仮面ライダーブリランテ   作:マフ30

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後編 煌めくキミに……

 

 これはほんの少し昔のお話です。

 たくさんの大切なものを手に入れた女の子のお話です。

 たくさんの大切なものをイジワルな悪魔に奪われたあとのお話です。

 

 大好きな先生を奪われました。

 大好きなお友だちを奪われました。

 大好きな孤児院(おうち)を奪われました。

 

 大切な思い出を奪われました。

 大切な幸せを奪われました。

 大切な未来を奪われました。

 

 たくさんの大好き、たくさんの大切、それに自分の手足、みんな奪われてしまいました。

 女の子はどうなりましたか?

 大好きな先生やお友だちと一緒に遠いお空の向こうへと旅立ってしまいましたか?

 

 いいえ。

 女の子はいきていました。

 いかされていました。

 秘密結社(不思議なすごい力を持った大人たち)の思いつきでいかされていました。

 

 失くした手足を死んでしまったお友だちたちのモノで取り繕って。

 失くした臓腑を死んでしまったお友だちたちのモノで取り繕って。

 それから結社(大人)たちからささやかなプレゼントをひとつまみ。

 

「さあ、起きなさい。■■■■■■■・■■■■■。君には二つの選択肢がある」

 

 こうして女の子は死ぬことはありませんでした。

 ずっと眠っていた女の子は寒く厳しかった冬を越え、暖かで優しい春が来た頃に目を覚ました。

 ですが元気になった女の子のことを喜んでくれる人は一人もいません。

 なにせ、全員死んでしまったのですから。

 

 何もかもを教えられた女の子は泣きました。

 たくさん、たくさん泣きました。

 涙が出なくなっても、喉が枯れて声が出なくなってもたくさん泣きました。

 とても、とても悲しみました。

 

「君の悲しみは正しいものだ。だからこそ、我々は君に二つの選択肢を与えよう」

 

 たくさん泣けばお腹が減ります。

 たくさん泣けば疲れてしまいます。

 やがて女の子はぐったりと倒れ込んでしまいました。

 

 女の子はどうしましたか?

 

「一つ目はこのまま我々の実験材料としてその貴重な肉体を捧げること」

 

 先生やお友だちに会えるかもしれないと瞳を閉じて睡魔に身を委ねましたか?

 

「二つ目はその特異な肉体を活用して悪魔を駆除する戦闘人形となること」

 

 大人たちに食べ物を与えられて、人形のように生かされましたか?

 

 女の子はどちらを選びましたか?

 

「どっちもお断りだ。あの悪魔(クソ野郎)どもをぶっ飛ばすだけじゃ全然足りないんだよ」

 

 女の子は自分の答えを決めました。

 自分だけの答えを決めてしました。

 

「ボクはみんなの分までたくさん楽しんで、悲しんで、思いっきり生きるんだ」

 

 女の子は自分の手でパンを取ってもりもりと食べました。

 ミルクもごくごく飲みました。

 必要なものは自分の意思と力で手に入れる。

 先生と出会う前からの女の子にとっての普通を思い出して、彼女は決めていました。

 

「ボクのことを利用したいのなら使えばいい。その代わり、ボクもお前たちのことを活用させてもらう……それで文句ないのなら交渉成立だ。OK?」

 

 この空腹も、悲しみもいまは女の子しか感じることはできません。

 夜の寂しさも、痛みも、この世界で生きて感じる何もかもがそうです。

 だから――彼女はみんなの分まで思いっきり生きようと決めたのです。

 いつかの昔には嫌いだったお日様の輝きを見ながらそう決めたのです。

 

 

 

 

 嗚呼、愛しき御方よ。

 お許しください。お許しください。

 貴方に及ばぬ我らが愚かさをお許しください。

 貴方に憧れる我らが不遜をお許しください。

 

 嗚呼、愛しき御方よ。

 お許しください。お許しください。

 貴方へ奉ずる供物の貧しさをお許しください。

 貴方へ満たす献身の拙さをお許しください。

 

 嗚呼、嗚呼、愛しき御方よ。

 どうか罪深き我らに導きを。

 嗚呼、嗚呼、愛しき御方よ。

 どうか罪深き我らに祝福を。

 

 嗚呼、愛しき御方よ。

 お叱り下さい。お叱り下さい。

 貴方へ供する信仰の物足りなさをお叱り下さい。

 貴方へ焦がれる親愛の不足をお叱り下さい。

 

 貴方のように、貴方たちのように成れない

 罪深き私たちにどうか、どうか祝福をお授け下さい。

 

 

 

 

「……っ」

 

 キッドは静かに目を覚ました。

 オクトパスデモンを撃破したのも束の間、空を飛ぶ鮫に連れ去られていつの間にか意識を失っていたようだ。

 

「……」

 

 慌てず騒がず、まずは状況の確認。

 項垂れた頭は上げずに瞳も閉じたまま、いまだにぼんやりとした意識を澄ませて自分の置かれた状況を探る。

 

(指先に感覚がない。痺れ薬でも盛られたか? すぐに殺されなかったのは幸いだけど、ますます状況がよく解らないぞこれ(・・)は……)

 

 沈殿したような重く感じる空気から恐らく自分は屋内にいるのだろうと予想を立てたキッドの身体は椅子に座らされ厳重に縄で縛られていた。更に厄介なことに何らかの薬物で体の自由が奪われていた。

 

(とはいえ、もしも悪魔たちが徒党を組んでいるのなら恨み買いまくっているボクのことを特殊な方法で念入りに殺すために趣向の一つも凝らすかな? あー……ダメだ。思考が定まらないよ、なんだこの酷い臭い)

 

 この自分の状況こそが彼女を困惑させた。

 一連の事件が悪魔だけの企てなのであればこんな面倒な手順を踏まずに自分はすぐさま食い殺されていたであろう。

 それがこんな風に拉致監禁されているということは――。

 

「顔を上げたらどうかしら? 狸寝入りの必要はもうなくてよ掃除屋さん」

 

 周囲一帯に漂う鼻が曲がりそうな悪臭に内心で悪態をついているとキッドは聞き覚えのある女性の声で話しかけられた。

 

「はぁ……確かに教会ではちょっとお行儀が悪かったと自覚はあったけど、ここまでされること――か、な?」

 

 声の主にそれほど驚くことなく、何時もの調子で顔を上げたキッドだったが視覚から飛び込んできた衝撃的な情報の前にたまらず血相を変えた。

 

「くすくす♪ いい表情(かお)よ♪ ようそこ無垢なる奴隷たち(ホワイトスレイブ)の夜明けへ! ちょうどミサの最中でね、あなたも我らが主にお祈りをしていくといいわ」

 

 キッドの驚愕も無理はなかった。

 シスター・アビゲイルは一糸纏わぬ全裸の風貌に作り物の山羊の角と蝙蝠のような羽根を背負った珍妙ないでたちをしていたのだから。

 

「あの……個人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、なにそれ?」

 

 昨日出会った時の彼女は確かに敬虔で知的な雰囲気のする女性だった。

 けれど、いまキッドの目の前にいる彼女の格好は奇抜を通り越して奇怪そのものだ。

 

「解らない? 解らないのね。嗚呼、愚かね。本当に愚かな子。私どもの信奉を見て少しは敬虔になりなさいな」

 

 普段は纏めてあるアッシュグレイの長い髪も下ろしたままアビゲイルは自分が裸であるという認識がないのではないかと疑いたくなるような自信と気高さに満ち溢れた佇まいで豊かな乳房を大きく揺らしながら背後にある鉄の扉を開いた。

 

「う、っぷ……なんだこれ」

 

 勢い良く開かれたから扉の向こうから押し寄せる不快極まる臭気に顔をしかめながら、その光景を目にしたキッドは理解が及ばないことを隠さず呟いた。

 彼女の視界の先にはおよそ常識や普通という概念は一切存在していなかったからだ。

 

「ご覧なさい私どもの悪行(ぜんぎょう)を! どれもこれも素晴らしいものばかりでしょう?」

 

