飛べよ個性~異世界転生したら空も飛べるはず~ 作:桜子道 晴幸
こいつは悪魔かあああああ!!! 俺の想像の斜め上どころかはるかかなた天空を突き抜ける勢いの法外な要求に俺は唖然としてしまった。どんだけがめついんだよ、この姫様は。俺が目をぱちくりさせていると、リーゼロッテはなぜか怒ったように要求の答えを聞く。
「殿下がこのハーバードを貰うと言うのであれば、殿下も全てを投げ打ってでもその男を手に入れることができるでしょう? でしたら、なにも問題はないではありませんの?!」
どうしてここまでリーゼロッテが俺に対して強く当たるのだろうか。俺は困惑の表情を受けベると、隣で心配そうに俺を見つめるハーバードの姿が見えた。俺はそんなハーバードを見てしまうと、心がすっと決まってしまう気がした。俺はリーゼッテに向き直ると、きちんと目を見て話す。
「ああ、問題ない」
その答えを聞いて、隣のハーバードは目を見開き、対面するリーゼロッテはどこか安心したような、だが少し不安なような不思議な感情を浮かべていた。俺としては財産なんてどうでもいいのだ。俺が夢見る、空を飛ぶことができるためなら俺はどんな金だって苦労だってしよう。俺はこの異世界では、とことん夢を見てやると固く決めているのだ。
「それなら・・・・・・安心しましたわ」
「ああ、追って目録を渡そう」
俺はそう言うと、紙に契約書を書いてリーゼロッテに渡す。リーゼロッテはなぜか渋々とその書類にサインすると、これで契約は成ったと、俺はリーゼロッテと握手を交わす。これで一文無しだ、そう心で泣いたりはしたけど。しかし、そこに闖入者が現れる。
「おいコラハーバード!前に貸した200ダル返せっ!」
「ああん?聞こえんわ!相変わらず金にがめついボッシュめ!」
「聞こえてんじゃねーか!くそじじい!」
あのう、今ここは感動的なシーンなんですよ。喧嘩ならあっちでやってもらえませんかね。俺が泣きたい気持ちを押さえて見ていると、ハーバードが嬉々として俺の肩を抱いて来る。
「ボッシュよ! 悪いが今日からワシはこの方の下で働くのだ! お前のそのうるさい顔を見るのも今日でしまいじゃ! このエセ科学者め!」
「なんだとっ! エセはどっちだ! くっそお、おいそこの坊ちゃん! 俺もこいつと一緒に連れてけよ! こいつよりは科学ってもんを分かってるぜ!」
「なんじゃとこの、この没シュートめっ!」
「ああんやろうってのか!」
あああ、うるせええ! 俺は感動の文無しシーンをもう少し堪能したかったんだよ! 俺はリーゼロッテを見ると、まるでゴミムシを見るかのように冷たい目でその光景を見ていた。俺は背筋が寒くなり、リーゼロッテに声を掛ける。
「あのう・・・・・・リーゼロッテ姫?」
「ああ殿下、あの方も一緒に連れて行って下さいまし」
「え、いらな・・・・・・」
俺のささやかな反抗も虚しく、リーゼロッテは元来た道を引き返してしまう。とほほ、俺は今文無しなのに。とりあえず俺は道中もやかまし二人に挟まれながらベルサイラル宮殿に帰ってくるしかなかった。俺は道中でハーバードについてきてしまったボッシュの素性を聞くことにした。
「ハーバード、ボッシュってどんな人?」
「こやつはとにかく変人じゃな」
「変とはなんだ!」
「ちょっと黙っててね」
三人で話すといちいちケチを付けられて話が進まない為、俺はボッシュの口を塞ぐことにした。ハーバードはその行為がよほど気に入ったのか、俺へボッシュのことをぺらぺらと話してくれた。
「こやつはワシの弟子でして」
「え、弟子なの?」
「まあ、腐れ縁ですじゃ。しかし、こやつの変態的な趣味はさておき、一応科学者の端くれとしてそれなりの腕はあります」
素直に褒めるハーバードのことだ、ある程度の科学知識を有しているのは間違いないだろう。しかし、問題はそこじゃない。変人のハーバードが変態と罵るのだ。よほどの変態な趣味をお持ちなのだろう。聞きたくはないが、これからうちの街に来るのなら知っておくべきだろう。俺はボッシュの口ぐるわを外し、喋ることを許可する。
「ボッシュ君、君ってばどんな趣味があるのさ?」
「そんなの全男の夢さ!」
おお、と言うことは俺と同じ空を飛ぶことなのだろうか。俺は少しの不安を抱えながらボッシュの夢を促す。もちろん不安だけど。
