仮面ライダーブリランテ   作:マフ30

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STRAY BULLET
前編 輝ける銃士


 

 

 夜がこんなにも怖いものだったなんて。

 そう、感じるのはいつぶりだろうか?

 

「ハア……ハァ、ハア……いる(・・)。確かに、いるぞ(・・・)

 

 半年前までフライパンや包丁を握っていた自分の両手にはずっしりと重い散弾銃が携えられている。もちろん玩具じゃない。弾丸が当たれば紛れもなく生命を殺傷出来る本物だ。

 

「どこだ……どこに!」

 

 夜が暗い。暗くて怖い。

 幼い頃から暮らし、飽きるほど見慣れたこの故郷ブルーヘイブンの街の一角。

 だのにいまはまるで外国の知らない土地に迷い込んでしまったように心細い。

 無理も無い話だと主張したい。

 なにせこんな物騒なモノを握り締めて、我ながら似合わない仕事をしているのだから――命の危険と隣り合わせで。

 

『――――!!』

「っ、ひぃ……!?」

 

 仄暗い夜闇のどこかで大きな羽音が聞こえた。

 加えて、奴らの鳴き声も。

 怒りとそれの何倍も濃い恐怖が俺の全身を蝕んでいく。

 顔に、背中に、手の平に、冷や汗がぶわっと噴き出すのが分かる。

 もう何度も決心したはずなのに怖い。怖いんだ。

 

「く、そ……!」

 

 違うだろ。そうじゃないだろう。

 あいつらは家族の仇なんだぞ。

 平和だった時間を、当たり前のように続くと思っていた日常を、

 ささやかな夢を全部壊されたんだぞ。

 勇気を出せ。

 根性を見せろ。

 形のある思い出を全部売り払って掃除人(スイーパー)になったんだろう。

 怖いだなんて考えちゃダメだろ、月島ユキト。

 

「……かかってこい。かかってこいよぉ!!」

 

 震える足を一度引っ叩いて気合を入れると俺は我武者羅に叫びながら、ぎこちない所作で散弾銃の銃口を不愉快な羽音が聞こえた方向へと向けた。

 奴らの出没が増加して後に寂れてしまったこの地区周囲の建物から零れる灯りは数少なく頼りない。だから、奴らの姿は未だに見えていない。幾つもの羽音だけが近づいたり、遠退いたりしている。

 先手を打ってとにかく一発撃ってみるか?

 経験不足と不安に塗れた心で考えを巡らせている隙を突くように突如として背後から嫌な物音が響く。

 

「やば……!?」

『ギキィイイイイイイィ!!』

 

 大慌てで後ろを振り返る。

 それが馬鹿だった。

 間抜けな獲物を嘲笑うかのように正面からも何かが迫る気配。それも複数だ。

 

「う、ぅうおあああ!?」

 

 静寂を裂く銃声と燻ぶる硝煙の香り。

 錯乱状態で撃った散弾銃の弾はセールスポイントでもある広い攻撃範囲を全く活かすことなく何もいないビル壁を傷つけて終わった。

 

「ま……ずい! ぐうっぁ!?」

 

 何とかしなければいけない。

 そう考える意識とは裏腹に動揺と恐怖で頭は真っ白だ。

 襲ってくれと誘っているように隙を晒した俺は上空から突っ込んできたソレの体当たりをまともに食らって無様に地面に転がった。

 鈍い痛みに顔歪めながらもうこちらの居場所を悟られるようにと使用を控えていた方に装備したサーチライトを灯した。

 

『キィヒィィイイイイイ!』

 

 何の変哲もない人口の光によって闇と一緒に奴らの姿が露わになる。

 額から二本の角を生やしトカゲと山羊の中間のような顔。

 猿に似ているが体毛はなく筋張った皮膚に鋭い爪を持った長い手足。

 蝙蝠のような大きな翼と長く先が尖った尻尾。

 真柴の体色をしたこの世の物とは思えない異形が確かにそこに生きて動いている。

 

 手足が複数あるモノや顔が二つあるモノなんかも以前見た資料には載っていた。兎に角、醜悪な見た目に相応しい最低な性根を詰め込んだ人知の外にいる異形――悪魔(デモン)

 

 空想の産物であるはずのそれらは俺たちの世界では現実の仲間の一つだ。

 なんでも約百年前にどこかの国の偉い学者だか博士だかが狂った儀式とも実験とも定かではない禁忌を犯してこの世界を地上(ここ)とは別の異界と繋げたんだと。

 それ以来、悪魔と呼ぶしかない異形の怪物デモンは世界のあちこちに現れては悪さをするようになった。

 

 

 

 

「う、わぁあ……ああああああ!!」

 

 夏夜のコンビニに群がる蛾のように下級悪魔(レッサーデモン)たちが俺の血肉や生命を狙って襲ってくる。

 本能のままにもがいて、足掻いて、みっともなく悲鳴を上げていた。

 頼みの綱の散弾銃は気が付かないうちに銃身がひしゃげて粗大ゴミになっていた。

 ああ、デモンたちの鋭い爪で体のあちこちが裂かれているのだろ。

 全身が熱くて、痛い。

 

『キッヒッヒッヒッヒヒイイイイイイイ!!』

 

 デモンの声がこべりつくように耳に響く。

 獣の雄叫びと人間の嘲笑が混ざったような不快な鳴き声。

 俺をいたぶって遊んでいるのだろうか?

 幸いにもまだ致命傷は負っていない。

 浅い裂傷や掠り傷ばかりだ。

 だけど、きっと奴らたちの気分一つで俺は簡単に殺されるんだろう。

 

「…………嫌だ」

 

 死にたくない。

 こんなところで終わりたくない。

 まだ生きていたい。

 

「あ……ああ……嫌だぁああああああ!!」

 

 叫べるだけの大声を上げて、振り絞れるだけの力を出して、とにかく必死で思いっきり走ってデモンたちの囲みを突破した。

 力の無い人たちの代わりにデモンを退治する仕事に就いたというのになんとも情けない。けど、死にたくない。死んだら何の意味も無いと自分に言い聞かせて走る。走る。走る。

 

『ガァアアウ!』

「ぐわぁっ!?」

 

 考えも無しにひたすらに道が続く限り人気のない路地裏を走って逃げた。

 だが、デモンたちも折角顔を出した地上で見つけた人間をそう簡単に逃がしてしまうつもりはなかったようであっという間に追いつかれて押し倒される。

 

『シャガアアアア!!』

「うわぁ……ぐっ、なんだよ……ふざけんなよ」

 

 レッサーデモンが涎を垂らしながら牙の生え揃った大きな口を開けて迫る。

 生にしがみつく本能のままに俺は傷を負うことも厭わずに上下の口を掴んで抵抗した。

 俺はなにをやっているんだろう。

 恐怖はとっくの昔に自分のキャパシティを超えていた。

 超えていたから、あれほど全身を支配していた恐怖はデモンに対する憎しみや怒りなんかグチャグチャに掻き混ざっていて、全ては不条理に対する憤りに昇華していたのだろう。

 

「舐めんな……人間舐めんなバカ野郎ォ!!」

 