 扉の奥はかなりの面積がある広間だった。

 中央には悪魔のオブジェが屹立した大きな丸型の噴水のような物があるのが見える。

 まともなのはそれだけだ。

 

 広間にいる人間たちは男女の区別なくみんなアビゲイルと同じで全裸に作り物の角と羽根を身につけて滑稽な悪魔の真似事をしている。そして、皆が理性が蒸発したように常軌を逸した外道と奇行の数々を謳歌しているのだ。

 

 ある者は人目も憚らず中毒者のように淫行に耽っていた。

 ある者は水ではなく夥しい量の人血が溜まった噴水の中で行方不明になっていた掃除屋の人間を恍惚と殺戮していた。

 ある者は殺めた人間の肉を獣のように貪り食んでいた。

 ある者は殺めた人間の遺体を解体して、およそ常人には美点が見出せない芸術品もどきを組み立てて悦に浸っていた。

 そればかりではない。

 天上の上にはまるで蝙蝠のように無数の下級悪魔たちが犇めき合っていた。

 人間と悪魔が共存している空間――常識の埒外である以外の何物でもなかった。

 

「地獄かな、これ?」

「いいえ、楽園よ。私どもにとってのねえ。そして、信奉と試練の場でもあるのよ」

 

 そこに法は無く、理は無く、善は無く。

 あるのは狂気と悪意と欲望の濁流だった。

 その証左の如く、血と臓腑と淫靡が混ざり合った悪臭が広間には充満していた。

 

 さしものキッドも冷や汗を浮かべて言葉を詰まらせているとその傍らでアビゲイルはまるでこれは善いものだと断言するように言い放つ。

 

「腑に落ちない点はいくつかあるけど、今回の掃除屋たちの失踪事件の真相がようやく見えてきたよ。つまり、アビゲイルさんたちはその……悪魔崇拝者たちってことでいいんだよね?」

「その呼称は気に入らないけど、そう思ってもらって結構よ」

「なんでまた……って、質問は不敬かな?」

「あら? 少しは謙虚な姿勢が出来たのね。よくてよ、特別に教えてさしあげます」

 

 周囲からは悲鳴や嬌声、怒声に哄笑が折り重なって木霊する異様な空間の中でアビゲイルはよく通る声で語り始めた。

 この地上に救世の神など存在しない。

 どんなに祈り、清貧に努め、自らを律しても世界はよくなる兆しを見せない。

 故に悪魔に救いと信奉を見出したのだと。

 人間とは異なる威容を持ち、人間を遥かに凌駕する力を有した悪魔こそが真に我々を導く救い主なのだと。

ホワイトスレイブの夜明けはそんな悪魔に魅入られた人間たちが集まって生まれた団体なのだ。

 

「ご清聴誠に感謝いたします。私どもの理念はよく解ったかしら?」

「概ねは。つまり、ボクのことをわざわざ生け捕りにしたのも生け贄にするつもりだからってことでいい?」

「ええ、そうよ。察しの良い子は好きよ」

「そりゃどうも。生け贄の権利を主張して一つだけいいかな?」

「どうぞ」

「ここ換気扇つけない?」

 

 当初こそ目の前で繰り広げられる常軌を逸した背徳の数々に面食らって気後れしていたキッドだったがホワイトスレイブの夜明けの正体や彼らが秘密裏に暗躍していた事情を語り聞かされている間になんとか冷静さを取り戻せていた。

 

「うふふ」

「にはは」

「誰が笑っていいだなんて言った!!」

 

 そして、何気なくおどけて飛ばした軽口をアビゲイルはにこやかに受け止めると笑顔を貼り付けたまま突如として力任せにキッドのことを平手打ちで椅子ごと横薙ぎに倒してしまった。

 

「ぐっ……!?」

「この不敬者が! 身の程を弁えろ! この! 弁えろ! 弁えろ! 弁えろ! 弁えろォ!!」

「が!? ごっ、おぶ!? ごほ! うっ……げほ!?」

 

 縛られて抵抗できないキッドの腹を目掛けてアビゲイルは癇癪を起した子供のように何度も何度も蹴りつけた。嗚咽混じりに咳き込むキッドの苦悶に歪んだ顔を見て更に暴行を加熱させようとアビゲイルは足に込める力を強めた。

 

『止めろ。我が供物となる人間をそれ以上足蹴にして汚すことが許されるとでも思っているのか?

 

 突然、第三者の声がした。

 広場の最奥。

 石造りの階段の上に設けられた玉座に腰かける異形がキッドへのアビゲイルの折檻を制止させたのだ。

 

 

 

 

 時刻は少し遡る。

 キッドのナビゲートを終えたユキトもまた用意できる装備を整えると自宅から工業エリアへと急行していた。

 道を急ぐ途中で彼の脳裏には間を置かずに現れた第二の上級悪魔を筆頭にいくつかの違和感が浮かんでいる状態だった。

 

(やっぱり何かが変だ。こんなにもタイミング良く、丁度掃除屋がうろついている場所に悪魔が……それも上級が出現するだなんて)

 

 昼間にギュスターヴが教えてくれた彼が請けた依頼内容を聞かされた時から感じていた奇妙な引っ掛かりがもう少しで取れそうな時だった。

 偶然にもユキトは負傷した身で街の中心へと急いでいたギュスターヴと出くわしたのだ。そして、そこでキッドが上級悪魔を倒した矢先に別の悪魔と思われる空飛ぶ鮫によって誘拐されたことを聞かされた。

 

「キッドが……」

「確かに伝えたからな。あ~痛ってえな! 全く文字通りの骨折り損だぜ」

「待ってくれギュスターヴ」

「あ?」

「キッドとあんたが話した内容が確かなら、本当にホワイトスレイズの夜明けは上級悪魔のことを何も伝えずに依頼を受けさせたんだな?」

 

 折れた片腕の痛みに渋い顔をして立ち去ろうとするギュスターヴを呼び止めて、ユキトはキッドも驚いていた彼が引き受けた依頼に隠された疑惑を見つけ出した。

 

「何度もそう言ってるだろうがよ! それがどうした?」

「俺たちは見落としていたかもしれない」

「は?」

「いや、掃除屋組合の代行って肩書のせいで疑う選択肢すら思い浮かばなかったんだ」

 

 一筋の冷や汗を拭って、ユキトは表情を強張らせた。

 こんなことがあり得るのだろうか?と。

 しかし、ずっと探していたパズルのピースを見つけ出したようにユキトの脳内ではここまでにあったいくつかの謎がこの瞬間に全てが繋がっていたのだ。

 

 あまりにも情報や痕跡が無さ過ぎる少なくない掃除屋の失踪者たち。

 狙い澄ましたかのように出現した上級悪魔。

 人気がなく、都市部と比べたら必要性が感じられない区画の警備依頼。

 新たに外からやって来た掃除屋に伝達されていなかった上級悪魔の出現。

 

「ホワイトスレイズの夜明けは何かを隠している。行って確かめるしかないな」

 

 キッドが囚われている裏側でユキトは僅かなヒントから自力で今回の事件の背後で暗躍していた彼らを探り当てていた。

 

「おい。ちょっと待てや新米。仮にお前の推理が的中していたりしたらよぉ、あの教会は敵の巣窟だ。お前みたいなのが一人でのこのこ顔を出したら死ぬぜ?」

「かもしれない。けど、こうしている間にもキッドが危ない目に遭っているんだとしたら、行くしかないだろ」

 

 ギュスターヴの指摘は正しいものだった。

 もしも本当にホワイトスレイズの夜明けと悪魔に何らかの繋がりがあるのならばその両方を敵にしなければならない。

 

「正気かテメエ?」

「もうイカれているかもしれないな。けど、キッドが助けてくれなかったら俺はとっくに死んでる。彼女を助けるために使い惜しむ命じゃないさ」

「おい」

 

 どんな過酷な真実が待ち構えていたとしてもユキトの決意は揺るがなかった。

 拳銃のセーフティを解除するのを皮切りに自分の装備を確認しながら教会へと足を向けた彼にギュスターヴは何の脈絡も無く謎の鍵を投げ渡してきた。

 

