フシギナセンセイ   作:聖剣エクスカリ棒

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先生の盾に

私が到着した時先生はシャーレに居なかった。

 

不思議に思ってオフィスと居住区を探してみたが見当たらず、送ったモモトークには既読すらつかない。

 

何か起きたのかとも考えたけど、もしそうなら私にも連絡が来る。 誘拐が起きたのならコンビニの店員ちゃんが気づくはず。

 

広くて静かな空間で1人、先生が戻るのをじっと待ち続ける。

休める場を求めて足を運んだ休憩室には色んな生徒の私物が至る所に見受けられて、様々なジャンルのものが集まり混沌と化していた。

 

窓際に置いておいた、先生から貰った鯨のぬいぐるみを抱えて、整えられたベッドに寝転がる。 洗剤の香りがする埃っぽさの無いベッドは、常に清潔に保たれているみたいだ。

 

腕の中の鯨に顔を埋めて先生の帰りを待つ。

アビドスのみんなと過ごす時間が長いからか、1人の時間は少し淋しい。

 

普段の何倍も長い1秒を幾つも積み重ねていく。

 

「早く戻って来ないかな」

 

誰にも届かない呟き。 それに反応したように、スマホが軽快な通知音を鳴らした。

自分でも驚くくらいの速度で枕元のスマホを掴みとる。

 

通知の元はモモトーク、先生からの返信だった。

 

『ごめん、今から戻る』

 

急いでいるのが伝わる簡素な文章。

 

私がシャーレに到着してから1時間半以上経ってようやく、先生はシャーレに戻ってくるらしい。

可愛い生徒をこんなに放っておくなんて、酷い教師だ。 帰ってきたら文句を言わねば。

 

手早くモモトークを返し、鯨のぬいぐるみを抱えたままオフィスに入る。

ソファに鯨をセットして、コーヒーの用意をして、ついでに椅子を一脚先生の机の隣に持ってきて、準備完了。

仰向けでソファと鯨に挟まれながら先生の到着を待つ。

 

ぬいぐるみ特有のふわふわした触り心地を堪能していると、数分もしないうちに、慌てたような足音とキャスターを引く音が近づいてきた。

 

「ごめん、ホシノ! 遅くなっちゃった」

 

勢いよく扉を開いて入ってくる先生。 急いだのだろう、息は切れて汗の雫が頬を伝っている。

 

「おかえり、先生〜。 あんまり無理しちゃダメって言ったでしょ?」

 

ゆっくり息を整える先生の背中を摩る。

前から激しい運動はしないようにと言っているのに、こういう事が起きる度に走っているのだろうか。

 

「今日はどこ行ってたの? どこ探しても先生が居ないから心配したよ?」

 

「ちょっとヴァルキューレで応援頼まれて。 数分で終わると思って連絡しなかったんだけど、相当延びちゃった」

 

「戦闘?」

 

「ううん、取り調べ」

 

椅子に座って汗を拭う先生を観察する。 白い制服に汚れや血は見受けられない。

嘘はついていないみたいだ。

 

備え付けのウォーターサーバーから水を注いで渡す。

 

制服のボタンを外した先生は、受け取った水を一気に飲み干した。

 

「先生、シャワーも浴びてくる?」

 

暑そうにしている先生に問いかける。

先生は一瞬キョトンとした顔をして、制服の襟元を嗅ぎ始める。

 

「……そうしようかな。 すぐ戻るから、もうちょっとまってて」

 

「あ、うん」

 

そそくさと先生が部屋を出ていく。

そういう意図は無かったのだが、汗臭いという意味で伝わってしまったらしい。

今度はあまり時間はかからないと思うけど、また手持ち無沙汰になってしまった。

 

用意していたデスクチェアに腰を下ろすと、必然的に机の上が目に入る。

 

ちゃんと片付けているのか、それとも慣れてきたのか。 前は四六時中山積みだった仕事も、今は一日で収まる範疇の量。

今日の分が一切手がつけられていないのは、さっきまで別の仕事をしていたからだろう。

 

「どっちみち手伝うわけだし、先に始めておいても変わらないか」

 

どうせなら、先生がシャワーを終えるまでに大半を片付けて、驚かせてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

時間にして10分弱が経った頃、オフィスの扉がゆっくりと開いた。

立てていた背筋を崩して振り向くと、普段着姿の先生の姿。

 

「早かったねぇ。 制服じゃなくていいの?」

 

「今日はもう外に出る用事は無いし、ここにはホシノしか居ないから」

 

いつもなら外さない白手袋も外し、私服にネックストラップだけを下げた格好。

ここまで無防備なところを見せられると、なんだかこっちの方が恥ずかしくなってくる。

 

信頼されてるなぁ、なんて思いながら、椅子に座ろうと近づく先生の顔をぐっと引き寄せる。

 

「うへ、ま〜た隈ができてる。 眠れないのはわかるけどさ」

 

「ごめんね……。 これでも最近は眠れている方なんだけど」

 

笑って誤魔化そうとする先生の頬を引っ張る。 アビドスのみんなに比べると、あんまり柔らかくない。

 

「今日の仕事早めに終わらせて、ちょっと寝よっか」

 

「そうするよ。 手伝ってくれる?」

 

「当たり前じゃん。 それに、実はそこそこ進んでるんだ〜」

 

隣に座る先生に既に終わらせた書類を手渡す。

丁寧に確認した先生は、目論見通り驚いた表情。

 