 数秒後に食われて死ぬかもしれないのに俺はそんなことを口走って憎たらしいレッサーデモンを睨みつけていた。

 映画や漫画の主人公ならきっとここから眠れる力が目覚めて反撃開始の大逆転というパターンなのだろう。

 しかし、残念ながら俺は平凡な一般家庭生まれの新人掃除屋だ。

 後ろから二匹の新手のレッサーデモンの存在を見て、漠然と今度こそ死を覚悟した。

 

「あ……」

「そこのお兄さん、そのまま踏ん張って動かないように。――じゃないと一緒に死ぬかもよ?」

 

 突然聞こえてきた気だるそうな誰かの声を塗り潰して夜に吼える一発の銃声。

 そう、俺が聞いた銃声は間違いなく一発のはずだった。

 何が起こったのか直ぐには理解できなかった。

 ただまだ自分は生きているということだけは分かった。

 

「マジか」

 

 目の前の光景を疑った。

 殆ど同じに糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちていくデモンたち。

 確かに銃声は一発しか聞こえなかったはずなのに、俺を襲う三匹のレッサーデモンは眉間に大きく空いた風穴から濁った体液を噴き出して倒れるとやがて息絶えて塵へと変わり果てた。

 

「やあ、お兄さんご無事かな?」 

 

 ハッと我に返り、慌てて声のする方を向く。

 そこには小柄な人影が一つあった。

 デモンを前にしても動じていない辺り、恐らくは同じ掃除屋なのだろう。

 随分と年若いように見受ける。

 右手には見た目に不相応な深紅の大型ハンドガンが握られている。

 

「ふむ……怪我はしているようだけどその程度なら死にはしないね。よかった」

 

 赤い鍔広帽子と十字架の刺繍が入った赤い外套を身に纏ったその掃除屋はクールあるいは気だるげな佇まいではあるが優しげな口調で俺のことを気遣ってくれるようだ。

 

「あ、ああ……ありがとう。じゃない! デモンはまだいるんだ!」

「うん。知ってる。任せてくれて大丈夫だよ」

 

 外套で口元も覆い隠し、大きく澄んだ紺碧の瞳だけが露わになった赤い掃除屋は騒々しく慌てふためく俺の姿をよそに軽やかな足取りで複数の羽音が近づいてくる闇の奥へと自ら進んでいく。

 

「お兄さん、見たところ新米(ルーキー)のようだからね。巡り会ったのも何かの縁だ。ちょっと先輩の仕事を見学していくといい。じゃあ、始めよう」

 

 いまにも口笛でも吹き出しそうな余裕と経験に溢れた様子で赤い掃除屋は銃を抜く。

 次の瞬間にデモンと人間の弱肉強食の相関図は裏返った。

 仲間を倒されたことで殺気立ち、我先にと飛翔しながら襲い来るデモンたちを暗闇ごと弾丸が撃ち抜いていく。

 

 驚くべき速さで銃口から吐き出される弾丸は精密に、冷酷にデモンの肉体を破壊していく。恐ろしいのは引き金を引く迷いの無さだ。

 それぞれが撹乱の意味もあってバラバラの動きで急襲してくるデモンたちと自分との距離や立ち位置を常に把握しながら最優先で射殺すべき標的を違えることなく、躊躇うことなく狙いを定めて撃ちまくる。

 

「この町にはさっき着いたばかりでねえ。今夜はのんびりしたいんだ」

 

 迎え撃つ側だった赤い掃除屋が攻守交代だと駆けだす。

 山猫のような身軽さで集団を作っているデモンの懐に飛び込むと軽やかに石畳を跳躍。虚を突かれながらも咄嗟に爪を光らせ伸びてくる無数の腕をするりと掻い潜りながら花火のようにマズルフラッシュが煌めく。

 

「悪いけど、さっさと片付けさせてもらうよ」

 

 掃除屋は片腕と頭を愛銃で吹き飛ばした一匹のデモンの背中を踏み蹴って更に上へと飛び上がる。サーカス団の花形もかくやという身のこなしで一回転して姿勢を整えると眼下で犇めいているデモンたち全てに照準を合わせる。

 

「おやすみ。良い夢見れるといいね」

 

 冷たく無慈悲な鉄の雨がデモンたちに降り注いだ。

 無駄弾はない。

 五匹はいた残りのデモンたちはみな頭部と心臓を撃ち抜かれて一掃された。

 

「……すごい」

 

 思わず声が出た。

 まるで観戦していたスポーツの試合で世紀の大記録が生まれたような高揚を感じていた。

 掃除屋というにはあまりにも勇ましく、戦士と呼ぶには流麗な戦いぶり。

 ――銃士。

 そんな二文字が脳裏によぎった。

 兎にも角にもこうして俺こと月島ユキトは死を免れたのだ。

 

 

 

 

「ひい、ふう……ハハ、小粒だけと七つもちゃんと形が残っている。臨時収入ゲットだね」

 

 命の恩人たる銃士は絶命したデモンのなれの果てである塵の山からせっせと宝玉のような妖しげな赤い塊を回収してほくそ笑んでいる。

 これはデモンハート。

 文字通りデモンたちの心臓だ。そして、この世界に奴らが出現するようになって唯一と言っていい恩恵だ。

 何故ならこれらは人間社会においても多様な動力・エネルギーとして転用可能な貴重品なのである。そのため大きさや質によって変動の差はあるが高値で売れる。

 

「さて、お兄さん。怪我の数は多そうだけど動ける?」

「う、ぐっ……ああ、どれも浅いから。助けてくれてありがとう」

「気にしないでよ。同業者なんだから助け合いは大切だ。とはいえ災難だったね、あの数は新人さんにはちょっとハードルが高かったろうに」

 

 傍に歩み寄って来た銃士に深く頭を下げる。

 そんな自分とは対照的に銃士のほうは物腰柔らかに帽子を被り直して、静かになった路地裏を見渡している。

 

「結果はともかくお兄さんのお仕事を横取りしちゃったね。今日は遅いから明日にでもこの町の掃除屋ギルドになんて説明するのか相談したいけどいいかな?」

「……ああ」

 

 夜の裏路地に戻ってきた静寂と滔々とした銃士の声が意識を現実に引き戻していく。

 どうしようもなく惨めな気持ちだった。

 いや、否定はしない。

 デモンへの恐怖で錯乱して、ろくに射撃も当たらず逃げ回っていただけだったんだ。

 

「ご快諾ありがとう。それじゃあお兄さんも今日は寄り道しないで帰ることをおススメするよ。明日の待ち合わせは……」

「帰るところなんて……ない!」

 

 銃士の言葉を遮って、絞り出すような叫びを上げていた。

 信じられないぐらい弱っちくて、情けない自分に泣きたくないのに涙が止まらなかった。

 せっかく助けてもらったのにこんな醜態を晒されては彼も失望するだろう。

 父さん、母さん、ユキナ、ごめん――やっぱり、俺一人だけ生きていても寂しいよ。

 

「そっか、ボクと一緒だね」

「へ……?」

 

 予期せぬ言葉を投げかけられて思わず顔を上げた。

 銃士の素顔は相変わらず帽子と外套に大半が隠されているが真っ青な空のような瞳が深く包み込むように自分のことを見つめていた。

 

「お兄さん、お名前は?」

「……月島ユキト。えっと、貴方はなんて呼べば?」

「キッドだ。知り合いはみんなそう呼ぶ」

 

 得意げに答えると銃士――いや、キッドは俺に手を差し伸べた。

 