「まだなにかあるのか……って、なにこれ?」

「俺が使っている宿の鍵だ。ちょっとだけ寄り道しろよ、良いモン貸してやる」

「なんでまた?」

「ついでに昼間のことは詫びておく。悪かったな……俺だって気合のある奴は嫌いじゃない」

 

 ギュスターヴの突然の謝罪と協力にユキトは困惑するばかりだ。

 けれど、はたとキッドの言葉を思い出し一人で納得をしてみることにした。

 

「あ、ああ。どうも」

「悪魔退治に大事なことを教えてやる。あいつらもあれで生き物だ。ということはだ……デカい音にビビる」

 

 ユキトの胸中など知る由もないギュスターヴは得意げに自分が首に下げていたヘッドホンを彼に押し付けると荒っぽい笑みを見せていた。

 

 

 

 

 ホワイトスレイブの夜明けの敷地内に秘密裏に築かれた地下祭壇上広場にて、キッドに一方的な暴行を加えていたアビゲイルを制止した謎の声はゆっくりと立ち上がりその姿を晒した。

 

『吾の信者が粗相をしたな。悪く思わんでくれ、彼奴らにとって吾らは神をも超える位置にある尊敬の的だと言う』

 

 それは悪魔と呼ぶには気品と威厳を有した声をしていた。

 篝火の代わりに設置された、いくつもの照明に照らされたその異形は鮫の特徴を色濃く持つ人型の上級悪魔であった。

 

『とはいえ、そなたを客としてもてなすつもりもない。そなたは供物だ。掃除屋だったか? 吾らのことを掃いて捨てるしかない塵屑のように定義する不遜さは一周回って感心を抱くぞ。ハッハハハハハ――!!』

 

 上級悪魔・シャークデモンの高笑いが木霊する。

 その哄笑が響くのを合図に広間にてそれぞれ凶行に耽っていた狂信者たちは皆一同に平伏して悪魔を称え敬い始める。

 

「随分と彼らに慕われているんだね。一体何をしたの? お給料でも増額してあげたの?」

「貴様!!」

『よい。この者は吾の同胞を葬った優れた戦士だ。例え敵であれ、供物であれ、相応の礼を尽くすのも一興だ』

 

 椅子に縛られて倒れたまま、軽口を叩くのを止めないキッドに激怒して今度は頭を踏みつけようとしたアビゲイルをシャークデモンや穏やかに制止すると一連の事件の真相とも言える彼ら悪魔とホワイトスレイブの夜明けとの間に交わされた契約を語り始めた。

 

『吾ら三者はこの者たちにが執り行った儀式によってこの地に招かれた。そして、ある一つの契約を交わしたのだよ』

「へえ……興味深いね。ご信者さんたちの乱痴気騒ぎを見る限りよっぽど素敵な契約をしたのかな?」

『供物よ、そう嫌味を言ってやるな。確かに常人が見れば滑稽すら見えるかもしれないが彼奴らは本気でやっているのだ』

「まあ、確かにあの恰好で素面の相手の前に出るのは相当な勇気がいるよね。まだ貝殻で作った水着でビーチに繰り出す方がマシだ」

『そのようにコケにしてしまっては哀れであろう。第三者から見ればどれだけ陳腐な茶番に見えようとも一つの物事にああも真剣に向き合えることは……嗚呼、確かにそなたたち人間社会においては類稀なる信仰心なのだろう。敬意を払うといい』

 

 まるで祖父が孫に諭すような優しい口調で、それでいて他人事のような口振りでシャークデモンはキッドに言う。絶望的な状況で弱みにつけ込まれないためにも悟られないように平静を装い続けていたキッドもこれまでに戦った二体の上級悪魔とは毛色の違うこの悪魔に言い知れない不気味さを感じていた。

 

『いかんな、聞き手の反応が面白いとつい脱線して余分なことを喋ってしまう。それで契約の内容だがな……彼奴らは吾らに勇士の命、つまりはそなた達掃除屋と呼ばれる人間を招き差し出すとことを供物として用意した。そして吾らはその見返りに吾らを救世主として信仰することの許可を代価として与えたのだ』

 

 ついに明かされたブルーヘイブンの裏側で企てられていた事件の真相。だが、その約条の内容の不自然さにキッドは首を傾げた。

 

「それ……悪魔側にメリットあるの?」

 

 まだ痛む腹部に小さく呻きながらキッドは問いを投げかけた。

 その疑問は不思議なことではなかった。

 ホワイトスレイブの夜明け側が掃除屋の命を殺めて、首なり心臓なりを捧げものにするというのなら、まだ理屈としては分かりやすくなるのだが団体が提供しているのは掃除屋を拉致して殺害するまでの御膳立てだ。

 余りにも回りくどく、それでいて利益が分かりづらい内容の契約がキッドの中では引っ掛かっていた。

 

『人間と人間の間で結ばれる契約であるのならば確かにフェアではないだろう。だがね、供物よ……こと吾らにとっては儀式と契約、そして生贄とその成立の結果は大きな意味があるのだ』

 

 くつくつと鋭い牙が生え揃った口元を緩ませながら語らうシャークデモン。だが、次に語られる話の内容はキッドの肝を冷やすのに十分過ぎるものだった。

 

『契約が複雑で難解なほどに、生贄が質量ともに上質であるほどにそれらが無事に完了を迎えた時に吾らには絶大な恩恵が与えられるのだよ。分かりやすく言えばより強力な個体として進化することが出来る』

「……っ!?」

『ほお! 供物よ、そなたもそのような怯えた顔が出来るのだな!! ならばよし!! 此度の顕現にも十分な意味があったと言う物だ!!』

 

 シャークデモンは側面に鋭利で長いヒレのような突起物が生えた両腕で楽しそうに拍手を叩きゆっくりとキッドの元へと歩を進め始めた。

 

「嗚呼! 我らが尊き主よ! 今宵も私どもの供物と信仰を受け取ってくださるのですね!」

『無論だ。供物よ、悪く思うなよ。そなたと語らうのは存外に面白く、勿体ないとは思うが……契約者たちの誠意を無碍にするほど吾は横暴ではない』

 

 ゆっくりと近付いてくるシャークデモンにアビゲイルを始めとした狂信者たちが恍惚とした叫びを上げて熱狂する。

 理性の箍が外れた人間たちの狂奔に当てられたのか下級悪魔たちも不気味な雄叫びを上げて地下広間の大気をビリビリと震わせる始末だ。

 そんな中で処刑台に上げられた哀れな子羊状態のキッドはまだ痺れ薬の影響で満足に動けずに縄を抜けようともがくこともままならない。

 

「ボクも掃除屋のはしくれだ。こうなっちゃあ覚悟を決めよう。でもまだ気になっていることがいくつかある。それには答えてくれないだろうか? 取り急ぎ、どんな風に殺されるのかな?」

『安心したまえ。ただの一手で心臓を潰す。痛みは殆どなく眠るように死ねるだろう』

「意外だね。もっと惨たらしく殺されると思っていたよ」

『だが、遺体はそのまま彼奴らの信仰活動に用いられるがね』

「それはちょっとイヤだなぁ」

 

 けれどキッドはあきらめない。

 一分でも、三十秒でも、いや十秒でもいいから時間を稼ごうと唯一自由に動かせる口を懸命に回して自分に迫る死を先延ばしにしようと試みる。彼女だけは地鳴りのような狂った大合唱に紛れて聞こえる一つの音を聞き取っていたから。

 

「……もう一つ、聞いても?」

『何かね?』

「このブルーヘイブンに数年前から悪魔がよく出現するようになったのもあんたらの仕業?」

『ふむ。仕業というほど何もしてはいないが……吾らの顕現によってこの世界と吾らの住まう異界(くに)を繋ぐ道が通りやすくなったのは事実だね』

「なるほどね」

『納得のいく答えを与えることが出来ただろうか? そろそろお別れの時だ』

「そうだね。だ……そうだよ、ユキト!!」

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 閉ざされた鉄扉をぶち破って突っ込んできたクイックワンダーに跨るユキトは巡り会えるとは思ってもみなかった仇たちへと左腕に抱え込んだ重火器の矛先を向けて、トリガーを強く引いた。

