蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る   作:飴玉鉛

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第16話

 

 

 

 

 ガキが見ている……負けてやる訳にはいかねぇな。

 

 男は好敵手と認めた男の声なき啖呵と――己に言い聞かせる強い意地の籠もった目に見惚れた。

 フッと笑う。なるほど、それは確かに負けられない。

 親父を超えていいのは我が子だけ。親父は強い背中を魅せてこそ。

 心地いい。男は、笑ったまま地に伏した。

 

 

 

 ――邪気が抜け、獣気が溶け、情欲が枯れる。未だ嘗てなく、すっきりと明瞭に頭が冴えた。

 

 

 

 俺が此の世に産声を上げて六十と余年、あるいは七十年以上も経っているかもしれない。

 それ以前に何かがあった。今はもう思い出せない、有象無象の雑念があった気がする。思い出せないということは、些末な出来事でもあったのだろう。

 どうでもいい。俺は今、気分が良かった。

 筋肉を鍛えた。俺を裏切らない筋肉だけを信じてきた。

 強くなる為に鍛え、満足しそうになった時に敵を見つけ、また鍛え……。

 出会った女。出会っていたことに気づかなかった裏切らない友。強かに成長した友のガキと、俺と女の間に生まれた雑種のガキ。それ以外にも頭を過ぎった幾人かを想う。

 

 酸鼻を極める外道働きを何度もしたのに、それは思い出す気にもならない。力が支配するこの世界で、力が強い故に支配されず自由を謳歌した。自分に嘘を吐かず気儘に振る舞い、欲望を抑えず弱者を踏みつけた。どれもが人という獣が持つ根源的な欲だろう。これを恥じるつもりは俺にはない。俺には俺こそが人間なる獣だという誇りがあった。

 物語であれば、俺は英雄に倒される為の悪役になるだろう。だが俺は誰にも倒されなかった。無惨に敗れてこれまでの報いを受けることもなかった。なぜなら俺が強かったからである。

 最強の目標を見つけた。コイツを殺そうと思った。俺よりも遥かに強い力の持ち主が赦せなかったのではない。俺のものを奪い去ったことが赦せなかったのは……ある。だが同時に、確信的な予感がしていた。コイツを殺せた時、俺は本当の意味で誰にも支配されない力を手に入れたのだ、本物の獣の自由を手に入れた証になるのだ、と……馬鹿みたいに決めつけたのである。

 

 鍛えた。効率的に筋肉を鍛える為に、とにかく沢山のものを食べた。

 

 竜を。竜もどきの蜥蜴を。吸血鬼を。魔術師の刻印を。モンスターや、黄金の人狼、妖精、精霊、とにかく俺の力を高めると感じた栄養素を取り込み続けて……最後に、冷たい巨狼を喰った。

 脳の欠片と、舌の一部。喰ったのはその程度だ。しかし数多のものを貪った果てに――()()()()()()()()()()()のだろう。混ざりすぎ、純粋ではなくなっていたのである。

 だが、今は体が軽い。裸一貫、素の自分と数十年ぶりに再会した。

 純然たる人の肉と人の血。人として鍛えてきた力の全てが、邪道によって力を磨くという背信を働いていたかもしれない俺に、変わらず寄り添って共に在るままでいてくれたのだ。

 この感動は、筆舌に尽くし難い。血を六割失くし、肉体の至る箇所が炭化して、もう肉体は死んでいるというのに。死に分かたれることもなく、死んだ後でも俺と共に力は在った。気が狂うかと思うほどの歓びが、感動が、頭と胸を満たして撹拌している。

 

「――見事」

 

 仰向けに倒れ、末期の感動に浸り霞んでいる意識の中、いけ好かない爺が何かを言う。

 ああ? なんだ、何を言っている。少し前まで、実は何を言っているか理解していたというのに、今は本当に何を言っているのか全く分からない。

 そうか。混ざった力を捨て、純化したせいだ。

 純粋で、純血となった今の俺に奇妙な智慧はない。全て纏めて捨てた。あの燃えるゴミの処理に便利そうな、デカブツの吐いた吐瀉物を除く為に、俺の体を重くしていた物を投げつけたのだ。

 そういえば、なぜ俺は倒れている。

 前後の記憶がない。不覚にも、気絶していたのだろうか。

 おい、俺を見下ろすな。俺はお前みたいに偉い奴が嫌いだ。賢しく他人を使う奴が嫌いだ。思うように体が動くなら殺している……そういえばこの老いぼれは、半殺しで勘弁してやるんだった。

 

 軽くなったはずの体が重い。そういえば、爺の面もはっきり見えない。

 

 何があった? なんとか首を動かして、周りを見ようとする。だがやはり、何も見えない。全部に靄が掛かり、見通せない。なんで見えないんだ……女達とガキがいるのが分かるのに、その顔が全然見えない。段々遠ざかっている気がする。おい……何処に行く?