「おいで。こうして知り合ったのも何かの縁だ。ボクの止まり木で良いなら、貸してあげるよ」

 

 

 

 

 こうしてユキトはキッドに誘われるままに気が付けばブルーヘイブンの繁華街にある、この町でも有数のシティホテルのスイートルームに連れられてきてしまっていた。最初はフロントの従業員に傷塗れの姿を不審に思われ呼び止められたのだが「ボクの連れだ。必要なら追加の宿代は払う」というキッドの一声で事なきを得た。

 

「なんでこんなことになっちゃったんだ?」

 

 部屋に入って早々にユキトは怪我の手当てをしてあげるから身体を綺麗にして来いとバスルームに突っ込まれ、言われるがまま汚れを洗い流すとキッドの手で処置を受けた。

 

「募る話は風呂の後にするって言ってたけど、いくらなんでもこんな親切にされる理由ないだろ? もしかして、ヤバいことに巻き込まれている感じなのか俺?」

 

 至れり尽くせりな扱いに困惑ばかりが積み重なっていく。

 月島ユキトという人間は絵に描いたような庶民的感性の持ち主で良くも悪くもこの状況で折角のスイートルームを満喫しようと実行に移せるほどの図太さは持ち合わせていなかった。

 

「や、やっぱり帰らせてもらおう。滞在先は分かったから、明日改めて訪ねればいいだけだし」

 

 助けてもらった恩とうまく説明できないがかけてもらえたあの言葉の不思議なぬくもりとこの状況の不自然さで板挟みに遭いながら、ユキトの脳内にはあらぬ想像ばかりが浮かんでは消えていく。

 ただ一つ、この部屋は自分には合わないという結論に従って好きに使っていいと貸し与えられた一部屋から飛び出した時だった。

 ガチャリと使用中だったバスルームのドアが開いた。

 

「ふぃー♪ いいお湯だったぁ。やっぱり遠出した宿は奮発しないとねえ」

 

 長風呂を楽しんだキッドが丁度脱衣所から出てきたところと鉢合わせになったのだ。

 

「あ、ユキトじゃん。悪いけど、冷蔵庫から何か飲み物出してくれないかい」

「なっ!?」

「おっと、チョイスは君のセンスに任せるけどアルコールはよしておくれよ。これでもまだ未成年だからさ」

 

 にははと笑って、ふわふわのバスタオルで体を拭きながら部屋の中をうろつく素っ裸のキッドにユキトは仰天した。思えばキッドの素顔さえもようやくここで初めて彼は見ることになったのだ。

 

「嘘でしょ……キッド、そんなまさか……!?」

「んー?」

 

 ややはねっ毛のある黒髪のショートカットが映える大きな瞳と端整だが柔らかさの残った顔立ち。掃除屋としての歴戦の証なのだろうか白く瑞々しい肌を持つ四肢のあちこちには縫合傷の痕跡が残る。

 何よりもユキトを驚かせたのが慎ましくも確かに双つの柔らかな膨らみがある胸だ。それから、野暮な所感かもしれないが一瞬しか見ていないが下半身も何かが足りない気がした。

 

「キッド……ちゃんだったの? え、ちょっ……うおわぁああああああああああ!?」

 

 真実を理解して押し寄せる情報量と行きずりの男が目の前にいるというに恥じらうこともせず堂々としている同性だと思っていた命の恩人にユキトは本日何度目かのパニックに陥った。

 

「ご、ごめんなさい! てっきり、その、なんだ……本当にいろいろすみませんです!?」

「もしかして、ボクのこと男だと思ってたのかい? それでそんなにテンパってるの? ハハハ、ピュアだねー」

「服! なんでもいいから服着てくれよおお!」

 

 顔を真っ赤にしながら何とか誠意を見せようと背中を向けて蹲り、ギュッと目を閉じているユキトを面白がってからかうキッド。首に掛けたバスタオルでギリギリ隠さなければいけない場所は隠れているがそれでも当の彼女は相変わらず生まれたままの姿だ。

 

「おまたせ。もういいよ。目を開けなユキト」

「うぅ……本当にすまなかった。気を悪くしないでく――」

「ホラホラー♪ こんな機会滅多にないんだからしっかりと目に焼き付けなぁ」

「まだ全裸じゃねえか!? なに? そういう趣味なの!?」

「あっはっはっは! や~んユキトのスケベ」

「どっちが変態だよぉ!!」

 

 どちらが裸を見られた側なのか、恥じらうべき人物があべこべになってはいるが両者の間で発生した艶やかなトラブルはわざわざフェイントを交えながらもキッドがバスローブを羽織ったことで一応の解決となった。

 だが、認めたくはないが予期せぬハプニングという切っ掛けとはいえ彼女の裸体にユキトはほんの数秒、されどまるで時間が止ってしまったような錯覚を覚えるほどに魅了されていた。いくつもの縫合傷を走らせた艶やかな肢体。まるで継ぎ接ぎのような歪な美しさを宿したその女体に。

 

 

 

 

 一騒動を経て、主にユキト側にあった恩義からくる遠慮やぎこちなさがほぐれたところで二人はようやくお互いの事情や経緯を話し合う席を設けるに至った。

 

「じゃあ、改めてボクはキッド。ご覧の通り流れの掃除屋だ。あんまり畏まった話かたされても似合わないから気安く接してくれると助かる。でも、キッドちゃんの響きは嫌いじゃないから今後も使ってくれると嬉しい」

「……考えておくよ」

 

 一見凛々しくとも、半開きの目などどこか抜けて人を食ったような雰囲気があるキッドに引きつった笑みを浮かべながらユキトも道すがら話した自分の生い立ちを改めて話して聞かせた。

 生まれも育ちもこのブルーヘイブンで一年前までは家族で食堂を営みながら暮らしていたがある日、イビルの襲撃によって両親と妹を殺されたこと。

 悲しみと怒りに突き動かされるままに実家を兼ねた店舗を売り払い調達した資金を元手に掃除屋の試験をどうにかパスしてつい先日から新人として活動を始めたばかりだったということ。全部をキッドに話して聞かせた。

 

「そうだったのか、ご両親と妹さんのご冥福を祈るよ。ユキトも気の毒だったね」

「ありがとう。でも、俺はまだ生きているから」

「うん。そう言えるのなら、君はまだ大丈夫だ」

 

 膝の上に置いた両手を強く握り締めて、家族への追憶とこうして生き残った自分のこれからに対して尽きることがない不安と迷いを噛みしめながら言う。そんなユキトにキッドはまるで自分のことのように嬉しそうに頷いた。

 

「キッドの方はどうして掃除屋なんかに? さっき、俺と一緒だって言っていたのは?」

「これでもこの稼業は長いことやっている。どうしてそうなったのかは……まあ、碌でもない人生を送ってきたからってことで」

「じゃあ、君も……」

「さて、過去の不幸自慢なんて不健全なことはやめて希望に満ちた未来の話をしようか」

 

 微かに陰りと自虐的な笑みを作る彼女にユキトはそれ以上は過去を尋ねることは出来なかった。場の空気が湿っぽくなってきていることを察したキッドが間を置かず話題を切り替える。

 

「最近このブルーヘイブンで掃除屋が失踪するって事件が相次いでいてね。ボクはその調査を知り合いに押し付け……依頼されてやってきたんだけど、何か知っているかな?」

「失踪!? そんなことが起きているのか? この町で!?」

 