 

「食らえええええ――!!」

 

 ユキトが携えてきた重火器――真紅に黒と黄のクロスラインが施されたガトリング式機銃が炸裂した。それはクイックワンダーのリアボックスに格納されていたブリランテの持つ専用武器の一つ、銘をグランアレグリア。

 

「アッハハハ! いいぞ、いいぞ! もっとぶっ放せユキト!」

「おおおおおおお!!」

 

 アビゲイルに蹴り倒されて椅子ごと低い位置にキッドがいたことも幸いして、人間も相手にしなければならないため専用の硬質ゴム弾を装填したガトリングはおぞましい奇声を掻き消す轟音を響かせて狂信者たちを薙ぎ倒していく。

 この秘密の地下広場が第三者に露見することなどまるで考えていなかったホワイトスレイブの夜明けの人間たちは成す術も無くグランアレグリアが怒涛のように撃ち出すゴム弾の台風に鎮圧されていく。

 連射性が違う。

 次元が違う。

 悪辣な意思を以って二人を追い詰めていた試練を轟くグランアレグリアの暴力的な連射が破壊する。

 それはまるで絶望的な状況においても決してあきらめなかったキッドと期待に応えたユキトへ向けられた反撃開始を告げる大歓声のようにも聞こえた。

 

『ギキィイイイイイイィ!』

 

 だが、例え人間は制圧が出来ても悪魔はゴム弾では倒せない。

 敵襲に殺意が高まった下級悪魔たちが一斉に飛び掛かってユキトに迫る。

 

「切り札を使わせてもらうぞ! ギュスターヴ!」

 

 けれど、ユキトも無策で乗り込んできたわけではない。

 いや寧ろ、地上の施設に残っていた狂信者たちをほぼ一方的に戦闘不能にした背中に背負う秘密兵器を迷わず使用する。

 

『ギ、ギイィイア……アアアアア!?』

 

 ユキトが背負ったコンテナのようなものから伸びた砲のような特殊スピーカーから響き渡る音波を耳にした悪魔たちは次々に涎を垂らしながらもがき苦しみ墜落してく。

 悪魔たちは何も爆音に苦しんでいるわけではなった。

 ギュスターヴ秘蔵のこの音波兵装から発せられる多数の波長の音から悪魔が苦手とする音色を放っているのだ。無論、調整しだいで猛獣から人間まで解析されている生物であればどんな生き物の苦手な音色も出せる優れモノである。

 

「相変わらずえげつないな音波砲(サウンドブラスター)! にしても、よく貸してくれたねアイツ」

「キッドの言う通り、口は悪いけどいい人だったよ……待たせたね」

 

 音波攻撃で行動不能に陥った下級悪魔たちを実弾に切り替えたグランアレグリアで駆逐してユキトは縄をほどいてキッドを解放する。

 

「本当だよ。ちょっとヒヤヒヤした」

「……来ないと思ったかい?」

「まさか! 伝言を聞き忘れたとは言わせないよ? 信じてたさ」

 

 頬を腫らして、あちこち傷つきながらも不敵に笑うキッド。そんな彼女の姿にユキトは言葉にできない安心感と達成感に満たされるような心地だった。

 

「動けそう?」

「ちょっとキツイかな。痺れ薬を飲まされたみたいでね……外套の内ポケットに解毒薬があるから代わりに出してくれない?」

「分かった」

「フフン……変なところ触らないでよね?」

「触るほどないだろう? ほら、これだな」

「むぅ? ユキトのくせに言うようになったね。とはいえありがとう、専用のじゃないけど、飲めば少しはマシになるよ」

『招かれざる客……というわけではないようだね。そなたも掃除屋のようだ』

 

 一安心も束の間、僅かに静寂を取り戻した地下に耽美さすら感じる悪魔の声が響く。

 あれだけのガトリング砲の連射のただ中にいてシャークデモンは傷一つ負うことも無く、堂々とキッドたちと対峙していた。

 

「お前が黒幕なんだな?」

『厳密には不適格な表現だがこうして吾一人が最後に残ったのだ。陰謀の首魁を称するのもやぶさかではない』

 

 グランアレグリアを構えて警戒するユキトにシャークデモンは朗々とした様子で答える。一見すれば相互理解を深められそうな錯覚を起こしてしまいそうなほど穏便な物腰だが全身から迸る殺気はおそらくナメクジでも察するほどに濃厚だ。

 

「ちょっとボクたちに分が悪かもだね。一時退却が最適解だとは思うけど……あいつ、空飛ぶ鮫にも化けられるみたいだ」

「なら、戦って勝つだけだな」

 

 いまこの一夜だけでも一切の迷いを振り払ったユキトはまだ万全ではないキッドを後ろに下がらせるとゆっくりとグランアレグリアを地面に下ろした。そして、代わりに解毒薬を取り出すときにこっそりと拝借したハーツドライバーを片手に握り締める。

 

「なっ! おい、ユキトそれは……!?」

「ごめんキッド。でも、ここで俺が踏ん張らなきゃ共倒れだ。それにあの夜の恩返しにはこれぐらいやらないとね」

 

【Start up! Heart's Cry!】

 

 腰に巻かれたベルトを感慨深げに見つめて、腹を括ったユキトは不慣れな手つきで――だけど自分でも信じられないくらい勇気に満ちた心のままに金色の弾丸をシリンダーに装填して叫ぶ。

 

「変身!!」

 

 心からの叫びに呼応するようにベルトから解き放たれた眩い光が月島ユキトを仮面の戦士へと変えていく。相対するシャークデモンはそれを愉快そうに目を細めて待ち構えていた。

 

『いくぞ! 俺も……準備OKだ!』

『全く、今夜は賑やかなことだ。よろしい、徹底的に歓迎してあげよう!』

 

 ユキトが変身した赤い双眸をしたブリランテが地を蹴って猛然と飛び掛かると渾身の拳をシャークデモンに打ち込んだ。

 敢えて、真っ向から攻撃を受けたシャークデモンに戦うことに必死でその思惑など知る由もないブリランテは矢継ぎ早に打撃技を放ち続ける。

 

『うおおおおお! この! これで! どうだ!!』

『そなたの声色に嘘偽りが無いのなら全身全霊の攻めと見受けるが……まるで児戯だな』

 

 砂煙を巻き上げながら拳を、蹴りを打ち込み続けたブリランテだが冷めた様子で吐き捨てられた敵の言葉に動揺して一瞬動きが固まる。それは大きな命取りだ。

 

『シャア――!』

『ガッ、ハ!?』

 

 ガラ空きになった脇腹に打ち込まれた手刀はブリランテの人体をミシリとくの字に曲げたかと思うと数秒の間を置いて遥か後方の壁際へと吹き飛ばした。

 

「ユキト!?」

『ぐぅう……なんてパワーだ』

 

 信じられない一撃を食らった自分を案じるキッドの叫び声にユキトは脂汗が滲むほどの痛みを堪えてなんとか立ち上がる。

 

『構え給え。自慢のヒレを用いればそなたを切断することも出来たと言うのにわざわざただの打撃に留めておいてあげたのだよ。先の威勢だけは及第点と思っているんだ……もっと闘争を愉しもうじゃないか?』

『うぅ……おおおお!?』

 

 そこから先の戦闘はおそよ戦いという体を成していなかった。

 一方的な蹂躙である。

 海の中で丸腰の人間が獰猛な鮫に太刀打ちできないようにブリランテは根性一つを頼みにどうにか踏ん張るがあっという間にシャークデモンに圧倒されてしまう。

 

『ぐぅお、おお……!?』

『吾の同胞二人を破ったわりには他愛のない力だな。どうした来ないのかね? 奥の手があるのなら出し惜しみせずに使っても良い。うっかり死なれては興ざめ故な』

『く、そおおおお! 望み通り、蜂の巣にしてやる!!』

 

