蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る   作:飴玉鉛

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第8話

 

 

 

 

 

 人は、理解を超えたモノを恐れる。

 己の知らぬモノを恐れる。

 自らの持つ尺度で測れないモノを敬遠する。

 

 そして自然災害の如き、人という種にはどうしようと抗えぬモノを畏れ、畏敬の念を抱くのだ。

 

 故に――名もなきローマ兵は。

 高々と跳躍した後に落下してくるモノを見て――無意識に祈ったのである。

 

「か、神……」

 

 堕ちてくる暴力の権化は災害に似て。ローマ兵は成す術もなく踏み潰され、死んだ。

 

 

 

 戦火に呑まれ炎上する都市の中、量産された安い悲劇に嘆きと狂奔、怒りと嘆きと狂喜が交じる。

 

 

 

 この時代、この世界にはありふれた、略奪と虐殺。如何にありふれようとも蹂躙される側の悲嘆は真に迫り、数ある涙といえどもその悲憤は心ある者の義憤を掻き立てる。だがそれがどうした、溢れる嗚咽と嬌声を生み出す者達は己らの振るう暴力に酔っていた。

 真人間ほど馬鹿を見る。弱肉強食などと飾って言う価値はない。あるのはただの獣の理だ。貪れるものを好きに食い散らかし、己らの欲望を晴らす為だけに暴力を振りかざしている。

 こういうのを見ていると、心が若返るようだ。欲望の歯止めが利かない、幼児並みの癇癪や率直な欲を制御せず、溢れるままに身を晒すことのなんて幼稚なことだ。あまりにも幼稚すぎるが、だからこそ人間という獣の本性を剥き出しにしていて――そこに嘘はない。人間は欲望を抑えられても裏切れないのだと、人間心理の真実を如実に表している光景だ。

 

 どちゃ、と湿った音がする。股から白濁としたものを垂れ流した女が発生源で、快楽に溺れて放心状態になった女を投げ捨てた音である。周囲には二十を超える同様の女が山になっていた。

 俺は性欲に筋肉の手綱を掛けられる程度に発散すると、小さく欠伸をして服を着る。地に突き立てていた大斧が、都市中から漆黒の怨念を吸い上げ、取り憑かれることなく己が力へと変換しているのを引き抜く。畏敬の眼差しが周囲から向けられていた。訝しんで見ると、フン族の戦士達は俺の精力絶倫っぷりに同じ雄として憧れを抱いたらしい。

 単純なことだ。しかし獣としては正しい姿なのかもしれないが――悲鳴が上がる。悔しさや驚きに満ちた断末魔だ。理外の暴力の気配が近づいてくるのを知覚し、そちらに目を向けてみると、何やらローブを纏った男が大股に歩み寄って来ている。

 

 ――貴様がアッティラだな、私の領土を荒らした不埒な人間め……!

 

 畜生が吼えている。気を吐いている。なんでか俺に恨みがあるようだが、心当たりが有りすぎて全然分からん。誰だコイツ。

 近くのフン族の戦士が弓矢を射掛けたが、躱しもしない。頭や胴体に矢が突き刺さる。普通なら死んでしまうはずだが、男は平然と動いていた。

 動揺というより困惑した雰囲気が戦士達を包んだ。

 しかし一部のフン族は飽きたように嘆息している。「ああ、またか」と顔に書いていた。

 ローブの男は俺の許へ一直線に進んできた。他は眼中にないとばかりに。だが、ソイツの後ろから身の丈に並ぶ大きな鉄の棍棒を持った戦士が迫り、無造作に男を叩き潰したではないか。同時に他の戦士たちも飛びかかり、剣や斧や槍でめった刺し、切り刻み始める。合間を見て鉄の棍棒を持った戦士も得物を叩きつけ、男を何度もミンチにしたりしていた。

 

 なんだありゃ。殺しても殺しても再生して復活している。フン族達は構わず殺し続けた。ローブの男は不細工な怒声を張り上げ、次第に情けない悲鳴へと声色を転じさせている。

 あー……さっき殺られてた奴は、コイツの変な再生能力が初見だったのか。

 

「吸血種か」

 

 やってきたアルテラが言う。吸血種?

