仮面ライダーブリランテ   作:マフ30

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第三節 狗の運命(さだめ)

 

 これはほんの少し昔のお話。

 継ぎ接ぎの少女が仮面を受け取った運命の日の一片

 

「フランチェスカ・ヴィクター……おめでとう」

 

 無機質で殺風景な訓練場に二つの人影があった。

 一人は光沢のある黒いスーツに袖を通した優男然とした若い男。

 もう一人は中学生ほどに見える女の子。

 黒い髪は適当に短く切り揃え、白く簡素な服に体のあちこちに生傷が目立つ様はまるで虜囚のようにさえ見えた。

 

「君は試験に合格しました。我々結社は君を信頼すべき戦力として認め、ここに力を授けましょう」

「どうも」

 

 貼り付けたような笑みのまま男は手に持っていたアタッシュケースを開き、中に入っていた特殊な機能が施されたベルトをフランチェスカへと譲渡する。

 ベルト――ハーツドライバーを無言で手にして腰に装着してみせたフランチェスカに男は目を細めて拍手を送る。すると僅かに間を置いて訓練場の周囲からも無数の拍手が鳴り響いた。

 マジックミラーで隠されていただけでこの空間で行われた試験と言う名のフランチェスカ・ヴィクターという少女がどれほどの能力を有しているのかの品定めは多くの人間に観察されていたようだ。

 

「……他にもお客さんがいるって知ってればもう少し営業スマイルでもしておけばよかった」

「心配は無用です。媚びを売ったところでチップ(オマケ)なんて出ませんので」

「ああ、そう」

「十二分に我々が見たかったものを君は身一つで示しました。新たな素晴らしい戦力を結社は歓迎します」

 

 フランチェスカの軽口にそつなく付き合いつつ、男は仰々しい身振り手振りで彼女へ言葉を贈る。

 

「今日から君は私たち結社が誇る対悪魔最大戦力マスクドスイーパーの一人です。人類の敵である悪魔を存分に駆逐し給え。秩序を乱す悪魔を徹底的に殲滅し給え。結社の理想を阻む悪魔を完膚なきまでに鏖殺し給え」

「分かってる。悪魔(あいつ)らには大きな借りがある……言われなくたって、戦ってやるさ」

 

 男の柔和な顔立ちからは想像も出来ないほどの凄みと圧が効いた高揚とした叫びがビリビリと訓練場内に反響していた。対するフランチェスカはそんな男が醸し出す熱狂に呑まれることなく冷めた様子で踵を返して訓練場を後にしようとしていた。

 

「しばしお待ちください。大切なことを伝え忘れておりました」

「……なに?」

「あなたは我ら結社の大切な駒です。どうかそれをお忘れなきように」

 

 自分を見下ろす捕食者のような爛々とした双眸にフランチェスカは思わず息を飲んだ。

 自分が歩きだしてから男が呼び止めるまでに開いた数メートルほどの距離を音もなく詰めて、彼は息が掛るほどの至近距離に立っていたのだ。

 

「は……ぁ?」

「どうか自分を救世主だなどと思わないでください。英雄だなどと思わないでください。弱者のヒーローだなどと思わないでください」

「その……自惚れ厳禁ってことで覚えておけばいいのかな?」

「あなたは、あなた方は結社の駒です。所有物(もの)です。戦力です。狗なのです」

 

 男の口から出る言葉は狂気か熱意か妄執か。

 フランチェスカからの問いなど意に反さず吐き出される結社の理念が頭上から彼女に降り注ぐ。

 ただ男の声はフランチェスカの脳と心に念入りに食い込むように浸透するような錯覚を彼女に感じさせた。

 

「フランチェスカ・ヴィクター。これから貴方には原則として自由活動が認められます。どうか結社に有益な働きを精進されることを我々は願っています」

「ああ……ああ! 言われなくたってボクは悪魔を倒すよ。そのためにまだ生きてる。あんたらに使われてやった方がボクにとっても都合が良いから、現在(いま)がある……結社さんたちもそれを忘れないで欲しいね」

「フフ、良い目をされる。やはり貴方を選んで良かった」

 

 大きく息を吸い込んで、一歩その場で踏み込んでフランチェスカは啖呵を切った。

 自分と結社はお互いを利用し合う関係だ。一方的な道具や奴隷になる気はない。

 かなり反抗的な態度だったと思ったが意外にも折檻や注意は無かった。

 代わりに贈られたのは呪いのような旅立ちへの祝福の言葉だった。

 

