その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

42 / 84
第三十五話:星々は流れ流れて、巡り会う

 

 

 あの喧嘩から一日が経過した。

 建て直しの音が鳴り止むことのない旧都、鬼と土蜘蛛たちは昼夜を問わずに働かされている。不満だらけの妖怪たちだが、さとりの指示の下で街並みはわずか一晩で見違えるほどに再興していた。

 金棒の代わりにトンカチを振るう鬼、糸をクレーン代わりに利用されている土蜘蛛。彼らは口々に「何でさとり妖怪の命令なんか……」と愚痴垂れているが、古明地さとりの背後には勇儀がいるのだから仕方ない。この地底において上下関係は絶対なのだ。

 

 

 

 

「不満とついでに汗水垂らして、大妖怪たちは働かされているのでしょうねぇ。のんびりと湯治にいそしむ我々と違って大変そうです」

「今更だけど、そもそも鬼と戦う必要はなかったのよね。…………ヤマメとかいう土蜘蛛め、覚えてなさいよ」

 

 

 さとりに勧められて辿り着いた地霊殿。

 白と黒の天狗少女、刑香と文はその敷地内に湧いている温泉でのんびりと身体を休めていた。先に二人だけで来たのだが、そこは昨日の激闘がウソのように静かな空間だった。

 

 どこからか迷い込んできた雪の花弁を、白い少女は盃一つにて受け止める。透明で冷たい氷の子供は水面を揺らして、そのまま酒の波へと遊ぶように溶けていく。

 

 そんな雪の欠片を見送ってから、刑香は盃を傾けた。喉を焦がす鬼自慢の酒、普段なら遠慮するコレも冬空の下で飲むには丁度いい。霧のような湯気が辺りを覆い、身体を温かな熱が満たしていた。

 

 

「…………悪くない、かもね」

「ええ、本当に極楽ですねぇ」

 

 

 ゆるんだ表情の文が同意する。

 見上げた先には星の流れぬ空、日と月の移ろわぬ地底の天井。光一つない夜空が広がっているが、たまには黒の一色に彩られた酒の席も悪くはない。乳白色の湯船に肩まで浸かり、空を仰ぎながら刑香はため息をついた。

 

 きっと人間には『毒』だろう。

 妖気の溶け込んだ乳白色の湯は肌によく馴染み、ぬるりと纏わりついてきた。熱い源泉が温泉の真ん中から吹き出しており、周囲に設置された竹筒からは冷水が注がれている。各自でちょうど良いと思える境界を見つけて座り込むことができる構造らしい。それはありがたいのだが、体温の低い自分は一番ぬるい外側にいるだけで十分だ。岩場に背を預けて湯につかる。

 

 

 ―――天晴れ見事、御大将。

 

 

 今の旧都は、そんな勇儀の武勇伝で持ち切りらしい。

 地底の新聞らしきモノには『五対一、多勢に無勢にても一歩も引かず』という見出しと共に勇儀が写真入りで載せられていた。どちらが喧嘩を制したのか書いていないし、このタイトルでは分からないだろう。どうやら地霊殿の主が手を回したらしい。鬼の頭目に勝ったという話が広まれば、余計な騒ぎを生んでしまう。それを避けるため、そして喧嘩っ早い連中から刑香たちの身の安全を護るためである。

 

 

「まあ、喧嘩の勝敗が知られていようが知られていまいが、どうでもいい話よね」

「同感です。鬼の四天王と戦っただけでも災難なのに、その上で勝利したなどという噂が広まっては二次災害を引き起こしそうです」

「勝っても負けてもロクなことがないわね。本当に損したわ、こんなに傷だらけにされるし」

「そのわりには嬉しそうですよ。ひょっとして萃香様に負けた時から引きずっていた悩みの種、ようやく断ち切れましたか、刑香?」

 

 

 聞こえないふりをして、刑香は温泉を見回した。

 竹を重ねた壁に囲まれていて、まったく景色は見えない。しかし風情を補うために、壁に沿って花を咲かせる樹が何本も植えられていた。季節によって香る花が変わる、趣味の良い露天風呂であった。「帰る前に取材しておこう」と刑香は心に決める。そしてフランや美鈴、はたて達もそろそろ合流するだろうなと両腕を上げて伸びをした。ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべて、文が口を開く。その目線は首より下に向けられている。

 

 

「少しは成長しました?」

「見ての通りよ、見ての通り。情けないくらいに変わってないだろうけど、何なら計測してみる?」

「あやや、それなら遠慮なく隅々までじっくりと…………あ痛っ!?」

「冗談に決まってるでしょうが!」

 

