陰実廻戦   作:水絆創膏教教祖

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アルファ②

1ヶ月くらい経ったかな。

今日も今日とて修行と研究に打ち込んでいる。

 

最近は呪霊を祓いすぎてとんと見かけなくなった。

その影響なのか、僕の生活する県一帯には呪詛師も寄りつかない。

 

由々しき事態だ。僕の研究が進まない。

 

修行や簡単な実験だけなら呪霊でも全然良いんだけど、複雑な研究となると人間の素体ができるだけ欲しい。

 

修行と研究が両立できて、尚且つ何しても文句を言われない呪詛師は正に理想的な相手だったのだ。

 

失ってから大切さに気づく事ってあるよね。

 

という事で今回少し遠出する。

思い切って県を二つほど跨いだ宮城まで行ってみることにした。

 

態々ここまで来たのには理由がある。

以前、ほんの一瞬だけ強そうな呪力を感知したからだ。

なかなか見ないレベルの速さで呪力の放出と隠蔽が行われていた為、きっと呪詛師だろう。

正規で呪術師やってる奴は態々そんな事しないし。

 

おそらく強い呪霊か呪詛師が潜伏している。

というか、そうであって欲しい。

 

僕は殺しに幾つかルールを設けて、其れ等をゆる〜く守っている。

その一つが、悪者っぽい奴は殺して、良い人そうな人はあんまり殺さない様にしようというものだ。

 

聞いた話では普通の呪術師は正義側っぽいので、できれば殺したくない。

 

それに強者に見境なく勝負を挑むってのも、あんまり陰の実力者っぽくないのだ。

 

日常の裏でスタイリッシュに悪者を殺すか、実力を見定める感じか、主人公サイドに圧倒的な力を見せつけるか。

 

大体こんな感じで戦う方がきっとカッコいい。

 

そんな訳で、「史上稀に見るレベルの極悪人で、なるべく強い呪詛師でありますように」と祈りながら宮城まで駆けている。

 

地上だと目立つので、宙を蹴っての移動だ。

比喩では無い。最近習得したばかりの歩行術だ。

大気中の温度差や、空気の密度の違いを見つけ、面として捉える。

 

言ってしまえばこれだけ。

複雑な呪力操作も、技術も必要ない。

見えるかどうかがこの歩行術の全てだ。

 

呪力の研究中に偶然気づいたことがきっかけだが、お陰で随分と世界の見え方が変わった。

 

万物には魂がある。

 

無生物、生物に関係なく、魂みたいな存在を知覚できるようになったのだ。

 

だが残念なことに、存在が分かるようになったところで実際に弄れるわけじゃない。

 

物理的には不可能というのは直感でなんとなく理解できる。

かといって呪力を送り込もうにも、意識的に多くの呪力を送り込めるほど魂への干渉は楽では無い。届かせるのにも一苦労だ。

 

うんともすんとも上手くいかないが、以前呪力を見つけた時のような確信がある。

魂への理解を深めていけば、きっと僕の力は更なる高みへと駆け上る。

 

「そろそろ着くかな。…ん?」

 

ブワッと、少し遠くで呪力が高まっているのを感じた。

この呪力には覚えがある。以前一瞬だけ感じた呪力だ。

おそらく、きっと、あの時の呪詛師だろう。

 

久しぶりの呪詛師。少し気合を入れていこう。

 

「クククッ。因果に囚われし哀れな呪いよ。我が闇で貴様を祓ってやる」

 

ゾクゾクと高鳴る僕の鼓動。

修行や研究だけじゃ無い。

久しぶりに最高の陰の実力者プレイができそうな予感がする。

 

強く、強く、僕は宙を踏み込んだ。

 

 

*************

 

呪力を感知した場所に無音で降り立つ。

 

目視できるのは壮年の女性と、呪力を放つ肉塊だけ。

僕が感知したのは肉塊の方のようだ。

中々面白そうな構造をしている。二つの魂が融合しかかっているのかな?

 

僕自身の呪力は常に隠匿を徹底している為か、どうやらまだ気づかれていないっぽい。

 

という事で、このまま決め台詞を言ってみよう。

 

陰の実力者たるもの、やはり登場シーンに力を入れるべきである。

 

隠匿をやめ、呪力を解放した。

 

同時に呪力を操作し、青紫の炎の様に揺らして全身を包む。

呪力の風圧で漆黒のロングコートがはためいている。

 

…カッコいい。

 

僕の完璧な演出に壮年の女性が冷や汗を垂らしながら目だけ振り向いた。

最高のリアクションだ。

 

舞台は整った。

…あ、めっちゃ逃げようとしてる。待って待って。

 

「どこに行く。…どこに逃げる。因果に囚われた呪いよ」

 