 キッドの来訪の理由と寝耳に水のような話にユキトは思わず飛び上がる。

 現地民である彼の全く予想していなかったリアクションにキッドも怪訝な表情を浮かべる。

 

「その様子だと初耳ってことで間違いないのかい?」

「何が何だかだよ。それどころかそんな事件になるほど街の外から掃除屋が訪れていたことだって気が付かなかった」

「険しい山岳に囲まれてある種隔絶された保養地とは聞いていたけど、どうも随分と外とブルーヘイブンで状況の食い違いがあるようだね」

「あー……まあ、実は俺ってば掃除屋としてちゃんと依頼を受けたのは今夜が初めてだったから俺だけが知らなかったってパターンかもしれないけど」

 

 もしかしたら自分が思っているよりも深刻な事態かもしれないなと思案を巡らすキッドにボソリと気まずそうにユキトは小声で告げる。

 

「ユキト、一つ質問だけど方向音痴とかじゃないよね?」

「え? ま、まあ人並みだとは思うよ」

「よし、決めた。君をガイドとして雇いたい。ダメかな?」

 

 突然の提案に目を丸くして驚くユキトの一声を待たずにキッドは更に続ける。

 

「自惚れる気はないけどボクは腕にはそこそこ自信がある。ざっと千人力ぐらいにはね。けど、地理に不安を抱えているのは掃除屋としては命取りになる。だから、ユキトの力を貸して欲しい」

「俺で役に立つなら任せてくれ。助けてもらった恩もあるんだ」

 

 ユキトは二つ返事で引き受けた。

 キッドの戦いとその強さを見てしまった影響もあって、そんな彼女が自分を必要としてくれているという事実に突き動かされる感情を無意識に覚えていたのだ。

 

「フフン♪ 契約成立だね。よろしく、相棒」

「こちらこそ。デモンとの戦いでも弱い奴なりに足を引っ張らないように頑張るよ」

「卑屈にならなくていいよ。初仕事であれだけの数のデモンを相手に生き足掻いたんだ。君は自分を称えるといい。ユキトは泣き虫かもだが弱虫なんかじゃない」

 

 柔和な笑みを浮かべ、真摯な口調で告げながらキッドは彼の左胸をじっくりと力強く小突いた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……あんなに強いキッドの姿を見せられた後だと、謙虚にならざるを得ないよ」

「またまたぁ。もう少しふてぶてしくないと掃除屋なんてやっていけないぞぉ?」

「え? そ、そうなのかい!?」

「さぁて? あと、言っておくけどボクだって別にそんなに強くないさ。例えば……こんな薄ら寒い夜なんかは自分じゃない誰かのぬくもりに随分と安心を感じるんだ」

 

 か細い声でそう言って、窓の外に広がるブルーヘイブンの夜景に目を細めるキッドがまるでほんの一瞬、迷子の子猫のようにちっぽけな存在にユキトには見えたという。

 

「今日はもう遅い。そろそろ休むとしよう。ユキトの傷にも響くかもしれないからね」

「あ、ああ。じゃあ、あの部屋ありがたく使わせてもらうよ。おやすみ」

「ユキト……その前に一つ」

「なんだい?」

「くっ、ふふ……ボクの裸は綺麗だったかい?」

「ぶっふう!?」

 

 神妙な面持ちで呼び止められ、尋ねられたあんまりな質問にユキトは堪らず意識が遠のきそうな気分だった。そのうえ、ふざけた問いかけをしてきた当人は言い出す前から笑いを我慢できずに凛々しい顔が台無しになるぐらいにやけ面をしている。

 

「ええ! ええ! 今夜の夢に出てきそうなぐらい綺麗でしたよコノヤロー! キッドもいい夢見れるといいねえ、おやすみ!」

 

どこまで本気で、どこまでおどけているのか掴めないキッドに振り回されっぱなしになりながらユキトは顔を真っ赤にしながら貸してもらった自分の部屋へと戻っていった。

 

「綺麗だったか。そっか、ありがとう。……よかったね、みんな」

 

 一人になったキッドは右腕の縫合傷を見つめながら心底嬉しげに言葉を漏らすとほどなくして自分も大きなベッドへもぐり込み、深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 嗚呼、愛しき御方よ。

 お許しください。お許しください。

 貴方に及ばぬ我らが愚かさをお許しください。

 貴方に憧れる我らが不遜をお許しください。

 

 嗚呼、愛しき御方よ。

 お許しください。お許しください。

 貴方へ奉ずる供物の貧しさをお許しください。

 貴方へ満たす献身の拙さをお許しください。

 

 嗚呼、嗚呼、愛しき御方よ。

 どうか罪深き我らに導きを。

 嗚呼、嗚呼、愛しき御方よ。

 どうか罪深き我らに祝福を。

 

 

 

 翌日、よく晴れたブルーヘイブンの大通りを一台の紺碧のカスタムバイクが二人乗り(タンデム)で気持ち良く風を切って走っていた。

 ハンドルを握るのはユキトだ。

 トレードマークの赤い帽子と外套に身を包んだキッドはその後ろで朝食に買ったパニーノをパクつきながら観光気分で街の姿を観察している。

 

「良いバイクだろ? 銘はクイックワンダー。大枚はたいて買った大事な相棒さ」

「クイックって呼ぶにはゴツイし、パワフル過ぎる気がするけど?」

「飛びきりの仕掛けがあるからね。よし、このあたりは大体分かった。次の通りへ行ってくれ」

 

 キッドの指示に頷きながら車体の両サイドにリアボックスが装備されたクイックワンダーを左折させて移動を開始する。

 コンビを組んで早速ユキトには二つの仕事を任された。

 一つ目は美味しくて簡単に済ませられる朝食がある店を案内すること。こちらは鼻歌交じりにパニーニを頬張るキッドの様子から無事に達成されたとみていいだろう。

 もう一つの仕事はブルーヘイブンをぶらつくこと。

 さながらタクシーの運転手のようにこの町の姿をキッドに知ってもらうために区画という区画を、道という道を実際に走って見せて彼女に触れさせることだ。

 ちなみにそんな土地案内を朝早くから行っていた理由はもう一つ、時間つぶしも兼ねていた。

 

「それにしても驚いた。まさかブルーヘイブンには掃除屋の組合(ギルド)が無いだなんてね。確かに陸路での往来は厳しいけど、大きな港もあって辺境の寒村ってわけでもないのに」

「どういうわけか最近までこの町はデモンが現れることが極端に少なかった。一応自警団みたいなのはあったけど、仮に出たって年に数匹ぐらいで警察やどうしても人手が足りないときは外部から掃除屋を雇ってきてもらうぐらいで対応が出来ていたんだ」

 

 キッドが驚くのも無理はなかった。

 この世界にデモンという災厄が出現するようになって早一世紀、人間はその脅威に対抗するために知恵と力を寄せ集めて、掃除屋という軍や警察とは異なるデモン専門の退治人を輩出するようになった。

 現代では各国各地方で多くの掃除屋組合が設立されて、デモン退治に関する諸々の業務を管理運営しているのだ。

 昨夜キッドが回収したデモンハートの換金や取引などもこの組合の拠点で行われることが主流だ。

 

「だけど、この数年でブルーヘイブンもデモンの出現数と被害が急増。自警団はほぼ機能しなくなり、組合を設立しようにもノウハウも人材もないから代わりに奇特な慈善団体さんがその代行をしていると」

