その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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番外編その3をその2の後ろに繋げました。
こちらのお話は『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものです。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方の登場人物たちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

寛大な心で目を通していただけると幸いです。


番外編その3~重なる灯火は暖かく~

 

 それは冷たい空気の張りつめる初冬の候。

 曇天の空から降りてくる初雪がアスファルトに落ちては消えていく。かじかみそうな寒空の下でも人々は足を止めない。ただちょっと顔をあげてみたり、手の平をかざしてそこに降りてきた雪の冷たさを感じていた。

 

 駅前のロータリーに沿って多くの店が軒を連ねていた。雑居ビルの一階二階を借りて、きらびやかな看板をあげている店々は如何にも現代風といえるだろう。その前を歩く人々は電車に乗り遅れないように、そして暖かな何処かを目指すかのように行き交っている。そんな中に、白い少女は立っていた。

 

 

「うぅ…………き、今日も頑張らないとね」

 

 

 まだお昼を過ぎたくらいの時刻だというのに駅前の商店には仄かな明かりがともる。薄暗い雪空の下、きらきらと光る人口のライトが道を明るく照らし出していた。

 

 そしてガラス張りのパン屋では女性が焼きたてのパンの載せたトレイを持って、緑色の看板を掲げたコンビニから出てきた一人の男性の手には黒い缶コーヒーが下げられていた。暖かな空気がガラス越し、そしてスチール缶ごしに人々を温める。

 

 立ち並ぶ建物の中にはツリーが飾られているところが多い、近づいてくるクリスマスに向けて準備を進めて煎るのだろう。その天辺にあるサンタクロースの人形や電球の一つ一つが店内を華やかに彩っている。そこには寒さに負けない活気があった。もはや人の営みを止めることほど、この現代において難しいことはないだろう。

 

 

 そして、その人通りの中で一匹の『ポンデーらいおーん』がチラシを配っていた。

 

 

 無論中には誰かが入っている着ぐるみである。『彼女』はとあるドーナツ屋でアルバイトをしているのだ。

 どう猛な獅子を模したとは思えない可愛らしいボディライン、つぶらな瞳と猫のような口、それに首にかかっているのはドーナツに似せたわっかだ。

 その着ぐるみはロータリーの一角でせわしなく道行く人にチラシを配っていた。たまに通行人から「お店はどこですか?」と聞かれれば、声は出さずに指さして場所を教えてやる。もちろん相手もキグルミが話せないことを承知しているから、お礼を言っては立ち去っていく。

 

 

「…………こんな状態で知り合いに会ったら最悪ね」

 

 

 ぼそり、と何かを呟く声が漏れる。そしてお客を見送るポンデーらいおーん、可愛らしい動作で手を振るから道行く人々にクスリと笑われてしまう。しかし中に入っている少女は周りが見えていないので気がつかない。

 

 しばらくすると遠くから二人組の少女がロータリーを歩いてくるのが見えた。片方は黒髪を大きなリボンで結び、もう片方は黄金色の髪の毛をポニーテールにしている女の子。ただ、二人とも青い作業着を着ているので一見するだけでは少女とは分かりにくいかもしれない。

 

 

「さ、さむい。れ、れいむ……さ、さむいよぅ」

 

 

 がちがちと歯を鳴らしながら歩く金髪の少女。両手で体を包むようにしている仕草は本当に寒そうだ。一方でその隣を歩いていたもう一人の少女、霊夢はあまり寒さに堪えた様子はない。両手はポケットに突っ込んでいるものの、何でも無さそうな表情をしていた。

 

 

「ヤマメ、あんたは一応妖怪なんだから平気なんじゃないの?」

「そそそれ、か、かんけいないんじゃない? それに私は地底にいたから地上の寒さは苦手なん、だって」

「ああ、そうだったわね。家では炬燵でごろごろして、まったく動かないし。蜘蛛っていうより猫じゃないの?」

「うぅ…………化け猫になるのは、御免かな」

 

 

 金髪の少女、黒谷ヤマメはずずっと鼻を鳴らした。彼女は熱のこもる旧地獄にいたから地上の冬に慣れていないのだろう。妖怪としての力を失っている上に、防寒着を着ていない故になおさら寒そうである。逆に霊夢は幻想郷では冬だろうと巫女服で平然としていたのだから、作業服だけでも厚着のようなものだ。

