ーーきっかけは何だったのか、もう覚えていない。
ただ物心つく頃には、僕は“それ”に憧れていた。
主人公でもラスボスでもヒロインでもライバルでもなく、陰ながら物語に介入して圧倒的な実力を魅せつけ、颯爽と去る最高にクールな存在。
所謂、“陰の実力者”ってやつに、僕は狂おしいほど憧れていた。
アニメ、小説、漫画、映画、媒体はどうでもいい。
とにかくそれが陰の実力者であればなんでも良かった。
幼少期、記憶すら定かではない頃からあらゆる媒体を通じて陰の実力者を見続けてきた。
その頻度は日曜朝のヒーローを観賞する子供とは比にならない。だがその根底は同じだ。いつしか僕は陰の実力者そのものを目指そうと決意していた。
ヒーローに憧れる子供がこの世にごまんといるように、僕の場合はそれが陰の実力者だった。それだけの事だ。
ただ一つヒーローに憧れる子供達と違ったのは、それは一時の熱病ではなくもっと奥底、自身の根底そのものとも言えるような場所で強く燃え続けて、いつまでも消える事なく僕を突き動かしたことだ。
空手、ボクシング、剣道、総合格闘技、古武術なんかもあったか。とにかく強くなれそうな分野を全力で習得し、ひたすらその実力を隠し続けた。いつかくる、その日の為に……。
学校では徹底的に個性を殺し、平凡を貫いた。
実力を隠さない陰の実力者など、とてもじゃ無いが陰の実力者とは呼べない。ただの実力者だ。当然そんなものに興味はなかった。
そうしてつくり出されたのが、人畜無害で平凡な、決して目立たないモブA。
僕が研究を重ねて再現した、陰の実力者に相応しい表の立ち位置だ。
そして裏では日常生活の全てを修行に費やした。一切の無駄が排除された、肉体を徹底的に昇華させる為の修行。当然遊ぶ時間もなく、必要最低限の生理活動以外は全て修行の時間に回した。
ツラく苦しく、しかし充実した日々の連続。
これこそが僕の青春であり、学生生活だ。
しかし時が経つにつれ、不安が押し寄せてきた。
どんな夢でもいつかは覚める様に、僕も現実を受け入れなければならない時が来た。
そう、こんな事していても無駄なのだ。
巷に溢れてる武術や格闘技をどれだけ習得しても、物語に出てくる陰の実力者の様な力は手に入らない。
僕にできるのはせいぜい不良を数人ボコれるくらい。
飛び道具が出てきたら厳しいし、完全武装の軍人に囲まれたらもうお終いだ。
――軍人にボコられる陰の実力者……笑える。
断言するが、僕の目指す陰の実力者は軍人に囲まれてもボコリ返せるし、そもそも飛び道具なんて問題にもならないのだ。
この先何十年と鍛え続けて、どんな格闘家も片手であしらえるようになったとしても、軍人に囲まれたらボコられるのだろう。
いや、もしかしたら何とかなるのかもしれない。人間は頑張れば軍人に囲まれてもボコリ返すだけの可能性があるのかも知れない。
それでも頭上に核が落ちてくれば蒸発してしまうのが人間の、生物の限界なのだ。
無論だが僕の目指す陰の実力者は核にすら負けない圧倒的な強さを持っている。
核では蒸発しないのだ。
だから僕も核では蒸発しない存在にならなければいけない。
核で蒸発しない為に必要なものは何なのか?
パンチ力か?
キック力か?
鋼の身体か?
無尽蔵な体力か?
どれも違う。そもそも既存の理論で最強なのが核なのだ。だからこそ僕が求めるのは始めから決まっていた。
魔力、マナ、気、チャクラ、オーラ、呪力、何でも良い。
どれか一つで良いから、物理学に支配されない未知の力を手に入れる必要があった。
それが、僕が現実と向き合って辿り着いた、唯一の答え。
例えば魔力を探している人がいたとする。
きっと誰もが正気を疑うだろう。
僕だって疑う。狂っているとしか思えない。
だけど、どうだろう?
この世界にはまだ魔力を証明した人はいない。でも、魔力が存在しないことを証明した人もまた、いないのだ。
正気では僕の目指した力は手に入らない。それはきっと狂気の先にあるものなのだ。
それからの修行は困難を極めた。
魔力、マナ、気、チャクラ、そんなものを習得する方法は誰も知らないのだ。
座禅を組み、滝に打たれ、瞑想し、断食し、ヨガを極め、改宗し、精霊を探し、妖怪を探し、神に祈り、自身を十字架へ磔にした。
正解なんて分からない。人生と同じだ。
暗闇の中を、
自分の信じた道を、
ただひたすらに信じて突き進むのみ。
それから時が経ち、僕は中学最後の夏を迎える。
魔力もマナも気もオーラも、未だ見つかっていない。
いつもの修行を終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。
僕は傍に脱ぎ捨てていた下着を身につけ、学生服に袖を通す。
未知なる力はまだ身につけていない。しかし、最近続けている修行にはかなり手応えを感じている。
勿論今もだ。
修行を終えたこの体は平常時とはかなり違う。
頭の中がキラキラ輝いているような気がするし、普通に立っているにも関わらず視界がグラグラと揺れている。
きっとこれは未知なる力の影響なのだろう。
魔力か、…あるいはオーラか。なんにせよ確実に近づいているのを感じる。
今日の修行も実に充実したものだったと言えよう。
森で服を脱ぎ捨て森羅万象を感じ、巨木に頭を打ち付けて物理的に雑念を排除し、かつ脳に刺激を与えることでそこに眠る未知なる力に覚醒を促す。
我ながら惚れ惚れする。実に論理的な修行法だ。
あぁ、視界がボヤける。
まるで脳震盪を起こしたかのようだ。
フワフワと、まるで空に向かって飛び立つかの様な足取りで山を下って行く。
その時にふと、揺れる二つの光を見つけた。
宙を泳ぐように並走する二つの光が、僕の視線を横切る。
不思議な光だ。まるで僕を誘っているかのように、妖しく揺らめき導いてくる。
「ま、魔力……?」
僕は未だグラつく視界とおぼつかない足取りで近づく。
きっと…きっと魔力だ!間違いない!
僕は遂に、遂に未知なる力を見つけたんだ!
気がつけば僕の歩みは駆け足に変わり、次第に全力疾走へと変化していった。
木に足がとられても、転がるように走る。
石が、枝が、足を抉り貫いても、腕と足の無事な部分を使って獣のように走る。
「魔力!魔力!魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力まりょーー」
だって魔力だ!魔力なのだ!狂おしいほど探し回り、何度も挫けかけた長年の夢が、目の前にある!
僕は二つの光の前に飛び出し、捕まえ……。
「あぇ?」
ヘッドライトが世界を白く染めた。
ブォンというエンジンのような音が響く。
キャハキャハという笑い声が脳内を支配して。
僕の意識は、呆気なく闇に飲み込まれた。
公式と同じ出だしですみません。次は頑張ります