蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る   作:飴玉鉛

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第9話

 

 

 

 

 

 城の一角が弾けて飛んだ。瓦礫の破片が無数に舞い、重力に絡め取られ地に落ちていく中、一つの人影が夜の月へ目掛け飛翔している。

 否、何者かの殴打を受けたのだ。踏み留まれず空を舞ったのは、王侯貴族の如く瀟洒な美男。血反吐を吐いた美男は白目を剥いている、あまりの威力に彼ほどの上位存在でも耐え切れなかった。

 森の深奥に或る幻想の城。史に刻まれぬ幻想の頂点。竜と並び称される搾取せし王共の種に連なる美男は、崩れた城から追撃に出た巨漢に追いつかれ半壊している戦斧に殴り落とされた。

 地に激突し意識が戻る。隕石の如く炎を纏って飛来する巨雄を見上げ、歯を噛み締めて叫んだ。人間風情が、我を見下ろすか……! 振り下ろされる戦斧を交差した両腕で受け止め、足元が陥没し肉体が軋むのも構わず、彼の足元から伸びた無数の鎖が巨雄を捕らえる。

 

「ハッハァ!」

 

 だがなんの妨げにもならず鎖は粉砕された。ただ筋肉に力を込めただけの圧で破砕した鎖に瞠目した美男だが、無惨にも拉げた両腕を再生させつつも怒りと屈辱で巨雄を睨み宣告する。

 もはや許容できぬ不敬、我が力を目にする栄誉に打ち震えて死ね!

 巨雄目掛けて翳した再生せし右手から莫大な魔力が打ち放たれる。広域破壊兵器に等しい魔力放出による全身全霊の砲撃だ。

 大軍勢をも一撃で壊滅させる無尽蔵の魔力が惜しみなく注がれ、直撃させたことで確かに巨雄の進撃をほんの数秒押し留めた。その隙に牙持つ黄金の髪の美男は世界を改変する。

 広がるは空想を具現化せしめる精霊の力。魔術師の奥義とされる固有結界のモデル、本家本元。あらゆる人工物が排された自然の胎内は月の表面にも似て――儚き月輪草が埋め尽くした地面、満点に座する巨大過ぎる満月を背にする美男は神の如き威容を誇った。

 

 もはや貴様に勝ち目は――

 

 ない、と言い切る前に戦斧が吸血鬼の真祖を縦一文字に両断した。幻想的で美しい大自然に見入り感動する繊細な感性など無い。世界の改変という異常事態に動じるような肝の細さもない。ただ目の前の獲物だけを見詰めており環境の変化に気づいてすらいなかった。

 巨雄は青いマントを翻した。白銀の戦斧を縦横無尽に振り回し、大地を踏みつける力で大地震を巻き起こす。神秘の極峰の只中で、戦斧を獲物の胴体に突き刺して縫い止めると、自らを襲う世界そのものの圧力や鎖、魔力の津波を己が筋肉のみで耐え抜きながら、幸運に恵まれ遭遇できた真祖へと拳の雨を降らせ続ける。起こるのは地震、地震、世界に亀裂が走るほどの圧倒的破壊の力。

 これが人間の成せることなのか。これが身一つの力なのか。星の触覚たる真祖は漸く気づいた。これは――この男は、世界に在ってはならぬバグなのだ、と。神の加護も特別な運命もなく、世界の表層に突如として発生した黒点。人間が夢想する力という概念の化身。

 

 人型の特異点たる蒼銀の蛮族は、無造作に千切りとった真祖の左腕にかじりついた。

 

 咀嚼し、嚥下し、黒い唾を吐く。ニィ、と笑う顔は邪悪そのもの。真祖は慄然として唇をわななかせた。ま、まさか……と。真祖は己には有り得ぬはずの被食者の立場を自覚し恐怖に震えた。まさか、我を……喰らう気か!? と。喚く言葉は通じることなく、反対の腕を、再生した腕を、脚を、頭を、何度も何度も貪られた。やがて一つの事実に気づいた蛮族が愕然とする。

 

(再生する奴を、どうやって生け捕りにして捕まえときゃいいんだ?)

