飛べよ個性~異世界転生したら空も飛べるはず~ 作:桜子道 晴幸
どこからどうみてもやばい場所だと分かる。だって、ところどころ穴が空いてるし、煙突からは変な色の煙がモクモクと出ている。それにさっきから家の中から高笑い、それもヤバい系の笑い声が聞こえてくるのだ。俺は一向に入ろうとしないリーゼロッテに先を促すも先に入れと譲らない。こんなときこそレディファーストだと思うのだが、いやそもそもあんたの領地だろ。俺が観念して恐る恐る足を踏み入れる。
「ごめん下さぁい・・・・・・」
中を除くと、部屋は薄暗く、それでいて何か薬品の匂いが充満している。ああ、ここはいちゃいけない場所だと、俺はすぐに住人がいないことにして退散することにする。すると奥から走り出す音がこちらに向かってくるではないか。俺は目を凝らしてみると、奥から頭を爆発させた、それこそマッドな雰囲気を全身から醸し出す初老のおじさんが出て来たではないか。
「芸術の時間だあああ!!!」
俺は底知れぬ恐怖でおじさんと合わせて家を飛び出す。慌てて家の外でずるくも退避していたリーゼロッテの手を引き、家から距離を取る。その瞬間、家は青緑の炎を上げながら爆発した。
「ひゃっほう!!! 失敗だあああ!!!」
何がそんなに面白いのだろうか。今しがたあんたの危機感を感じさせる目つきを見なければ俺もあんたの家同様に吹き飛ばされていたのだけど。俺の目線に気づいた初老のおじさんはずかずかと歩み寄って来る。
「お前さん今の芸術を見たかっ!!!」
ああ、声がでかい。オワリ領で会ったオビワン西郷どんと負けないくらい声がでかい。どうやら先ほどの爆発を何度も体験しているからか、耳が悪いようだ。
「くそじじい」
「聞こえておるぞ!!」
だからうるさいって。それに都合のいい言葉は聞こえる地獄耳のようだ。俺は怖がるリーゼロッテを退避させ、やばいおじさんに話を聞く。
「あなたが錬金術師ですか?」
「ああ?」
「あなたが錬金術師ですかああああ!!!」
「うっさいわ!」
くそこの偏屈じじいめ。俺はおそらくこのじじいが嫌いの様だ。だが、今の爆発といい、おそらくこの人はこの世界で初めて出会うタイプの個性的な、直すべき個性を持った人間、それも科学者であろう。俺は少しの期待を胸に話を聞いてみることにする。
「今の化学爆発ですよね」
「おおう!よく分かったな小僧!」
少し機嫌がよくなったと思われるやばいおじさんは意気揚々と今の実験を説明してくれる。別に頼んではいないんだけどね。
「今のはこの鉱山で取れた銅の炎色反応を確かめておったのだ!」
俺は少し距離を取って話を聞くことにしたため、少しは耳へのダメージが軽減されているが、それでも大きな声である。それにしても初めて異世界に来てから化学者に会った。俺は少しの興奮を覚え、興味を持ってしまう。
「もしよければなんですが、僕の街に来ては来てはくれませんか?」
「いやじゃ」
ええ、こんな明確に即答で拒否された経験がない俺は一瞬反応が遅れてしまった。だが、俺もこんなことでへこたれるわけにはいかない。俺は再度お願いをしてみる。
「そこをどうか」
「やじゃ」
くそじじいが。可愛く言うんじゃねえ。さして可愛くもないし。俺は手法を変えて嫌がる訳を聞いてみることにした。
「どうしてそこまで拒否なさるのですか?」
「あんた、王族じゃろ?」
今、確かにこのやばいおじさんから明確な敵意が感じられた。初めて敵意を向けられたことに驚くが、それ以上になぜ俺の正体がバレたのだろうか。俺は少し注意深く話を聞くことにする。
「俺が王族だといけないことでもありますか?」
「王族は嫌いじゃ」
一体何をしてくれたんだ変態国王め。俺は王宮にいるであろう父、ヴィルヘルム国王に中指を立てておいた。俺も王族は、というかあの国王が好きではないため、同類としてこのやばいおじさんから同情を買うことにする。
「俺も国王が嫌いです」
「なんじゃと?」