「やってくれてたんだ。 ありがとう」

 

「気にしないで。 ほら、さっさと残りもやっちゃおう」

 

先生の隣で手伝いを始める。

こうして見るとやっぱり、一人とは効率が段違いだ。

 

用意していたコーヒーを淹れて先生に渡し、作成された書類を纏めて学園ごとに仕分けする。

先生は真剣にやっているなら、私もサボる気は無い。

 

一つ一つの仕事を分担して、連携を取りながら作業を行う。

先生がパソコンを打って、私が確認しつつ書いて、先生が判子を押して、私が運ぶ。

 

元々量が多くなかったこともあり、先生のコーヒーが2杯目のうちに全てを終えることが出来た。

 

「ふぅ。 ホシノ、お疲れ様」

 

「お疲れさま、先生」

 

椅子の上でぐっと体を伸ばす。

始めた時刻から考えると、作業時間は大体3時間ほどか。

 

残ったコーヒーを傾け、先生が椅子から立ち上がる。

 

「ホシノのおかげですぐ終わったよ。 ありがとう」

 

「うへ〜、何言ってんの、これも先生の頑張りだよ」

 

筆記具などの使い終わったものを片付けてオフィスを出る。

 

左手に鯨のぬいぐるみ、右手に先生。 シャーレの中を歩く私は両手に花。

ここにアビドスのみんなも加われば、理想のドリームチームの完成だ。

 

廊下を歩きながらこれからの事をちょっと話す。

先生は暫くトリニティに用ができたらしく、来週以降はアビドスの手伝いに来れないらしい。

残念ではあるけど、シャーレの先生だし仕方がない。

 

到着した数時間ぶりの休憩室。 早速ふかふかのベッドに飛び込む。

日光に当てられていたベッドは暖かく、こうしているだけで今にも寝てしまいそう。

 

鯨のしっぽを枕にして、先生に手招き。

 

「先生もおいで、気持ちいいよ」

 

「そうだね。 俺も、なんか眠くなってきちゃった」

 

倒れ込むように私の横に寝転ぶ先生。

自然な流れで私の背中に手を回しているところから、小さい子供と寝る事への慣れを感じた。

 

欠伸をして、より深く体を潜り込ませる。

そのままじっとしていると、やがて先生の体から力が抜けていった。

 

「おやすみ先生」

 

「おやすみ、ホシノ」

 

弛んだ先生の声を聞いて、私は瞼を閉じた。

 

 

 

★★★

 

 

 

意識が浮き上がる。 ぼんやりとした思考のまま目を開くと、視界に映る先生の首元。

 

そうだ、私は先生と寝ていたんだった。

 

体を起こすと、脳が次第に働きを取り戻していく。

寝る前は陽の光が射していた休憩室も今は真っ暗。 日はすっかり落ち、窓からは星が覗いている。

少なく見ても4時間は寝ていたみたいだ。

 

ぐっすり眠る先生の頭をそっと撫でる。

隣の先生は熟睡しているのか、まだ目を覚ます気配は感じられない。

 

「マーリン、でしょ?」

 

「なんだ、気づいてたのか」

 

白い外套を纏った男が窓際に現れる。

肩まで伸びた髪が、月の光でキラキラと輝いていた。

 

「たまにはしっかり休んで欲しいと思ったんだ。 それに、君が傍に居るなら、彼も僕も安心できるからね」

 

「うへ〜、マーリンってそんな事も出来たんだ」

 

先生の過去を大まかにしか知らなかった私に、マーリンは、先生の見た景色の()()を見せてくれた。

始まりから終わりまで余すところなく、夢の中で。

 

「それで、わざわざこのタイミングって事は、おじさんに何か用事があるんでしょ?」

 

「まぁそうだね。 なに、ちょっとしたお願いさ」

 

弧を描いていた瞳が、薄く開く。

 

「マスターが最近また、色々と首を突っ込み始めている……と言うよりは、巻き込まれそうでね。 狐が見てはいるが、何が起こるか分からないだろう?」

 

心の底から心配しているような声音のマーリン。

要するに、何かが起きるから先生を守れと、そう言っているのだろう。

 

「……なら、おじさんも先生の護衛につくよ」

 

「本当かい!? 助かったよ、ありがとう!」

 

私の返答を聞いて、マーリンは白々しく喜ぶ素振りをする。

選べる選択肢が一つしかなかった事を知っているくせに。

 

「場所が場所なだけに動きづらいだろうが、頑張ってくれ。 『俺』は、ああいうのも悪くないとは思うけどね」

 

無責任な応援の言葉を最後に、マーリンの姿が消える。

 

言葉の通り先生を心配しているのか、それとも別の思惑があるのか。 何が目的かは読めないが、今はまず情報を集めるところからだ。

暫くトリニティに行くと言っていた事が関係しているのだろうか。

 

先生へと視線を落とす。

頭を撫でても頬をつついても、相変わらず起きる様子はない。

どう見ても、ただの優しげな青年だ。

 

私が先生と同じ苦しみを知っているなんて、口が裂けても言えない。

先生が背負っているのは、もっとずっと重いものだと知っている。

 

だから。

 

「私が守るよ、先生」

 

これ以上何も背負わなくていいように、今度は私が。

先生に助けられた時から、決意は固まっている。




この話だけ他の短編と時系列が違います
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