「俺の夢は・・・・・・可愛い女の子の下着を食べれるようにすることだっ!」
ああ・・・・・・あかんやつでしたわ。これは個性がぶっ飛び過ぎている。案の定だけども、これはひどすぎる。コンプライアンスに引っ掛からないことを願うばかりだが、それ以上に犯罪匂がプンプンするのはやばすぎる。類は友を呼ぶんだな。ハーバードの弟子と言うだけあって、かなりの変人、変態だ。俺はあらかじめ警察組織に根回ししないといけないだろう。
「ね、変なやつでしょう?」
「ハーバードもね」
「え?なんですか?」
「変人」
「なんですと?!」
「聞こえてんじゃん!」
俺はあたかも変じゃないですよ、とばかりの顔を辞めてほしい。あんたも十分にキャラが立ってるよ。むしろこんな個性は取り入れちゃいけない気がするんですけど。俺はそんな変人二人を仲間にしてしまい、肩を落としてリーゼロッテの宮殿へと戻ってきた。戻るとクリスが俺を嫌そうな顔をして出迎える。確かに変人を二人ほど連れてはいるけど、酷いよクリス。
「変な人が三人いますね」
「え、怖いこと言わないでよ」
おいおいクリスさんや、幽霊でもいるのかい。異世界に幽霊はいないと信じているのだけど。あれ待って、もしかしてだけど三人目って俺のこと? だとしたら心外だ。俺は変じゃない。こいつら二人からすればまだまだ足元にも及ばないはずだ。だって、俺はまだまだ個性の修行中、これからもっと個性を身に着けるんだからね。てことで俺は変人じゃない。これで証明終了ってわけ。俺がどこ吹く風という顔でいると、クリスは仕方なく笑ってくれた。
「坊ちゃまのすることです。きっといい人たちなのでしょう」
「いいや、こいつらはダメだ」
「え」
ちゃんとクリスには警告しとかなきゃ。だって、一人はマッドサイエンティストかもしれないし、その弟子に至っては女性の下着を食べたがる犯罪者だ。俺のクリスに二人がくれぐれも近づきませんように。俺の言葉にクリスが引きつっているが、気にせずリーゼロッテの宮殿に入る。しかし、リーゼロッテと先ほどの内容について話す前に、俺はクリスにあることを打診しておく。
「今手持ちの金をできるだけ用意しておいて」
「いかがされるのですか」
「石ころを買うのさ」
俺の内緒話にクリスは嫌そうな顔をする。またこの顔だよ、やめてよ俺にも考えがあるんだから。はいそこも、残念な子みたいな憐れみを止めろ! お前らの方がもっと残念だからな! そんな不毛なやり取りをしていると、リーゼロッテの部屋に着く。そこにはあの悪代官のようなリーゼロッテの父親である、ゴールデンもなぜか待機していた。俺は嫌な感じを全身で感じとりながら席に座る。
「殿下、我が領はいかがでしたか? 風光明媚な観光街とはいきませんが、それなりに豪華絢爛な建物が揃っておりましたでしょう!」
確かに落ち着きがある街かと聞かれれば、そうではないだろう。ここは鉱山の街だ。いわゆるモノカルチャー経済で成り立っていると言っても過言ではない。活力があり、それなりに大きな金の動きがある街だけあって、成金のような人間が多くいる為、その権勢を誇るがごとくドでかい建物が乱立するありさまだ。まあ、俺は悪くはないと思うけど、その元締めがこの悪代官だと思うとなあ。
「ええ、とても活力のある街ですね」
「そうでしょうとも! ですが、なかなか領土の運営にも困っているのも事実でして・・・・・・」
ゴールデンはゴマをするように俺を見る。そんなん言ったって、今しがたあんたの娘に財産根こそぎ奪われたんだから出せる余裕なんてあるわけないっしょ。どんだけがめついんだよこの親子は。親の顔が見てみたいものだよまったく。
「あ、あの方が私のおじい様ですわ!」
ああ、ゴールデンに似てるなあ。名前は、ええと、ゼニー公爵・・・・・・どんだけ銭ゲバなんだよこの家系。まったくリーゼロッテがこの親の顔みたくあくどくなくてよかったよ。顔は、顔だけは可愛いもん。さて、それにしてもどうやってゴールデンの要求を断るかな。まあ、普通に王族には金がないとでも言っとくか。本当に文無しだし。
「ゴールデン公爵、残念ながら俺にも金はなく手ですね。ない袖は振れません。ご容赦下さい」
「な、なんと・・・・・・まあ、現金だけとは申しません。価値のあるものでも」