 赤子の手を捻るように叩きのめされ、無様に地面を蹴り転がされるブリランテは悔しさを押し殺しながらシャークデモンの要望に応えるかのように置きっぱなしになっていたグランアレグリアを拾い上げるとすかさず発砲。銃弾の雨霰を浴びせる。

 

『これはなかなかのものだ。しかし、うむ……残念だが人間(そなた)の方が付録であったかな?』

『なにを!? うわあっ!?』

『折角本気を出してあげようと思ったのにこんな調子ではすぐに壊してしまうなぁ』

 

 ガトリングの発射音と着弾音の二重奏を遮ってシャークデモン側から放たれ謎の発射音を聞き取れた時には水で形成された弾丸がブリランテを撃ち抜いていた。

 煙の中から姿を現した上級悪魔は驚くべき変化を遂げていた。

 

『なんだその姿……お前、鮫の悪魔じゃないのか?』

『だからね、言ったではないか。吾らにとって契約完了の恩恵は絶大だと……いまはまだ八割ほどの成就であるがこのように力の前借程度は可能なのだよ』

 

 そこにいた悪魔は既にシャークデモンではなかった。

 鮫の特徴をそのままに、更に加えて胴や双肩を覆う蟹を思わす強固な甲殻の鎧を纏い、蛸の足めいた触手のような髪を伸ばした形態へと不完全ではあるが進化を遂げていたのだ。

 更に驚くべきは両手に握られているノコギリザメを模した銃剣付きのライフルのような武器だ。シャークデモン改め、シーキングデモンは傲慢なゆとりのある佇まいで強かにブリランテを嬲り倒す。

 

『恰好いいだろう? 後ろの供物が使っているものに興味が湧いてね、即席で作ってみたんだ。悪いが性能を試させてもらうぞ!』

『がぁああああ!?』

 

 堅牢な甲殻で弾丸を弾き飛ばしながら肉薄したシーキングデモンは強力な吸盤を有した頭部の触手を巧みに操ってブリランテからグランアレグリアを奪うと丸腰の彼を二挺の銃剣で滅多切りにする。

 

『それからこうか?』

『あが、っあああ!?』

 

 満身創痍でよろめくブリランテを情け容赦なく海水で出来た弾丸が襲う。

 水とは言え恐るべき勢いで発射されるそれはコンクリートを簡単に穴だらけにする威力を秘めてブリランテをハチの巣にするとついに彼は糸が切れたマリオネットのようにその場で崩れ落ちる。

 

『おっと、簡単に倒れてくれるなよ。並みの人間ではすぐに形を留めることも無く壊れてしまう故にこういう遊びは余り出来なくて物足りなかったのだ。もう少し付き合って貰おうか』

「その前に選手交代のお知らせだよ」

 

 ブリランテに伸びるシーキングデモンの腕にほぼ同時に直撃する弾丸四発。

 それは紛れも無く痺れ薬から回復したキッドが握るラッキーライラックから撃ち出されたものだった。

 

『キッド……ごめんよ、頑張ったつもりだったんだけど』

「ナイスファイトだ。お疲れ様ユキト……あとはボクに任せておけ」

 

 響く足音に躊躇はなく。

 見据えた眼差しには凛々しさが満ち溢れ。

 力及ばず敗れたユキトからハーツドライバーを託されたキッドは帽子と外套を脱ぎ捨てると勢い良く腰に巻きつける。

 

『自己犠牲の精神というものか? 吾らには理解できない感情だが……無意味だと忠告しておこう。その玩具の限界はすでに把握している』

「そういうのをボクらの世界じゃモグリって言うんだよ。来いよ、本当の仮面ライダーの力って言うのを思い知らせてあげるとも!」

「がんばれ……キッド」

 

【Start up! Heart's Cry!】

 

 まるで勲章を見せつけるように白いシャツの腕をまくり縫合傷を晒しながらキッドは装着したハーツドライバーに黄金の銃弾(ブリランテバレット)を装填する。

 再び響き渡る電子音声、心なしかユキトの時よりも力強さを感じさせてキッドはシリンダーを回転させる。

 

「――変身!!」

 

 ベルトの歯車が動きだし、輝きが溢れる。

 もっと強く、もっと激しく。

 まるで生命の鼓動を掻きならすように眩い光輝が暗い地下を太陽よりも眩しく照らし、キッドの姿を変えていく。

 

『待たせたね。仮面ライダーブリランテ……さあ、お片付けの時間だよ!』

 

 邪悪に染まらぬ心を示すような白い装甲。

 夜闇を裂くような勇ましさを秘めた黄金の一本角。

 そして、どんな悪魔も射抜いて見せると輝く翡翠色をした双眸を持つ仮面。

 正真正銘本当のブリランテはユキトが変身したものとは全く別物の機敏な動きでシーキングデモンに果敢に挑んでいく。

 

『せえい! ハッ!!』

『む……おおっ!?』

 

 迎撃に飛んでくる水の弾丸を巧みなステップですり抜けながら、鞭のようなしなりで打ち込まれた裏拳と間髪入れずに決まったゼロ距離からの飛び蹴り。

 先程とは比べ物にならない冴えを見せるブリランテの攻撃にシーキングデモンは恥じることなく驚愕の声を上げた。

 

『素晴らしい! 何が起こっているんだね? 別人であるのは事実だがまるで別物だ。比べ物にならない攻撃だ』

『だからさ……エンジンが違うんだって!』

『ほう?』

『あんたは知らなくてもいいことさ。とりあえず、さっさとくたばれよ!』

 

 明らかに強さの桁が違うキッドが変身したブリランテに感激するシーキングデモン。そんな相手にブリランテは付き合うつもりはないとばかりに回転を加えたハイキックを見舞おうと足を振り上げた。

 

『甘い!』

『ああ、甘いよね……あんたの余裕ぶっこいてる態度がさあ!』

 

 読みやすい一手にシーキングデモンは簡単に防御の構えを取って衝撃に備えた。

 だがブリランテの脚撃は届かない。

 怪訝に思ったシーキングデモンが僅かに防御を緩ませると目の前には蹴りをフェイントに大きく開脚した脚の間から拳銃の狙いを定めるブリランテの姿が飛びこんだ。

 

『おお!? 小癪!!』

『反撃開始ってねえ! 怖くても泣くんじゃないぞぉ?』

 

 正確無比な狙いで撃ち込まれたパルスビームの弾丸が驚くべき速度でシーキングデモンに直撃する。頑強な甲殻を手に入れたとしてもキャンサーデモンほどではないと確信したブリランテは激しいダンスを踊るような身のこなしで戦場を駆け、飛び跳ねながらの銃撃で着実にシーキングデモンの体力を削ぎ落す。

 

『面白い! 供物として容易く奪うより、そなたとは死闘を演じてその命を頂戴する方が遥かに有意義だ!』

『その上から目線なんとかならない?』

 

 だがシーキングデモンも一方的にやられてばかりではない。

 両手に握ったライフルの銃剣を雄々しく振るって敵の射撃を切り払うとブリランテに肉薄すると至近距離での射殺を試みる。

 

『いや、いい――これからボクがぶっ壊して差し上げよう!』

『ハッハハハ! 愉快なことだ! 血湧き肉躍るとはこういうことか!』

 

 自分を刺殺せんと突き出された銃剣の切っ先をしゃなりと身を逸らして回避。それを囮にして死角から至近距離で発砲されたライフルをその場飛びの後方回転で軽々避けたブリランテは空中から目にも止らぬ早撃ちをお見舞いする。

 

『親玉だけはある。強いよアンタ……けど、負ける気がしないね』

『ほお、奇遇だな。吾もだよ!』

 

 ブリランテの握る一挺のハンドガンとシーキングデモンが操る二挺の銃剣付きライフルが至近距離で絶え間なく銃声を鳴らし続ける。

 さながらガン=カタと呼ばれる銃器を用いた近接格闘術のように両者は巧みな体捌きと卓越した銃技をフル稼働させて、まるで演武でも舞うような立ち合いを繰り広げる。

 

