1つの運命の後日談。 或いは、新たな青春の序章
二度と魔術世界に踏み入れないこと。 それが、藤丸立香が魔術協会に命の代償として伝えられた条件だった。
全てを忘れて元の生活に戻れ、と。 魔術師達が下した、苦渋の折衷案。
藤丸立香という存在を最大限利用するとなると、場合によっては無数のサーヴァント達を相手にせねばならない。 ならば、誰かが余計な事をしないうちにサーヴァントごと消えて貰うのが賢明だ、と。
魔術世界との繋がりを切られた藤丸立香は、必然的にカルデアとの接触も禁じられた。
つい昨日まで過ごしていた部屋も、見慣れた司令室も、一緒に旅を超えた仲間も、ずっと隣で守ってくれた少女も、今では見ることさえ叶わない。
手元に残ったのは、既に契約していたサーヴァントのマスター権。 そして、カルデアから1度だけ送られてきた品だけ。
全てを忘れて日常に戻ろうともした。 だが、戦いで多くの物を消費した自分では全てが上手く噛み合わない。
価値観も合わなければ、物の捉え方も違う。 多くを救い、多くを切り捨てた藤丸立香の思考は、やはり常人のものとは離れてしまっていた。
どこにも安らげる居場所が無く、宛もなく彷徨う毎日。
平和な世界を渡り歩いた藤丸立香が最後に行き着いたのは、外の世界から切り離された場所だった。
そこは技術と神秘が共存する世界。
大気にマナは無く、人にオドは無く。 されど古代からの遺産が残る学園都市、その名をキヴォトス。
元の世界とも魔術世界とも違う3つ目の世界。 そこに元人類最後のマスターは足を踏み入れた。
『私のミスでした』
登り始めた朝日が差し込む車内。
自分の座る向かい側には、1人の少女が座っている。
『私の選択。 そしてそれによって招かれたこの全ての状況』
『結局、この結末にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……』
身体から流した血が白い衣服を赤く染め、本来ある筈のヘイローは影も形も無い。
『……今更図々しいですが、お願いします』
『藤丸先生』
悔恨。 哀情。 懇願。 絶望。 ──希望。
数え切れないほど多くの感情を滲ませながら、少女は語るのを辞めない。
『きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません』
『何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……』
『ですから……大事なのは経験ではなく、選択』
『あなたにしかできない選択の数々』
表情は逆光の影になり、伺うことは出来ない。
それでも、彼女の決意と信頼だけは確かに届く。
『責任を負うものについて、話したことがありましたね』
『あの頃の私には分かりませんでしたが……。 今なら理解できます』
『
『それが意味する心延えも』
彼女の言葉に反応したかのように、右手の甲に感じる違和感。 マスター権……というよりは、令呪が何かと混ざっていくような感覚。
それでも、視線を目の前の少女から離したくなかった。
『ですから、先生』
『私が英雄と信じる、あなたになら、』
『この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……』
『そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです』
『だから先生、どうか……』
1人の少女の切なる願い。 それが最後まで語られる前に、目に映る全てがバグが起きたように歪む。
朝日で照らされていた車内は、そのまま電源が落ちたように暗転した。
「全く、馬鹿馬鹿しいな」
蟲が嗤う。
何処かから漏れ出した光が、闇に染まった車内を微かに照らす。
「自分でも言っていたが、図々しいにも程がある。 そうだろう?」
蟲が嗤う。
酷く聞きなれた声。 演説でもするかのように仰々しく広げられる腕。
「これまでの戦いは一応理解出来たさ。 でも『これ』は別だ。 君が命を賭ける必要なんてどこにも無い」
蟲が嗤う。
窓の外は夜の帳が下り、全ての景色を閉ざしている。
……1つの輝く星を除いて。
「キヴォトスが滅んだところで、それは君の責任にはならない。 それまでの尽力を感謝こそされても、糾弾される謂れは無いだろう」
ノイズが走る世界。