せっかくここまで完璧なシチュエーションなんだから。

 

「…君、何者?」

 

そうそう。その返しを待ってたんだよ。

 

「スt……。我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者」

 

フッ、決まった。我ながら100点満点の登場だ。

 

「陰を…狩る者ね。悪いけど、まだ狩られる訳にはいかないんだ」

 

壮年の女性が呪力を発する。

悪くない練度だ。これまで見た中で一番かもしれない。

 

直後、木の影から女性の呪力に反応する様に呪霊が湧き出た。

 

「今回は彼女に相手をしてもらうよ」

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(領域展開)

 

その言葉と共に、僕の周囲は薄暗い墓地に変化した。

 

 

*************

 

魔人は焦っていた。

 

魔人にとって、“不測の事態”というのはそう珍しい事ではない。

これまでの長い人生で、その様な事は飽きるほど起きていた。

 

だがそれら全てを、持ち得る知識や技術、持ち前の生き汚なさで乗り越えてきたのが魔人だ。

 

だがそれでも、あまりにも、

 

「(ヤバいね。本当に死ぬかも)」

 

異常。世界のバグ。

シャドウと名乗った存在は、魔人が持つ1000年超えの呪術ノウハウが通じ得ない可能性を持っていた。

 

「(呪力の制御技術だけで分かる。彼は化け物だ)」

 

シャドウが現れた瞬間を思い出す。

纏った呪力を100%コントロールし、一ミリのロスもなく肉体強化と周囲の探知に使用していた。

 

呪力ロスをゼロにし、あらゆる呪力運用を自己補完の範疇に収めている人物なんて、この世界にたった一人の六眼呪術師にしか許されない奇跡。

 

加えて呪力を解放するまで、一切その呪力を感知する事ができなかった。

つまり、一級術師以上の呪力量を完璧に制御し、肉体からの漏出をゼロにした上で体内で隠し切ったのだ。

 

「(疱瘡婆に気づかなかった、或いは殺さなかったのは、“私が命令するまで休眠状態を維持し続ける”という契約条件があったからだろう。

ほぼ呪物化した状態なら気配も無く、祓うにも通常の数倍の労力が必要だ。仮に休眠せずそのままの状態で控えさせていれば、間違いなく瞬殺されていた)」

 

魔人の現在の肉体は戦闘を意識していない。

その為身を守りつつ、自身が極力手を汚さないよう千年前から契約していた呪霊をボディガードに使っていた。

契約である以上、頼れば面倒臭い見返りを用意せねばならないが、致し方ない。

 

魔人は現在、呪力を徹底的に抑えて自力の走力のみで逃走をしていた。

反重力機構(アンチグラビティシステム)と呪力の放出による超速移動も考えたが、残穢を辿られる危険性からこの案は却下した。

 

とはいえ女の足である事には変わりない。

それほど距離を空けることはできないだろう。

見つかれば、本格的に戦う必要がある。

 

既に魔人の脳内ではシャドウとの戦いを想定したプランを組み立てていた。

 

「(唯一の勝算があるとすれば、彼の呪術戦への理解がまだ深まってない点。疱瘡婆の領域の反応を見て確信した。恐らく独学であの練度に達したのだろう。天才だが、だからこそ付け入る隙がある)」

 

領域展開への対応は、定石がある。

簡易領域や落花の情のような、その場を凌ぐ術を展開するか、領域を展開し返すか。

どちらも無ければ、即座に領域の主を殺す行動を取る。

 

領域の必中効果がそのまま必殺になる訳では無いのなら、術式の見極めという戦法を取る場合もなくは無い。

 

だがあの時、シャドウはそれらのパターン化された行動には移らず、好奇と驚きに感じ入っていた。

 

()()()()()()()()

 

魔人が狙うのなら、そこ以外にない。

持ちうる全てを賭けて、全力で生き残る。

或いは……殺す。

 

高速で思考する脳内は、確かに自身が生き残る道を手繰っていた。

 

「は?」

 

思考の最中、爆発音と何かが崩れる音が響く。

 

契約していたからこそ分かる。

疱瘡婆の領域が崩壊した。そして、疱瘡婆も祓われた。

 

崩壊する結界から猛スピードで黒い影が飛翔する。

 

「大したことはなかったな、哀れな呪いよ」

 

幾重にも張り巡らせたダミーの残穢にも一切反応せず、完璧に呪力を断ち、残穢すら残さなかったはずの自身の目の前に再び降り立つシャドウ。

魔人は自身の寿命を伸ばす為に、乾いた口から思った言葉を絞り出す。

 

「まだ30秒も経ってなくない?」

「…蟻を潰すのに時間がいるのか?」

 

頬を痙攣させながら、魔人は初めて自身の運命を呪った。

 

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