『これならば!』

『なんのぉ!』

 

 両者ともに一撃で仕留められるそんな部位に相手の照準が定まった次の瞬間には他ならぬ敵方が身を翻して攻撃をただの無駄弾の浪費にまで貶める。

 逆も然り、相手の足元を狂わせて生まれた絶好の隙をついて銃口を向けるものの、引き金を締める前に銃そのものに弾丸をぶつけ合わせることで狙いを強制的にズラして凌ぐ。

 一進一退のまさに紙一重の攻防を続ける両者の戦いは白熱の一途を辿っていた。

 

『似合わないことはやめて、悪魔らしく普通に暴れてみたらどうだい?』

『……フフフ』

『何がおかしいのさ?』

『これでも物事を観察するのは得意な方でね。そなたという人間もまた観察していくうちに一つの法則を見出した。そなたが多弁になって勇猛を誇示する時は実際のところ余力はないと言うことだ!』

『のおわっ!? うっ、く……!?』

 

 始めて見せる悪辣なシーキングデモンの笑みに警戒するブリランテだったが突如として二挺拳銃による戦いをやめて力任せの不意打ちを叩き込む。

 するとブリランテは踏ん張りが利かずに地面に倒れるとゴロゴロと転がってしまう。痺れ薬を盛られた影響がこんな形で彼女の不利として現れてしまったのである。

 

『シャアアアア―――!!』

『リフレクター・オン!』

 

 僅かに立ち上がるのが遅れたブリランテにシーキングデモンの猛襲が迫る。

 回避は困難だと判断した彼女は咄嗟に左手からリフレクターを展開して防御、可能ならば反射して体勢を整えようと目論んだ。

 

『小賢しいのことだあ!』

『やばっ!? ぐぅうう!!』

 

 だが、現実は非情である。

 二度に渡ってブリランテの窮地を救ってきた光の障壁はシーキングデモンの桁外れの膂力の前に粉々に砕け散ってしまったのである。

 

『ウゥゥ……シャァアアアアアアアック!!』

『このぉおおおお!』

 

 無防備になってしまったブリランテに振り下ろされた二挺銃から伸びた鋭利な切っ先。ブリランテは間一髪のところで一方はラッキーライラックで防ぎ、もう一方はギリギリで相手の手首を掴み取って凌いだ。だが腕力の差は明白でジリジリと追い詰められていくばかりだ。

 

『勝負ありだな。よく戦ったな、供物よ。そなたのことは丁重に葬ることを約束しよう』

『いやいや……なぁに勝った気でいるのさ。そういうのはさ相手の心臓に風穴あけるか、首をすっ飛ばしてからするものでしょう?』

『虚勢を張り続けるその心は素直に称賛するとしよう。だが、現実を受け入れろ』

『その言葉、三秒後のあんたにそっくりそのまま返すよ』

『むっ!?』

 

 強がりとは違う意味深なブリランテの口ぶりにシーキングデモンは背筋が凍るような感覚に襲われた。そんな彼のすぐ目の前でブリランテのホーンアンテナが突如として発光を始めたのだ。

 

『カッコいいって理由なだけでこんな角は生やしてなぁああああい!』

 

 劣勢の中であっても曇らぬ闘志をより激しく燃やしてブリランテは頭突きの要領でホーンアンテナをシーキングデモンの胴体に勢い良く突き刺した。

 

『う――ぎゃああああああああ!?』

 

 その瞬間に一本角からは強烈な高圧電流が迸りシーキングデモンの肉体を内側から焼いた。爆ぜるような悲鳴を上げてシーキングデモンは棒立ち状態になった。

 

「えいやっ!」

 

 危機一髪で窮地を脱したブリランテはこの機を逃すなとシーキングデモンの左肩に豪快なな踵落としを繰り出して相手を強制的に跪かせた。

 

『ぬあっ!? 悪あがきを……ハッ!?』

『悪魔らしく、良い声で悲鳴(ない)てごらんよ?』

『ぐぉああああああ!?』

 

 顔を上げてブリランテの握るラッキーライラックの銃口と目があった瞬間にシーキングデモンは思わず戦慄という感情に全身を支配された。

 奇しくも彼を正常な思考に立ち戻らせたのはゼロ距離で容赦なく浴びせられる光の弾丸の濁流だった。

 

『まだまだ! リフレクター散れ!!』

『なにを……!?』

 

 敵が大きく怯んだ絶好の機会を逃す手はないとブリランテもまた決して少なくない疲労で軋む体に気合を入れて一気に畳みかける。複数枚の光の障壁を相手の周囲に配置すると僅かな時間で計算を済ませて、静かに素早く弾丸を撃ち込み続ける。

 

『ぐお、があぁああああ!?』

 

 するとどうだろう。

 リフレクターに反射した弾丸は兆弾としてまるで生き物のように踊り跳ねた末に全方位からシーキングデモンを急襲して徹底的に追い詰めていく。

 

『そろそろ、終わりにしよう』

 

 いまが勝機と判断したブリランテはシーキングデモンが立て直すよりも先にベルトのシリンダーに白銀の弾丸を装填して一撫でする。

 

【Boost up! Just a Way!】

 

 電子音声が鳴り響き、ドライバーの歯車の動きが激しさを増すと膨大なエネルギーがブリランテの全身に満ち溢れていく。

 

『ボクという弾丸から逃げれるものなら逃げてみな?』

 

 シーキングデモンに終焉を告げるかのようにブリランテの額にある鉢金と一体型のホーンアンテナがガシャンと音を鳴らしてスライド降下する。複眼の双眸は覆い隠され、ブリランテの仮面は苛烈な騎士のように面構えを一変させる。

 

『ハアッ!』

 

 力強く指鉄砲を作ってシーキングデモンに狙いを定めるとブリランテは冷たく硬いコンクリートを蹴って跳躍すると錐揉み回転をしながら脚部にエネルギーを収束させていく。

 

『ファイア――!!』

 

 一条の流星のような軌跡を描きブリランテの強烈な飛び蹴りがシーキングデモンを撃ち抜く。

 冷徹な銃声にも似た直撃音を轟かせて炸裂した一撃は悪魔の肉体に大きな風穴を空けていた――はずだった。

 

『ま、まだだああああ! うぶっ、おお……おおおおっ!!』

「なんだ!? あいつの身体が……まだ進化するのか!?」

 

 ブリランテのシューティングハープスターの直撃を受けて半身を吹き飛ばされても執念深く生きていたシーキングデモンに異変が起こった。

 怒りの咆哮とも苦しみの絶叫とも思える叫びを上げながら半壊していた体がブクブクと泡立ちより巨大な何かに変化を始めたのだ。

 

『ヤバいな……ユキトもっと離れるんだ! ボクを攫った時の空飛ぶ鮫よりも厄介な怪物になろうとしている!』

「ッ!? キッド後ろだ!!」

 

 ユキトの声に助けられて咄嗟に身を屈めたブリランテの背後を巨大な影が物凄い速さで通り過ぎる。その全貌を目の当たりにした時に二人は唖然として言葉を失った。

 

『シャアアアアアア――!!』

 

 それは胴回りに三つの長いヒレを生やしてミサイルのような勢いで空を飛ぶ三つ首の巨大な鮫だ。

 いや、もはやそれは鮫とも形容できない。

 何故なら胴体は海蛇のように長く蟹の鋏や鋭い甲殻の脚、更には蛸の触手を無数に伸ばしたグロテスクな海洋生物のキメラ然とした異形だったのだ。

 

『シャアアアアアアアア――!!』

 

 変異したシーキングデモンは慇懃であったが知性的な個性を持っていた怪人体が嘘のように破壊衝動の限りに暴れ回りあろうことか地下と地上を結ぶ唯一の出入り口を瓦礫で塞いでしまう。

 

「嘘だろ……不味いぞキッド! このままじゃあの鮫の化物にやられる前にここが崩落してお陀仏だ!」

『海でもないのに活きが良いのは困りものだね。ユキト、すまないけど少しの間だけあいつの注意を引き付けておいてくれるか?』

「つまり、何か打つ手があるんだな!?」

『向こうが奥の手を使ったんだ。こっちも切り札を見せてやるのが礼儀ってもんさ!』

 

