飛べよ個性~異世界転生したら空も飛べるはず~   作:桜子道 晴幸

16 / 29
今回は教育問題について語りたいです


第十六話 俺は俺が嫌い

あああかんやつや、これはほんまにあかんやつや。でもどうしてだろう。教育ってそんなに価値が低いのだろうか。本当に誰も学びを欲していないのか。そんなわけはない。誰だって学びたいことはあるだろうし、その機会は平等に与えられるべき当然の権利のはずだ。では一体なぜ誰も学校に入学しないのだろうか。

 

 

 

 

 

「問題はなんだと思う?」

「はい、おそらくは入学金及び授業料が問題かと・・・・・・・」

「ん?」

 

 

 

 

 

俺はまたもフリーズしてしまった。どうしてここでお金の話が出てくるのだろうか。学校の建設費や教師の給料に至るまで、すべて俺持ちだというのに。どうしてダンブルドア君は金銭面が問題だと言うのだろうか。俺は自分の言ったことを思い出してみた。確か学校のビジョンを話した時、『貴族とかなら多めに金を取っても良いかも』って言ったかもしれない。もしかして、あのときの話をしているのだろうか。俺は心配になったため、ダンブルドア君にそのことを聞いてみる。

 

 

 

 

 

「もしかして、お金取ろうとしてるの?」

「え、もちろんですが・・・・・・・」

 

 

 

 

 

あちゃー、これは俺が悪いですわ。俺は確かに今後の教育に関して将来的に金銭を貰おうと考えていたが、それは決して今ではない。だって、どの世界に貧困かつこれまで碌な教育をされてこなかった人間に、汗をかいて貯めたお金を払ってまで学ぼうとする人間がいるだろうか。一人二人ならいるかもしれないが、おそらくダンブルドア君の調子だと、結構高めの値段設定かもしれない。普通に考えて、入学金って前金なわけだし、そんな一括で大金を払える家庭はいないだろう。俺は全ての非を認めてダンブルドア君に俺の本音を話す。

 

 

 

 

 

「ごめんダンブルドア君、俺は教育に関して金銭を受け取る気はないんだ」

「なんですって!?」

 

 

 

 

 

俺の考える教育はだれでも受けることができて、なろうと努力さえすればなんにでもなれる、そんな未来を掴むことができる努力の場なのだ。もちろん、勉強を途中で切り上げてもいいし、とことん突き詰めてもらっていい。だがしかし、金銭を受け取るのは基本知識を学ぶ場ではなく、前世で言う大学水準での話なのだ。しかも、高等教育を受けたいのならばそこからは保証は出来かねる、くらいのニュアンスなのだ。そもそもそこまで高度な勉強を欲するのならば、それなりの所に就職はできるだろうし、金銭面には困らない成果を上げている者にのみ高等専門教育を施す気でいたのだ。俺はそれをダンブルドア君に話してやる。

 

 

 

 

 

「そういうことでしたか・・・・・・」

「俺の話し方が悪かった、ごめん」

「いえ、殿下が謝られることでは、ですがそういうこととなりますと新たな問題が」

 

 

 

 

 

ダンブルドア君は俺に新たな問題を提示した。それは、学問を修めたいという人物層の問題だった。学問を修める人間の多くは、この世界において貴族が大半を占めるのだそうだ。そして、今ある教育施設はたったの一つ。そう、学校が足りないのだ。さらに、貴族だけを入学させるとなると、俺の描いた万民のための学校と言う定義が崩れてしまう。それだけは何としても阻止したかった。俺はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

「仮定でいいが、生徒が定員まで入学するとして貴族と平民の割合はどれくらいになると予想する?」

「おそらく良くて8対2、悪くて10対0でしょう」

 

 

 

 