 いや、俺が遠のいているのか。俺は何処に行こうとしている? 辺りをよく見ようとした。

 

「お前は最強の神を打ち倒した。無二の勇者たるお前に、約束通り報酬をやろう」

 

 一つだけ、見えた。霞んではいるが、赤髪の奴が隣に倒れている。

 誰だ。……いや、コイツは、まさか。

 アイツだ。俺が目指した力の果てだ。

 ……俺が倒したのか? デカブツを始末した後、戦ったのか?

 思い出せない。だが、とにかく必死で、死に物狂いだった気はする。

 

 勝った……? 俺が……コイツに……?

 

 不思議と歓びはない、安堵もない。実感がなかった……記憶がないせいだ。

 いや……違う。記憶がぶっ飛んだからじゃない。朧気に記憶している、デカブツを斃した後アイツも死んでいたが、俺より確実に弱くなっていた。俺よりも深手を負い、死に近づいていたのだ。

 だからだ。俺がアイツより強くなっていたから勝ったんじゃない。単に、アイツが俺より死に近づいていたから、俺より先に死んだというだけ。五分の状態なら……いいや違うな。七割俺が有利でも、俺が負けていた。肉体の損傷具合で十割俺が有利であり、死というタイムリミットが長かったから生き残っているだけだろう。もし少しでもアイツの傷が浅ければ、こうして意識を保っていたのは俺じゃなくアイツの方だったに違いない。

 

 畜生……勝ち逃げしやがるのか、天。

 

 せっかく気分が良かったのに、胸糞悪くなる。おい、起きろ。起きてまた戦え。俺は勝っていない、譲られただけの、偶然拾っただけの勝ちに満足できるか。勝ち逃げするな。戦え。

 思うだけだ。グッと、無念を飲み干す。

 吐き出せる言葉がない。何より、勝ちは勝ちだ。どれだけ不満でも、勝ったのなら勝者だ。勝者が敗者に掛けるのは勝鬨だけ。それ以外は、上手く言えないが駄目だ。

 

「――時間をくれてやる。都合のいいことに、死後魂の流れ着く先はこの世界の何処にもない。神代を畳み辻褄を合わせ、人理との折り合いをつければ、お前が生きていても誤魔化せよう。お前の骸を修復する、騙し騙しとなるが充分な時を生き永らえるだろう」

 

 俺は聞いていなかった。どうせ聞いていても理解できない。そんなものよりも、俺の傍にいるガキと女達を見ようと目を凝らしていた。

 ハッハ……なんか湿っぽいな。なんだ、マナガルム。ワンワンワンワン泣いてんな。俺のガキが情けない面して喚くんじゃない。男が泣いていいのは、生まれた時と親が死んだ時だけ……ん、俺が死にかけてるから泣いてんのか。なら……まあ……大目に見てやるか。

 

 だが早合点だ。俺は死なんぞ、死んで堪るか。死ぬのが怖いんじゃない、死を恐れていいのは善良に生きた人間の特権だ。野生のままに欲望を満たしてきた俺に、死を恐れる権利はないのだ。

 ただ、俺は嘘つきになることを恐れる。約束を果たせないことを呪う。マナガルム、俺はお前が一人前になるまでの軌跡を見届けないといけないんだ。そうすると誓っている。俺に愛とかいう、俺が持つはずがないものを自覚させた女に対する約束がある。

 ……強がりだな。

 自分のガキを全員殺してきた俺だ。俺や、俺の友を裏切ったクソガキを全員殺した。子殺しの分際で今更ガキを一人前にしたいと思うのは女々しいが、気になるのだ。コイツに俺を超えられるのかどうかが。超えてほしいと思えるガキが生まれてきたことが嬉しかった。

 