 上から降ってくる瓦礫の塊を銃撃で取り除きながらブリランテは強気な笑みを見せた。

 間違いなく最終局面。

 ここまで来たら辛勝や苦しい犠牲を出した末の勝利など彼女には毛頭考えていなかった。

 目指すは文句のない完全勝利あるのみとユキトに牽制を任せたブリランテはベルトのホルダーから黒い弾丸を取り出して、シリンダーを外に振り出した。

 

『さて、始めるか』

 

【Get up! Deep Impact!】

 

 再び電子音声が鳴り響き、ドライバーの歯車の動きが激しさを増すと膨大なエネルギーがブリランテの全身に満ち溢れていく。

 だが、その輝きの奔流の膨大さは銀色の弾丸を装填して発動するものを遥かに上回っている。そして、ホーンアンテナが降下して騎士兜のようなバイザーに覆われた双眸が黄金に変色すると新たな変化がブリランテに起きた。

 

『ウォオオオオオ! いくぞ――魔導砲!!』

 

 ブリランテの左胸の装甲が燃え盛るような赫奕たる光彩を放つとやがてその輝きが左腕へと侵食。瞬く間に彼女の腕を丸ごと神秘的な装飾が施された巨大な銃砲へと変形させてしまったのだ。

 

『シャアアア、アア!? この輝き……この気配!? なぜ人間がこんな……同じものを!?』

『正真正銘、魂の一撃……逃げられるものなら逃げてみろ!!』

『誰が逃げるものか! その程度の矮小な光……そなた諸共食い尽くして見せよう!!』

 

 冥き地下を照らす太陽にも負けない命の輝きに動揺を禁じえないシーキングデモンに力強く一歩踏み込んだブリランテは静かに狙いを定める。すると魔導砲と呼ばれる彼女の左腕の砲口に急激にエネルギーが収束されていく。

 

「キッドォオオ! ぶち抜けえええ!!」

『ファイヤァアアアアア――!!』

 

 上級悪魔としての誇りと沽券に懸けて真正面から巨大な大顎を広げて肉薄してくるシーキングデモンへとブリランテは裂帛の気合を込めて必殺の一撃を解き放った。

 撃ち出された燦然と輝く極太の光線が競り合うことも許さずにシーキングデモンを吞み込んだ。

 

『間違いない! この力は吾らと同じ!? そなたは何者なのだあああ!? ぬっ、うわあ……ぐわぁあああああああああああああああああ!?』

 

 魔導砲の次元が違い過ぎる出力の前に成す術もなく屈服したシーキングデモンは荒れ狂う光の奔流に押し出されて地下を突き破ると夜明け前の空のどこかで爆散して消え去った。

 

『別に……ただのお前たちの天敵ってやつさ』

 

 長い夜と共に終わりを告げた戦い。

 大きな穴の開いた天井から見える朝焼けの空を一瞥するとシーキングデモンがもう聞くことの叶わない問いの答えを呟いた。

 

「ずっと言っていたじゃないか心臓(エンジン)が違うってね」

 

 変身を解いたキッドは胸元に手を当てて、まだ熱く昂っている心臓を落ち着かせながら静かに残身を取った。

 

 

 

 

 長い夜が明けて、ブルーヘイブンにはようやく真の平穏が訪れた。

 カルト教団ホワイトスレイブの夜明けに属している狂信者たちは殆ど逮捕され法の裁きにかけられるそうだ。

 またギュスターヴやキッドの口添えでブルーヘイブンには正式に掃除屋の組合が設立されて招集された掃除屋たちが今後の悪魔退治や治安維持を行っていくという。

 かつての様にとはいかないかもしれないがこれでブルーヘイブンにまた活気と安らぎが戻ってくれるのなら幸いだ。

 そう何はともあれ、事件は全て解決したのだ。

 ということは俺と彼女との別れの時も近づいているということだった。

 

 

「ほらこれ、三日間のガイドの報酬だ。受け取ってくれ」

「あの、これ……ちょっと多くない?」

 

 四日目の早朝、まだ人気の少ない街路を二人は歩いていた。

 キッドから手渡されたアタッシュケースに詰め込まれた札束の量にユキトは戸惑いの視線を送った。掃除屋のガイド代の相場は分からないが彼女が自分に支払おうとしている額が明らかに破格なのは一目瞭然だった。

 

「野暮なことを言わせないでよ。ボクもユキトに危ないところを助けられた。個人的には足りないぐらいの正当な報酬額だよ。ま、最初の夜に手に入れた七つのデモンハートの臨時報酬もオマケしてあるのは確かだけどね」

「……ありがとう」

 

 どこかぎこちないやり取りを交わしながら無言で歩く二人は偶然か運命か未だに買い手がつかず売地のままになったユキトの実家の前で足を止めた。

 このままでは未練を残したままお別れになってしまう。後悔を残したくはないとユキトの方から口を開く。

 

「キッド、無理な頼みなのは承知の上でお願いがある。俺を君の仕事仲間にしてくれないか? 君の旅についていきたいんだ!」

「ダメだよ」

 

 早鐘を打つ心臓を宥めながら、意を決して思い切った願いを訴えたユキトだったが思案する間もなくキッドはそれをきっぱりと断ってしまう。

 

「ブルーヘイブンではユキトの土地勘や現地民としての冴えに助けられた。だけど、この町を一歩でも離れたら君はボクの仕事の足手纏いになる。ユキトを連れていくことはできない」

「頼む! 雑用も飯炊きも何でもする! 掃除屋としてもちゃんと訓練してキッドの足手纏いにならないように努力する! すぐに一人前の掃除屋になる! だから……お願いだ」

「それでもダメなんだよ、ユキト。ただの一人前の掃除屋でもね、ボクの仕事(やくめ)に同伴させるには危険が多すぎるんだ」

 

 その場で深く頭を下げてユキトは懇願した。

 それでも足りないならばと躊躇うことなく土下座して食い下がるユキトにキッドは普段の軽薄さが嘘のような優しさに溢れた声で彼の願いを拒む。

 

「隠し事はよくないからね」

「ちょっと!? キッドなにして……るの?」

 

 何を思ったのかキッドはユキトの手を取るとそのまま自分の胸に触れさせた。

 唐突で慎みに欠ける彼女の行動に当然のようにユキトは慌てふためくがすぐにキッドの異変に気付いて顔色を青ざめた。

 

「なんで君の心臓は……動いてない?」

 

 彼女の思い切った行動で動揺していても分かった。

 ユキトの手が触れている彼女の胸からは心音が、心臓の鼓動が感じられなかったのだ。

 

「うん、そうだね。誤解しないでもらいたいのは一応臓器としての機能が死んでいるわけじゃないよ。ただサブエンジンみたいなものだから、殆ど活動してないけど」

「どういうことだよ? サブエンジンってなんだよ!? まさか!?」

 

 バツの悪そうに視線を泳がせながら、それでもユキトには自分の秘密を全て打ち明けようと微かに震える唇を一噛みしてから滔々と昨日話さずにいた続きを語り始めた。

 

「ユキトは不思議に思わなかったのかい? いくら違法の技術を使ったとは言え、他の人間の手足を繋ぎ合わせただけでただの子供が死なずに回復するだなんて」

「だからって……だからって悪魔の心臓を! いくらエネルギーに変換出来るって前例があるからってデモンハートを人間に埋め込むなんて正気の沙汰じゃないだろう!!」

 

 これがキッドに向ける怒りではないことだとは頭では理解していた。けれど、ユキトは叫ばずにはいられなかった。憤らずにはいられなかった。悪い冗談だとおどけて言ってもらいたかった。

 だけど、キッドからの返事はない。

 この沈黙が真実と同意だと突きつけるようにキッドは苦しそうな微笑みを浮かべていた。

 