「渡り鳥を気取るようなことのないように、この首はいつだって鎖で繋がれているのですから。(キミ)の働きに幸運を……」

 

 そう言って、男はフランチェスカの首筋を撫でた。

 愛犬を慈しむように、番犬を労うように。飼い犬に餌を仄めかすように。

 少女に身の程を弁えさせるように。

 

 もう三年も昔の記憶の一片だ。

 

 

 

 

「あれだね……にしても、ご利用自由な理想郷(フリーエルドラド)とは大きく出たもんだ」

 

 合衆国西部禁足区域内にて。

 渇いた砂塵が舞う荒野の中にできた小高い丘の上からキッドは双眼鏡越しにフリーエルドラドの街並みを観察していた。

 中世の城壁都市でも真似たのか町の周囲を四苦八苦して掻き集めたであろう様々な廃材やガラクタを積み上げて築いたバリケードで覆っている。

 囲みの中央部には簡素ながら門のような物があり、恐らくは東西南北にそれぞれ出入口があるのだろう。とは言え――。

 

「かなり高く積み上げたようだけど、あんなバリケードじゃ獣やコソ泥ぐらいしか防げないだろうに」

 

 出発前に集めた情報通りなら、廃棄された町の跡地を流れ者たちが寄り集まって再利用しているわけだ。

 当然使える技術も資材もたかが知れている。

 いまキッドがいる丘はフリーエルドラドから五キロメートルほど離れた位置にあるが向こう側の門番の装備を見るにこちらの存在を気付かれる心配もないだろう。

 

「いやー本当に西部劇の世界に迷い込んだ気分だね。この恰好が浮く心配はなさそうだけど」

 

 苦笑交じりの溜息を吐いて、キッドは旅装の砂を払った。

 潜入任務でもある今回、彼女は気分転換も兼ねて身なりを一新していた。

 白いシャツと紺のジャケットとズボン。

 トレードマークの赤い外套に代わって雨露から身を守るのは黄土色に赤いラインが入ったウエスタンポンチョだ。鍔広帽子の色も黒に変えて、殊更旅人然とした装いになったキッドは双眼鏡をしまい動き出そうとした時だった。後方から吹きつける風に乗って、微かに火薬が爆ぜたような音が彼女の耳に入った。

 

「いまのは……銃声」

 

 同時に彼女の胸に埋め込まれているデモンハートが疼く感覚が走った。

 悪魔が現れた。

 そう判断するや否や彼女は愛機クイックワンダーに跨ると砂煙を巻き起こしながら気配を追ってフリーエルドラドを背にして荒野を逆走していった。

 

 

 

 

 見渡す限りの荒涼とした平野を区切るように舗装された道路。

 悪魔の襲撃を受けていたのは年季の入ったトラックとスクールバスと言う奇妙な一団だった。

 道から大きく外れて停車した二台の周囲を悪魔の群れが取り囲み入れ替わり立ち替わりに襲い掛かっているようだった。

 

『アブブブブ!』

「この! 近寄るんじゃねえ!」

 

 壮年の男がスクールバスの屋根の上からサブマシンガンを撃つ。

 しかし、見慣れない姿形をした悪魔は射撃を物ともせずに奇声を上げながら迫りくる。

 

『ギィリリリリ!』

 

 硬い甲殻と虫のような多節の手足に、閉じればドリルのような見た目の長く鋭い三つ爪を持つモグラのような頭部の悪魔。サンドデモンと呼ばれる下級悪魔の一種であるそれらは口から伸びたミミズのような無数の触手をうねうねと蠢かしながら幼い子供たちが乗ったバスに殺到しようとしていた。

 

「チクショウ! 失せろよ! ひぃいいっ!?」

 

 若い男が車内にて子供や同乗する女性を守りながら拳銃で応戦していたがサンドデモンは銃弾を弾きながらついにスクールバスの窓辺まで到達するとその鋭い爪を突き立てて中に突っ込んだ。

 

「ぎゃああああああ!?」

 

 砕け散ったガラスが車内に飛び散り、堰を切ったように幼い悲鳴が無数に上がる。

 青年は運悪く悪魔の攻撃を避け損ねて右の二の腕を深々と切り裂かれて温かな鮮血が飛び散った。

 

「いやぁ……ジャイロさん!? し、止血するから動かないで!」

「俺は大丈夫だ! それより悪魔を追い払わないと! みんな死ぬぞ!」

 