 

 妙な手の動きで近づいて来た親友を蹴り飛ばし、刑香は湯に浸かる。汗ばんだ肩は火照り、真っ白な肌は人並みの熱を宿していた。昨日は痛みで眠ることさえ困難だったが、温泉から染み込んでくる妖力のおかげで随分と良くなった気がする。中身はともかく外側の傷は癒えてきた。身体に巻かれた包帯を外して岩の上に乗せていく、白く濁った湯に隠れるようにして全てを取り終えた。

 

 ちらりと隣の親友へと視線を移してみると、気持ちよさそうに湯船に半身を浮かべていた。力加減はしたのでダメージはなかったようだ。眠っているかのように目を閉じて静かな呼吸を繰り返す文、そんな油断しきった姿が可笑しくて刑香は思わず声をかける。

 

 

「ねえ、文」

「何ですか、刑香?」

「呼んでみただけよ」

「そうですか」

 

 

 短い返答だけをして、再び赤い瞳を閉じる文。

 昨日の騒然とした戦いが嘘のように穏やかな時間が流れている、それを刑香は全身で感じていた。胸元を流れていく水滴がくすぐったいので、そのまま首元まで浸かることにする。まるで夏の日差しを浴びているかのような暖かさだった。しばらくそうしていると、刑香は真っ赤な椿の花が顔のすぐ横を漂っているのに気づく。

 

 その花をお湯ごと掬い取る。

 顔を近づけると良い香りが頭の芯にまで届き、鮮やかな色合いが目に染みる、見事な椿であった。『死』に関する言い伝えを擁している花、まるで首を刈られるように落下する姿が不気味に思われたためだろう。古に生きた者たちは死神の気配を一輪の花に感じたのだ。

 

 だが『死を遠ざける程度の能力』を持つ刑香には通じるはずもない。掌から水面に戻したソレを黒い友人の方へ、ゆらりゆらりと押し流す。それに合わせて言葉を紡ぐ。

 

 

巨勢山(こせやま)の、つらつら椿、つらつらに」

 

 

 春に咲く椿を褒め称える万葉歌。

 白い少女に風流な歌を結びつけられ、温かな波に乗って進む一輪の花。風に揺られて流される、香り立つ手紙を黒い少女は優しい手付きで掬い上げた。どうやら眠ってはいなかったらしい、文は少し考える素振りを見せてから返歌を添える。

 

 

「見つつ(しの)はな、巨勢の春野を」

 

 

 そして花の舟を今度は刑香の方へと流し返した。

 遥かな古を生きた人間が読んだ歌、そんなものを覚えている者は天狗社会にも少ないだろう。『四季桃月報』を書いているだけあって、刑香はそういった四季の歌にも詳しいらしい。妹分からの小さな挑戦をいなした文は「まだまだ負けませんよ」と笑う。言葉遊びもたまには愉快なものだ。

 

 心も身体も解きほぐされている、今なら話せるかもしれないと刑香は判断した。空色の瞳を曇らせつつ、昨日から心につかえている言葉を吐き出す。

 

 

「文は、天狗として産まれる前の記憶はある?」

「…………どうしたのですか、急に?」

 

 

 僅かな沈黙を挟んで、黒髪の少女は問い返す。その瞳には警戒するような色がある。それは親友としてではなく、たまに見せる組織の一員としての顔つきだった。穏やかな気配が鋭く切り替わったのを感じつつ、刑香は続ける。

 

 

「もしかして誰かの使い魔だったとか?」

「さあ、どうでしょうか。そうかもしれないし違うかもしれない。謎が多い女ほどモテるという話なので、秘密にさせて欲しいところですねぇ」

「ふーん、やっぱり誤魔化すんだ」

 

 

 単なるカラスから変じた天狗にしては、射命丸文は優秀すぎる。『幻想郷最速』の鴉天狗、並の鬼相手なら単独で打ち破ってしまう戦闘能力、天魔の側近にまで登り詰めた手腕。いずれも凡俗な天狗とは一線を画している。もしかしたら天狗に変じる前は、高名な妖怪の『使い魔カラス』だったのかもしれないと刑香は疑っていた。どうして自分に話してくれないのかを含めて。

 

 

「教えてくれないの?」

「まだ秘密です。まだ知る必要はありませんよ」

「そっか、ならいいわ」

 

 