 死ぬわけにはいかない。ああ、死んで堪るものか。だから泣き止め、気が滅入ってうっかり死んだらどうしてくれる。

 

「それと、無双の勇者がそんなみすぼらしい姿では格好がつかん。お前の衣装も、得物も直そうか……まだ足りんな。あれだけの偉業を成した勇者に、それだけの報酬で済ませたとあっては儂の面目に関わる。故に最後にもう一つ、呪いを()()()()()掛けてやろう」

 

 寝よう。寝たら死ぬ気がするが、俺は死なない。寝て、起きたら、今度はどこに行こうか。

 スルーズ、ヒルド……オルトリンデ。久しぶりに、あてもなく流離ってみるのもいいだろう。

 アスラウグ……ガキが欲しいんだったか。俺は要らんな、マナガルムが生まれてから自覚したが、親父をやるのが俺には難しすぎる。勘弁してくれよ。

 

「いつか人理は欲するだろう。定まった結末を覆せる者を。その時、人理はお前に目を付ける。もし斯くの如く現界が成ったのなら、儂が紐付けた呪いがお前の欲する者を引き付けるだろう」

 

 あ……? おい、爺。お前、どこに行きやがる。待て、まだ一発も殴ってないぞ。殴らせろ。

 眠い。クソ、抗えない。

 ……運の良い爺だ。半殺しは、また今度にしてやる。

 ハッハ……どうせ、もう会う機会はないんだろうがな。

 

 じゃあな、爺。俺は寝る。せいぜい俺と鉢合わせないように気をつけろよ。

 

「さらばだ、北欧世界(ユグドラシル)随一の戦士、ヘルモーズ。悔いのない余生を愉しむがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました時には、全てが終わり、そして始まっていた。

 

 嘗てアルテラと共に国を出た時に見た景色がある。それを見ただけで察するものがあった。俺の生まれ育った北欧世界(こきょう)は消えたのだ、と。滅び去ったのだと自然に悟ってしまった。

 そうか……まあ、仕方ないな。どのみちあのデカブツにほとんど滅ぼされていたようなもんだ。寝てる間に全部終わってたってのは、面倒がなくてむしろよかったかもしれん。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 俺が起き上がったのを見るなり、名を呼んで駆け寄ってきたのは――どこか見覚えのある女だ。

 よく見たら、歳を喰った姫だった。ハッハ、おばはんになったなぁ、姫。

 ……いやよくよく考えたらなんでお前がいる? あの馬鹿の一人娘……なんでお前がここに?

 泣きながら縋りついてきて、ワンワンとガキみたいに喚くのはやめろ。耳元で喚くな、お前の泣き声は耳に障るんだよ。鬱陶しくなって引き剥がし、見渡すと俺は天幕の中にいたらしい。子持ちの腰になっている姫を抱えて外に出ると、姫は泣きながら笑っていた。

 懐かしいのか? ああ、俺もだ。あの時は黙っていなくなって悪かった。お前、いい年の喰い方をしてるぞ。婆のくせに綺麗になったと思ってしまう。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 外に出ると空から三姉妹が飛んできた。背後からタックルを喰らって振り向くとアスラウグがいる。なんだなんだ、辛気臭い面ぁしやがって。鬱陶しい。俺はまとわりついて来る女達をそのまま引き摺って歩き、何十年も前に姫を預けた男を探した。

 いた。

 オッサンになっているが、精悍な面になっている。色々あったらしく、傷だらけの面だ。俺を見るなりあからさまに怯えやがるのは情けないが、無視して肩に担いでいた姫を投げつけた。

 なんとか受け止めた野郎がホッとする。投げられた姫が抗議するように猛っている。そしてその二人の周りに十代半ばぐらいの小僧と小娘――それから小娘の抱く赤ん坊――に姫は囲まれた。

 他の奴らは俺に怯えてやがる。だが姫が何かを言ったのか、警戒心がほつれた。予想でしかないが昔の俺が姫を連れ回していた頃の話でもしていて、その男が俺だって言ったのか。

 

 なんでもいいが……少し、胸が詰まった。

 

 そうか……孫が生まれてんのか。早すぎる気もするが、小娘の方はガキを生める歳ではある。

 ……良かったな。お前はお前で、自分の力で幸せになってやがったか。

 

 ――父さん!