 

 

「だ、だって寒いじゃない……! 霊夢こそ平気なの?」

「別に寒くないわけじゃないわ」

 

 

 霊夢の息が白く立ち上る、しかし表情はいつも通りだった。彼女は恨めしそうにしているヤマメをチラリと見て「仕方ない」とため息をついた。

 

 

「ほら、これでも掴んでなさい」

「わぷっ、何なのコレ!?」

 

 

 霊夢はポケットから片手を出して、そのままヤマメの顔に押し付けた。その手に握られていたのは一枚のホッカイロ、それを霊夢は土蜘蛛の頬に張り付けた。いきなりの行動に最初は面食らったヤマメだったが、その温かさをすぐに理解したようで自分から頬ずりをし始める。

 

 

「こんなのもってたんだ?」

「そうよ。ディカウントストアで安かったから買いだめしてんのよ。それをあげるからシャキッとしなさい」

「へーい」

 

 

 ヤマメは霊夢から受け取ったホッカイロを手の中で転がした。中に入った砂鉄がしゃりしゃりと音をたてては発熱する、それはまるで地底で上がる湯気のように熱い。ニヤニヤと土蜘蛛の少女は笑顔を溢す、そのまま頬に押し付けたりする様子を見るにカイロを気に入ったようだ。

 

 

「…………くしゅっ!」

 

 

 その一方で霊夢は少しだけ肌寒さを覚えていた。元々は自分の手にあったホッカイロを渡してしまったのだから、その落差を感じているのだろう。霊夢は先ほどのヤマメのように鼻を鳴らし、みっともなくないように鼻を擦ってから口を開いた。

 

 

「さて、ヤマメ。お昼を食べに来たわけだけど、行きたい所…………っ!?」

「………………」

 

 

 振り返った霊夢の真後ろに、そのポンデーらいおーんは立っていた。散々CMで目にした可愛い容姿も間近でみると迫力がある、つぶらな瞳も無機質な輝きを持ってこちらを見つめてくるのだから恐ろしい。そして何より距離が近い、近すぎる。

 

 

「うわぁっ!?」

「ひゃわっ!? な、なにこいつっ!」

 

 

 死角から音もなく、いきなり現れたポンデーらいおーんに面食らって巫女の少女は思わず後退る。そして霊夢をかばうようにヤマメもまた身構えた。いくら力を失ったとはいえ自分たちの背後を突けるなど、このキグルミは只者ではない。だが警戒する霊夢たちを一瞥した後、ポンデーらいおーんは無言で何かを差し出した。

 

 

「………………」

「な、何よ、それをくれるの?」

 

 

 モフモフの手には何枚かのチケットが握られていた。先ほどまで配っていた割引チケットとは明らかに『違う』ソレを、ポンデーらいおーんは霊夢へ受けとるように促している。微動だにしないキグルミを少しだけ不気味に思いながらも巫女の少女は、無生物の持つ紙の束へと手を伸ばす。

 

 

「…………まあ貰えるならもらうけどね、ありがと」

 

 

 正直なんのチケットかはわからないが霊夢はとりあえずいただくことにした。幻想郷から続く妙な貧乏性のせいかもしれないが、貰えるモノは貰う主義なのだ。ちらりとチケットを見るとドーナツ屋の名前と「一枚につき一個無料」と書かれているのに気づいた。

 はっとした顔でポンデーらいおーんを見上げる霊夢、すると黄色い獣はある方向を指差している。その先にあったのは「ミニ・スター・ドーナツ」、略してミスド。それはドーナツを小さな星としてイメージした看板を掲げる全国チェーン店である。

 

 ふと、霊夢の脳裏に白い少女の姿がよぎる。

 

 

「………ん、あれ? そう言えば刑香もドーナツ屋でバイトしているとか言ってたような?」

「ーーーー!!?」

 

 

 あからさまな反応だった。

 驚いたように身体を震えさせ、キグルミは気のせいか目線まで反らし始めた。それをヤマメは訝しげに眺めていたが面倒なので追及などしない。そんなことよりもさっき小さくお腹が鳴ったことに気が付かれずにほっとしていた。