 

「今まで何回も侵攻先で見かけた。不死身に見える再生力と怪力、珍しい異能を持った個体もいる魔術師の成れの果てだそうだ。生まれた時からの吸血鬼は真祖と呼ばれる星の触覚らしい。真祖は見たことがないが、それ以外は不死身に見えるだけで限界はあるな。ああして殺し続ければいずれ死ぬ」

 

 ファンタジーおなじみの吸血鬼か。想像よりしょうもないな。あんな雑魚に殺られるとは。

 いや、よくよく考えてみたらフン族の戦士達は、多くの国を荒らし回った俺の知るどの軍勢よりも遥かに精強だ。こういうのは俺基準で評価するべきじゃないのかもしれん。数を揃えて上手く連携を取れば英雄とかいう人種でも殺られるかもしれんしな。俺は筋肉があるからそもそも武器も効かんし、殺られる要素はないが……やはり筋肉だ。筋肉は全てを裏切らない。

 筋肉といえば、最近新鮮なプロテインを摂取したが、それ以来矢鱈と筋肉のキレがいい。全身の細胞という細胞が筋肉になったかのようで、細胞単位で俺を筋肉に仕立てる働きをしている。神殿の遺跡にあったプロテインだから、古臭く栄養バランスの悪いプロテインなんだろうと内心決めつけていた訳だが……このプロテインから感じる濃厚な筋肉の香りを信じて正解だった。あの神殿が祀っていた神は、きっと素晴らしい筋肉をしていたに違いない。

 

 吸血鬼は灰になった。命の燃料が尽きたのだろう。辺りに飛び散っていた腕やら脚やらの肉片、それに血もさらさらと灰になっていっている。

 俺は興味を持った。たしか、俺の知る吸血鬼って奴は……噛んだ奴を自分と同じ吸血鬼にできるんじゃあなかったか。おまけに姿形は似ていても人間ではない。食人の趣味はないが、人間ではないなら試してみるのもいいかもしれない。珍しい魔獣の一種だとでも思えばイケなくもないのではないかと思った。

 ものは試し、善は急げだ。灰になる前の肉片を拾い口にする。

 

「……呆れたな。この間マルスの神殿で腹を下したのを忘れたのか」

 

 嘆息するアルテラを無視して咀嚼し嚥下した。

 ……体の中で何かが暴れ細胞を汚染しようとしている。だが俺の細胞に鎮圧された。有益な要素だけを抽出し、それ以外は――ペッ、と痰を吐き出すと黒いものが出た。汚ぇ。

 だがプロテインだな、これは。不純物が混ざっているが、それは取り除けるようだ。不純物のことさえ抜きにしたら悪くはない。雑魚の魔獣を食うよりはいい栄養になりそうだ。

 吸血鬼か。覚えた。味も。本体は取るに足らん雑魚だが、歩く粗悪プロテインだと思えば喰えなくもない。これの上にいる真祖とやらはマシな品質をしているのか? なら食ってみたい。食っても再生するなら生きたプロテインサーバーになるだろう。効率食だ。

 

「……まさか真祖を食いたいのか? ゲテモノ好きも大概にした方が身のためだぞ」

 

 見つけられたらでいい。期待はしないが、真祖とやらがいたら喰ってみる。筋トレとは試行錯誤の連続だ。科学的に最適最善とされているものも、個々人によって合う合わないがあるものである。俺は俺に合うかどうかはひとまず試してみる主義だ。

 暴力も、セックスも、財産集めも、ストレスのない筋トレの為にしている。滾る性欲のぶつけ先として筋トレをしたりするが、ドロドロとした欲が筋トレの純度を下げることはままあることだ。ストレスフリーの筋トレこそが俺の信条である。

 そんな訳で真祖の吸血鬼を見つけたら喰おう。お前もどうだ、アスラウグ。

 

 ――私は遠慮する……はっきり言って人の形をしたものは食べたくない。

 

 そうか……アルテラは?