おじさんの興味が少し俺に向いたのを確認し、俺は胸中でガッツポーズを取る。だが、ここからは本心だ。俺は王族が嫌いだとはっきり言うことのできるこのやばいおじさんが、若干ではあるが好ましいと思っているのだ。いつの時代もイエスマンばかりでは世の中は腐敗する。だれか一人でも反対する人間がいないとおかしいし、面白くない。俺は正直に俺が以前ヴィルヘルム国王に言った和歌を口ずさむ。
「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり・・・・・・これが俺の本心です」
「・・・・・・」
やばいおじさんは少しの間をおいて荒ぶっていた鼻息を押さえると、初めて俺の目をしっかりと見つめて話を聞こうとしてくれた。
「お前さん、本当に王族なのだな」
「はい、俺はヴィルヘルム国王の息子のビスマルク。だが、俺は俺で、父とは違います」
俺の言葉の真実を確かめるように、やばいおじさんは俺の目をまじまじと見つめる。それでも俺の本心は変わらないし、嘘もついていない。だからこそ、不動の俺の瞳を覗き込んだやばいおじさんはようやく姿勢を正し、頭を下げて来た。
「これは失礼しました、ビスマルク殿下。私はハーバード・ノーベルと申します。ここに住むまでは王宮で科学者として仕えておりました」
これは驚いた。案外しっかりとやればできるではないか。俺は感心しながらも、ハーバードと名乗るこのやばいおじさんに興味を抱いていた。名前からして頭のいい某世界的有名大学の名を冠し、さらには科学の権威たるアルフレッド・ノーベルの苗字を持つとは。これで都人と言うのだから申し分ない人材である。しかし、どうして王宮に仕えていた人物が王族を嫌いになったのだろうか。
「どうして王宮を離れたんだ?」
「はい、あそこは息が詰まる故・・・・・・それに、人を人とも思わない人間には嫌気が差しました」
どうやらなかなかディープな闇を抱えているらしい。あえて聞かないであげよう。俺は暗い表情をするハーバードに俺の提案をもう一度する。
「ハーバード、もう一度聞く。俺の下で働く気はないか?」
「・・・・・・ご容赦頂ければ」
これでもダメか、と俺は内心諦めていた。しかし、そんな俺の心を読んだのか、ハーバードは顔を上げて改めて要求を提案する。
「しかし! 民のため! 平和のためならば! このハーバード・ノーベル、殿下の下でも身を粉にして尽くしましょう!」
俺はこのやばいおじさんという認識を改めなければなるまい。この化学者は元はなにがあろうと、民のことを、誰かのためになることを考えられる、未来に生きることができる稀有な人間なのだ。俺はそんなハーバードが人間として好印象を抱いていた。
「ハーバード、当たり前だ。この世を、お前と俺たちで面白おかしく暮らせる平和で楽しい世界にするぞ」
「・・・・・・ははぁっ!」
俺とハーバードは握手を交わし、ここで一件落着かと思いきや、ここですっかり失念していた存在が待ったをかける。もちろんその人物とはこの領地の領主の娘であるリーゼロッテである。
「ちょっとお待ちください!」
「なんだよリーゼロッテ姫」
俺は忘れていたとはいえ、このキンキンとする声に辟易している。ラッキーなことに耳の悪いハーバードは聞こえていないようだ。都合のいい耳め。俺はそんなちょっと羨ましいハーバードを見ながら、リーゼロッテの話しを聞いてやることにした。
「なんだではありませんわ! 勝手に殿下が我が領地の人間を引き抜くのは止めてくださいまし!」
おおっと、そういえばそうだった。ここは確かにリーゼロッテの領地であり、勝手な人材の引き抜きはよろしくない。俺はこれは困ったことになったと、リーゼロッテに交渉を要求する。
「そこをなんとか、リーゼロッテの要求を受けるからさ」
「私の要求を・・・・・・ですの?」
俺はどことなく嫌な予感はしているが、あまりにも法外な要求でなければ手放してもよさそうな物ならあげてやるとすら考えていた。だが、リーゼロッテはもじもじとしながらなかなか要求を言おうとしない。これはハーバードの価値を時間的焦らしで高めているのだと考え、俺も冷や汗が出てくる。一体どんな要求をされるのか。
「では、殿下の財産を全て私に譲ってください」
「・・・・・・へっ?」
化学者ってやばい人が多いですよね
類は友を呼ぶってやつですな