「ああ。俺も掃除屋のライセンスは一度街を出て外で取得したんだ。それで戻ってきたら言われるがままにここ(・・)の預かりになった」

 

 午前十時を回る頃に街を縦横無尽に駆け回っていたクイックワンダーは町外れにある一軒の教会の敷地内で停止した。

 年季の入った教会と言っても隣には老朽化で使われなくなった病院も併設されていてかなりの広さがあるようだった。

 正門に掛けられた看板には『ホワイトスレイズの夜明け』と書かれている。

 

「にしても教会だか慈善事業団体だか知らないけど、そんなのが掃除屋組合の代行もやるとはドラッグストアもかくやだねえ」

「まあ、そう思うよね」

「ボクとしてはデモンハートをお札に変えてくれるのならこの際、教会でもコンビニでも何でもいいや」

「……キッドって結構現金だね」

「人間は嘘つくけど、お金は自分から嘘はつかないからね」

 

 敬虔な場所には似つかわしくない低俗な会話を弾ませながら二人は団体の本部拠点となっている病院へ入っていくとシスター服に身を包んだ若い女性が二人を出迎えた。

 アッシュグレイの髪を纏め、薄化粧でもその美貌が隠しきれない理知的な雰囲気のする人だった。

 

「同志ユキト! 昨晩から連絡が取れず心配しましたよ。ああ、無事でよかった!」

「すみませんでしたアビゲイルさん。話すと長くなるんですがデモンの群れに襲われたところを彼女に助けられまして」

「やあ、どうも。掃除屋組合から来ましたキッドと言います。よろしく」

「まあまあ……ようこそおいでくださいました。先ずは私どもの友人をお救い下さりありがとうございました。ここの活動員の一人、アビゲイルと申します」

 

 応接室に通された二人はそこで昨夜の出来事とキッドの来訪の理由を伝えた。

 野放しにしていたら甚大な被害を及ぼしていたであろう数のデモンの討伐とユキトを助けたことについて深く感謝されたキッドではあったが肝心の外から来る掃除屋の失踪については目ぼしい情報は得られなかった。

 

「んー……参ったな。まさかここまで情報が無いとはあなた方に接触してきた掃除屋の一人ぐらいいると思ったんだけどな」

 

 見知らぬ掃除屋の死体が発見されたぐらいの情報はあるだろうと踏んでいたキッドはここまでの空振りが待っているとは予想もしておらず顔を曇らせて天を仰いだ。

 

「お役に立てずに申し訳ございません。念のため、私どもの団体に所属している同志たちにも情報提供を呼びかけておきますわ」

「感謝します。ところで……ホワイトスレイズの夜明けさんってデモンハート(これ)の換金ってやってます?」

 

 恭しく頭を下げるアビゲイルに恐縮するキッドであったが気持ちを切り替えて、次の案件について話を始める。目の前のシスター服の美女や施設にいる人々が放つ滅私奉公の空気にも流されず、貴重な戦利品が入った袋をテーブルの上に置く。

 

「ミス・キッド。大変言い難いことなのですが私どもは確かにこの町の掃除屋組合の代行も行っておりますが本職は慈善団体ですので、その……」

「やっぱり無理ですよね? 分かりました。大丈夫ですので」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で明らかに言葉を選んでゆっくりと話すアビゲイルにキッドはメリハリよく言うや否や袋を引っ込めると椅子から立ち上がった。

 

「では、ボクらはそろそろお暇します。また何かありましたら連絡するので! それじゃあ、いこうユキト」

「へ? あ、ああ! アビゲイルさん、失礼します」

 

 こんな堅苦しいところに何時までもいたら調子が狂うと言いたげにキッドはユキトの手を引っ張って早々にホワイトスレイズの夜明けを後にした。

 相手によっては咎められても可笑しくはないキッドの粗忽な態度だったがアビゲイルはにこやかな笑みを絶やすことなく正門まで二人を見送り、二人が乗ったクイックワンダーが見えなくなるまで手を振っていた。

 

「――不敬者め」

 

 

 

 

 有益な情報を得られぬまま街の中心部へ戻った二人は魚料理が評判のレストランのテラス席に陣取って遅めの昼食を摂っていた。

 四人掛けの丸テーブルにブイヤベースや魚介のパスタなど美味しそうな料理が盛られた皿をいっぱいに広げてキッドは舌鼓を打っている。

 

「うまぁ♪ 至福ぅ♪ 海のある街ってのは良いねえ!」

「よく食べるな……その量、君の華奢な身体の一体どこに入っているんだ?」

「エンジンが違うからねえ。たくさん動くにはたくさん食べなきゃいけないのさ」

「なんだそりゃ? で、これからどうする気だい」

 

 幸せそうにもりもりと料理を平らげていくキッドの姿を微笑ましく思いながら、表情を引き締めてユキトが口を開く。

 

「そうだな……望みは薄いけど、身元不明の怪我人でも運び込まれていないか街の目ぼしい病院に聞き込みながら、徒歩でまだ行っていない裏路地なんかを案内してもらうかな」

「了解。それなら一番近い病院や診療所を……キッド?」

 

 不意にフォークを持つ彼女の手が止って動かなくなったことに首を傾げながら、その視線の先を追うとユキトは息を詰まらせた。

 にぎやかに人々が行き交う街路の真ん中に突然タール液のようなどす黒い水溜りのような物が現れていたのだ。間違いなくそれはデモンが地上に出現する兆候だ。

 

「なんてこった!? デモンだ! デモンが出るぞおおお!!」

「逃げろ! 急げ早く!!」

「子供を建物の奥へ隠せ! 誰か警察に連絡を!!」

 

それを目にした人々も一斉にパニックになって蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。

 しかし、彼らの心を絶望で染め上げるように黒い水溜りが泡立つとその範囲がどんどんと広がっていく。そして、あっという間にレッサーデモンが次々に仄暗い漆黒から飛び出しては近くにいた無辜の人たちを襲い始める。

 

『キシャァアアア!』

『イッヒャッヒャッヒャッヒャ!』

 

 空にデモンの哄笑が木霊して、地上には人間の悲鳴が響く。

 最悪の二重奏に包まれながらブルーヘイブンの目抜き通りはあっという間に地獄絵図へと一変してしまった。

 

「こんなことって!? まだこんなに明るくて、人だって大勢いる場所にデモンが出るなんて……この町で今まで無かったのに!」

「ユキト! 君は逃げ遅れた人や怪我人を避難させて! ボクが撃ちまくって道は作っておく!!」

 

 言うよりも速くキッドの銃が火を噴いて、脆弱な個体のレッサーデモンは次々に撃ち抜かれていく。

 ユキトが彼女の声を聞き取った頃にはもう既にキッドは赤い外套を翻して騒ぎの中心へと駆けていた。そんな小さくも頼れる銃士の背中にユキトは一抹の安堵を覚えた。

 被害ゼロとは行かないが彼女がいれば大丈夫だと。

 

『オイオイ。オイオイオイ。そこの人間、どういうわけだ? お前からオレと同じ匂いが沢山するぞ?』

 

 だが、しかし。

 運命の女神さまというものは時に悪魔よりも残酷に試練を課すというものだ。

 再び泡立ち始めた黒い水溜りの中から声が聞こえてきたことにユキトの心臓は痛いほど早鐘を打つ。

 