 

 で。

 脚にタックルしてきたガキの首根っこを掴み、肩に乗せてやりながら周りを見渡す。

 天幕が幾つも張られている。場所はどこかの平野。森が近く川もある。騒ぎを聞きつけたのか何人も雑魚共が天幕から出てきたり、外にいた奴も集まってきた。

 

 ここはどこだ? コイツらは誰だ? 何がどうなっている。

 

 困惑しながらスルーズ達を見ると、ヒルドがニヒヒと悪戯げに笑った。

 嫌な予感。お前がそんな笑い方をすると、大概面倒臭いんだ。

 ヒルドが飛び立って、周囲の雑魚共に何かを言いやがる。戦乙女であるコイツらを崇め、敬っている雑魚共の様子を見ながら、俺はやっと事態を呑み込みつつあった。

 

 コイツらは……もしかして、あの世界の生き残りか? 行き場がなくなって群れになり、俺が寝ている間にここで暮らせる生活基盤を作ったのか。

 傍らでスルーズとオルトリンデが無表情に見てくる。

 アスラウグは薄く笑いながら何かを囁いてきた。

 言葉は、分からない。前までは意図は掴めていたが、今はその超感覚すらない。ないが、伊達に長年付き合ってきたわけじゃなかったらしい。言葉が通じなくてもおおよその心は伝わる。

 

 老い先短いヘルモーズ。どうせなら、最後はゆっくりと過ごそう。今はもう数少ない、同郷の者達を護りながら――か? 嫌だね。ガラじゃない。俺に部族長の真似事でもしろってのか?

 そんなのは御免だ。そう思うが……他にやることも思い当たらない。

 老い先短い、か。確かにな。俺も老いぼれだ、先は長くないのはなんとなく分かる。

 そんな様だと、気ままに流離って好き勝手するのも無理か。

 

 それにお前達がいる。ガキもいる。ついでに姫も。なら……らしくないが腰を落ち着ける時が来たのかもしれんな。

 分かった、俺はここで死ぬとしよう。ここじゃなくても、お前達のいるところで死のう。なあ、アスラウグ。スルーズ。ヒルド。オルトリンデ。残り短い余生は、俺に踏み潰された怨嗟を無視して穏やかに過ごしてやろう。ハッハ……そう考えると、俺らしくはあるか。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 月日が流れる。何かにつけて俺を呼びつけ、夕餉の席に連れて行く姫に苦く笑う。

 他の面子はあからさまに俺を歓迎してないってのに、良い面の皮だな。

 

 ――ヘルモーズぅ!

 

 なんだなんだ、なんで雑魚共のガキを俺に抱かせる。ヒルド、あんまり困らせようとするな。

 

 ――ヘルモーズ様。

 

 ああ、ああ、集落の運営は勝手にしてろ。スルーズの方が絶対上手い。そもそも俺は言葉が解らんし解る気もないんだ。俺が必要な時だけ頼れ。

 

 ――ヘルモーズ様。

 

 あ? 何? 俺が必要? なんだってんだ……おい、オルトリンデ。俺の斧はどこにある?

 どうせあの爺が破片でも拾って直してんだろ。そういう奴だ、アイツは。

 呼んでも来ねぇから持ってこい。

 

 ――ヘルモーズ。

 

 よし、あったな。……呼んでも来なくなったのか、不便だな。まあいい。

 それよりアスラウグ、お前も殺るか? なにやらこの集落を襲う馬鹿がいるらしい。

 行くならいい。

 ったくよぉ……老いぼれをこき使うな、若い奴らがやれ。

 ちったぁ俺にも年寄りぶらせろ。面倒臭いからな。

 

 ――父さん。

 

 あ? ……ああ。なんだ、アイツらか。懐かしいなぁ、()()()

 アルテラの掃討から生き残ってやがったとは驚きだ。ここらできっちり絶滅させるか。

 ……なんだマナガルム。なんかしたいのか。

 

 ――アイツら、俺が貰いたい。

 

 物欲しそうな目ぇしてんな。何が言いたい。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………ハッハ。ハッハハハ! そうか、そういうことか!