 人間の絶叫と悲鳴と悪魔の哄笑の狂気の三重奏が響く車内。

 サンドデモンはスクールバスの窓を無理やり抉じ開けて中へ侵入しようと試みていた。

 

「せんせー! 悪魔が……悪魔が!」

「こわいよぉ」

『ブギギギギィ!!』

 

 ガチガチとサンドデモンは血染めの長爪をわざとらしく鳴らしてみせる。

 悪魔にとっては卑劣な戯れだったそれは小さな子供たちを恐怖で錯乱させるのには十分な威嚇だった。

 

「クソォ! 羽根付きの連中よりも硬いのか!? 弾がちっとも通らねえ!」

 

 屋根の上で銃を撃ち続ける壮年の男の奮闘虚しく、サンドデモンたちは一体、また一体とスクールバスの左側へと群がっていく。

 最初に窓を突き破った一体がギョロリと顔を最奥の席へと向けて幼い肉(子供)たちを一睨み。それは単純至極な死の宣告だ。

 

『ギャギャギャギャギャ!』

「ダメ! お願いだから……子供たちだけは!」

 

 黒髪の女は涙目になりながら落ちている拳銃を拾うと無我夢中で悪魔に突きつけていた。

 使い方は習ってはいるが撃ったことなんてない武器。人殺しの道具。けれど、悪魔に対しては必ずしも絶対の力ではない。

 怖い。怖くて仕方ない。

 だけど、自分の後ろで身を寄せて怯える子供たちを守るためならばと意を決した女は震える体を叱りつけて引き金に指を掛ける。

 

「ひっ……うわぁぁ! 来ないでえええっ!!」

『アブブブ――ブギャ!?』

 

 晴天の白昼に落雷のような炸裂音が轟いたかと思えばサンドデモンの頭部に大きな風穴が空いていた。サンドデモンは糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちると呆気なく消滅した。

 車内の人間たちは何が起きたのか分からなかった。

 

「え……えっ?」

「せんせーがやっつけたの?」

 

 無垢な問いかけに女は力いっぱい首を横に振っていた。

 実際に彼女が汗ばんだ手で握る拳銃の銃口からは硝煙一つ上がっていない。

 

「やあ。危機一髪だったねー」

 

 誰のものでもない気の抜けた第三者の声にその場にいた誰もが意識を向けた。

 瞬間、再びの轟音。

 今度は横並びになっていたサンドデモンがまとめて二体、眉間を撃ち抜かれて仕留められていた。

 

「フフン。安心していいよ。騎兵隊の参上だ」

 

 そこには間一髪で一団の元へ駆けつけることが出来たキッドが相変わらずの軽口で一見すると鉈のような大きさの回転式拳銃を構えて、クイックワンダーに跨っている姿があった。

 

『アブブブブゥ!』

「はーサンドデモン。こいつはまた久しぶりだねえ」

 

 愛機から颯爽と降り立ったキッドへスクールバスに侵入を試みていたサンドデモン達が一斉に敵意を向けて虫の翅音のような不快な雄叫びを浴びせる。

 しかし、キッドは慣れたものだと悪魔からの殺気を受け流すと白銀の大型回転式拳銃を音もなく構える。

 

「うんうん。まさに絶好の相手だ! 愛してるぜキミたち!」

 

 標的は複数。

 けれど、迷いなく順番を決めると静かに、正確に狙いを定めてキッドは引き金を引く。

 リズムを刻むように轟く銃声と撃ち出された弾丸が悪魔たちに断末魔を上げることすら許さず屠っていく。

 

「ん……ジーンと残る衝撃の余韻。我ながらお転婆に仕上げたけど悪くないね、リスグラシュー」

 

 瞬く間に清掃されたスクールバスの左側面を見て、キッドは新たな愛銃の名を呼んで満足そうにグリップにキスをする。

 拳銃でありながら散弾銃用のスラッグ弾を撃ち出しサンドデモンたちを一掃した強烈な銃器。それもそのはず。何故ならこの銃は世にも稀有なリボルバーショットガンをキッドが暇潰しを兼ねて拳銃として取り扱える散弾銃をコンセプトにあちこちを可能な限り切り詰め、少しでも反動を抑制するなど魔改造を施した代物だったのだ。

 

「おじさーん! こいつらはボクが引き受ける! もう銃は撃たなくて良いから頼みがある!」

「な、なんだ!?」

「こっちに向かってきている第二陣の悪魔たちがボクから十歩までの距離に近づいたら教えてくれるかい? 一人でも問題ないけど、その方がすぐに終わる」

 