 やんわりと拒否されてしまった。

 「これ以上は立ち入るな」と暗に示されているのだろう、しかしこの話の本題はここからだ。濡れた白髪を後ろに流して刑香は真っ直ぐと文を見つめた。立ち込める白い(もや)に遮られて尚、青々とした光を宿す夏空の碧眼が文を射抜く。

 

 

「私の場合はね、何だか記憶が『遠い』のよ。確かにあるはずなのに手を伸ばしても届かない、もどかしくて嫌になるわ。どんなに頑張っても霞んだままだから、今までは気にしないようにしてきたんだけどね」

「思い出せないのではなく、『遠い』と来ましたか」

「もしかしたら誰かの『能力』に妨害されているのかもね。まあ、わざわざ私にそんなことをする理由は分からないけど」

「頭の中を弄られているかもしれないのに、相変わらず普段通りですねぇ。その冷めたところは刑香の長所なのでしょうが…………それで、私に何を尋ねたいのですか?」

 

 

 記憶の奥底には、波の打ち寄せる音と子守唄。

 ぼんやりと浮かぶ情景は心もとない。資料のような紙切れが山積みにされた部屋、向こう岸が見えない川、それらが煙のように揺れては消えていく。昔から気になっていたが、組織での扱いや追放された後のゴタゴタで考える暇がなかったのだ。しかし昨日、はたてから『自分と同じ家名を持つ存在』について尋ねられたことで興味は再燃した。

 

 

「白桃橋迦楼羅(かるら)、この天狗に覚えはない?」

「……どこでその名を知ったんですか」

「はたてよ、はたて。アイツもさとり妖怪から聞いたみたいだけどね。アンタは組織で顔が広いでしょ、ちょっと探してみてくれないかしら?」

「…………」

 

 

 親友からの答えは沈黙だった。

 その赤い視線は虚空をさ迷い、口元は固く閉ざされている。その仕草は『何か』を知っている証であり、それは何かを深く考えている時に彼女がする癖であった。ため息を吐きつつ、手持ちぶさたな刑香は鬼の酒を煽った。彼女を困らせるつもりはなかったというのに、これは失策だったかもしれない。そうして少しばかり俯いていたが、パシャパシャと誰かが近づいてくる音を聞いて顔を上げる。

 

 

 

「お二人とも、その話はまた後日にしてもらえませんか。どのみち二人だけでどうにかできる事柄ではありませんよ、根が深すぎます。火種をまいた私が言うのも難ですけどね」

 

 

 

 沈黙を破って介入してきたのは古明地さとり。

 どうやら一部始終を眺めていたらしい。あまりにも無配慮な少女へと鴉天狗たちが渋い顔をする。初めて会った時もそうであったが、この妖怪は空気や流れを断ち切ることをわざとしている気がする。刑香はタオルがしっかりと巻かれたさとりへと、心底面倒くさそうな視線を向ける。一方のさとりは刑香と文を交互に見比べてから、安心したように微笑んだ。

 

 

「良かった、ある程度は回復しましたか。なら貴女たちにお話があります。あの子を連れて帰ってきてくれたお礼もありますし、まずは私の提案を聞いてもらえませんか?」

 

 

 タオルで桃色の髪を纏めた少女。

 昨日までの影が差した表情はなく、幾分か和らいだ笑顔がそこにあった。良いことがあったらしい、何年も離ればなれだった家族と再会したと聞いた。それは家族のいない刑香としては、羨ましい限りの話だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 正直にいうならば、古明地さとりは少女たちに目を奪われていた。なかなか出ていかなかった理由、それは二人をゆっくりと眺めていたかったからでもある。同性に対してそういう趣味はない、それでも二人には地霊殿の主を惹き付けるだけの魅力があった。

 

 

 ――きっちりと装束を着込んでいる時も思いましたが、こうして一糸纏わぬ姿を見てみると尚更ですね。

 

 

 さとりとは違い起伏に富んだ身体に、スラリと伸びた四肢。濡れ鴉のように魅惑的な黒髪を持つ射命丸文。

 白く澄みきった肌と髪色。そして華奢ではあるが決して弱々しくはない、しなやかな身体つきをした白桃橋刑香。

 

 

「ふふっ、あなた達のような天狗になら、人間たちは喜んで『神隠し』に合うでしょう。妖怪ではなく天女とさえ誤解するかもしれません。天人の実物はともかくとして、あなた達は魅力的ですね」

 

「どうでもいい世辞は要らないわ、要件を言いなさい」

「まったくです、照れるじゃないですか」

 

 

