その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

20 / 84
活動報告にて予告した通り、『番外編その1』『番外編その2』を投稿させていただきます。こちらのお話たちは『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものとなります。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方キャラクターたちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

寛大な心で目を通していただけると幸いです。


『番外編』
番外編その1~刑香の現代入り~


 

 家電量販店の活気ある店内。

 赤いベストを着た店員がピカピカに磨かれた廊下を行き交い。彼らの威勢の良い声が重なりあう。それは一人でも多くの老若男女を、つまりお客を迎え入れる声だった。

 並んだ棚には、いろいろな電化製品が並び。什器に掛けられた数々の小物を入れ替わり立ち代わり人々が眺めては去っていく。楽しそうに笑いながら、渋い顔をしながら、時には店員の案内を受けながら、とそれぞれの買い物を済ませていくのだ。

 どこにでもある休日の光景。両親が店員と話し込んでいる時間に退屈を感じた子供たちが人混みを縫っていくように走りまわり、そして「お行儀が悪い」と母親に注意される。それも良くある光景だった。

 

 その一角にあるカメラコーナー。展示された一眼レフ(レンズ付き)を手に取って、白桃橋刑香はレンズを覗き込んでいた。カメラを動かしては、そこから見える店内を覗き見る。そのたびに揺れ動く肩まで伸びている白い髪は傍目から見ても艶があり、照明の光で輝いていた。

 

 

 「……………」

 

 

 夢中になってカメラを弄くる白髪の少女。そんな彼女を通りかかる人は不思議そうな目で見るか、くすりと顔を綻ばせて通り過ぎていく。そんなことはこの『天狗』の少女には、わからない。

 刑香は白いブラウスの上に、丈の短い黒のカットソーを着ていた。下はデニムのショートパンツ、それに膝上までのニーソックスにブラウンのブーツ。この可愛らしい服装は数日前に同じ天狗仲間から「着せ替え」されて買ったものだった。かつて幻想郷では古めかしい天狗装束しか身につけなかった姿からは想像できない程の軽装だ。

 刑香は手に持っていたカメラを下ろした。碧眼が光り、じっとそのカメラを見つめる。彼女は少し難しい顔をして、チラリと棚に掛けられた値段表をもう一度だけ見る。

 

 ――128,999円! 今ならポイント12%!!

 

 

 「やっぱり高いわね。うん、本当に高い」

 

 

 刑香はあきらめ顔でカメラを棚に返した。本気で無理をすれば買えないほどの値段ではないが、それをすれば間違いなく今月はつらいだろう。諦め切れずに少し未練がましく、そのカメラを見やる。

 黒光りする重厚なボディと、綺麗に光るレンズ。そしてNICONの白いメーカー刻印がその造形にマッチしており、いっそ美しい。ブン屋である刑香はそれを見ているだけで、手にいれたくなってしまう。それでも未練を断ち切るようにその場から離れて、別のカメラを見に行く。

 

 しかし、ぐるぐるとカメラコーナーを回っていると、また「そのカメラ」の前に戻ってきてしまった。意図してのことではない。本当に何となくでしかなかった。それでまたなんとなく、サンプル写真が目に入ったので刑香は冊子を手に取った。カメラの横にカタログと一緒に置いてあるモノだ。そこには四季折々といった、写真が載っていた。

 

 鮮やかな春の桜。

 生命力に溢れた夏の青葉。

 美しくも儚き秋の椛。

 雪化粧に包まれた冬の菊。

 

 

 「………っ」

 

 

 ぱらぱらと写真をめくる。天狗である彼女が惚けてしまうほど美しい写真がそこにはあった。自然をモチーフにしたそれらは自分の「趣向」にも合致しており、心を揺らされてしまう。だがあの値段を思い出して、天狗少女ははっとした。

 

 

「な、何してるんだろ。………でも文のヤツもこれくらいのカメラを買ってたし、何より幻想郷では手に入らないだろうし。いや、それでもこの値段はちょっと」

 

 

 頭を振って、これからの生活費を自らの欲から防衛する刑香。しかし、それでもチラリと棚にあるカメラに目が惹き付けられてしまう。「まるで買って欲しそうにそこにある」などというのは、彼女の心が見せる幻想だろう。

 「もう一度だけ」とカタログを手に取り、じっくりと目を通していく。そんなことをするから心臓がどきどきして、欲しくてたまらなくなる。それでもこれを買えば、間違いないなく金欠になることは確定している。以前の刑香ならどうにでもなったが『天狗』としての力を失った今、金銭がなくなるのは不味い。

 

 刑香はカタログを棚に直すとぎゅぅと眼をつぶって、のろのろした動きでそこから離れ始める。日頃のアルバイトの傍らに野原に出ての写真撮りが彼女の趣味であり、そもそも「いいカメラ」が並べられた店に来たこと自体が間違いだったのかもしれない。

 

 

