蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る   作:飴玉鉛

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第7話

 

 

 

 

 

 アッティラに付いて行き、コイツが率いている群れの天幕に入る。

 

 なかなかの大軍勢だ。アッティラは慕われているらしい、畏れられもしているし認められてもいるようだ。滑稽に見える……この中の誰がアッティラが覇王じゃないと知っている?

 誰も知らんだろう。アッティラは生まれと立場の義務を遂行し、ついでに本能的に気に入らん、発展の灯火を踏み潰して回っているだけだ。ほとんど初見の俺でも分かることを分からんコイツらは俺以上の馬鹿か、あるいはとんでもない節穴に違いない。

 ハッハ、俺より馬鹿な奴は滅多にいないぞ。だが馬鹿だから一等単純で分かりやすい。コイツらはコイツらなりにアッティラを信奉している。自分達を勝たせてくれる覇王に忠実だ。となると新参に見える俺が気に入らんと感じる奴が出てくるのも当然というもの。

 俺を見上げて顔を真っ赤にし、唾を散らしながら怒鳴りつけてくる輩に何も言わずビンタした。頭が消し飛び胴体が倒れる。途端に気色ばむ連中を睨んでやると、彼我の力の差を獣のように感じたのか萎縮してしまう。そうだ、獣なのだ。獣はいい、人間みたいに勝てないと知りつつ挑むことは滅多にない。死にたくなければ突っかかって来るなよ。

 

「ヘルモーズ、殺すな」

 

 脇腹をアッティラに小突かれる。ちらりと視線を下にやれば、無表情でどうでもよさそうに諌められた。俺の鳩尾ぐらいに頭があるガキに、俺は露骨に溜め息を吐く。無理を言うな。

 こういうのは最初が肝心だ。誰が上で誰が下か、出会い頭の一発目に分からせてやらないと後が面倒くさくなる。それは人間だろうと獣だろうと同じことで、俺より上の奴なんざいないとはっきりさせておくのが楽でいい。俺の目を見てアッティラは頷いた。

 

「不必要に殺さないならいい」

 

 ああ。流石に60のジジイになったんだしな、自分から雑魚に絡んでいくほど尖っていない。それに血の気の多い奴は嫌いじゃないのだ。

 その日は案内された天幕で寝た。アスラウグが付いてきて隣で寝やがったが何もしない。流石にガキの頃から知ってる奴だ、自分のガキみてぇに感じてそそらねぇ。昔は……育ったら犯してやるつもりでいたんだが、どうにもなぁ、実の息子や娘より可愛く感じる。俺に並ぼうと背伸びをし続けるのが良い。寝る時なんかは引っ付いて来るのもガキの頃から変わらねぇが。

 もうそろそろ男でも探してやるか……と思う。

 アスラウグに相応しい野郎なんざどうやったら見つかるかは知らないが、そろそろ嫁ぎ遅れかねん。曲がりなりにも親代わり――いや、親っぽいことをした覚えはないが、長い付き合いだ。小娘の気に入りそうな奴には唾を付けといてやろう。そんな奴が居れば、だが。

 

 今日は、色々あった。アッティラと出会い、天に負かされ、女を奪われた。あの野郎のハンマーで殴られた頭が未だに痺れていやがる。表面は完治しているが、芯の部分が治りきっていない。

 こういう時は早々に寝る。寝ようと思った瞬間に眠りに落ちた。そうしたら芯まで治った。翌朝に跳ね起きると気力が充実し、全身に力が漲っているのが分かる。筋トレしろと体が叫んだ。

 だがその前にヤることがある。俺はアッティラのいるところに大斧を引っ掴んで向かうと吼えた。

 

「アッティラぁ!」

 

 ヤるぞ! 戦うぞ! 今から、すぐに、気が済むまで、あるいは死ぬまで!

 だが寝所から出てきたアッティラは、不機嫌そうに眉根を寄せていた。

 

「ヘルモーズ……」

 

 あ? なんだぁ、その面。

 

「アッティラと呼ぶな」

 

 ……。

 ………。

 …………は?