 よし、いいぞ。だがせっかく殺る気になってるんだ。先に俺が奴らを叩き潰す。後でお前も殺れ。必要分が残ってりゃ文句はねぇな。

 

 ――ない。

 

 喋んなガキ。お前の言いたいこと、望みは解る。俺のガキだ。俺は親父だ。無駄な言葉を、俺相手に紡ぐ必要はないぞ。

 アイツらを飼いならす……ピクトをこの集落の飼い犬にするか。なかなか剛毅なことを企みやがる。俺には出来ない発想だ。ピクトの奴らを従わせる方法は解るか? アイツらは蛮族だ、俺と同じ野生だ、蝗みてぇな災害なんだ。解る? ならいい。徹底的に叩き潰し、奴らの土俵で完膚なきまでに負かし、認めさせ、押さえつけ、首輪じゃなく縄を掛ける。ほどよく餌を与えて暴力を振るわせる。これだけさせてりゃ長になれるだろうさ。

 まずは俺が長になる。俺がくたばった後はお前だ。いいな、マナガルム。お前はどっか甘い、変なところでいい子ちゃんだ。頭で分かっていても、畜生の飼い方を実践するのは難しいだろう。だから俺が教えてやる。コイツらにも言葉は要らねぇんだよ。俺と同じだ。

 

 

 

 ――父さん……!

 

 

 

 月日が、流れる。

 

 大きくなったマナガルムが、悲痛に叫んだ。

 デカくなった。ガキの成長は本当に早い。18歳か? ちょっと長く見届け過ぎた。

 赤い髪ってのはアイツを思い出すが、いい面だ。いい筋肉だ。

 ……もう一人前じゃないか?

 後は女を知ればいいんだが……趣味に合う女に会えてないんじゃ仕方ない。

 

 なあ、マナガルム。そろそろだぞ。俺も気ぃ張って踏ん張った。

 約束を果たそう。昔、確かに言ったはずだ。いや、言ってはいないが、伝えはした。伝わっていたのは俺も知っている。だから、来い。約束の時だ、マナガルム。

 

 一度だけ親父として挑戦を受けよう。もう俺は待てない。待ちたくても、解るもんだ。

 

 明日、俺は死ぬ。だからこれが最初で最後だ。

 俺を超えてみろ、マナガルム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーディン
 剪定を阻む為、人理との辻褄合わせに奔走する。過労死したかもしれない。
 勇者への報酬に時間と武具の修復を、そして一つの呪い(祝福)を与えた。
 さっさと立ち去った為、何気に唯一ヘルモーズから報復を受けなかった。
 受けていた方が楽だったかもしれない。

トール
 勝敗の分かれ目は、残された時間の長短。今少し残された時が長ければ勝っていた。
 悔いはない。
 同じ父親として共感する。己を超え得る子を持った同士として。
 己の子はスルトに殺された。
 だから子が生きているお前が勝つのは道理なのだろう。
 雷神だった男は満足して死んだ。お前の勝ちだヘルモーズ。

スルーズ・ヒルド・オルトリンデ
 戦乙女としての使命は終わった。だから戸惑っていた。
 これからどうしたらいい? 戸惑いはすぐに溶けて消える。
 今まで通り、最期の時まで仕えよう。
 死ですらも私達は引き裂けない。
 死にゆく勇士ヘルモーズ、死の果てに、時の果てでまた共に。

アスラウグ
 当然の帰結だった。蛮雄の最期を見届けるのが己のしたいこと。
 共に逝くことを決めている。子供を作ってくれなかった報いだ。
 欲しかった。けど今はもういい。父と母でも成せなかった、愛に殉じる。
 時の果てで、今度こそ、共に戦えるのだと知ったから。

ヘルモーズ
 蛮雄は弱くなったと人は言う。穏やかになって牙が抜けたと人は言う。
 だが知らぬだろう。識ることはないだろう。
 今こそがヘルモーズの最強形態。雑多な血が抜け純化した今が、余人の知らぬ最盛期。
 以前のヘルモーズと今のヘルモーズ、百度戦っても今のヘルモーズが勝つのだと誰が知る。
 人は言う。最盛期は黄昏の時だと。ウルヴール・サガは謳う、全盛期が終わったと。

 知られざる最強期、力の極限は雑念の消えた現在だ。

 英霊としての記録にも残らぬ最盛する力。
 超えてくれ。ただ一人の息子、マナガルム。父はそう願う。
 ――叶わぬ願いだ。
 ヘルモーズは強すぎる。強すぎるのだ。
 死を明日に控えた今が最強なのだと彼すら知らぬ。
 筋肉は裏切らない。だが、今回だけは……裏切ってほしかった。



次回、最終話
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