「う、うそだ……嘘だって言ってくれ」

 

 怪我をした老人に肩を貸していたユキトの足は止り、絶望が心を蝕み始める。

 ゆっくりと汚泥のような黒水から姿を現す人語を用いる異形。

 それが何かをユキトは教えられていた。

 

『みなまで言わなくてもいいぞ、人間。我らの心臓を持っているな? それも複数とは……蛮勇か? 戦利品のつもりで持ち歩いているという訳か小賢しい』

 

 曰くデモンにはその脅威に応じての階級に分けられているという。

 数は多いが知能は低く、武装した人間でも駆除が比較的容易な下級悪魔。

 そして、対照的に個体は少ないが単体で恐ろしい戦力を有した上級悪魔(アークデモン)

いま信じられないことにそのアークデモンなるものが現界しようとしているのだ。

 

「キッド! 急いで逃げるんだ! アークデモンを相手にするなら完全武装した軍の一個中隊は揃えなきゃ無理だって教えられた! いくら君でも殺されちゃう! 早く逃げろ!!」

『逃がすわけがないだろう。そこの不敬者もお前も……お前も、お前も、お前も、オレの目の前にいる人間は皆殺しだ!!』

 

 血相を変えてキッドに逃走を促すユキトの声を遮って、ついにアークデモンが姿を現す。

 青く、硬く、鋭い鎧のような甲殻を身に纏い、左右で長さの違う馬上槍に見間違えそうな巨大で尖った鋏を持つ両腕に加えて背中からもまるで蠍の尾のように第三の腕と鋏を生やした凄絶な異形。キャンサーデモンの虐殺宣言に朗らかだった街は阿鼻叫喚に陥った。

 

「黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃないか? 追い回すのはボクの方なんだぜ?」

 

 不幸にもその場に居合わせた誰もがこれから訪れる自身の、そして共にいる親しき友や愛する家族の死を覚悟し嘆き悲しみ絶叫する。だが、そんなしみったれた大合唱を静止させるように弾丸のように凛とした声がキャンサーデモンに放たれる。

 

『ハハ、ハッハハハ! 恐怖で正気を失ったのか人間?』

「なんでさ? そもそも、人間の誰もがいつまでもお前らを見て恐怖するだなんて思ってもらっちゃ困るね」

 

 キッドはどこまでも不敬に、どこまでも不遜に笑い飛ばしながら目の前の怪物に挑発的な眼光と飛ばす。それはまるで神をも恐れぬ所業にも似た勇猛であった。

 

「キッド! バカな真似はよすんだ! 俺の声が聞こえないのかああ!?」

「聞こえているとも。ありがとうユキト、でも言ったじゃないか。ボクは千人力ってね」

 

 デモンに同調したくはないが本当に正気を失っているのではないかと案じて叫ぶユキトに笑顔で応え、いま銃士はこの窮地を逆転するためのとっておきの切り札を抜く。

 

「お前たちの最期にとっておきの輝きをみせてあげるよ」

 

 キッドは外套の懐からスチームパンク調の不思議なバックルを有するベルトを取り出すと勢い良く自分の腰に装着する。

 風車に見立てて組み合わさった大小の歯車と右側に回転式拳銃(リボルバー)のシリンダーのようなパーツが施されたベルト・ハーツドライバーだ。

 

【Start up! Heart's Cry!】

 

 一度外側に振り出したシリンダーに黄金の弾丸・ブリランテバレットを装填すると電子音声がドライバーから鳴り響く。

 

「――変身!」

 

 シリンダーを一撫でして起動させるとバックル中央の歯車が連動して激しい回転を始めやがて眩い光が溢れ始める。燦然とした輝きに包まれてキッドは悪魔を狩る仮面の銃士へと変わるのだ。

 

 

 

 

 星のような眩い輝きが晴れるとそこにはキッドであったはずの者がゆらりと立っていた。

 漆黒のアンダースーツに肩や胸部、前腕に両脚などに白い装甲が纏われる。

 装甲には黄色い稲妻模様が迸り、左手の甲には幻想的な空色のクリスタルが填め込まれている。

 右大腿にはホルスターが巻き付けられていて彼女の愛銃が収められている。更には背後腰部にも銃身の短い中折れ式の散弾銃がマウントされているのが確認できる。

 そして、フルフェイスの白亜の仮面は一角獣を彷彿とさせる黄金のホーンアンテナと複眼のような翡翠色をした双眸を持っていた。

 

『お前は……なんだ!?』

『ブリランテ。それがいまのボクの名さ……そう、仮面ライダーブリランテだ』

 

 困惑が隠せないキャンサーデモンに対して仮面の銃士は飄々とそう告げる。

 瞬間、ゆるりと構えた見た目からは想像も出来ない闘志が解き放たれるとデモンたちは怯み、浮き足立つ。

 

『準備はOK? お片づけの時間だよ!』

 

 右手に握った深紅の大型ハンドガン・ラッキーライラックへ景気づけに仮面越しでキスをしてから構えるとブリランテは颯爽と激しく掃除(たたかい)を開始する。

 変身したことでセーフティが解除されて実弾からパルスビームへと切り替わったラッキーライラックから撃ち出される弾丸が瞬く間に狼藉を働くレッサーデモンを蜂の巣にしていく。

 

『だらしないなぁ! 厚かましく真っ昼間から出てきたというのなら意地を見せてみなよ?』

 

 音楽隊の楽器のようにリズムよく銃声が響く。

 威力、弾速共に実弾よりも増した光の弾丸はブリランテの卓越した銃技によって瞬く間に卑しい本能のままに周囲を襲っていたレッサーデモンの群れを殲滅してしまう。

 残る脅威はただ一体。

 いままでレッサーデモンたちが成す術もなく銃火に倒れていくのを静観していたキャンサーデモンがついに動き出し、ブリランテと対峙する。

 

『少しはやるようだな。人間というやつはよくもまあ珍妙な玩具を幾つも思いつく』

『ありがとう。褒めても弾丸しかプレゼントできないけど構わない?』

『どこまでも無礼な奴だ。だがお前のような人間は嫌いじゃない……念入りに己が愚かさを矯正してやろう!』

 

 ブリランテの軽口を一笑に付し、キャンサーデモンはアスファルトの地面を踏み砕きながら腕の鋭い鋏を広げて襲い掛かる。

 異様な唸りを上げて振り下ろされた鋏は自動車を紙屑のように裁断しコンクリートの瓦礫を刺し壊して仮面の銃士に迫る。

 

『流石、上級は違うな。けどねえ!』

 

 胴を袈裟切りにせんと急接近する鋏の切っ先をバックステップで紙一重で避けるとブリランテはお返しに三連発のヘッドショットをお見舞いするが強固な甲殻の前に弾かれてしまう。

 

『効かんよ!』

『そのようで』

『ならばゆっくりと傲慢を悔い改めながら死を想うといい』

 

 戦闘における相性の良し悪し、どちらが有利に立つ側なのか明らかになってもキャンサーデモンは勝ち誇ることはなかった。攻撃の手を緩めることなく怒涛の勢いで鋭利な攻撃を継続する。

 

『遠慮しておくよ。蟹を食べるのは好きだけど、食い物にされるのは趣味じゃない』

 