俺は頭を抱えた。それでは駄目だ。貴族が少ない平民を蔑むことくらい容易に想像がつく。大して学がなくとも身分だけで批判されるのは御免被る。そのための学校なのだ。絶対に許されることではないし、それでは平民の知識向上には繋がらない。大多数を占める平民にこそ学んでほしいのだ。国民基盤を鍛えることこそが、王国の発展の礎となる。身分も学歴も揶揄される世界線なんてまっぴらだ。俺はおそらく庶民の味方でありたい。ああ、こうして無能な貴族が増えるのだ、こう考えた時、俺の中の貴族ヘイトが燃え始める。

 

 

 

 

 

「貴族には入学試験を設けよう」

「へっ?」

「お貴族様なんだろ?普段からいい暮らししてるんだから、平民より頭が良くて当たり前だろう?」

 

 

 

 

俺は環境が整っていたからこそ、前世でもこの異世界でも割と、というかかなり恵まれている。人がマナーを作るのではない、マナーが人を創るのだ。その理論で行くとおおよその問題に片がつく。俺はダンブルドア君にその方針で話を進めてもらうことにする。同時に、ダンブルドア君の思っていることも言い添えてやる。ダンブルドア君が思っているのは貴族と平民の学力差である。確かに、これでは入学してからが大変だ。だから俺は、平民向けに長期的教育戦略を提案した。

 

 

 

 

 

「かるた・・・・・・ですか?」

「そう、紙や木片といった札に文字を書いて、それを読み手と取り手に別れて取り合うんだ。早く文字を覚えたものが札を取るっていうゲームさ」

 

 

 

 

 

言語などは遊びの中で習得するものである。これからの平民にはそれらカルタを娯楽として流布し、長期的に国民全員が読み書きが最低限出来る状態にしておくのだ。さらに、この副次的な効果として、現在俺が発行している街の情報誌を誰もが読むことができるため、購買層が一挙に増えることにも繋がる。そのために、テコ入れとして新聞を発行することにした。これで現在起きた出来事を広く知らしめ、同時に言語習得を目標とした企業を立ち上げるのだ。この手の企業は既に起業馴れしたインテリボルドー君あたりにでも任せれば問題ないだろう。頑張れインテリボルドー君。

 

 

 

 

 

「分かりました。授業料などは免除とし、貴族には入学試験を実施、比率を半々とします」

「それでいい」

「ですが、平民の障害を持った子供はいかがしますか?」

 

 

 

 

 

おっとまだ問題ですか。今日はなかなかアルフレッドと遊ぶことができないな、そう物悲しくなったがそれもこれも未来の国民のためだ。すまない、アルフレッド。俺は問題に向き直るが、ダンブルドア君がそこまで気にするかがいまいち理解できなかった。普通に障害があろうと、勉学に意欲のある子どもは積極的に取るべきだろうに、何を迷う必要があるのだろうか。ダンブルドア君は言いにくそうに進言する。

 

 

 

 

 

「殿下、これは我々でも手に負えないのです」

「なに?」

 

 

 

 

 

俺の眼光が一気に鋭くなる。生徒を身体的特徴で区別することは一番やってはいけないことだ。それに俺もダンブルドア君のいうそれに該当することになる。しかし、俺は左手が使えなくともこうして立派に大人に講釈を垂れているわけだ。何も問題はないはずなのだ。それに気づいたのか、慌ててダンブルドア君は弁明する。

 

 

 

 

 

「障害を持った児童・生徒というのは一概に教育を施しても、他の生徒と同様の成果を上げるとは思えません」

「それをどうにかするのが君の仕事だろう?」

 

 

 

 

俺の口調が少し険しくなる。ダンブルドア君も冷や汗が滲んできており、互いに退かない状況になってしまった。そんな時、アルフレッドのメイドをしているミザリーがアルフレッドを共に連れてやってきた。

 

 

 

 

 

「殿下、教師といっても全ての生徒を一様に接せられるわけではございません。アルフレッド様のように、特別な方法で成長される方もいらっしゃるのです。それを教えてくれたのはあなた様ではありませんか」

 

 

 

 

 