「もう解っただろう? ボクは掃除屋の皮を被った悪魔たちを可能な限り多く始末するために在る生きた道具なんだよ。ただ自分の意思で人間らしく俗っぽくも生きているだけ。やりたいこととやらなくてはいけないことが幸運にも一致したからこんな風にいられるだけなんだ」

 

 迷子の子供のように震えるユキトの手をそっと握り締めて立ち上がらせる。

 それから、キッドは大きく息を吸い込ん深呼吸を一つすると小気味よく彼の胸をポンと叩いた。

 

「だから、ユキトはボクの行く道をついてくる必要も追う必要もない。君は君だけの道を行け!」

 

 一切の迷いを撃ち抜くような溌剌とした声がブルーヘイブンの青空に遠く果てまで響いた。

 

 

 

 

 あの朝から、一週間が経過した。

 慈善団体の皮を被ったおぞましいカルト集団だったホワイトスレイブの夜明けと彼らが手引きしていた事件が表沙汰となり多少の混乱があったブルーヘイブンもいまでは殆ど落ち着きを取り戻している。

 

「よし、今日も気合入れて頑張るぞ。仕込にかかる時間も急いで昔の頃に戻さないとだしな」

 

 清潔感に溢れた空気に満ちた厨房の中で自分を鼓舞しながら包丁を手に取る。

 あれから俺こと月島ユキトは実家を買い戻して食堂を再開させた。

 営業時間は以前よりもずっと短いし、店を開けるのも一週間のうちに三日間に限定しての形だがこれにはいくつか理由がある。

 

「よお、ユキト! 賄い食わせろ! 今日は忙しくなりそうだからな肉だせ、肉!」

「賄いって言うんなら先に店の掃除やってから催促してくれよギュスターヴ」

 

 俺は食堂を再開しながら掃除屋も続けている。

 所謂二足の草鞋を履くというやつだ。

 それから、驚くかもしれないがいまはギュスターヴに掃除屋としては弟子入りしている。

 

「細けえこと気にしてたら立派な掃除屋にゃなれねえぞ。不味いもん食わせたら今日の稽古で泣かせてやるからな」

「はいはい。分かってるよ先生」

 

 先の事件に巻き込まれながら生還を果たした彼はブルーヘイブンに新設された掃除屋組合の主力メンバーとしてちゃっかり組み込まれて、いまではこの町の治安維持に欠かせない人物になっている。そこで物は試しと相談した結果、彼はあっさりと了承してくれて毎日厳しく鍛えられている。

 

「にしてもお前も変わりもんだな? あいつが寄越した金、この店買い戻してもまだまだお釣りが残るだけの額があるのなら自分からこんな重労働せずにもう少し遊んで暮らせるのによ」

「ああ、そのことか。大変なのは認めるけど約束したからな」

 

 そうだ。俺はブルーヘイブンを去るキッドと一つの約束を交わしたんだ。

 またいつかこの町に来て欲しい。

 キッドが再びブルーヘイブンを訪れた時に俺は料理人としても掃除屋としても一人前になっていると。

 もう一度出会えたその時にキッドが安心できるだけの強さを手に入れられていたのならまた君の隣を歩かせて欲しいと。

 

「俺も少しは強くならないとな」

 

 難しいことだとは思っている。

 だけど、不可能だなんてことは誰にも証明できないはずだ。

 だから、俺は挑むことにした。自分で選んで決めたんだ。

 それがたくさんの大切なものを無くして、それでも見つけることができた新しい俺の夢だから。

 

 

 

 

 どこまでも途方もなく続く長い道を物言わぬ鋼の相棒に跨ってボクは走る。

 ブルーヘイブンを発ってもう一週間、目新しさのない普通の日々が戻っていた。

 

「次に寄る町にもいい宿があると嬉しいんだけどな」

 

 ボクの独り言に返事を返してくれる相手はいない。

 付き合いの長い大型二輪の相棒も流石に喋ったり、くだらない世間話を聞かせてくれるほど高性能ではないので仕方ないけど、やっぱり少し寂しい気分。

 

「ボクだけの止まり木になる……だなんて、ユキトってば結構勢いだけで生きてるよね、絶対に」

 

 ブルーヘイブンを旅立つ前に彼が突然言い出した宣言を思い返すと自然と口元が緩んだ。全く、本当に厄介な現地協力者だったよ。

 

「あんなに優しくされたら……溺れちゃうじゃないか」

 

 彼の言葉を思い出して、彼のあたたかさを思い出して、どうしようもない寂しさが溢れてくる。

 甘えたい。頼りたい。支えてもらいたい。

 弱っちくなってしまう自分を押し殺すように愛機のスピードを上げていく。

 我武者羅に自分以外に誰もいない荒涼とした道を駆け抜けて、外れかかった仮面(じぶん)を取り戻す。

 

「ありがとうユキト。でもね、まだダメなんだ」

 

 そうだ。

 まだ歩き疲れただなんて情けない言葉は吐けないんだ。

 掃除屋として、仮面ライダーとして悪魔を退治するようになってまだボクは十年も戦っちゃいない。この数年の間に狩れた悪魔の数も、守れた人々も、救えた命も微々たるものだ。

 

「だから、ゴメンよユキト。止まり木に愛着を持ってついうっかり巣を作っちゃうような真似をするには……ボクはまだもう少し頑張らないとね」

 

 顔を強く振って潤んだ視界を元に戻す。

 目の前には吸い込まれそうな真っ青な大空と果てしなく続く一本道が続いている。

 さあ、決意を新たにボクも行こう。

 この空の下できっと、ユキトも頑張っているのだから。

 

「約束は必ず守るよ、ユキト。ただ……もう少しだけ、待っててね」

 

 我ながら一度覚えてしまった誘惑(しあわせ)への耐性の無さに呆れながらボクは晴れやかな笑顔を作って走っていく。

 悪魔の心臓を埋め込んだこの体がどこまで動くのかは知る由もないがどこまでだってやってやる。一度撃ち出された弾丸は止まることを知らないのだから。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ユキト。ボクはそろそろ行くね」

「ああ。いや……待ってくれキッド! もう一つだけ頼みがある」

「なんだい? 聞くかどうかは頼みによるよ?」

「君の本当の名前を教えてくれ。あるんだろう?」

 

 クイックワンダーに跨って今まさに走り出そうとするキッドを呼び止めてユキトは最後にそんな願いを求めた。

 

「まあ、あるけどさ? どうしてだよ?」

「だって、もうその名前を知っている人は……大切だった人達はいないんだろう? なら俺一人ぐらい知っていなきゃ、覚えていなきゃ悲しいじゃないか」

「物好きなやつだなぁ」

「キッドだって、人間だ。君がどう考えていようと、誰がどう思おうと……この世界で頑張って生きてるただの人間だ。俺はせめてそれを証明し続けていたい」

 

 彼の眼差しに宿った強い意志を汲んでキッドは一度バイクから降りると軽い足取りでユキトのすぐ傍にまで寄り添った。

 

「……耳貸して」

「え、ああ。こうかい?」

「フラン。フランチェスカ・ヴィクター。それがボクの名前だよ」

「そっか、綺麗でいい名前だ」

 

 輝ける銃士。

 仮面を携えて旅する少女の本当の名を胸の奥に刻み込んでユキトは今度こそ彼女との別れを受け入れる。

 

「だろう? 気安く呼んだりするんじゃないぞ? ユキトにだけ特別なんだからさ」

「ああ。肝に銘じておくよ」

「期待しておくよ。じゃあ、またねユキト」

「元気でなキッド。どうか君の旅路に幸あれ……ライダー」

 

 守るべき者の祈りの言葉を小さくも逞しい背中に受けて、少女はまた駆け出していった。

 今日もどこかで眩いほどの鮮烈な生き方で数えきれない誰かを守り続けるために。

 彼女の名は仮面ライダー。

 

 





ここまで読んでくださりありがとうございました。
作者のマフ30です。
仮面ライダーブリランテは今回のお話を持ちまして一応のお仕舞いとなります。
短い間でしたがお付き合いしていただきありがとうございました。
また次の作品でお会いしましょう。
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