 

 盲点だった。無尽蔵の魔力で復活を続ける存在。殺す気はなく、捕まえ、いつでも喰えるようにしようと考えていた程度だが、これほどの力を持つ存在を捕らえておける不思議なアイテムなど持ち合わせていない。ではこのまま放流するのかというとそれも嫌だ。

 あまりの激痛と悍ましさに失禁する真祖を見下ろして、無限プロテイン計画の破綻を悟った巨雄にして蛮神は、一思いに真祖という神秘のプロテインを一気に摂取することを選択した。

 真祖をその桁外れに規格を外れた理外の怪力で持ち上げ、再生した両腕と両脚を圧し折りながら螺旋状に纏めて一本にすると、雑巾絞りをするように捻じ曲げ――絶叫は無視――真祖の体を細長い棒状にしてのける。再生しようにも捻れを元通りにする間はない。大口を開けた蛮神は、真祖の纏う衣服や骨ごと足先から一気に噛み砕きながら呑み込んでいったのだ。

 無限に再生するなら再生が終わる前に己の腹に収める。意味不明で理解不能な対処法は、この星の誕生から終わりまでで再現できるモノなど、人の身ならざる暴虐の悪神か蜘蛛だけだろう。

 

 凄惨な捕食の一幕。理性ある人間が見ていたら、あまりの悍ましさと根源的な嫌悪感で正気を失くし気絶していたかもしれない。だがそれがどうした。ぱくりと真祖を丸呑みにした蛮神は、辺り一帯が元の森の中になっているのに気づく。全身は返り血に塗れて腹も膨れ、なんだか体が重く気怠い。血の一滴も残さず飲み干した結果、腹の中で真祖だったモノが暴れている気がした。

 断末魔。消化される前の火事場の馬鹿力。

 流石の蛮神も胃もたれして腹痛に襲われるが、額に脂汗を浮かべながらも蛮神は吼えた。ハッ! と単音を発して力み、自らの肉体を構成する筋肉で圧を掛けたのだ。途端に腹の中で圧迫され抵抗を押し潰された真祖が、トラキアの神殿遺跡で摂取した古き軍神の欠片(アレス・クリノロミア)という筋肉細胞(ナノマシン)に群がられ、強制的に分解されて栄養に置換される。不要となる不純物は、突如として発生した吐き気で蛮神を嘔吐させ、10kg以上の黒いヘドロとして体外に排出された。

 

「ゲェェェエエエ――――ッッッ!?」

 

 気持ち悪い。青い顔をしてフラついた蛮神は、戦斧を支えになんとか体勢を維持する。このプロテインはとんでもない粗悪品ではないか、もう二度と食いたくない。こんなに不味いなんて知っていたら、ものは試しで食ってみようとは思わなかっただろう。

 実際の味は個体差があるとは露知らず。斯くして一体の不摂生に暮らしていた真祖という尊い犠牲のお蔭で、他の美味なる真祖は蛮神から向けられていた矢印を外されることになるのだった。

 もし不味いと思われなかったならば、とある真祖の姫君が生まれる前に生みの親である真祖達がほぼ全滅し、作り出されることがなかっただろう。ある意味で快挙と言えるかもしれない。

 

 なお、真祖は不味いがそれ以外の吸血種はイケるという認識は残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー……ひどい目に遭った。あんなに吐くと、もう気持ち悪くて気持ち悪くて気分が悪い。

 

 お手軽プロテインの一種として摂取してみた結果、味はないが歯ごたえを気に入ったモノ――殺したり捕まえたりした魔術師からくり抜いた魔術刻印(しんけい)を食べ歩きしつつ、俺は単独行動をやめてアルテラの率いる群れと合流しに向かう。

 

 以前と同じ過ちを犯さないように、一度通った道は忘れないように心がけた結果、もう道に迷う方向音痴ぶりを晒すことはなくなった。

 一人きりになるのはいつ以来だろう。のっしのっしと歩いていると、不意にノスタルジックな気分になりつつ自問する。いつも付いてきていた三姉妹、いつも後ろに付いてきた小娘がいない。暇があれば顔を出しに来るアルテラもいないし、絡んでくる雑魚もいない。

 思えば最後に一人になったのは、二十年以上……いいや、四十年以上の時を遡るか。毒で死んだアイツやその親父が生きていた頃、あの集落で時々一人になれていた気がする。

 たまには悪くない。荒野を歩きながら思う。

 

 真祖を見つけられたのはひとえに怨念のお蔭だ。俺のプロテインを欲する怨念という意味ではなく、俺の大斧――戦斧に宿った怨念が、膨大な怨念を纏うモノに呼応して反応するのだ。

 反応する方に向かって行ったら真祖がいただけで、恨み辛みを大量に向けられる個人になら、たとえ普通の人間であれ魔術師であれ、魔獣であれ妖精であれ、なんにでも反応する。今回はたまたま真祖に反応したというだけで、今までだと魔術師に反応することが多かった。なんならアルテラにも強い反応を示しているので紛らわしいったらない。