俺はハッとしてアルフレッドを見る。アルフレッドは俺の話している難しい内容についていけていないようだったが、俺が苦しんでいるのが分かったのか、スッと俺の下に寄り添い、俺を見上げて呟くのだった。

 

 

 

 

 

「にっ、兄様。ぼっ、僕も・・・がっ、がっ、学校に行って・・・も! いいの?」

 

 

 

 

 

俺は忘れていた。人はそれぞれ自分のペースがある。だからこそ、俺は飛び級制度も作り、上へ登れるものはどんどん進めと考えたのだ。しかし、それの反対にゆっくりと成長する者もいるのだ。障害があるからと言って、一様に同じ教育を受けろと言うのは、むしろ苦痛になるだろう。それは障害のある者も健常者も同じであると一概に言っていることと同じで、その本人の差を見ていないだけなのだ。人は皆違っている。俺だって人と違っていただろうし、前世ではみんなと同じになり過ぎて空虚だった。そんなことを一番分かっていたはずの俺が忘れていたのだ。それに教師だって万能ではない。教師の仕事量の多さは現代日本でも問題になっていたほどだ。これでは教師が摩耗しかねない。俺は人的価値を無視した偽善の行為に心から反省した。ゆっくりとアルフレッドの前に屈むと、心配そうに見つめるアルフレッドを撫でてやる。嬉しそうに撫でられているアルフレッドを見て、俺の心は決まった。

 

 

 

 

 

「ミザリー、言語聴覚士のサリマン先生へ伝言を頼む」

「はい、承知いたしております」

「そうか・・・・・・・ダンブルドア君、こちらで障害のある者へ対し教育できる者を用意する」

 

 

 

 

 

ダンブルドア君はようやく苦しい表情を和らげると、握手を求めてくる。俺は少し恥ずかしがりながらもしっかりと握り返してやる。

 

 

 

 

 

「ご厚意に感謝いたします」

「弟のためだ」

「分かっております」

 

 

 

 

 

そう言うと、ダンブルドア君は学校の運営状況の訂正をしに、ミザリーはサリマンの下へ教育関係の紹介に関して打診しに出かけて行った。少し疲れた俺は部屋に戻る。椅子に座って外を眺めていると、香しい紅茶の匂いがした。振り返ると、何も言わずにてきぱきとお茶の準備をするクリスがいた。俺は何も言えずにまた窓の外を見る。机にお茶が優しく置かれ、湯気がゆらゆらと上る様子がガラスの反射で俺の目に移りこんでくる。俺はその揺らめきが自分の情けなさの様で、鼻の奥がツーンとした。決して泣いてはいない。

 

 

 

 

 

「俺は大切な存在をぞんざいに扱うところだった」

 

 

 

 

ぽつりと呟いた言葉は、湯気のように部屋に消えてしまうほど小さかったが、クリスはそんな囁きにも似た俺の言葉を全て拾ってくれた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまには皆が感謝することになります」

「そんなことない」

 

 

 

 

 

俺は鼻の奥がツーンとしたことを隠そうとムキになってしまう。クリスにそんな八つ当たりをしたくはなかったが、なんとかツーンとした痛みを耐えるには攻撃的な、もしくは自虐的になるしかなかった。

 

 

 

 

 

「俺はだれかの考えを真似ているだけだ。それは俺でなくて感謝されても、それは俺ではない誰かの手柄だ。俺は・・・・・・・俺じゃない」

 

 

 

 

 

俺の卑屈をクリスは黙って聞いてくれた。俺はむしろ呆れや嘲笑が欲しかった。叱ってほしかった。だが、クリスは静かに俺の言うことを聞くだけだった。だから、俺はクリスを少し困らせてやりたくなった。俺は汚くも意地悪をすることにしたのだ。本当にこんな汚い俺が、俺は大嫌いだ。

 

 

 

 

 

「お前もそんな俺だと知ったら失望するだろう? でも、俺はそういう人間なんだ。それだけの人間なんだ。なあ、そうだろう?」

 