  五発分の装弾を慣れた手つきで素早くこなしながら呑気な口調でキッドはバスの屋根にいる壮年の男に声を飛ばす。

 

「わ、分かった! お前さん視点で方角を教えるから間違えるなよ!」

「気が利いて助かるよ。えーっと……」

「ケニーだ! 誰だか知らんがありがとうな!」

「ボクはキッド……知り合いはみんなそう呼ぶ。それじゃあ頼んだよ!」

 

 西部劇の真似事のように黒帽子の鍔を指で弾いてにんまり微笑むと単身で残るサンドデモンたちに勝負を挑む。

 敵の数は十体。

 サンドデモンの特性としてポピュラーなレッサーデモンと異なり飛行は出来ないが昆虫とモグラの合成獣(キメラ)のような見た目に違わず地上での動きは素早い。

 三体が徒党を組むように一斉に襲い掛かる。

 

「賢いね! でも、詰めが甘いよ」

 

 一体は真っ直ぐに、残る二体は飛び掛かっての波状攻撃。

 もしも当たれば全身が穴だらけにされること必死な鋭いサンドデモンの長爪に怯えることなくキッドは最も接近している一体の口部を冷静に撃ち抜くと反動を利用してバク転めいた動きで残る二体の爪を避けた。

 そのまま横っ跳びで相手の側面に回り込むと敢えて接近して至近距離から一発で二体を纏めて撃ち抜く。

 

「右から二体来るぞ! 左からも一体がすぐに十歩内だ!」

「よしきた! いい感じのサポートだ」

『ブ……ギィ!?』

 

 四、五体目のサンドデモンは先頭のまず敵の足を撃ってよろけさせて射線上に重なった瞬間に二枚抜きだ。

 甲虫に似た甲殻を持ったサンドデモンは硬く拳銃やサブマシンガンの弾丸では上手く眼球や口などを狙わないと弾かれてしまう。

 しかし、大きな弾丸を発射出来るリスグラシューならば問題ない。

 射程の短さという弱点は抱えているが使い手がインファイトの射撃戦が得意なキッドなのだから些事だ。恐ろしい凶器であるサンドデモンの腕を蹴りで弾き返しながら銃撃を絶やさない。

 だが、それでも悪魔は油断ならない相手だ。

 現にサンドデモンにはもう一つ大きな特性があった。

 

「おかしい! 十体いたはずなのに……残りの悪魔が一体少ない!? どういうこった!?」

 

 瞬きすることも忘れて戦場を凝視するケニーの狼狽。

 瞬間、キッドの背後が盛り上がると大きな砂柱が噴き上がった。

 

『アブブブブッ!』

「な……なんだあ!?」

 

 サンドデモンの最大の特性。それは地中を掘り進んでの移動が可能と言うことだ。

 仲間がキッドと戦闘を繰り広げている間に一体の悪魔が地面を潜って背後からの奇襲を行ったのだ。

 

「悪いけど……お前たちの強みはよぉく知っているんだよ!」

 

 キッドの頭上に振り降ろされる鋭利なサンドデモンの長爪。だがそれが彼女を引き裂くことはなかった。キッドがポンチョで隠し、腰に装備していた黒光りするタクティカルトマホークの肉厚の刃がそれを防いだ。

 

「ついでにキミたちの弱点も知ってるんだ……残念だったね!」

 

 キッドは全身に力を入れてサンドデモンの爪を弾くと右腕を覆う甲殻と甲殻の節目を狙い澄ましてトマホークを振り下ろした。

 

『ブゥウウウウウ!?』

「継ぎ目に弱い……ここテストに出るからねー! バイバイ!」

 

 切り落とされたサンドデモンの前腕を素早くキャッチしたキッドはそのまま爪の切っ先を腕の持ち主の胸に突き刺して倒してしまった。

 デモンハートを残して塵のように崩れていくサンドデモンを尻目にキッドは手斧を手に馴染ませるように遊ばせながら、残った悪魔たちへリスグラシューの残弾を浴びせて制圧していく。

 

「お前たちで最後だね。いくよ?」

 

 あっという間に二体にまで数を減らされたサンドデモン。

 言語こと分からないが明らかに戦意を喪失しているように殺意が落ちた悪魔たちへと今度はキッドが天敵として襲い掛かる。

 ポンチョを宙へと脱ぎ捨てて注意を逸らした隙に小柄さを存分に活かしてサンドデモンの懐へと潜り込むと気合十分に手斧を振る。

 