 アッティラと、呼ぶな? じゃあ……なんと呼べばいい。

 

「その名前は、うん……響きが、良くない」

 

 いや。

 いや……お前の名だろう。お前が今まで生きてきて、持っていた名だ。

 それを響きが良くないだと? 今更か? 漲っていた気勢が削がれ、俺は黙らされてしまった。

 無言で見詰めると、アッティラは照れたように目を逸らす。隙ありだ、今なら簡単に殺せる。だがどうにもその隙は突けない。俺は天を仰いだ。

 

「アルテラ……そうだ。アルテラと、そう呼べ」

「………」

 

 白けた。萎えた。あんなに張り切ってきたのに、殺しに来たのに、強くなる為に戦おうとしていたのに。なんだその、ガキが玩具を強請るみてぇな……。

 踵を返す。やめだやめ。やめた。大斧を投げ捨てる。

 そそる相手だと思った。本能で感じた。だが外れた。

 薄々そんな気はしていたが、まるっきしガキじゃねぇかよ。ガキはダメだ、何がダメって、いたたまれねぇ。ガキを相手に勝っただの負けただの……恥ずかしいだろう。勝っても誇れない。嬉しくないし犯しても楽しくない。ある程度成熟していないと競えない。

 ガキでも殺せる。どうでもいいなら犯せる。実際、ガキを何度も殺した。自分のガキでもだ。辱めたくて敵国の王と王妃の前でメスガキを嬲り、犯したこともある。だが……このガキはダメだ。

 

 欲望がない。義務に従ってきただけの機械だ。そんなのとヤッても自慰にしかならん。せっかく篦棒に強いのに、こんなんじゃダメだ。

 

「ヘルモーズ!」

 

 追い掛けてきたアッティラ……アルテラが手を掴んでくる。握り締めた。捕まえた。

 

「……? どうした」

 

 無理矢理連れて出た。群れの奴らがワラワラと出てきて邪魔をしようとするのを睨み、本当に邪魔をした奴はビンタして殺した。

 

「殺すなと言っただろう」

 

 咎められるも無視する。邪魔するのが悪い。俺はアルテラを連れて昨夜に寝た天幕に戻って、まだ寝ていたアスラウグに蹴りを入れた。だが寸前で跳ね起きて躱される。

 何をすると不機嫌そうにするアスラウグも空いている手で捕まえ、二人を引きずっていくと近くの川に二人を投げ入れた。浅瀬の川だった為、綺麗に着地した二人はずぶ濡れになりながらも俺を睨みつける。アルテラの方は戸惑いが強い。俺が何をしたいのか分からんか。

 安心しろ、俺も分からん。分からんが俺も川に浸かる。無造作に地面を踏みつけると、軽く大地が揺れた。ぷかぁ、と川に小さい魚が浮き、それを掴んで陸に戻るとそのへんに唾を吐く。

 

 発火した。なんでか俺は火を吹ける。地面に焚き火みたいな火が落ちて、それで魚を焼いた。頭からかじりついて食う。朝飯がまだだったなと思いつつ。

 すると二人も朝飯がまだだったのか、呆れたように嘆息したアスラウグがまだ川に浮いていた魚を掴み上がってくる。そして火で魚を焼き、翡翠のナイフで器用に捌いてから身だけを食った。

 アルテラは俺とアスラウグを見て、なんでそんなことを? と首を傾げつつも真似をしている。

 魚を食う二人を無言で見詰めた。食い終わるのを見てまた二人を捕まえる。アスラウグは肩車をしてアルテラは手を引いて歩く。

 

 ――何がしたい……。

 

 アスラウグが深々と嘆息し、頭を掴んできながら呟く。その感情を拾って、元いた場所に戻った。

 ますます理解が出来ず疑問を浮かべる二人。答えなんかねぇよ。

 アルテラは俺を気にしながら立ち去った。そりゃ仕事があるよな。シグルドのいた国と交渉かなんかしていたっぽいし、ここには率いていた群れが野営していたっぽいしな。

 誘いに乗っちまったし、強くならねぇといけねえからついて行くが、ガキのケツを追い掛けるんだと思うと萎えてくる。一人……アスラウグも連れて二人で好き勝手していた方がよくないか?

 

「ヘルモーズ、行くぞ」

 

 そんな、俺が付いてくるのが当然みたいな面しやがって……馬を手下に用意させんじゃねぇよ。

 露骨に気が抜けた面で見ていると、アルテラは小さな不安を目に浮かべた。

 

「ヘルモーズ……?」

 

 チッ……。ガキはガキか。普通のガキなら放っておいても成熟するもんだが……このガキは今の図体になるまでガキのまま。放っておいても成熟する、とはならんわな。

 思えばアスラウグは手間の掛からんガキだった。勝手に俺に挑み勝手に学び勝手に育った。早熟だったような気もする。俺の知らんところでスルーズが真面目さを、ヒルドが力の抜き方を、オルトリンデが「らしさ」を育んだのかもしれん。俺は関わってない。ただ構っていただけだ。そう考えると、アルテラにはそういう奴がいなかったのか。