おいおい今ないって言ったよね。俺に残ったのなんて人材と株式とかなんで譲渡もできないものばっかだぞ。俺を破滅させる気か。まあ、価値が分かる人でもなさそうだし、もうないものはないってきちんと伝えよう。
「私の持っている物に価値のあるものなんてありませんよ」
「では、そのメイドでも構いませんよ?」
「・・・・・・は?」
本当にこいつは何を言ってやがるんだ。メイドってのは俺の、大事な大切なクリスのことか。舐めまわすような目線がクリスを襲うが、俺の眼光が鋭くなったのを見てか、ゴールデンもしっかりと肩を落としてみせる。
「冗談ですよ、殿下」
「まだ子どもなもので、冗談もご容赦願いますよ」
俺の本気の心がまるで伝わっていないな。冗談とかぬかしやがるが、今のはおそらく本心だろう。まったく貴族は貴族でも本物の悪代官だなんてまっぴらだ。冗談は顔だけにしとけよな。俺は少し腹を立てると、そそくさとゴールデンは部屋を去っていく。ようやく人払いが済んだので、俺はリーゼロッテと契約書を交わす。
「これが今街にあるおおよその財産の全てだ。まあ、人件費とかは取られると困る人が多いから、そこは引かせてね」
「こんな資産を・・・・・・早く私に渡して正解でしたわ」
うん、君が言っていいことではないよね。なんか資産を増やしてくれる売人みたいで嫌だなぁ。まあ、こんな身に余る財産くらいで優秀な人材が来てくれるんだ。安いもんだ。俺はそう割り切ってサインする。リーゼロッテはなぜかたいそうホッとしたように契約書を眺めている。そんなに金が欲しかったのかな。俺は経済状況を考えたりしたが、無用なお節介だと頭を切り替えた。
俺は数日リーゼロッテと遊びながら、ブルボン領を歩き回り、無事に帰国の途につこうとしていた。俺の馬車には俺とクリスと大量の石ころ。そして、別の馬車にハーバードとボッシュと大量の石ころを摘んでいる。クリスとリーゼロッテはその石ころをとても不思議そうな目で見ていたが、ブルボン領でもただの石扱いされている物なので格安で大量に入手することができた。
「そんな小汚い石なんてどうしますの?」
「趣味でね、これを欲しいっていう人がいるから」
「ふうん」
明らかに疑われているが今は価値がないのだから仕方がない。俺はまんまと財産をこの姫様に全部持ってかれてしまったのだから、新たな金策を練るしかない。これは俺の秘策なのだ。ここで明かすわけにはいかない。それでも疑うリーゼロッテから俺は視線を逸らしてもらうべく、また遊んでやることを提案する。
「まあ、また来るからさ」
「すぐですよ?」
「すぐは無理かな。あ、でも今度はオワリ領のシャルロッテも・・・・・・」
「それは遠慮しますわ」
最速で断られたけどやはりシャルロッテとは仲が悪いのかな。俺はやれやれと思っていると、なにやらリーゼロッテが俺のことを凝視している。俺はそれが気になって聞いてみることにした。もうリーゼロッテに取られる者もないし、気が楽だからね。
「どうしたの、リーゼロッテ姫」
「・・・・・・殿下、私は早くその左手を治した方が良いと思いますわよ?」
「な・・・・・・」
どうしてバレたのだろうか。この姫様やはり目利きだけは鋭すぎる。俺が隠してきた他の人にバレなかったことがことごとくバレている。クリスもかなり動揺しているようだ。一応、ヴィルヘルム国王の一件以来俺が何事もないように振る舞ってはいるが、クリスの中では未だに心に残る棘のような存在なのだろう。無理もないことだ。だが、だからこそ俺はクリスを心配させるわけにはいかないのだ。俺は少しの冷や汗を隠しながらリーゼロッテの話しにそれとなく同意しておく。
「あ、ああ! これのことね! お医者さんに見せておくよ! 心配ありがとね!」
「いえ、よければよい医者を・・・・・・」
「うんああ! 俺が見つけるよ大丈夫大丈夫じゃあね!」
俺はそう急ぎ足で話を切り上げると、出発を指示する。馬車は動き出し、リーゼロッテの心配の眼差しが俺たちを見送ってくれる。俺は安心から一息つき、窓から右手を出して手を振り返す。いつまでも馬車を見続けるリーゼロッテの姿が見えなくなるまで。
「殿下・・・・・・私があなたを・・・・・・」
いろいろ得たものもあれば全部財産を失うことになったりもして波乱万丈だったブルボン旅行も無事に?終わり、俺は故郷である街に帰ったのだった。
お金は大事、でもどう使うかもすごく大事