 自慢の銃が効果を発揮しない相手にブリランテは挫けるとこなく攻撃を続ける。

 敵の甲殻を正面突破するのが難しいというのならばそれ以外の部分を狙うまでと背後に回りながら引き金を弾き続ける。

 

『見え透いた手だ。馬鹿め!』

 

 だがそんなブリランテの行動をキャンサーデモンが嘲笑うと背中から生えた第三の腕の鋏がまるで独自に意思を持っているような動きで彼女のことを突きに来る。

 

『おおっと! ただの飾りじゃなかったわけか……危ない、危ない』

『ほお。そういうお前も玩具の扱いが上手いだけというわけではなさそうだな』

 

 並の掃除屋ならばあっけなく顔面を刺し貫かれて死ぬであろう一撃をブリランテは寸前で蹴り飛ばすと崩れた態勢のままキャンサーデモンの背中をもう一蹴り入れながら転がって距離を置く。

 

『遠くからならば少なくとも負けないと思っているのだろうが残念だったな。オレはこういうことも出来る。カアァッ!』

 

 唐突に開かれたキャンサーデモンの口から吐き出される膨大な泡の奔流。

 危険を察して跳躍して上空に逃げたブリランテの杞憂は的中した。

 濁流のような泡を浴びた地面や建物があっという間に溶けていくのだ。

 

「よ、溶解液!? 滅茶苦茶だ……これが上級悪魔」

 

 ブリランテの代わりに離れたところで戦いを見守っていたユキトが驚いた。

 人知を超えた力の数々。

 恐るべき肉体と生命力。

 何よりも言語による意思の疎通が可能なのに絶対に相互理解が不能だと痛感させられる残虐性。

 

「勝てるわけない……こんな怪物に、ただの人間がいくら寄せ集まったって、勝ってこない。みんな死ぬ……!」

 

 こうしてその全てを目の前で見せつけられることでユキトは首筋に刃物を添えられたようなゆっくりと近づいてくる死を意識せざるを得なかった。

 だが――それでもだ。

 

「キッドォオオオ! 負けるな! 君は……君なら勝てるんだろう? そうなんだろう!? 頼む、頑張れ……勝ってくれえええ!!」

 

 いまの彼は信じた。信じることをやめなかった。

 昨夜、自分を救い上げてくれた銃士を。

 いまもこうしてただ独り、力なき多くの人々を守るため戦っている輝ける仮面の銃士のことを。

 何の力にもなれない無力な自分から目を逸らさず、ひたすらに唯一出来ることである全力の応援(エール)を喉が張り裂けようとも構わず送り続ける。

 

『もちろんだともユキト。ボクに任せとけ!』

 

 少女銃士は仮面の奥で大胆不敵に微笑んで力強く親指を立てた。

 さあ、戦いはここからだ!

 

『悪徳を重ねるなよ人間! 大法螺吹きもまた立派な大罪だぞ?』

『お気遣いなく。親しい人間を悲しませる嘘はつかない主義なのさ』

 

 気合を入れ直したブリランテはまるで十字を組むように左腕にラッキーライラックの銃身を添えるような独自のフォームで駆け出すと真正面から激しい連射を浴びせていく。

 甲高い着弾音をけたたましく響かせてキャンサーデモンの肉体から火花が散るが相変わらず大したダメージが与えられている様子はない。

 

『ウオオオオッ! これならどうだぁ!』

『チッ……無駄だというのに鬱陶しい真似をする』

 

 珍しく雄叫びを上げながら銃撃を絶やさず突撃するブリランテ。

 弾丸がぶち当たる衝撃に些か不快感を覚えるがキャンサーデモンはまだまだ余裕がある。そろそろ足の一本も斬り落として、じっくりと拷問を兼ねた制裁を味合わせてやろうかと算段していた時だった。

 

『奴の姿は……!? ええい、これが狙いか!』

 

湯水のように浴びせられる弾丸の嵐によって生じた火花や煙で自身の視界が著しく悪くなっていることに気が付いた。

 

『ご名答! ハッ! セアッ!』

 

 前が良く見えない事態に僅かに困惑したキャンサーデモンに生じた隙をついて硝煙の中から飛び出してきたブリランテの薙ぐような蹴りが炸裂する。

 

『ぐっ……!?』

『驚いたかい? 実は徒手空拳(ステゴロ)も意外とやる方なんだ』

 

 懐深く飛び込んだブリランテは相手の意表を突くと素早い連蹴りでキャンサーデモンの両腕を弾き払うとがら空きになった胴体にキレのあるキックを何度も叩き込む。

 

『銃の方がスマートだから滅多にやらないけど、結構刺激的だろう?』

『ハン! これだから人間は暗愚で滑稽だ。すぐに調子に乗って奢り高ぶる』

「ヤバい! キッドあの泡がまた出るぞ!?」

『遅い。焼け爛れて悶え苦しめ!』

 

 格闘戦で優勢を取り戻し方に見えたブリランテだったがキャンサーデモンは軽蔑した眼差しで口を開き大きく息を吸い込んだ。その光景にユキトが声を荒げて呼びかけるが時すでに遅し。ブリランテに向けて至近距離であの凶悪な溶解泡が放射される。

 

『待ちかねたよ。リフレクター・オン!』

 

 真っ白できめ細かい無数の泡がデモンの口から吐き出されるのを誰よりも待っていたブリランテが歓喜の声を上げる。同時に左の手甲に内蔵されたクリスタルが発光すると泡を阻むようにブリランテの目の前には六角形の光のバリアが展開された。

 

『な……にぃ!? ぬぅ、ぐぎゃああああ!?』

 

 驚愕の光景は続く。

 光の防護壁リフレクターによって防がれた泡はなんと吐き出した本人であるキャンサーデモンにはね返ってきたのだ。金属もコンクリートもお構いなしに溶解する自慢の泡を満遍なく全身に浴びてしまったキャンサーデモンは焼けるような激痛に絶叫を上げる。

 

『あ、熱いぃッ!? お、オレの身体が……おのれぇえええ!』

『人間の玩具を馬鹿にしていた罰が当たったんじゃない? ボクたちを舐めてくれるなよ』

『ぐがぁああ!?』

 

 泡に塗れた青い甲殻が煙を上げてボロボロと焼け爛れて崩れていく。

 激痛と怒りで錯乱状態のキャンサーデモンにブリランテは冷ややかな言葉を乗せて愛銃の引き金を引く。銃口から火を噴くラッキーライラックの連続射撃がお次は右腕と背中から伸びた第三の腕の鋏を撃ち砕いた。

 

『こんなことが……あってたまるかああああ!』

『逃がすと思って?』

 

 絶対の防御を誇っていた甲殻を失い、ブリランテの銃撃でまともなダメージが通るようになってしまった我が身に憤慨しながらもキャンサーデモンは上級悪魔に恥じない気概で反撃を再開する。

 何とかブリランテを引き剥がし態勢を整えようと後退を余儀なくする。しかし、ノリに乗りまくっているブリランテがそれを見逃すはずもなく彼女は近くの街灯を蹴って三角飛びで回り込む。

 

『えいやっ!』

 

 行く手を遮って着地した自分に動揺したキャンサーデモンの左肩に華麗な踵落としを繰り出してブリランテは相手を強制的に跪かせる。

 