 

 

「というわけでヤマメ、あそこでいいかしら」

「うーん、別にいいんじゃない?」

 

 

 お昼の場所にドーナツ屋を指定されたことにヤマメは特に考える様子もなく頷いた。その腕の時計は残り時間に余裕がないことを告げている、早くしないと工場の昼休みが終わってしまうのだ。このままでは昼食なしで午後からの作業に突入する羽目になる、それだけは絶対に嫌だった。

 

 

「…………っ!」

 

 

 その隙に自分たちの傍から足早に去っていくキグルミ、覚えのある気配を横目で追いながらヤマメは霊夢と一緒に歩き出す。

 

 

「あいつも大変だねぇ」

 

 

 ニヤニヤと可笑しそうに頬を緩ませて、土蜘蛛の少女は呟いた。これは良い土産話ができたかもしれない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ポカポカと暖房の効いた店内、そこには大勢の人々が集まっていた。仕事の合間に来たのだろうスーツ姿の人間たち、それに主婦らしき女性たちが小さな子供を抱えて楽しげに談笑している。老若男女、幅広い年代の人間たちは土蜘蛛にとっては『極上の獲物』に違いない。

 

 

「…………もうどーでもいい事実だけどね。人間がいっぱいいるし、ここに来て最初の方は喜び勇んでいたんだけどなぁ。人間を襲おうとしてケーサツに補導されてからは全然楽しく思えないや」

「ここでは私が妖怪どもを叩きのめさなくていいから楽でいいわ、幻想郷にもアイツらがいればいいのに」

「そりゃないよ、博麗の巫女さま」

 

 

 店内の端の方にある席に座って、二人は向かい合う。その真ん中には山のようなドーナツが積まれたトレーと、白い湯気の立っているコーヒーカップが二つが置かれていた。

 ヤマメは「天子のフレンチ」なるドーナツを鷲掴みにしてかじりつく。チョコがたっぷりと塗られ、ふわふわした生地の中、真っ白な生クリームの詰まったソレは幻想郷にない珍品だ。そしてこれが中々に美味しいのだ。

 

 

 

「あー、あまいものを久しぶりに食べたよ」

「そういうことを言わないでよ…………ぷっ、まあいいや」

 

 

 どうにも悲しいことを言うヤマメ。だが、とても美味しそうに食べるので霊夢は思わず笑ってしまう。そして自分もてきとうにドーナツの山から一つとってかじる、見てみるとそれは丸い団子上の生地がリングのように連なったドーナツだった。

 

 

「これって、さっきのアイツが首にかけてたドーナツよね。ゲテモノかもしれないと疑ったけど意外にイケるじゃないの」

 

 

 ポンデーらいおーんの首輪を思い浮かべる霊夢。今でも寒い空の下で、この無料チケットを配っているのだろうかとしみじみ思う。実際には割引のチラシを配っているのだが、そんなことは霊夢にはわからない。

 巫女の娘が貰ったチケットは「店員に配られるボーナス」のようなものなのだ。だから彼女は『あの少女』から個人的にドーナツをもらっていることになるものの、それに気が付ける情報を彼女は持っていない。

 

 だが巫女としての『直感』が何かを告げている、あのキグルミと出会った時に感じた気配は覚えがある。しかし思考はそこで中断した、そうしている間にも土蜘蛛の少女がドーナツをがつがつと食べていたからだ。両手に違う別々のドーナツを持った土蜘蛛らしい豪快な食べ方、霊夢はそれを見て怒ったように口を開いた。

 

 

「ちょっとヤマメっ、あんた一人で食べる気なの!?」

「れいふがはやくたべばいかしぃようがいう」

「何言ってるのか分からないし…………あっ、待ちなさいよ!!」

 

 

 山のように積まれていたドーナツの半分はチケットだが、もう半分は霊夢とヤマメの割り勘である。口にドーナツを詰め込んで喋るヤマメ。それにわなわなと肩を震わせる霊夢だが、負けじと彼女も急いで食べ始める。

 

 

 そして同時刻、チラシ配りを終えたライオンが裏口から店に戻ってきていたことには流石の二人も気がつかなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「き、ぎもちわるい」」

 

 

