田舎の駄菓子屋にいる一般元プロデュエリストと少年   作:ハム山公男

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気が向いたら続きを書きます。


デュエル1 火種

 田舎の駄菓子屋。

 今や絶滅危惧種だと言っていい、あばら家に駄菓子と子供向けオモチャを詰め込んだだけの小規模な世界。

 主である私の精神性をそのまま表したかのような、子供の秘密基地のごとき城は、今の私にとって唯一安心できる場所だ。

 その一角にある、昔の繋がりで少しばかり品揃えのいいカードショップには、今日もこの街の数少ない子供達が集って楽しそうにしていた。

 

「ねーねーユウヒ姉、≪後に亀と呼ばれる神≫って在庫ないのー?」

「なんか君、マイナーなメタビカードばっかり買ってないかい?」

「ユウヒ姉がそういうカードばっかり入荷するからじゃん」

「……いやまあ、あるがね。少し待っていてくれたまえ」

 

 子供の要請に重い腰を上げ、ショーケースに並べていないカードを収納したバインダーを引っ張り出してくる。

 並ぶカード達を指でなぞると、嫌が応にも思い出してしまう。思い出と呼ぶにはあまりにも暗い、疼痛を。

 お目当てのカードを渡すと、子供は嬉しそうに笑った。その眩しさと無垢さに、少しだけ救われる。未来には希望だけがあると、根拠もなく信じられる純粋さ。私が既に失ってしまったもの。

 

「っしゃあ! ホープで攻撃! 効果発動! 攻撃中止! ダブルアップチャンス! 攻撃力倍! もっかい攻撃!!」

「なんで寿司からホープダブルが出てくるんだよ!!」

「残念でしたー。全てのエクシーズは寿司に通ずるんですー」

「なに言ってんだお前」

 

 外の、元は畑だった場所を整地しただけの空き地から、子供達の楽しそうな声がした。

 デュエルは楽しいものであると信じられる場所。私がなくしてしまったものの欠片を、ここにいれば感じ取ることができる。

 だから私は、今日もこの店を開いているのだろう。

 

 穏やかに、日々は過ぎていく。

 憎悪も、怒りも、苛立ちもなく。心が波立つ事はなく。

 ――二度と、デッキを手にする事はなく。

 

「……ん?」

 

 ふと、店の入り口に目をやると、こちらを見る少年と目が合った。

 店に来る子供達と同年代だろうか。しかし、見覚えのない顔だった。店に入りたいが、躊躇している様子だけは分かった。

 どうにも身内の多い店になると、こういう事は起きてしまうが、しかし……この町で私の知らない子供か。

 

 ゆっくりと腰を上げ、入り口の少年に近寄って声をかける。

 

「お菓子かい? それとも遊戯王?」

「お姉ちゃんが、黒崎ユウヒ――≪苦しみの魔女≫?」

 

 体が震えた。

 あまりにも懐かしく、そして苦しい呼び名。

 私の声が出る前に、少年は真剣な表情で言った。

 

「お願いします! 俺に、デュエルを教えてください!」

「…………何故」

 

 辛うじて出た問いかけは、色々な意味を含んだ『何故』だった。

 何故知っているのか。何故私なのか。何故、デュエルを教えてほしいのか。

 それをどの意味で受け取ったかは分からない。しかし少年は、切実に私に訴えかけた。

 

「俺、俺、最近こっちに引っ越してきて……勝ちたい奴がいるんだ! 絶対に勝ちたい! 勝たなくちゃいけないのに、俺、勝てないまま……!!」

「友達か?」

「…………分かんない。だけど……!」

 

 少年の言葉はぐちゃぐちゃだった。彼自身の中でも整理できていないのだろう。

 しかし、その悔しさと闘志だけは伝わってきた。勝ちたい相手に勝てない不甲斐なさ。己の弱さに対する、憎しみにすらなりそうな激情。

 この少年は、そんなものを宿してしまっていた。

 己の事のように分かる。分かってしまう。だからつい、聞いてしまったのだ。

 

「少年、名前は?」

「勇河アサヒ!」

「デッキは?」

 

 アサヒと名乗った少年が、目を見開く。急いだ様子で、腰のデッキケースからデッキを取り出した。

 私は、子供達にレンタルするためにいくつか確保しているデュエルディスクを『二つ』取り出し、一つをアサヒに渡す。

 そして実に一年ぶりに、私もディスクを身に着けた。

 

「……とりあえず、デュエルしてみようか」

「う、うん! よろしくお願いします!」

 