 

「お腹を壊しそうだからいらない」

 

 ……そうか。

 

 そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争の相手はローマ軍だけではないらしい。ローマという響きも聞き覚えはあるが……さておくとして蛮族は蛮族相手にも蛮族する。

 

 ――dw'@grg-/$@#**%#@="'

 

 訳の分からんことを叫びながら猛る、緑の肌の半裸の戦士達がフン族の軍勢と激突していた。

 なかなかいい勝負をしているが、全体的にフン族が押している。

 緑の奴らの身体能力は優れ、馬より速く走り、岩や鉄を平然と砕く膂力を持つ上に、当たり前みたいな面で下手な城壁なら飛び越えそうなジャンプ力を披露もしてくれている。だが身体能力面では若干劣るフン族が押せているのは、連携力が雲泥の差だからだろう。

 フン族達は僅かに力で勝る相手に連携して挑んでいるのに、緑の蛮族はあくまで個々の力だけで戦いに臨んでいる。そんな様じゃ個人同士でも圧倒しているわけでもないフン族の戦士に勝てる道理はなかった。フン族は騎乗しての弓を得意としているから、正面切っての戦闘をしている場面さえ少なく、ほとんどが遠巻きに砲弾じみた矢を放って緑の奴らを駆逐し追い立てている。戦況は圧倒的にフン族側の有利で進み、そのまま終わりそうな勢いだった。

 

 しかしこのまま終わりはしないという意地があるのか、一際大きい体躯の奴が出てきて吼え立てていた。大盾のように大きな穂先を持った巨槍を掲げている。

 

「ピクトの戦士長だな。少し待て、私が――」

 

 言い終わる前に俺は前に出ていた。なぜならソイツは俺を見てかかってこいと挑発している。言葉は分からなくても一騎打ちの申し出は伝わるのが戦士というもの。挑まれたなら無視はしない。

 不服そうにするアルテラを無視して上裸になりつつ進み出ると、ソイツは一息に巨槍を突き出してきた。胸板の体皮が擦れる感覚がする。いい突きだ。傷一つ付かない俺の筋肉に、ソイツは愕然として俺を見上げた。その面に拳を叩き込むと頭部が消滅する。

 緑の戦士長の体が倒れると、ソイツの仲間である緑の奴らが歓声を上げた。戦士長の死を喜んでいるのではない、戦士長を倒した俺を讃えている。次は俺だ、いいや俺だと猛っているのを見て、面白い奴らだと苦笑しながら引き下がる。後はアルテラの指揮に任せよう。

 

 ピクトか。完全に獣だし、宇宙人みたいにおかしな奴らだが、可愛いな。手下になるというなら面倒を見てやっても良い気はする。まあ、アルテラが駆逐するのだろうが。

 

 ――いつになく微笑ましそうにしている。だが殺しはするのか。

 

 当たり前だ。挑んできた敵は殺す、それが礼儀ってもんだろう。特にこういう奴らにとってはな。

 意味のある言葉は話していないし、口にしているのは奇声。ファンタジー武器の謎の光も恐れない勇敢な奴らだ。好意を抱くに値する。俺もコイツらの部族に生まれたかったかもしれん。

 

 ――その顔。ピクトを気に入ったか? だが緑のヘルモーズは嫌だな……。

 

 そうか? そうか……まあ色で言うなら俺は青と白が好きだな。

 

 ――そういえば、いつも血塗れになったり汚れたりしているのに、白を好むのはなぜだ?

 

 ……さあな。忘れたよ、そんなことは。

 それより戦が終わったようだぞ。

 見ろ、ピクトの奴らめ俺に手ぇ振ってやがる。

 ハッハ、縁があればまた会おうってか。可愛い奴らめ。

 

 ――本格的に気に入ってるな……確かに良い勇士ではあるが……ところで血を見た後は滾ると聞く。仕方ないから私が――

 

 飯食って暖かくして寝ろ、ガキ。

 

 ――私はもう大人だ! むしろ25歳になってまで独身なんだぞ、ヘルモーズが責任を取るべきだ!