「おりゃあああ!」

 

 キッドは瞬く間にサンドデモンの弱点を狙って右腕、左腕を切り落とすと相手の体を支点に後ろへ回り込んだ。そのまま勢いをつけて振り降ろした斧刃が容赦なく悪魔の首を刎ねた。

 

「ラスト!」

『アギャ――!?』

 

 目にも止らぬ三連斬で仲間が殺られた光景に呆然としていた最後の一体。キッドはそんな呆けた悪魔の顔面に容赦なくトマホークを投げつけた。

 ぐるんと一回転して飛来したトマホークは気味が良いぐらいにサンドデモンの頭部に深々と食い込むと致命のダメージを与えた。

 

「ひゅー! 弾丸節約のために調達してみたけど、良い買い物したねえ!」

 

 思わぬ大活躍を見せてくれたタクティカルトマホークを嬉しそうに眺めて、目を輝かせた。

 口笛はあまり上手くなかった。

 

 

 

 

「危ないところを助けていただきありがとうございました」

 

 悪魔を一掃した後、キッドは改めて襲われていた一団にコンタクトを図った。

 なんでも先頭を走っていたトラックに本来の主戦力であった自警団の何人かが乗っていたのだが自動車その物を狙った悪魔の急襲を受けたショックでみんな気を失い使い物にならなくなり、スクールバスに乗っていた二人だけで死に物狂いで応戦していたのだと言う。

 いまは全員がケニーに叩き起こされて、気まずそうな顔でトラックとスクールバスの応急修理を行っている。

 怪我を負ったジャイロも命に別条はないようだし、人死にが出なかったことはキッドとしても満足な結果だった。

 

「いやいやーそう気にしないでよ。掃除屋なんでね、ちょっとボランティアしたようなものさ」

「申し遅れました。私は伊藤アスハと言います。この先にある町で教師のようなことをしています。キッドさんのおかげで子供たちもみんな無事で……ああ、本当に良かった」

 

 セミロングの黒髪に眼鏡を掛けた穏和そうな雰囲気の女性は一団を代表として深くキッドにお礼を言う。

 しかし、この先に公式には町なんてものは無い。

 ならばこの一団の正体はと勘付いたキッドはあくまで穏やかに探りを入れてみることにした。

 

「ボランティアって言ったそばから図々しい気はするんだけど、お礼代わりに一緒にお食事でもどう? ボクも町まで付いていくからさ。その方がお姉さんも気が楽になるんじゃない?」

「え……その、命の恩人のお願いをお断りするのは大変恐縮なのですが……その」

 

 露骨に困った顔で口籠るアスハと作業していたケニーたちの顔つきが変わった。

 当たりだと直感したキッドは両手をヒラヒラと上げると敵意が無いことをアピールしながら、話を続けた。

 

「多分だけど、ボクが目指している町はお姉さんが暮らしている町と一緒な気がするんだよね」

「あの……それは」

「理想郷への紹介状を一筆お願いしたいんだけど、頼めるかな?」

 

 

 

 

 結論から言えばアスハたちを助けたキッドのお節介は彼女にとっても思わぬ幸運だった。キッドの予想通り、トラックとスクールバスの変わった一団はフリーエルドラドの住人たちだった。彼らの命を救い、小さくない恩を作ることができたのはキッドにとってもこれから訪れる違法街への調査をするのに大きく役立つ成果になった。

 

「成程。余所の街への物資調達のお手伝いを兼ねて子供たちの遠足していたわけか」

「はい。買い出し班の皆さんにとってはご迷惑なお話だとは重々承知の上だったのですが……いまは護衛に回せる人員にも余裕があるからと自警団の団長さんやリチャードさん、ああ……フリーエルドラドのみんなのまとめ役のような方のことですが、お二人も後押ししてくださったので実現することが出来たんです」

「アスハは良い先生だね。ボクも担任になってもらいたかったよ」

「いいえ、私のワガママで結局は子供たちを危険な目に遭わせてしまいました。不甲斐ないばかりです」

 

 ほんの数十分前まで死の瀬戸際に晒されていたことを思い出してアスハは顔を曇らせて微かに肩を震わせていた。すると隣に座っていた生徒の男児が小さな手で彼女の頭を拙く撫でた。

 