 空色と赤色、二羽分の双眸がさとりを貫く。

 冷たい眼差しという訳ではない、だが友人に向ける親しみの感情は込められていない。先程まで可愛らしく談笑していたのを眺めていたので、今さら取り繕ったところで効果はなかったりする。まだ冗談を言っている黒い少女を睨む白い少女、さとりは彼女を視界に収めて今度は怪しげに微笑んだ。

 

 

「今回のことで、私は地上との連絡役が必要だと痛感しました。そして昨日、あの鬼族から信頼を獲得した者たちがここにいる。単刀直入に言いましょう、三羽でこのまま地底に留まるつもりはありませんか?」

「つまり、あんたの部下になれってこと?」

「山から追われたあなたにとっては、悪い話でないはずです。そのまま地上にいても、あなたは他の二人と一緒には過ごせないのでしょう?」

「…………それは、そうかもね」

 

 

 それは願ってもない申し出だった。

 吸血鬼異変が終結し、傷つき倒れた刑香が目を覚ましたあの日に文が口にしたおとぎ話。また昔のように三人一緒にいられる方法、それが『地底で暮らすこと』だったのだ。ここなら天狗衆の力は及ばない、地上の賢者たちも易々と手を出せない。地底は追われた者たちにとっての楽園だ。

 

 

「もちろん山と八雲のトップには私と勇儀から話を通しておきますし、この地底での身分も保証します。私の配下でかつ勇儀の友として扱われるなら、何一つとして不自由のない生活が可能でしょう」

「あややや、随分とこちらに都合の良い話ですね」

「あなた達を評価している証ですよ。そして白桃橋刑香にとって、このまま地上で暮らすのは危険なのではないですか?」

「…………それは、そうかもしれません」

 

 

 揺れ動く二人の心が、さとりには分かる。

 幻想郷最大の勢力から目をつけられている刑香。いくら八雲紫の加護があろうとも、その隙をついて『神隠し』に会わないとも限らない。彼女の微妙な立場から考えるに、再び組織へ連れ戻されれば今まで以上に厄介なことになるのは想像に難くない。

 それに親友たちとの平穏な暮らしを何よりも望む文。以前から彼女は『地底への移住』を考えていた、残された時間を大切に生きていくための場所を求めていた。さとりの申し出はその全てを叶えるだけの希望がある。

 だから断られる理由などない。

 

 

「遠慮するわ」

 

 

 その予想を打ち砕き、白い少女は否定の言葉を古明地さとりへとぶつけた。わざとらしく、さとりは首を傾げる。

 

 

「白桃橋刑香、あなたには良い話だと思いますが?」

「私はともかく、文とはたては地上で暮らしてした方がいいに決まってるわ。わざわざお日様から距離を置く必要なんてない。それにね、もう私は八雲紫に味方することを約束したのよ。だから、悪いわね」

「それは残念です」

 

 

 はっきりとした口調だった。

 まだ心が波立っているにも関わらず、刑香は目の前にぶら下げられた希望を遠ざける。予想外というわけではい、『そういう可能性』もさとりは考えていた。友人二人を巻き込みたくないという想い、そして自分を必要としてくれた妖怪への義理。それらが刑香一人の希望を上回っただけのこと。

 

 さとりはサードアイの瞳を細めた。姫海棠はたてもそうだったが、この鴉天狗たちの心は覗いていて、むず痒いほどに真っ直ぐだ。それはきっと三羽同士の間だけ、それでも三羽だったからこそ今の姿があるのだろう。パルスィでなくても妬ましくなるほどに。

 

 

「答えは出たようですね、ならばこの件は終わりにします。ああ、ですが私が地上に行く際には道案内を頼みますよ。賢者たちが集まる場所なんて知りませんから」

 

 

 伝えるべきことは伝えたので、さとりは二人から離れていく。これ以上はこちらが耐えきれない、彼女たちの心を見ていると思わず頬が緩んでしまう。そして同時に、その繋がりを掻き乱したくなる衝動に駆られるのだ。実に妖怪らしい欲望、浅はかな思念を押さえ込んだ地霊殿の主は「困ったものです」と苦笑した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 あとはお二人でお楽しみくださいと、ありがたい言葉を残して地霊殿の主は離れていった。そして白黒の少女たちの間に再び静寂が訪れる。

 

 

「ごめん、文」

「謝る必要はありませんよ、刑香」

 

 

 お互いの名を呼ぶ。

 それだけで自分たちは通じ合える、そんな気がしていた。文は刑香の決定に何一つ異議を挟むことはなく、刑香は「迦楼羅(かるら)」という天狗について文を問い詰めることはしない。お互いへの信頼が勝っている故に、これより深く追及する必要性を感じない。やはりこの友人の隣は心地よい、文は刑香へと肩を寄せた。

