ。自制できないタイミングで仕掛けてきたこの馬鹿は、念入りに潰してやる。
「へ、ヘルモーズ……?」
「父う……ヘルモーズ、ま、まさか……」
今更怯えるな、滾ってしまうだろうが。
俺のような外道に迫ったゲテモノ好き共め。精々、後悔させてやろう。
ローマ
蛮族のおやつ。
幻想種
生き残りは潜伏を開始。
魔術師
活動圏から退避。
アスラウグ
本懐を遂げるもいきなりメインヒロインの風格を出したアルテラの影に隠れかける。
そうはさせじと母譲りの独占欲を発揮。
蛮族には意味がなかった。
アルテラ
寿命を知る。
バグと接していたらバグった。
なぜこんな悪魔のような外道・無道・非道の男に惹かれたのか。
理屈はあるが、理屈は捨てた。
自分の子供を名乗る他人のフン族がいるが認識していない。
ヘルモーズと自分の子が生まれたら、ちゃんと親子をして欲しいと思っている。
ヘルモーズ
叡智は言葉を解さない。だが見ようとしたモノの真実を見破る。
歴史に名が残るほどでも関係なく、知恵者の天敵であり、人の上に立つ者の天敵だ。
如何なる企みも無視し真実を見破り単身で企んだ者を殺しに来る。
アルテラに対して一目惚れしていたことを自覚させられた。
一目惚れしているのに殺すのは、近い内に死ぬと察知していたから。
死なれる前に殺して自分のものにするという、歪んだ独占欲を発露していた。