『ぬあっ!? うぅ……ハッ!?』

『悪魔らしく、良い声で悲鳴(ない)てごらんよ?』

『あがが!? みぎゃぁあああああ!?』

 

 翡翠色の双眸に睨まれて、キャンサーデモンは己の心が人間相手に怖気づいていることを痛感する。

 そして、至近距離から嵐のように浴びせられる輝く弾丸の洗礼が恐ろしかった怪物を無慈悲に追い詰めていく。

 

『オ、オレは……オレたちは悪魔だ! 人間なんぞに後れを取ることなんてあってはならないいい!!』

『頭にカビでも生えてるのかい? 驕るなよな、化物風情がさ』

 

 敗北――迫りくる無情な現実を受け入れられずにみっともなくわめき散らして再度、泡による反撃を試みるキャンサーデモン。だが、そんな手は容易く読んでいたブリランテは敵の顎をサマーソルトキックで蹴飛ばすとこの戦いに幕を下ろすべく間合いを測る。

 

『デモンが好き勝手に振る舞う時代はとっくに終わったのさ。仮面ライダー(ボクたち)という天敵がいる現実をよぉく思い知れ』

 

 ラッキーライラックをホルスターに戻したブリランテは再びドライバーのシリンダーを展開すると今度は白銀の弾丸を装填して気前よく回転させる。

 

【Boost up! Just a Way!】

 

 電子音声が鳴り響き、ドライバーの歯車の動きが激しさを増すと膨大なエネルギーがブリランテの全身に満ち溢れていく。

 

『ボクという弾丸から逃げれるものなら逃げてみな?』

 

 キャンサーデモンに終焉を告げるかのようにブリランテの額にある鉢金と一体型のホーンアンテナがガシャンと音を鳴らしてスライド降下する。複眼の双眸は覆い隠され、ブリランテの仮面は苛烈な騎士のように面構えを一変させる。

 

『ハアッ!』

 

 静かに指鉄砲を作ってキャンサーデモンに狙いを定めるとブリランテは大地を蹴って空高く跳躍する。錐揉み回転をしながらキックモーションを作っていくブリランテの脚部にエネルギーが収束して輝きが爆発的に増してく。

 

『ファイア――!!』

 

 流れ星のような軌跡を描きブリランテの強烈な飛び蹴りがキャンサーデモンを撃ち抜く。

 ブリランテが決めた必殺の一撃。その名もシューティングハープスター。

 乾いた銃声にも似た直撃音を轟かせて炸裂した一撃は悪魔の肉体に大きな風穴を空けていた。

 

『ぐぉおおぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 驚愕と絶望と恐怖――情緒をミンチのように掻き乱されながらキャンサーデモンは苦痛に満ちた断末魔を上げて爆発四散した。

 

 

 

 

 雲一つない大空が黄昏色に染まる頃、変身を解いたキッドとユキトは大通りの中でも背の高いビルの屋上にいた。

 ブリランテが上級悪魔を退治したことでブルーヘイブンの街は安堵と歓声に包まれた。人々が事後処理に奔走する喧騒の中で目立つのを嫌ったキッドはユキトの手を引いてその場からすっ飛んで逃げだしていたのだ。

 

「全く、空気の読めないデモンのおかげでデザートを食べ損ねたよ」

「また君に助けられたね、ありがとう。だけどキッド……君は一体何者なんだ?」

 

 他愛のないことで唇を尖らせるキッドにユキトは神妙な面持ちで尋ねた。

 二人がいるビルの眼下では未だにパトカーのランプが夕闇に瞬き、復興に勤しむ人々の大声があちこちで飛び交っている。

 

「ただの掃除屋だよ。そうだね……主に上級悪魔を専門に取り扱っているって謳い文句を付け足すことになるけど。こっちこそ黙っていて悪かったね」

 

 帽子を取ったキッドはバツの悪そうな顔でぺこりと小さくユキトに頭を下げた。

 

「仮面ライダーっていうのは?」

「さあ? 正式名称はマスクドスイーパーシステムって話だけど、ボクにこれをよこした日系人のエンジニアがそっちの呼び名を名乗れってうるさくてね」

 

 やれやれと肩をすくめておどけてみせるがユキトの顔色は相変わらず曇ったままだ。

 無理もない。似合わない仕事に就き、今度は身分不相応な事件に足を突っ込みかけているのだ。

 

「ねえ、キッドは俺のことを頼ってくれたわけだけど本当に俺に君の力になれることはあるのかな?」

 

 短く、消え入りそうな声で彼は問いかける。

 彼女は自分よりも年下であるであろうに、ずっと強くて、逞しくて、大人びていた。

 そんな彼女に対して掃除屋としても人間としてもちっぽけで未熟な自分が一体何が出来るのだろう?月島ユキトの疑問は至極まともで正論だった。

 

「あるに決まっているだろう」

 

 ユキトの迷いに間髪入れずに、そしてどこか不満げにキッドは即答した。

 

「今回の依頼、ただでさえ情報が足りなくて頭を抱えてるんだぜ? 相談相手がいてくれないとボクはきっと知恵熱でも出してぶっ倒れちゃうさ。自慢じゃないがあんまり頭を知的に使うのは得意じゃないからね」

「は、はあ……」

「それに……ここまで仲良くなった君に急に居なくなられたら寂しくて調子も狂う。ボクの裸を見た仲じゃないか?」

「いや、そこはちょっと訂正を求めたいんだが!?」

「兎に角、乗り掛かった舟だろ? 途中下船だなんてカッコ悪いことするなよ。ユキトにはそんなの似合わないからさ」

 

 ユキトの背中を強く叩くとキッドは帽子を被り直して、にへらと笑って見せる。

 彼女の眼差しを受けて、ユキトは腹を括った。

 まだ何もない、何も成し遂げたことのない自分にどこまでも眩しい彼女がこんなにも信頼を向けてくれるんだ。せめて、その願いに裏切るほど情けない姿は見せられないと。

 

「分かったよ。俺のできる限りの全力で君についていくよ」

「よく言った! 昨日の夜にレッサーデモンに吠えた時と同じぐらい良い面構えだ」

「んん!? 待って、アレ見てたの!?」

「見たというか聞こえたというか? それで助かったんだから結果オーライだろう」

「……最悪だ」

「まあまあカッコよかったさ。さて、じゃあ早速だけどユキトに新しい重要な仕事を任せよう! 美味しい夕食が食べれる店に連れて行っておくれよ。今度はお肉料理が良いかな」

「またかよ!? たはは……お安い御用で」

 

 これは俺、月島ユキトが出会った輝ける銃士とのほんの小さな物語。

 小さな頼れる背中を追いかけて、俺はほんの少し軽くなった一歩を踏み出した。

 だけど、この時はまだ知らなかった。

 ブルーヘイブンに巣食うおぞましい邪悪はまだ牙を剥き始めたばかりだったということを。

 

 

 





ここまでお読みくださりありがとうございました。
作者のマフ30です。
仕事の多忙によりしばらく活動を休止しておりましたがようやく執筆時間を確保できる程度にプライベートが落ち着いてきたのでリハビリがてらの短編作品を作成するに至りました。
本作は書いてもあと二話ほどの短いお付き合いになるとは思いますが何卒よろしくお願い致します。
あと、これは完全に作者の趣味ですが本作のライダーのギミックやガジェットの名称には競走馬の名前を多用させてもらっていたりします。
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