 

 

「何よ?」

「さっきの申し出を断った理由には、博麗霊夢のことも含んでいたりしますか?」

「否定はしないわ、私の帰りを待ってくれている子を裏切ることはできないし。だってあんな風に『いってらっしゃい』なんて言われたの、初めてだったんだから」

「ああ、まさか千年来の親友を、出会って一年足らずの人間に盗られるなんて。この射命丸文が生きてきた限りで最大の不覚です」

 

「…………別にあんたを蔑ろにしたわけじゃないから」

「あ、珍しくデレました?」

「うるさいわよ、千年来の親友さん」

 

 

 くくくっ、とお互いに笑う。

 のぼせた頭に鬼の酒、浮かぶ景色は椿の香り。からかい合って支え合って、飛んで歩いてきた千年間。途中ではたてが加わり、最近はスキマ妖怪や博麗の巫女がやってきた。そして今度は紅魔館や地底の者とも繋がり、二人だけの輪は随分と賑やかになったものだ。

 

 もうすでに折り返し地点は過ぎた。少なくとも刑香にとって残り時間はあまりない、文も何となく感じていた。そのまま『死』を受け入れるのか、それとも足掻くのかは刑香次第だ。自分は望まれるままに手を貸そう。天界の桃、仙術や不死の霊薬など、寿命を延ばす方法はいくらでもあるのだから。

 

 そんなことを考えていると、脱衣場の方が騒がしくなってきた。勢いよく引き戸を開いて、他の妖怪たちが合流してくる。先頭はやはり茶髪の天狗だった。

 

 

「文も刑香も、私を置いて先に行くなんて酷いじゃないっ。確かに地霊殿を探検したかったのは私だけどさ、無視するのは酷いでしょ!」

「ま、まあまあ、姫海棠さん。刑香さんと射命丸さんは鬼との喧嘩でお疲れでしたから」

「ねー、美鈴、これがお風呂なの? どこで薪を燃やしてるのかなぁ?」

「この温泉は地獄から涌き出てくるものだから薪は要らないよ、普段はお空が管理してるんだけどね。あっ、お姉ちゃーんっ!」

「こらっ、こいし。きちんとタオルを巻きなさい!」

 

 

 近づいてくる賑やかな四人組と迎える姉が一人。

 整然とした空気は破られ、ここからは騒がしくなるだろう。やれやれと文が肩をすくめていると刑香が赤い盃を持ち上げた、そしてこちらへと視線を寄越してくる。「なるほど」とそれを察した文も同じように自分の盃を掲げた。夏空の碧眼と夕焼け色の赤眼が交差する。

 

 

「あんたがいなかったら、私はきっと何一つ得られなかった。貴女がいたから仲間ができた、今まで生きて来られた。まあ、イタズラは勘弁だし私への秘密も多いみたいだけど」

「私はあなたと出会わなくても、独りで生きて来られたでしょう。しかし貴女との時間は私にかけがえのないモノをもたらしてくれました。まあ、厄介ごとも山のようにありますが」

 

「でも、ともかく」

「ええ、ひとまずは」

 

「「この得難き友に感謝を」」

 

 

 カシャンとぶつかり合う盃が、自分たちを祝福するように音を響かせた。お互いが口にするのは地底の銘酒、それを刑香も文も朱色に染めた頬で飲み交わす。そして即座に顔を背ける白い鴉天狗、どうやら自分から仕向けたくせに照れたらしい。

 

 

 今日はよくデレてくれますねぇ、そんなことを考えながら射命丸文は優しげな表情で微笑んだ。

 

 

 




このたび、ほりごたつ様執筆の『東方狸囃子』にて刑香が登場する番外編を掲載していただきました。
ご興味を持たれた読者さんでお時間がある方は、よろしければ足をお運びください。そしてお手数ではありますが、その際の注意事項を四つほど。


①あくまでも本編ストーリーとの関わりのないパラレルワールドのお話となります。
②世界観は『その鴉天狗は白かった』ではなく『東方狸囃子』となります。文章自体もドスみかん作ではなく、ほりごたつ様作となります(一度チェックはさせていただいております)。
③オリジナルキャラクター同士が出会う場面もあります。個人的には両作品を尊重した良いお話だと思っておりますが、この手のコラボを苦手とする読者さんはご注意ください。
④ほのぼの要素がメインの日常系のお話です。



それでは、暖かい目で読んでいただけたなら幸いです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。