 ――あるいは、それは運命と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 

 ☆

 

「先攻はあげよう。見せてくれ、少年」

「……俺のターン!」

 

 店の横の広場は、一種の熱狂状態にあった。

 無理もない。子供達のデュエルにアドバイスをしたことはあっても、店主である私がデュエルをした事は、この一年間一度もない。

 だからこそ、店に集まった子供達全員が、私達のデュエルに注目していた。

 

 手札を眺め、カードの手触りを確かめる。案外、心は凪いでいた。

 いや、それどころかむしろ……。

 

「俺は≪予想GUY≫を発動! デッキから≪星杯に選ばれし者≫を特殊召喚!」

「……ほう? ≪星杯≫か」

 

 珍しいデッキだ。ファンデッキ、と言い換えてもいい。少なくとも、なにがなんでも『勝ちたい』から使うデッキではない。

 ただ、だからといって舐めてかかっていいわけではない。それが遊戯王というゲームだからだ。

 

「リンク召喚、≪星杯竜イムドゥーク≫! その効果で俺は、イムドゥークをリリースして≪星遺物-星杯≫をアドバンス召喚する!」

「……流石に、基礎は出来ているか」

 

 私も触った事があるデッキだ。だからこそ、ある程度『どうなるか』の予想はつく。

 案の定、アサヒは適切な動きを繰り返し、展開を続けていく。

 であれば最終盤面は。

 

「≪双穹の騎士アストラム≫、≪I:Pマスカレーナ≫、≪星鍵士リイヴ≫! 俺はこれでターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。……破壊耐性付きのアストラム、面倒だな」

 

 手札こそあと一枚だが、これは中々だ。

 ただでさえ効果の対象にならないアストラム。マスカレーナをリンク素材に使っているせいで、効果で破壊する事も出来ない。俗にパーフェクトアストラムとか言われるやつだ。

 しかも、横にいるマスカレーナとリイヴの並びはこっちのカードをデッキにバウンスしながらリンク召喚をしてくる。おそらく、出てくるのは……。

 

 そういう意味では、私は運がいい。一つの回答を手札に引けているのだから。

 

「まずはそのアストラムからだ。≪海亀壊獣ガメシエル≫。君のアストラムをリリースし、君のフィールドに特殊召喚する」

「あっ……!」

 

 一つ目。面倒なモンスターは壊獣で処理するに限る。現代遊戯王の基礎とも言っていい戦術だ。これ一枚であらゆる厄介なモンスターに対する回答となる。

 ただし、こちらへの妨害はそのままだ。最低でもバウンスが一回。そして、リンク召喚されるモンスターによってはさらに。

 

「≪暴走魔法陣≫を発動。発動処理で≪召喚師アレイスター≫を手札に加える。……チェーンは?」

「しない!」

「OK、そうだろうさ。なら……≪音響戦士ギータス≫をPスケールに」

「……ギータス? ちょ、ちょっとタイム! 確認させて!」

「ペンデュラム効果で≪音響戦士≫モンスターをリクルートするカードさ。ここから出てくる≪音響戦士マイクス≫は召喚・特殊召喚された時に召喚権を一度増やす効果がある」

「……うー!!!」

「ははっ、これだけでその反応が出るのか。いいじゃないか」

 

 そう、これで≪召喚師アレイスター≫をバウンスしても、私の盤面にはマイクスが残り、かつ召喚権が一回分残るのだ。しかも、アレイスターの効果そのものは通ってしまう。

 

「さあ行くぞ少年! ギータスの効果で手札を一枚捨ててマイクスを特殊召喚、そして≪召喚師アレイスター≫を召喚! 効果によって、デッキから≪召喚魔術≫を手札に加える!」

「だったら、マスカレーナの効果発動! リイヴとマスカレーナでリンク召喚! 出でよ、≪トロイメア・ユニコーン≫!!」

 

 やはり。

 予想通りであり、こうするしかない動き。しかし同時に、こちらとしても非常に対処しにくい動きでもある。

 妙な高揚感があった。デュエルを通じて会話をしている、という感覚。

 これはそう簡単な話じゃない。少なくとも、基礎がしっかりしているデュエリスト同士でないと成り立たない現象だ。

 おそらくはまだ小学生の少年が、私と通じ合うデュエルをしている。

 

 心臓が、脈打っている。

 楽しいとは口が裂けても言えない、ほの暗い高揚。これはもっと傲慢で上から目線の、どうしようもない感情だ。

 しかし、間違いなく私はデュエルで心が動いている――!