 俺がそういう情緒を育ててやろうとは思えん。……ああ、クソ、朝のアレはらしくなくガキはガキらしく遊んでろと言いたかったのか? 馬鹿か俺は。いや馬鹿だったか。馬鹿の考え休むに似たりというが、まさにそれだったな。

 

「ハァ……」

 

 不安げに見んな。今は行く当てもねぇし、よさげな獲物を見つけるまでは一緒に行ってやる。

 群れが荷物を纏め、行軍を開始するのを最後尾についていく。アルテラは先頭だ。しきりにこちらを気にするアルテラにうんざりする。

 何日か掛けてどっかの城についた。遅い……騎兵だからある程度は早いが、俺からするとノロマ。わざわざ雑魚どもと足並みを揃えるのは何年ぶりだ。

 城で寝泊まりする。あてがわれた従者や侍女が飯や酒を持ってくる。

 アルテラが隠れて、遠巻きにこちらを見ているのがまた溜め息を誘った。隠れ方も下手かよ……。俺に見つかるとかセンス以前に経験も発想もないな。

 

 ――ヘルモーズ、なぜアトリ様を邪険にし出した。最初はあんなに気に入っていただろう? いつもみたいに交わらないのか?

 

 あぁ? アトリ……? 誰だそれは。疑問符を浮かべると、アスラウグは隠れているアルテラを一瞥した。ああ、アルテラのことか。

 

 ――もしかして、アルテラと呼べと言われたのが嫌なのか? ……そんなわけないか。ヘルモーズはそんな幼子みたいなヘソの曲げ方は流石にしない。何が気に食わない?

 

 なんだ、矢鱈と話し掛けてくるな。ハッ……アルテラに仲裁かなんかを頼まれたか? 姪に頼るとは情けねえ……姪? なんでアスラウグがアイツの姪なんだ……? ……まあいいか。

 なんであれ答える気はない。答える言葉はない。だがアスラウグは視線を逸らした先に回り込んできて目を覗き込んでくる。鬱陶しい。あっちに行け。

 

 ――そうか。アトリ様が私の父のように、雄大な勇士でないと気づいて失望しているのか。

 

 何を解ったような面してやがる。したり顔をやめろ。

 

 ――スルーズ達がいない今、私が一番だ。私が一番ヘルモーズを理解している。だから言う。自分の節穴に苛ついているなら私が相手になろう。

 

 胡乱なものを見た。なんで脱ぎ始める。意味が分からん。

 

 ――苛ついたらこれじゃないのか。さあ脱げ。

 

 ……。

 ……俺は、無言で、アスラウグに拳骨を落として地面にめり込ませた。

 何かを喚いている馬鹿が首まで地面に埋まっているのから目を切り、どっと疲れて城壁に登る。

 適当なところに寝そべって寝た。

 昔はあんな奴じゃなかったんだがなぁ……朱に交わればなんとやらか。俺に似た馬鹿になるな、頼むから賢くなれ。あの三人を見習え。いや見習ったからこうなったのか? 分からん……。

 世の中は分からんことばかりだ。この歳まで生きても分からんことが多い。いい歳こいたジジイが勝手に期待して勝手に失望して勝手に白けることもあるんだ。なんだそりゃ、ダッサ……。

 

「ヘルモーズ……」

 

 ……。

 

「私は何か、お前の気に入らないことを言ってしまったか? 嫌ならアッティラでもいいぞ」

 

 ……隠れてたんなら最後まで隠れてろよ。出てくるな。人生で早々ない自己嫌悪に陥ってるんだ。

 ムシャクシャする。苛つく。そういうのが自分に向くのが堪らなく嫌だ。

 どうしたらいい? 来い、と念じた。飛来した大斧を掴む。掴んで、握り締める。半壊した状態のまま修理していないそれを見下ろし、長く長く長い特大の溜め息をこぼした。

 もういい。考えるようなことじゃない。

 待とう。コイツが育つのを。それまではお預けだ。殺すのだけは我慢してやるよ。

 ……我慢? ハッハ、俺に我慢させたのはお前だけだぞ。こんなでも年寄りなんだ、長生きするだろうがいつ死ぬかも分からねえ、案外明日ぽっくり逝くかもな。だからあんまり待てんぞ。

 

「アルテラ」

「!」

「チッ……」

 

 名を呼ぶとパッと顔が明るくなる。軽く頭を叩くと疑問符を浮かべた。かなりいい音がした。結構痛そうにしている。

 ガキが変に構おうとするな。今まで守ってきた義務があるんだろう、ならそれをやれ。好きにやれ。ついて行ってやる。育つまで、とりあえずはな。

 アルテラはいそいそと剣を抜いた。

 