 わずかに五分、その短い時間でドーナツは残らず食べ尽くされていた。しかし幾らなんでも多すぎたようで、その代わりに霊夢とヤマメは気分が悪そうにテーブルへと仲よく突っ伏している。小山のようにドーナツはあったのだ、一気に掻き込めば気分が悪くなるのも当然だろう。

 ヤマメに至ってはピクリとも動かない。さっきまでの無茶な食べっぷりは幻想郷での自分の食欲を過信していたのか、単に癖なのか。それとも食べられる時に詰め込むべきという、こちらに来てからの貧乏生活からくるものなのかもしれない。

 そんな土蜘蛛には目もくれず「うぅぅ」と気持ち悪そうに巫女の少女は唸っていた。すると、

 

 

 

「霊夢」

 

 

 

 ふわりとした風のささやきが鼓膜を揺らす。霊夢は小さく顔をあげたが、それだけでは相手の黒いシャツと前掛けしか見えなかった。しかしお腹が苦しいので顔を上げるは億劫だ。幸いにしてこの声には聞き覚えがある、だから相手の顔を確かめる必要などない。

 

 

「…………なんだ刑香じゃないの」

「なんだとは失礼ね、店内があたたかいからって寝ていたら風邪をひくわよ?」

 

 

 そこにいたのは霊夢の思った通り、鴉天狗の少女である白桃橋刑香であった。

 

 

「………………」

「ちょっと、聞いてるの?」

「あー、うん」

 

 

 霊夢は寝ているのではなく、気分が悪くて突っ伏しているのだ。だがそんなことは知らない刑香は霊夢を揺り動かす。

 

 

「疲れてるし気分が悪いのよ、もう少し寝かせといて………」

「幻想郷の顔である博麗の巫女がだらしのない姿を見せるものではないわ、だから起きなさい」

「うー、ここは幻想郷じゃないのに刑香はいつも通りよね」

 

 

 そこでようやく顔をあげて霊夢は相手の顔を見る。そこにはやはり見慣れた姿があった。

 透き通るように細くて白い髪と、そして「困った子」を優しげに見下ろす瞳。ただその眼差しには相手を小馬鹿にする影は映っていない、霊夢の姿のみを映す静かな光があるだけだった。子供の頃から慣れ親しんだ落ち着く色、どこか孤独な雰囲気を秘めた空の瞳。

 

 見慣れたはずの刑香の姿、それが何だか今の霊夢には可笑しかった。

 

 

「…………ふふっ、やっぱり刑香だった」

「どういう意味よ、それ?」

 

 

 首を傾げる刑香は幻想郷の天狗装束とは違い、ここの制服としてだろう黒いポロシャツと前掛けを付けていた。スッキリとしたデザインの服装は刑香にもよく似合っているし、首元に描かれたリボンの絵柄が可愛らしい。

 

 そして、頭の上には白いモコモコの縁を持つ赤い帽子。先っぽには丸い毛玉のような飾りが付いている、それは俗にいう「サンタ帽」である。

 だが、幻想郷の住民である霊夢にはぴんと来ない。可愛いことは認めるが。

 

 

「…………なにそれ?」

「この帽子のこと? 師走の終わりごろに民家に忍び込んでは足袋に物品をねじ込んで回る。そんな人間の帽子らしいけど、詳しいことは知らないわ」

「本当になんなのよ、それは」

 

 

 ますますわからないという顔をする霊夢。今の情報ではそいつが変質者としか思えない。まあ、どうでもいいことなので直ぐに頭の隅に追いやって体を起き上がらせる。別に眠たかったわけではないのだから。

 鴉天狗の少女もそれで巫女から手を離して、ふうと息を吐いた。その時サンタ帽が少しずれて片目を隠してきたので、ひょいっと片手で直す。

 

 

「この通り、あんまり仕事がしやすい恰好ではないけどね。頭巾と違って脱げやすいのはダメね」

「いや頭巾もどうかと思うけどさ、そんなに邪魔なら脱げばいいんじゃないの」

 

 

 ぶっきらぼうに言ってみると、刑香は「この子は……」とこめかみに手をやる。呆れているのではなく、困った子供を見守るように口許が少しだけ笑っていた。その様子はまるで妹が困ったことをしたときの姉のようで、霊夢としてはちょっとだけ気に入らない。頬をほんのわずかに大きくして、拗ねたようにそっぽを向いた。