 「だめだぜー。下手だぜー。欲望の解放の仕方がなってないぜ!」

 

 

 少しおちゃらけた、いきなり掛けられた声に刑香は目を開ける。すると目の前には赤いベストを着た、くせのある金髪の少女が立っていた。大きな瞳を不敵に光らせて、店員らしくなく両手を組んで不遜な態度を貫いている。それは刑香と同じく幻想郷から『外』の世界に飛ばされた顔見知りだった。

 

 

「あんたは魔理………コソ泥じゃない。こんな所でも相変わらず盗み、もとい『死ぬまで借りる』をしているの? 気をつけないと警察とかいう奉行所に捕まるわよ?」

 

 

 金髪の少女はがくりと肩を落とす。がっかりしたというよりは、刑香の言葉に力が抜けたのだろう。彼女はごほんと一つ咳払いをすると、先ほどまで刑香の見ていたカメラを指さした。

 

 

「なんていうか、刑香こそ相変わらずな反応だな。子供の頃から私の扱いが変わってない気がするぜ。いやいや、私のことはさておきだ。…………欲しい物は欲しい時に買わないと後悔することになるもんだぜ?」

「まあ、確かにそうかもね……だけどこれは高いし」

 

 

 歯切れの悪い鴉天狗に金髪の少女はにやりと笑う。彼女の胸元にあるプレートには「霧雨魔理沙」と書かれていた。ちなみに霊夢の友人である彼女と刑香は十年近くの付き合いだ、今さら気を使う間柄ではない。それは魔理沙とて同じである、だからこそ彼女はお客であり、古い友人でもある刑香に軽い口調で話しかけている。そして言う。

 

 

「いや、刑香は後悔するぜ」

 

 

 魔理沙は断言した。

 

 

「私もいろんなものを集めているコレクターだからわかるけどな。本当にほしいものがあるのに買わなかったり、ぬす……ごほん、借りなかったら後で後悔してモヤモヤするもんだ」

「いや、私は別に…………その」

 

 

 刑香はなんとなく気恥ずかしくなってしまう。何が欲しい、これが欲しいという感情はつまるところ物欲である。知り合いにそれを指摘されると、なんだか恥ずかしくなってしまうのだ。だが魔理沙はそんな感情とは対極にある性格をしている、いつだって物欲には真向から正直である。故にここで白い鴉天狗を攻め立てる、全ては営業ノルマ達成のために。

 

 

「別に私だって、刑香が他のカメラを買うことには反対しないけど」

 

 

 魔理沙は「刑香が買う」ことを前提に話を始める、あくまで彼女は店員なのだ。そのハチミツ色の瞳は虎視眈々と、幼い頃から色々と自分の面倒を見てくれたはずの天狗の財布を狙う。

 

 

「でも、多分そのカメラはこいつよりは使いづらいと思うけどな。それに他のやつはこいつほど高くはないけど、普通に五万、六万はするぜ? 妥協までして、たいして安くもないものを買って後悔するくらいなら最初からこいつを買っていたほうがいい。私はそう思うけどな」

「ぐっ、そんなこと言ってもね。そもそもこれを買ったら一か月間どうやって暮らして行けっていうのよ。私は妖夢とかと違って1ヶ月に大した額を稼いでないの。おまけに保険料とかわけがわかんないものも引かれるし。まさか文みたいにスルメで一ヶ月過ごせっての?」

「いや、そんな具体的な情報はいらないんだが……でも、さっきサンプルを見てたじゃないか、それ」

 

 

 といいつつ、魔理沙は刑香の後ろにまわってサンプルを手に取る。そして一ページめくる。そこには雄大な渓流を写した写真があった。深い茂る緑の山と雄々しく流れゆく川、澄明な自然の息吹が太陽の下に輝くワンショット。幻想郷にある技術では、ここまで精巧な一枚は撮れない。

 

 

「これとかキレイだよな。このカメラがあれば、こんな写真がとれるんだなー」

 

 

 凄まじいほどわざとらしく、魔理沙は棒読みで語った。刑香はびくっと肩を震わせる。元々欲しい物を他人から良い品だと誉められると、さらに心の中で価値が上がるのだ。刑香は内心で冷や汗を流して、口を引き結ぶ。魔理沙の策に乗るつもりはない。

 

 

「いいカメラを買って、外に出たら楽しそうだと思わないか? なあ、刑香?」

「まあ、そうでしょうね。だから下がりなさい」

 

 

 グイグイ、と近づいて来る魔理沙。それに刑香は反応してしまった。霧雨魔理沙という蟻地獄に一歩入ってしまった。重ねて言うが彼女は店員である。故に魔理沙はここを勝負所にした。チャンスは上手く掴まなければチャンスではなくなるが、それを必ずモノにするのが魔理沙という少女だ。

 

 

「いいこと思い付いた! 今なら私が店長に掛け合って、値引きしてもらってもいいんだぜ?」

「は?」

 

 