 

 ………? 分からんな。何を言っている。

 分からん……分からんが、手頃な所にコイツに相応しい男はいないものか。

 真祖探しと並行してこのガキの婿取りでも手伝ってやろう。

 故郷的に考えて近しいのはヴァイキングっぽい奴らか? ピクトは……不評のようだからやめよう。いや生まれはどうでも良い、良い筋肉をした奴がいたら一度ぶちのめしてアスラウグのところに連れて来てみようか。見合いのセッティングを考えるなど、本格的に老け込んできそうだが背に腹は代えられん。シグルドの娘だ、下手な奴が近寄らんようにせんとな。

 

 ――ヘルモーズっ! 鈍感ぶるのはいい加減やめろっ! 似合ってない!

 

 いや……別に鈍感ぶってない……ただお前だと……その、勃たんのだ。趣味じゃない。――ということを伝えるのは残酷な気がして、残虐無道を自認するさしもの俺も顔を背けるしかない。

 どういうわけかスルーズ達やアスラウグは、俺の面を見たら考えてることが分かるらしい。意思疎通に言葉が要らんのはいいが、そんなに俺はわかりやすいのか? ……わかりやすいんだろうな。コイツらは頭が良い、馬鹿な俺の考えなどお見通しということだろう。

 だから誤魔化す。面は見せん。

 流石に……流石に親代わり的な立ち位置に立ってしまっていた身として、コイツを憐れに思う心はあるのだ。どう考えてもアスラウグの男の趣味は悪すぎる。冷静に考えて俺だけは有り得んだろ。ガキだった頃のコイツの前で、平然と他の女を犯すような奴だぞ、俺は。

 

 あと平時ならコイツに勃たないが、血を見た今とか普通に勃ってる。ヤろうと思えばヤれる。略奪してない時の禁欲的な日が続いた時もヤバい。だから嫌なのだ、普段は勃たん相手に勃った時ほど歯止めが利かないことを俺は知っている。下手したら俺はコイツを壊すだろうという予感があった。だから、ヤらん。世にも珍しい俺の気遣いを無駄にするな。

 

 勝鬨を上げるフン族の群れが王の名を讃える様を見る。早く次に行きたい。世界帝国を壊して犯して辱めてやろう。皇帝の女を目の前で犯してやり、法王の首でサッカーをしてやる。

 

 この変に溜まった鬱憤を晴らすには、偉い奴を辱めるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 




アルテラ
 大帝国の大王様。仕事は機械的にしている。文明も破壊している。
 ピクト人を何度目になるか分からないぐらい蹴散らした。
 ヘルモーズといると遠征につぐ遠征の侵略業務も旅行気分。
 ヘルモーズの蛮行の酷さも理解していない。
 なんとなく酷いやつだと思うがアレス(っぽい)なら仕方ない。
 混同はしていないものの、最近興味が芽生えた。
 ヘルモーズは楽しそうに交わっている。そんなにいいものなのか?
 なお指揮官として前線に出たりはするが、自分で戦うことは殆どない。
 敗戦の時でもそれは変わらない。本人が出張ると全て勝ってしまうだろう。

アスラウグ
 一言で全てを纏めると、我慢の限界である。

ヘルモーズ
 吸血鬼を見て真祖に興味を持つ。真祖の踊り食い…そういうのもあるのか。
 ピクト人を可愛いと感じる筋肉の悪魔。
 どれだけ美化しても残虐非道で無道の鬼畜であることに変わりはない。
 反英雄や大英雄というより蛮地の王がお似合い。
 地味にフン族の侵略に耐え抜くはずの都市も陥落させている。
 アルテラにある自重が全く無いせいである。
 蛮族は後先を考えない。
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