 

 

「………………へぇ、これはまた」

 

 

 ヤマメはうっすらと目蓋を開けて二人を観察する。

 さっきから気が付いていたが、わざと『狸寝入り』ならぬ『土蜘蛛寝入り』をしていた。それというのも白い鴉天狗とはわずかに因縁のようなものがある。そして巫女の少女がいつもとは、その他の者に見せる態度とは、微妙に違うので興味深いのだ。少なくともヤマメは彼女のこんなに子供っぽい仕草を見たことはない。

 そうしていると霊夢は「あ、忘れてた」と何かを思い出したように声を出してから、刑香を見上げた。

 

 

「そういえば刑香、さっきはチケットありがと」

「はいはい、どういたしま…………っ!?」

 

 

 その一言で白い少女は凍りつく。決して知られたくなかったこと、天狗の威厳を保つために『アレ』の中に入っていたことは知られたくない。特に霊夢や魔理沙には絶対にごめんだ。

 

 

「…………さて、なんのことかしら?」

 

 

 目を背けてしらばっくれる白い鴉天狗を霊夢はじとっと見つめる。それは完全に疑っている眼差しで、刑香はその視線を受け流すように横を向いていた、澄んだ碧眼に浮かぶのは隠しきれない困惑だった。この天狗は嘘が苦手である。

 やっぱり、と霊夢は追及する。

 

 

「外で着ぐるみを着ていたのは、もしかして」

「わ、私は『ずっと』店の中にいたから知らないけど、あれは大変そうよね。天狗のやることじゃないから、もし当番で回ってきても断るだろうけど…………それに私はずっと店にいたわよ、他の子に尋ねればわかるはずだし」

「いつになく饒舌じゃない、ますます怪しいわ」

「っ…………本当に私はそんなことしてないわ」

 

 

 霊夢はさらに鋭い目つきで見つめ、刑香はいよいよ追い詰められた顔をしていた。助けを求めるように視線をさ迷わせるが、その先に仲間の店員たちはいない。「面白いことになってきた」とヤマメは聞き耳をたてて、相変わらずテーブルに突っ伏している。いつも冷めたところのある白い鴉天狗がここまで焦っている姿もまた珍しいからだ。

 

 

 そこで一旦、霊夢は眼をつむって肩をすくめた。こういう時の刑香は強情だ、真正面から攻めても決して認めることはないだろう。ならば絡めとる、と霊夢は一旦槍を納めることにした。

 

 

「ま、どうでもいいけどね。それよりも起きなさい、ヤマメ。いつまでも空寝をするもんじゃないわ」

「…………ふぁあ、良く寝たなぁ,」

 

 

 白々しい言葉が出た、呆れた様子の霊夢の目の前で起き上がってヤマメは眼をこすり大きく伸びをする。そして今刑香に気が付いたように。きょとんとした目で刑香を見ながら口を開いた。

 

 

「ああ、しばらくだね。あの時の傷は治ったみたいでよかったよ、三人とも酷かったからね。私が原因で死に追い付かれても目覚めが悪いし、本当に良かったよ」

「心にもないことを…………あんたが『あの方』を連れて来たおかげで酷い目に会ったわ。それと別に寝たふりなんてしなくてもいいのに、何かやましいことでもあったのかしら?」

「さてはて何のことかな?」

 

 

 先程までとは違う、熱を奪うような冷気が二人を中心に渦巻く。鴉天狗と土蜘蛛、『外』の世界に迷い込み力を失ったとはいえ妖怪は妖怪だ。刑香は「霊夢たちに手を出してないでしょうね」と土蜘蛛の少女へ警告する、そしてヤマメは殺気を何でもない顔で受け流す。

 そんな一触即発の空気を打ち破るように霊夢は言葉を挟んだ。

 

 

「ヤマメ、せっかくホッカイロをあげたけど、ちゃんと持ってるでしょうね?」

「えっ? 失くすわけないじゃない、こんな良いものをさ。ふふふ、温かいなぁ……」

 

 