 

 

 

 

俺の挑発的な質問にクリスは膝を曲げて、俺と目線を合わせる。ああ、今のクリスの目には俺がどんなふうに映っているだろうか。情けない奴、無能な奴、バカな奴、哀れな奴、仕方のない奴どれだろうか。でも、こんな俺も知っておいてほしかったのだ。他ならぬクリスに、俺のこんな所も知ってほしかったんだ。俺が目を見つめられるのを自分から止め、目を瞑ると頬に衝撃が走る。俺は驚いて目を開くと、そこには少し怒ったような顔のクリスがいて、それは初めて見る顔だった。目の端には涙が溜まっていて、俺はそんなクリスを見ることが嫌だと思ってしまった。

 

 

 

 

 

「だれかの考えを坊ちゃまが如何にされようと、私には全て輝いて見えるのです。私は坊ちゃまに全て頂きました。それは他ならぬ坊ちゃまご自身からです。他の誰でもありません。坊ちゃま、私にはあなたが全てなのです」

 

 

 

 

 

どうしてクリスが泣くのだろう。俺の方がいつも元気をもらっているし、お世話をしてもらってる。こんなにも大切なものを傍に置いてくれて、こんな俺を支えてくれる人が他にいるだろうか。俺はそんな人を泣かせてもいいのだろうか。いいや、絶対にあってはならないことに決まっている。俺は涙を零すクリスと、ぶたれてジンジンと頬に残る優しい痛みで泣いた。この世界で初めて泣いた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまが私の全てであるように、これからは全ての国民が坊ちゃまから、私と同じように慈しみを頂くのです。そんなお方が自分を卑下なさる? では私たちはどうすればよいのです? あなたが自分を否定なさるのなら、それ以上に私をご否定ください」

 

 

 

 

 

それは嫌だ。俺は大切な存在を否定されることだけは嫌なんだ。どうしたら許してくれるのか、俺はまた間違いを犯してしまったのか。俺は涙を憚ることもなく流し続ける。汚いが鼻水すらも垂らしながら。でも、そんな汚い俺でも認めてくれる人がこんなにも傍にいる。こんにも俺を見てくれる人が俺を大切に思ってくれている。それだけで俺は満足だ。俺は、俺を許そうと思う。

 

 

 

 

 

「ごべん! クリスティーナ・・・・・・ごめん!! 誰も、誰も悪くないよぉ!」

「ようやくお分かりになられましたか。出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

 

 

 

 

 

クリスは自分の仕事に戻り、俺に接してくれるが、それでも溢れる人間味に俺は慰められていた。俺はこんな人にいつかなれるのだろうか。将来の自分への不安をまたもクリスが拭ってくれる。

 

 

 

 

 

「許す、許すよ! もっと俺を見ててくれよぉ!きっといい奴になるから!」

「はい、いつまでも」

 

 

 

 

 

俺の言葉を受けとめてくれたクリスは、俺の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭いてくれる。俺は汚い顔を拭かれて新しい自分に生まれ変われる気がした。クリスやアルフレッドが俺にとっての希望の光であるように、俺もクリスやアルフレッドを照らし続けられるようになろうと決心したのだった。

 

 

 

 

 

「ハンカチの意味、分かっただろ?」

「・・・・・・はい、このハンカチは私の生涯の最大の誇りとなるでしょうね」

「大げさだよ」

「いいえ」

 

 

 

 

 

俺とクリスは笑い合っていた。俺の紅茶はすっかり冷めてしまったが、俺の心は、過去の俺はすっかり温かくなっていた。俺はこれからも頑張るぞ。可愛いクリスや弟のアルフレッドと面白おかしく暮らしてやるんだ。俺が楽しくなってやるんだ。俺の心は前よりも強く、カッコよくなっている気がした。

 

 

 

 

 

 




自分を見つめ直すいい機会でしたね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。