 

「リイヴの効果でアレイスターをデッキにバウンス! さらにユニコーンで手札を一枚捨ててマイクスもデッキに! これなら……!」

 

 そう、普通ならこれで止まる。召喚権があっても、召喚魔術が手札にあっても、肝心のアレイスターがデッキに戻ってしまった。マイクスも盤面から消えた事で、適当なモンスターから≪暴走召喚師アレイスター≫をリンク召喚するのも難しい。

 

「私は手札から≪灰流うらら≫を通常召喚」

「は?」

 

 だが、彼にとっては残念な事に、まだ動けるのだ。

 だから私は、このデッキが好きだ。

 

「うららを素材に≪転生炎獣アルミラージ≫をリンク召喚、続けてアルミラージを素材に≪セキュア・ガードナー≫をリンク召喚――そして手札より≪教導の聖女エクレシア≫効果発動! 特殊召喚する!」

「まさか……≪ドラグマ召喚シャドール≫!?」

「物知りじゃないか。私の現役時代からしても、いくつか前の世代のデッキなのだがね」

 

 ≪ドラグマ≫、≪召喚獣≫、≪シャドール≫の3テーマ混合グッドスタッフデッキ。いくつかのカードが規制を受けた事もある、強力なデッキだ。

 

「エクレシアの効果によって、≪教導の大神祇官≫をサーチ。アルミラージを墓地から除外し、特殊召喚。効果発動、お互いにEXデッキを二枚墓地に送る。私が送るのは≪エルシャドール・アプカローネ≫と≪灰塵竜バスタード≫――」

「っ俺は――」

 

 星杯デッキ最大の弱点は、リソースが基本的に使い切りであること。そのリソースをさらにこちらから削りつつ、こちらは墓地効果のあるカードでアドバンテージを得る。

 こうなってしまえば、あとは一方的なデュエルとなった。

 

「フルルドリス、ダイレクトアタック!」

「くっ、このぉっ……!!」

 

 デュエルが終われば、どうあっても勝敗はつく。

 結果だけを見れば……私の圧勝であった。

 

 ☆

 

「……………………」

「……」

 

 静寂であった。

 結果は圧勝だったとはいえ、レベルの高いデュエルだったことに間違いはなかった。

 違いがあるとすれば、少しばかり私のデッキの方が強かったというだけ。お互いに全力を出し切れた時点で、意義のあるデュエルだった。

 そう、驚くべきことに……私は、このデュエルに意義があったと思っているのだ。

 

「くっ、くくくく……ははははは!!」

「お姉ちゃん……?」

「アサヒ。君は強くなりたいと言ったな」

 

 私はアサヒに近づいて、一枚のカードを差し出した。

 

「……≪アラメシアの儀≫?」

「君には色々な意味で丁度いいカードだろう。使い方は、今度教えてあげるよ」

 

 カードを受け取ってきょとんとしていたアサヒが、段々と言葉の意味を理解して、驚きの表情に変わっていく。

 

「それじゃあ……!」

「まあ、私は所詮は魔女だ。君にどのくらいの事ができるかは分からないが……教えられることは、教えよう」

「っやったあああああああああ!!!」

 

 飛び跳ねて喜ぶアサヒに、見守っていた子供達も段々と近寄って声をかけていく。中にはデュエルを挑んでいる者もいて、私はあっという間にデュエルフィールドから追い出されて観戦者となった。

 楽し気にデュエルするアサヒを見て、目を細める。

 

「……ダメだな、私は」

 

 デュエルなど捨てたつもりだった。ただ辛いだけのものだと思っていた。にも関わらず、カードを捨てる事だけはできなかった。

 中途半端なものだ。人生をかけたものがただの地獄への道でしかないと気付き、かといってそれを捨てる事もできなくて、ただくすぶり続けていた。

 ――消えはせず、くすぶっていたのだ。

 

「行くよ、アストラムで攻撃!」

「罠発動、≪くず鉄のかかし≫! ……あっ!!!」

「そう、アストラムは効果の対象にならない!」

 

 そして、火はついた。

 それが地獄への道だとしても、私はかつて喜んでその道を歩いていく大馬鹿野郎だったのだ。

 

 なにも思うところがないとは、口が裂けても言えない。まだ、デュエルがしたいとは絶対に言えない。

 けれど、見てみたくなってしまった。この少年が、果たしてどこまで歩いていけるのか。

 私と同じ地獄に堕ちるのか、それとも――

 

 答えはまだ、誰も知らない。彼も、私も。

 しかしその道が私とは違うものであれと、そう願わずにはいられなかった。

 

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