 ヤマメはポケットからホッカイロを取り出した。それを握る手に力を入れているので、熱を「もらおう」と愛らしい仕草をしているように見えた。本人は無意識だろうが、そんな意外な一面を見せられて刑香もいつの間にか警戒を解いていた。それは巫女の少女としてはまさに狙い通りの展開だった。

 

 

「ポケットに入れたまま放置してたらすごく熱くなるから気を付けなさいよ。刑香、こいつホッカイロを気に入って頭に貼り付けたりしてたのよ」

「そんなことしてたかしら、頬ずりしてたのは見たけど…………っ、しまった!?」

 

「外で起こったことなのに何で知ってるのよ」

 

 

 やられたと口を塞ぐ刑香。しかしもう遅い、霊夢の疑問が確信に変わっている。対象が油断した瞬間に決定打を叩き込む、それは弾幕ごっこにも通じる戦法であるが見事に決められてしまった。こちらの世界に来てから随分と緩んでいたらしい自分の心に舌打ちをする。もはや何を言っても霊夢の考えを覆すことは難しいだろう、ならば自分のやることは一つだ。

 

 

「そろそろレジが混んできたから仕事に戻るわ」

「あっ、ちょっと待ってよ。そんなつもりじゃなかったの、だから刑香!」

 

 

 わざとらしく棒読みで言葉を発した後、そのまま踵を返してレジへと向かう。

 そう、最終手段とは逃げることである。少し情けない選択だが、刑香はどこぞのブン屋のように弁に長けているわけではない。これ以上ボロを出す前に退散した方が身のためだ。だが霊夢はそれに追いすがる、ガタリと立ち上がって逃げようとする白い鴉天狗の肩を掴む。

 

 

「さっきも言ったけどありがと、ドーナツ美味しかったわよ。それだけ伝えたかったの」

「…………さて、何のことかしらね」

「あー、この作戦もダメだったか。刑香も強情よね」

「霊夢、あんたねぇ」

 

 

 どうやら攻め方を変えて来たらしい霊夢に刑香は苦笑する。そこまでして自分があのキグルミに入っていたことを証明したいのかと思ったが、おそらく違うのだろう。霊夢にとって楽しみなのは会話そのもので、キグルミの中身の特定は話を続けるための種に過ぎないのだ。それは何とも微笑ましい事実かもしれない。

 しかし、楽しい時間とはあっという間に過ぎるものだ。

 

 

「あー、残念だけど霊夢。そろそろ私たちも戻らないとお昼休みが終わっちゃうよ?」

「え、もうそんな時間なの? …………それじゃあ仕方ないか。また電話してきてよね、刑香」

「別にいいけど、いつも私から掛けてるわね」

「こっちから掛けたら電話代かかるから、使用料がバカにならないのよ。覚妖怪もうるさいし」

「はいはい、わかったわ。また今夜にでも掛けさせてもらうわよ」

 

 

 名残惜しそうに店を出ていく巫女の少女と、少し残念そうに見送る鴉天狗の少女。結局、あのキグルミには誰が入っていたのか、そのことについて白い鴉天狗が口を割ることはなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女たちをクスクスと笑いながら眺めていたのは二柱の少女たち。紅葉のように鮮やかな髪飾りをつけ、秋の朝焼けを思わせる金色の瞳をした鮮やかな少女。そして葡萄のついた赤帽子を身につけ、秋の夕焼けを思わせる赤色の瞳をした甘い匂いのする少女。

 

 

「あの子たち暖かいね、お姉ちゃん」

「そうね。皮肉にも幻想の枯れ果てた、この世界においてのみ私たちの時間は重なり合う。人間の、妖怪の、神の存在は対等になるの」

「そうだね。一時の夢幻なれど…………今だけは歩む道のりは同じになるわ。だから夢が覚めた先でも、彼女たちに安らぎが残ることを願おうよ」

 

 

 彼女たちは誰の目にも止まることなくドーナツを食べていた。人間と妖怪という相反する存在が他愛もない会話に興じる、そんな光景を彼女たちは興味深そうに眺めていたという。

 

 

 これは、とある冬にあった昼下がりのお話。

 

 

 

 




番外編後の本編にて、いよいよ天狗達にとっての天敵たる『あの種族』が登場します。

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