 しかしこれのお蔭で効率的にプロテインを摂取できる。質はピンキリだが、魔術師って奴はどこにどうやって隠れていようと見つけ出せるし、魔術刻印(変な痣のヤツ)を奪って喰えば無いよりはマシ程度のタンパク質になる。神秘とかいうファンタジー要素はプロテインに置換できるらしい。いいことだ。

 

 アルテラの所にいる魔術師曰く、お蔭様で魔術師連中には蛇蝎の如く嫌われているし怖がられているらしいが――数百から千年以上の研鑽が食われて終わる恐怖――「良い子にしないとヘルモーズが来る」というのが、ここ最近の魔術師一家が子供を躾ける際によく使うフレーズになりつつあるとかなんとか。どうでもいい話だが、ふと思い出すと笑ってしまう。

 しかしアルテラは俺専用の翻訳機になっているのにうんざりしないのかね。俺ならウザったらしくて一々翻訳を頼んでくる奴とかブチ殺しているぞ。もう翻訳しなくていいと伝えるべきか? ああそうしよう。どうでもいいヒョロガリ君の言葉なんざ知りたくもない。俺に認識されたかったら筋肉を鍛えろ筋肉を。筋トレのことなら教えてやってもいい。

 

 しっかし、あれだな。邪竜プロテインに始まり魔獣、精霊、妖精、吸血鬼やらを食ってみたり、神殿遺跡にあった謎のプロテインを飲んでみたり、毎日の筋トレを欠かさずやったりしているが、今の俺の筋肉はどれほどまでになったのかね。あのハンマー男を殴り殺せるぐらいになったか? それはまだだ、と感じる。最近は筋トレをして多種多様なプロテインを摂取したりもして、色々と試行錯誤をしているが……どうにも伸び悩んでいる感があった。

 これが人間の限界なのか? よしんば人間の限界だとしても、筋肉に限界など……あるか普通に。限界を軽率に超えた筋トレなど筋トレに非ず。限界の上限を上げる為の筋トレなのに、安易に限界を超えようとしてどうする。その限界の上限が上がらないのが問題だから、どうしたらいいのだと足りない知恵を絞ってしまう。どうしたらいいと思う? 俺の筋肉。

 ……やはり筋トレだ。伸び悩んでいる? だからどうした。元々飛躍的に進化するものではない。筋肉は一日にして成らず、この金言を忘れてはならん。伸び悩んでいるからこそ堅実な筋トレをして、筋肉を決して疎かにしない誠実さを見せるのだ。筋肉は裏切らない、俺の誠実さを俺の筋肉に認めて貰おう。だから見ていろ全体的に見たらちょっと細い上腕二頭筋よ。

 

 筋肉と言えばアレだ。アスラウグの婿候補を探してやらねばならん。せっかく一人になったんだし寄り道でもして適当に良さげなのを見繕ってみるか。

 

 思い立ったが吉日だ、俺は最寄りの都市に寄った。守衛を殴り殺して都市に侵入すると、なんとローマの領土だったらしくワラワラと雑魚共が湧いて出てきたではないか。

 兵士達を物色しながら殺戮し、城主の所まで行って偉そうな奴を殺し、頭を持って散策してみるが、よさげな筋肉の持ち主は見当たらない。仕方ないから後二、三個ほど都市を回ってみよう。

 

 そうして最寄りの都市を順繰りに回ると、俺を迎撃する軍勢が組織されて平原で攻撃された。鬱陶しい。地面を踏みつけての地震で地割れを起こし、地の底に落としてやる。さようなら。

 不可解なのは軍が組織されるまでが早いのと、初動と対処が早すぎること。長年の蛮族経験で俺はピンときた。ははーん、さては俺……道に迷ったな? 迷った挙げ句に変な所に出て、ローマの結構首都寄りに来たのかもしれん。こりゃあいい、世界帝国を謳うなら、首都にはいい筋肉があるかもな。期待を胸に軍勢のならした地面を辿っていくと、デカくて活気のある都市を見つけた。やはりあったか、首都。

 ……ところで俺は今どこにいて、アルテラやアスラウグはどこにいるんだ? 一人旅が楽しくて何日も日付を数えず歩いていたらここに来ていたが……真面目に迷子は恥だぞ。何か手土産がないと帰るに帰れんのではないか。そう思うと、たらり、と頬を冷や汗が伝う。

 

 ……首都のお偉いさんの首を奪って帰るか。帰り道は知らんが。戦斧を立てて、倒れた方に進んでいけばいずれ帰れそうだ。

 

 首都を訪ねると、早速とばかりに俺の面を見た奴が血相を変えて叫び出す。悪いが土産が必要なんでな、雑魚に構う暇はない。万倍いい筋肉に育ってから出直せと思いつつ戦斧を振るう。