 思わず間抜けな声が出る。天狗の精神力で誘惑を振り切り、立ち去ろうとしていた刑香はぱっと魔理沙へと振り返った。魔理沙はにっこり歯を見せて笑い、言う。

 

 

「ただし今日だけな!!」

「っ!? …………あ、あんたって娘は本当に何というか」

 

 

 刑香はこめかみに指をあてて、一歩下がる。冷静そうに見えるのだが「今日だけ」という言葉が、彼女の心に確実なダメージを与えていた。消費者心理をえぐる言葉は幻想郷で暮らしていた天狗には効果テキメンであった。長い命を持つ彼女たちにとって、今日限定などという一瞬の輝きは心惹かれる魔法の言葉なのかもしれない。

 

 

「さあっ、どうするんだ刑香?」

「う、でも本当にお金は今持ってないわよ。近くの銀行から下ろそうにも、この時間じゃ手数料取られるし。だからまたの機会に…………」

 

 

 最後の抵抗である。刑香はついに銀行の手数料数百円を盾にした。情けない話だが、もはや白い鴉天狗には他に有効な手札が残されていない。むろん魔理沙はその程度の手合いには慣れている。ラストスペルを切る瞬間がやってきた。

 

 

「ああ、大丈夫だ。デビットカード……つまり銀行のカードがあれば、レジで直接に引き落としできるからな! ポイントもそのままだ。手数料もとられないから――」

 

 

 魔理沙はこれ以上ないほどに笑顔をつくり、刑香に詰め寄る。いい笑顔のはずなのに、何処か影があるのはどうしてなのだろうか。この顔には見覚えがある、親友のブン屋が自分やはたてを丸め込もうとする時にする表情だ。罠だとわかっているのに断れない、あの笑顔だ。そっと魔理沙は刑香の肩に手を置いた。

 

 

「大丈夫、なんだぜ?」

「魔理沙、今のあんたはどこぞの悪魔よりも悪魔らしいと思うわよ?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 外の世界に飛ばされてから、刑香はルームシェアをして暮らしていた。つまり一人ではなく親友と同じ部屋で寝泊まりしているのだ。幻想郷では離れ離れだった幼なじみに「どうせなら一緒に暮らしません?」と言って貰ったことは、現代に飛ばされてからの数少ない幸福な出来事だったかもしれない。

 とても少女二人が暮らしているとは思えない程に簡素な部屋で、刑香はベッドに座ってうなだれていた。目の前には新品の箱があり。表面に「NICON」と書かれている。彼女は頭を抱えながら口を開ける。

 

 

「結局、買ってしまった。まさか魔理沙にいいようにやられるなんて…………その成長を喜べばいいのやら、悲しめばいいのやら」

 

 

 あとあと考えると、完全に口車に乗せられただけな気がしないでもない。しかも、有料の保障やフィルムなども魔理沙にあれこれ付けられてしまい、最終的には割引前の値段表通りの支払いになった。一応本体からは五千円ほどは値引きしてくれてはいるものの、口座から減った金額は正直なところ手痛い。いや、それどころか殆ど空っぽだ。

 

 

「あー、本当にこの一か月何を食べていこうかな……まあ、死なない程度に過ごすしかないんだけど」

 

 

 刑香は憂鬱そうな顔で箱を手に取り、開けてみる。そこには欲しかった黒いカメラがビニールに入っていた。レンズは外されていて別の袋に入っていて、箱自体は同じだ。

 知らず、少しだけ顔がにやけてしまう。ビニールからカメラの本体を慎重に取り出して、ずっしりした重みを楽しむ。それからレンズを取り出して手際よくはめていく。それから立ち上がって、周りをカメラ越しに見回していく。見慣れたはずの狭い部屋が何だか特別な景色に感じられた。

 

 しばらくそれを堪能してから刑香はカメラを下ろした。それからまた箱から別の何かを取り出してつけていく。それは首掛だった。純正なうえに、付属品なのでそうオシャレなものではないが、それでも彼女は黒くシンプルなデザインをなかなかに気に入った。元々、黒い色は好きなのだ。理由は秘密だが。

 

 ふと、部屋の箪笥の上にある古ぼけたカメラが視界に入り込んだ。それは幻想郷からずっと使ってきた河童製のレトロなカメラである。もちろんまだまだ現役で使っていくつもりだが、刑香はそれをあることに利用しようと思った。

 その『カメラ』も、そんなことは初めてだろう。

 

 刑香は新しいカメラにフィルムを入れた。入ってくる光をしぼりで手際よく調節して、いい写真を撮れるように集中する。それからレンズを覗き込んで、被写体にピントを合わす。

 彼女の部屋に、ぱしゃりと音がする。

 

 いい写真がとれた。刑香はそう確信して、箪笥の上にあるカメラ、いや相棒にふっと笑いかける。それは白い鴉天狗が、現代製の新しいカメラで撮影した最初の一枚であった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。