「やろう」

 

 ……なんだ。結局お前もそれは好きなのか。

 

「いいや、好きじゃない。だがお前とやるのは好きだ」

 

 ……。

 

「だからやろう。今、一時間ほど手が空いている。……やらないのか?」

 

 なんで……ガキと遊んでやるみたいな空気なんだ。これで強いからなんとも言えない気分になる。

 いや、待てよ。ガキでこれだけ強いなら……大人になったらもっと強くなるか? ガキは遊ぶのが仕事だ。なら歳だけ食ってる阿呆な俺でも、遊びに付き合うぐらいはしてやるのが甲斐性って奴なのかね。蛮族的なお遊びだと思えば案外お似合いなのかもしれん。

 仕方ない。いや仕方なくはない。結局は暴力(これ)が最大のコミュニケーションツールだ。暴力は全てを解決する。筋肉による対話が筋肉を育み人生を豊かにする。こんなことでウジウジしてるようだから俺の筋肉はまだ至高に手が届いていないのかもしれない。

 

 いいだろう。ヤろう。ぶん殴ってブチ犯してやったらガキでも大人になるもんだ。長く待てねえなら無理矢理にでも大人の階段登らせてやるさ。

 大斧に力を込めると、アルテラも身構えた。どうでもいいが……本気は出すなよ。お前が出さなかったら俺も出さん。本気を出したらお前の群れが巻き込まれるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 447年、アッティラは軍を率いて南下し、モエシアを通過し東ローマ帝国への侵攻を再開した。

 

 ローマ軍は果敢にも迎撃を選択し、ウトゥスという地で戦端を開くも、フン族の猛攻を受け止めきれずに潰走。その後フン族はトラキアまでのバルカン半島を蹂躙し、老若男女のケツ毛も毟る勢いで略奪を働いた。多くの悲劇に涙と血が流れる中、先頭にいたのは大斧を担いだフン族ではない巨漢の戦士とアッティラだったという。特に大斧の戦士ヘルモーズの暴虐は戦場伝説となった。

 コンスタンティノープルは地震により城壁が損傷していたが、ローマ軍により再建され、併用された防衛線によってフン族へ頑強に抵抗したものの、巨漢の戦士が城壁を乗り越えて城門を開き陥落してしまったのだ。無残な敗北を喫した東ローマ帝国はバルカン半島からの撤退を余儀なくされ、莫大な資産を投じてフン族と交渉し領土を取り戻すしかなかったという。

 

 実際のコンスタンティノープルの城壁は、一人の戦士の起こした地震で全損していたが。史書はそれをローマ兵が敗戦のショックで見た幻としている。

 

 フン族の侵略は苛烈を極め、ローマの心ある者は嘆き悲しんで語り継いだ。野蛮なる蛮族は数百の都市を奪い、大勢の人々が殺され、死者の数を数えることもできない。蛮族は教会と修道院までも襲い、罪もない修道士や修道女達も虐殺された――と。西洋世界史に刻まれた恐怖の権化である、アッティラの名と共に。

 だが北欧に立ち寄って從えた戦士を連れ、アッティラの快進撃は続く。トラキアで遺跡を漁ったアッティラと戦士は、古の神殿跡地からある物を見つけて異様なまでに興奮していたという。

 

「白き滅び」との戦いで流れた、古の軍神の欠片(アレス・クリロノミア)

 

 先んじて()った戦士にアッティラは激昂し、殴り合いの諍いを起こしたが、腹を下した戦士は半殺しの憂き目に遭ったという。が、それは魔術世界にのみ語られる秘された歴史だった。

 

 

 

 

 

 




アルテラ
 女の子っぽい感性でアルテラと呼べと言ったらよそよそしくされ不安がる。
 その後、相手の好きなことで遊べば仲直りできると思い誘う。
 仲直りできた。嬉しい。
 だがその後に憧れの軍神の破片を目の前で食われ喧嘩に。
 激怒プンプン丸。

アスラウグ
 どうしてこうなった。
 朱に交わりすぎたのだ。手遅れである。
 どさくさ紛れ作戦は失敗に終わった。

ヘルモーズ
 あるはずがない、見つからないはずのものを発見。
 プロテインとして摂取。
 なぜこんなものが此処にあったのか。細かい理屈は相変わらず無視。
 正解はとうの軍神による導き。ソイツを殺せ…という殺意満点の施しだったりする。
 自分の剣を使われるのが癪で仕方ない。
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