少女が座っていた場所に腰を下ろした一匹の蟲。 嘲るように、見下すように、妖精王の皮を被ったモノが投げかける問い。
戦いに身を投じた理由が同じだからこそ、今の藤丸立香の思考を肯定しない。
藤丸立香が戦った理由は『自分しか居なかったから』であって、『自分に出来るから』では無いのだから。
品定めをするように細められる妖精眼。
辞めてしまえと。 投げ捨てても良いじゃないかと。 終末装置は囁く。
……でも。
青い髪の少女に託された願い。 それを放り捨てるには少し、みんなと過ごした時間が長すぎた。
「……」
例え身の丈に合っていなくても、俺はあの子達の先生になったのだから。
「──見ないフリなんて、出来ないよ」
俺の答えを聞いた蟲の顔から一切の表情が抜け落ちる。
それと同時に、背景の一切が溶けるように消え始めた。
「あっそ。 なら勝手にすればいいさ。 君が何を選ぼうが、俺には関係ない」
全てがドロドロと溶け落ちて、遂には何もかもが無くなった空間。
心底どうでも良さそうに吐き捨てながら、蟲は俺の横を通り過ぎて暗闇の奥へと進む。
「さっさと行けよ。 やるべきことがあるんだろう?」
吐き捨てるような台詞。
彼が何を思っているのか、それを推量ることは出来ないから。
「……ありがとう、オベロン」
「俺と君の仲だ、礼なんていらないさ! せいぜい頑張ってくれ、『先生』」
友人からの
「……本当に。 反吐が出る程愚かだな、君は」
★★★
「──い」
「先──。 起き───さい。」
聞こえる声にぼんやりと目を開ける。
まだうまく頭の働いていない不明瞭な視界には、白い壁と眼鏡をかけた人影がひとつ。
「マシュ……?」
今日は何か予定があっただろうか。
態々マシュが起こしに来るということは、それなりの用事があったということだろうけど……。
「起きてください、先生」
思い切り身体が跳ね、夢現の状態から一気に現実へと意識が引き戻される。
目の前には真面目そうな雰囲気の眼鏡をかけた少女。 声の主は彼女だったのだろう、どこか呆れた様子が見て取れる。
俺はどうやら待ち時間に居眠りをして夢を見ていたようだ。 ちょっとだけ、鼻の奥がツンとした。
「少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。 なかなか起きない上、寝言とは。 ……ちゃんと目を覚まして、集中してください」
「ご、ごめんなさい……」
自分よりも年齢が下だと思われる少女に居眠りを咎められる。
1番最初にカルデアを訪れた時といい、真面目な人に叱られるのは何度経験しても慣れない。
ぴしっと背筋を伸ばして話を聞く体勢を作る。
「もう一度、改めて今の状況をお伝えします。 私は七神リン、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。
貴方は私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
眼鏡の少女、リンが訝しげに俺の体を上から下まで観察する。
ちゃんと指定の制服を着ているし、身嗜みでおかしいところは無いように確認してきたんだけど……。
数秒間もの間じっと俺を眺め続けたリンは小さく息を零す。
「……すみません。 私たちと対して年齢が変わらないようでしたので。
実の所、先生がここに来た経緯を私たちもあまり知らないのです」
「気にしなくて大丈夫だよ。 それで、俺は何をすれば?」
「はい、先生には、真っ先にやっていただかなくてはいけない重要な事があります」
ついてきてください。 そう言って、ロビーに設置されたエレベーターへと向かうリン。 遅れないようにと、隣に置いていたキャリーバッグを引っ張りながらその後を続いて。
「──!」
飛び込んできた絶景に目を見張る。
2人が入っても余裕がある広いエレベーター内は、一面ガラス張り。
建物と自然がどこまでも広がる景色は人の活気に溢れていて、太陽の光を浴びて世界中が輝いているように見えた。
エレベーターから見下ろす景色に目を奪われる俺に、リンが隣で柔らかく微笑む。
そして、これから何度も通う街を背景に始まりの合図を告げた。
「キヴォトスへようこそ、先生」
これは、様々な学園を巡る青春の物語。
1人の
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