「えんそく、たのしかったよ! だから泣かないでせんせー」

「うん! こわかったけど、あたしたちちょっとしか泣かなかったよ。だから元気出して」

「それにキッドおにいちゃんがすごくすごかったから最後は全然怖くなかったよ!」

「だってさ、アスハせんせー。こんなに慕ってもらって教師冥利に尽きるんじゃない?」

「……ええ。とても素敵な生徒たちです」

 

 交渉成立したキッドはスクールバスに同乗させてもらい、子供たちと一緒に最後部の席に座っていた。

 クイックワンダーの運転は自警団の一人に任せてある。

 バスの車内ではアスハから襲われていた経緯などを教えられ、キッドからは子供たち相手にフリーエルドラドへ到着するまでの退屈しのぎにと旅の話をいくつか聞かせていた。

 キッドが話す映画さながらの冒険譚や失敗談の数々は先程目の当たりにしたコミックヒーロー顔負けの強さも手伝って、子供たちを夢中にさせるのには十分過ぎる劇薬だった。

 

「ねえねえキッドおにいちゃん! 他にもすごい武器持ってるの?」

「あるよぉ。折り畳みのガトリングとか剣に変形する銃とかうるさい銃とかー」

「うわああ! すげーすげー!」

「ボクのこと初恋の相手としてみんなの思い出に残しておいて貰っても一向に構わないよ」

 

 気付けばキッドは座席に座ったまま、一人は膝に乗せ、さらに一人は肩車のように乗せ、左右からも腕を掴まれてとすっかり自分のファンになった子供たちから揉みくちゃにされていた。

 

「こら、みんなー危ないですよ! キッドさんを困らせないでお行儀よく座っていなさい」

「そうだねー家に帰るまでが遠足だ。最後の最後に痛い思いをするのもスッキリしないから一端ちゃんと座ろうか………ただし! バスが止るまで順番にボクのポンチョを一緒に着せてあげよう! いまなら帽子も被らせてあげるぞお!」

「いいの!?」

「すげー! やったー!」

「でもちゃんとアスハせんせーの言うこと聞くんだよ? 約束を破る悪いヤツはリスグラシュー(コイツ)がお尻に向かって火を噴くぞー!」

 

 彼女自身も教会の孤児院で暮らしていた日々があったからか、あっという間にフリーエルドラドで曰くつきの子供たちと仲良く打ちとけていた。

 

「子供たちの相手までしてもらってすみませんキッドさん」

「気にしないでよ。こういうのは好きだし、慣れてるから」

 

 スター気取りで浮かれた笑みで頬の筋肉を緩めまくるキッド。しかし、だらしなく吊り上がっていた口角は思いのほか早く元に戻っていく。

 いまだ真の目的が潜むフリーエルドラドに踏み込んではいないながらにキッドは疑問を募らせていた。

 禁足区域。死んで当然、人間が生きるのに適さないという烙印を押されたような場所で暮らしながら、こんなにも笑顔を見せる子供たち。彼らが生きる存在しないはずの町とは一体どんな理想郷なのだろうか?

 

(この子たちみたいな存在はこの世界にはどこにだっている。特別じゃない……あの頃のボクらだって、当たり前にどこかに似たような物はいくらでもいた)

 

 不自由だらけの環境で生きているであろう目の前の子供たちはキッドに嫌でも自分の過去を想起させる。

 食べ物も着る物も遊び道具も勉学に勤しむ環境も何もかもが満足に足りていなくて、でも……大好きなみんながいるだけで十分に幸せであたたかな日々だったあの頃。

 

(いくら悪魔を殺したって先生やみんなが生き返るわけがない。そんなの解ってる。でも、何かしなきゃ気が済まないだろう)

 

 大切な人たちを悪魔に奪い取られてから、数年間キッドはずっと戦ってきた。

 悪魔を追って、悪魔を探して、悪魔を狩って――それが生き残った自分の使命だと。

 残された者が背負った責務だと信じて、戦ってきた。

 けれど、先日まどろみの中で見た意味深な夢がその信念を揺らがせていた。

 

(だけど、もしも……ボクがいままでやってきたことが弔いや(はなむけ)にすらなっていなかったとしたら……ボクはなにをして生きていればいいんだろう?)

 

 ただ悪い夢を見ただけ。

 そんな些細なことかキッドの胸中に根を張っていた疑問の芽は本人の自覚もないままに気付けば大きく肥大していた。その迷いを晴らす答えがこの先にある曰くつきの理想郷にあるのか、まだ誰にも分からない。

 

 

 

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