 宮殿に向かっていくと雑魚共は必死に止めようと挑んできた。その反応は偉い奴がいるって自白してるようなもんだぞ。賢いやり方じゃねぇなと、ブーメランなことを少し思う。

 

 略奪技能が告げる。この反応からしてお宝はこっちから逃げるな、と。その経験則に従って空気の壁を突破し走っていくと、一人の矢鱈偉そうな老いぼれが馬車に詰めて逃げているのを発見した。

 護衛に付いているのは高貴な騎士様連中だ。自分で戦ったこともなさそうな奴らにしか見えん。腕は確かなんだろうが、雑魚だな。とりあえず馬車に戦斧を投げつけ車体を破壊すると、老いぼれが転がり出て地面に這いつくばった。騎士が悲鳴を上げる。「――テオドシウス二世陛下ぁ!」とかなんとか。かなりのお偉いさんっぽいな、土産はコイツの首でいいか。

 ジャッ、と砂利を鳴らして傍に近寄ると、こちらを見上げようとした老いぼれの首に刃を落とす。綺麗に切断すると首を持ち、長持ちさせる為に塩漬けにしようと都市の方へ引き返した。その背中を報復に燃える騎士達に狙われたが無視する。こっちは急いでるんだ、邪魔をするのはいいが後にしろ――と思ったが鬱陶しくなったので、適当に戦斧を振るい風圧で皆殺しにした。

 

 桶に入れ、塩に漬ける。

 

 よしよし、これで言い訳にはなるな。

 

 俺は満足して首都を離れた。帰り道は……斧はこっちに倒れた。そっちにアスラウグ達がいるんだな。よし、行こう。ちょっと急ぎ目に走るぞ。

 何日間か走り回っていると、やっと群れに合流できたのか、アルテラとアスラウグが走り寄ってきた。

 よう、久しぶり。愛想笑いを浮かべて片手を上げると――

 

「フォトン・レイ」

「ベルヴェルク・グラム!」

 

 なぜか神剣と魔剣で殴られた。まさかの合わせ技に鼻血が出る。

 何すんだテメェら……痛ぇだろ……。

 

「馬鹿かお前は。おおかた私達に合流できたと思っているのだろうがそれは違うぞ」

「ヘルモーズのしでかしの騒ぎを聞きつけて、私達がお前を探して見つけたんだ。アトリ様に手間を掛けさせるなこの馬鹿……! ああ、ヘルモーズの方向音痴ぶりを忘れていた私も馬鹿だ……」

 

 なんだなんだ。しでかし? なんのことだ。それより見ろよこれ。ローマの偉い奴を殺ったんだ。お前にとってはいい土産だろう、アルテラ。

 そう思って桶を見せると、アルテラは露骨に溜め息を吐いて、アスラウグも頭が痛そうにする。見ない間に随分と打ち解けているな……何があった?

 

「お前こそ何があったらそうなる……ぷろていん、とかいうのを探しに行くと言って急にいなくなったと思ったら……」

「いいかヘルモーズ。それは……東ローマ帝国の皇帝だぞ……」

 

 ………? 何がマズイ? いいだろ別に。

 

 疑問符を浮かべる俺に、アルテラとアスラウグは揃って額を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 




抑止力
 セーフ! まだセーフ! テオドシウス二世はもうすぐ寿命だった!
 新帝即位が少し早まっただけ!
 ヘルモーズのやらかしも目撃者少ない(殺戮)から都市伝説とかそういうのにする!
 伝説! 作り話! なかった話! 天災が東ローマ首都近隣を襲っただけ!
 セーフ! セーフだから!

テオドシウス二世
 被害者リスト行き。

真祖
 不摂生な生活をしていてプロテインとしての品質はよくても味が最低だった。
 そのお蔭で他の真祖も不味いと認識されるファインプレー。
 なお真祖として空想具現化はできるが、全盛期アルクェイドに比べれば雑魚である。

アルテラ
 頭が痛い。

アスラウグ
 ヘルモーズの方向音痴っぷりを忘れる痛恨のミス。
 スルーズ達がいたら呆れている。

ヘルモーズ
 実は方向音痴。世界一迷惑な迷子。
 アッティラがヨーロッパ世界の破壊者なら、ヘルモーズはヨーロッパの災害。
 魔術世界からは神秘喰いと恐れられ、呪われ、嫌われ、避けられる。
 避けられるものなら避けてみろと追尾してくる模様。
 まだ魔術協会はないが、設立された後も、現代でも悪名高い。
 ローマの天敵として語り継がれる。ローマの破壊者。
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