“それ”は元は“彼女”であった。
その瞬間まで、彼女の人生は幸せに溢れていた。
美しい容姿、優しい両親、恵まれた友人関係。
理想的なまでの日々がそこにはあった。
幸せが絶望に変わったのは、彼女の両親が死んだことから始まった。
原因不明の突然死であった。
彼女の心の整理がつく間も無く、状況は悪化していく。
彼女の新たな保護者が、なんの関係も無い赤の他人に決まったのだ。
当然彼女は疑問を抱き、友人に相談しようとした。
突然決まった事だが正規の手続きが済んでおり、彼女一人ではもはや抵抗のしようがなかったからだ。
しかし彼女の友人はことごとく距離を取り始める。
あからさまに避けることも珍しく無くなっていった。
周囲の大人は彼女をいないものとして扱い、声をかけることすらままならない。
そうして、とうとう彼女の味方は一人もいなくなった。
新たな保護者の名前は虎杖香織。
“彼女”を絶望に堕とした、千年を生きる魔人である。
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「ええぇ……。マジ?」
酷く不愉快、僅かに驚愕。
そんな表情を隠さない、額に縫い傷を持つ一人の女性がいる。
理知的な顔立ちだが、額の傷と死を連想する冷たい瞳が印象深く映る。
彼女の
ごく普通の一般家庭で主婦をしている女性である。
時刻は深夜。
彼女は今、闇に満ちた森の奥深くに佇んでいた。
ごく普通の主婦という肩書きを持つ彼女だが、その肩書きにそぐわない場所である。
香織の足元で、何かが蠢いた。
それは肉だった。
痙攣し、膨張と収縮を繰り返す醜い塊であった。
酷い腐敗臭を漂わせ、不快極まりない粘液を分泌するその肉塊は、しかし確かに生きていた。
それの元の姿は美しい一人の少女だった。
少女が悪魔の様な肉塊に変わり果てた原因は、香織が飲み込ませた呪物にあった。
特級呪物“災厄ノ魔女”、その指。
ソレこそ、少女が飲み込んだものの正体であった。
そもそも、香織が少女を養子として迎え入れた理由は特級呪物の受肉が目的であったからだ。
宿儺の指程ではないが、災厄ノ魔女の受肉には器の強度が必要である。
少し先の未来では器を強化できる呪霊と手を組む香織だが、今はまだ関係すら持てていない。
そんな時に見つけたのが少女だった。
その少女は容姿が整っていること以外は平凡と言って差し支えなかったが、ある一点によって強く香織の目を引くことになる。
呪いへの強い耐性。天然の呪物の器。
本人含め、周りが非術師ばかりだった故に気づかれなかった彼女の才能だ。
手駒と呪物への好奇心を満たしたい香織にとって、偶然出会った彼女は天からの贈り物そのものであった。
即座に攫うことも可能だったが、現状目立つ行為はできるだけ避けたい。
それに、千年を生きる魔人にとって、一人の少女を陥れ手中に収めるのは簡単なことだ。
僅か数日で公的に少女を手に入れ、拘束した状態で呪物を飲み込ませた。
その結果生まれたのが、香織の足元で蠢く肉塊である。
「……呪物への耐性が強いとは思っていたけど、ここまでとはね。中途半端に呪物と融合しているせいで、魂の形がおかしくなってる」
肉塊に手を翳しながら香織は呟く。
呪物が魂の情報を上書きし、肉体を乗っ取ろうとする力と、少女の呪いへの耐性が拮抗した故に起こった奇跡。或いは不幸。
「これはこれで面白いんだけど…。期待していたのと随分違うな。はぁぁ」
分かり易くションボリと落ち込む。
一度融合した呪物は取り出せない。
貴重な呪物故に、香織は意気消沈していた。
「(放つ呪力が強すぎて、実験も出来そうにない。もうここにいる意味はないかな)」
放置していても目立つだけ。
自分までたどり着く可能性は、極力排除しておきたい。
肉塊を始末しようと呪力を練る。
寸前で……気づく。
「どこへ行く。…どこに逃げる。因果に囚われた呪いよ」
ーー怪物の存在に。
「君、何もの?」
一筋の冷や汗と共に、虎杖香織は死を覚悟した。