その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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活動報告にて予告させていただいた通りに、番外編『中編』を投稿します。

こちらのお話は『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものです。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方キャラクターたちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

尚、今回は三話構成となります。
寛大な心で目を通していただけると幸いです。


番外編その5~ある月の夜の天狗会~

 

 はたての家、マンションはここからすぐの所にある。刑香の家から見ても10分程度で着く。それというのも、基本的に幻想郷の少女達は近場に固まって住んでいるのだ。下手に離れると現代の知識がない彼女達の暮らしは立ち行かなくなる。

特に河童から離れるとまずい、連中はここの生活の『生命線』を握っている。天狗である自分や文に強気で当たってくる河童は初めて見た。

 

 

「ああ、いたいた。別に外で待ってなくてもいいのに、どうしたのかしら」

 

 

 マンションが見えてきたあたりで刑香は呟いた。その前には見慣れた人影、いや天狗影が立っていた。白いパーカーを着て、黒い短めのスカートとニーソックスを身に付けている少女。それは当然、はたてである。

 彼女は先ほどの刑香と同じようにマンションの入り口に背を預けて、空を見上げていた。ポケットに手を突っ込みながら、くしゅんと可愛らしいくしゃみをする。

 

 原付の速度を緩めて近づいていく。ツインテールの天狗も気が付いたようで、片手を振って挨拶してくる。その手前で原付を停止させ、刑香はスタンドを立てた。

 

 

「どうしたのよ、はたて。わざわざ出迎えなんてアンタらしくないわね」

「あれ、文から行ってないの?」

「えっと何が?」

「ほらあの文章を送るアプリのことよ。いやそれよりも文が場所の変更を一方的に言ってきたから、一緒に行こうと……。あ、いや。刑香が迷うといけないから待っていてあげてたの、それだけ!」

 

 

 しどろもどろになりつつ説明する茶色の親友。刑香は心の中で「あぷり?」などと思いつつも、恥ずかしがって強がる少女の姿に苦笑してしまう。「一緒に行こう」、確かにその一言は意外と照れるものだ。ここは合わせておこう、刑香は少しだけ考えてから口を開いた。

 

 

「いつものことながら文のヤツは勝手よね。はたてが待っててくれなかったら、私だけ待ちぼうけだったわ」

「そ、そうよねっ。本当にアイツは自分一人で何でも決めちゃうんだから、振り回される私たちの身にもなれっての!」

 

「だからありがと、はたて」

「…………どういたしました」

 

 

 つんとした表情でそっぽを向く茶色い天狗。その口元が少しだけニヤけているが、刑香は気づかないふりをした。この少女も自分と同じく真正面からの好意に弱い。お互いに良い友人を持ったものである。

 

 そしてマンションに原付を置いて、二人は歩き出す。

 何となく歩いていきたかったのだ。電柱が同じくらいの間隔で置かれ、ギリギリ足もとが見えるくらいの明るさがそこにはある。

 ここに比べて妖怪の山は暗かった、ほのかに光が見えても夜雀の屋台くらいだったのだ。ちなみに電柱には「求人、パン工場!」と張り紙がしてあったり、近くの診療所やら葬式場やらの広告が載っている。どこの人間も商売には余念がないらしい、それが可笑しくて刑香は内心で苦笑していた。

 

 

「そういえば宴会場はどこになったの?」

「町外れの公園だってさ、何でそんなところなのかは分からないけど」

「公園って、食べ物とか飲み物はどうするのよ。それ以外にも敷き物とか明かりも必要だし」

「さあ、文が何とかするんじゃない?」

 

 

 「チューハイあるかなぁ」とはたてが気楽にぼやいている。刑香は文が用意することに多少の不安を覚えたが、まあ大丈夫だろうと思考を打ち切った。何かしらの企みはあるだろうが、まさか宴会そのものを台無しにすることはしないはずだ。

 そんなこんなで二人の少女は黙々とあるいていく。両天狗ともあまり口数は多くないが、別に会話がなくても気不味くなることはない。その程度を気にする仲でもないのだ。

 

 

「でもさ、何で公園なんだろ。刑香はわかる?」

「いや私もアイツの企みは分からないわよ、普段考えてることなら何となく分かるけど」

「アンタに分からないならお手上げね」

 

 

 わざわざ公園に集まる理由については首をかしげるしかない。だが考えても答えは出ない、見当もつかないままである。なので刑香は、せめて手に持ったバスケットの中身が無駄にならなければいいなと思うことにした。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 けっこう歩いた。文の指定した公園に着く頃には、はたてはパーカーを脱いで小脇に抱えていた。その下には背中に「絆」と書かれた妙な黒シャツを着ている。せっかくお洒落な格好をしてもアンダーがそれでは画竜点睛を欠いているな、と刑香はどうでもいいことを考えていた。

 

 自分も少し体が火照ってきた気がするが、ちょうど良い運動になった。それに大して厚着をしていないことも幸いして、脱がなくて済みそうだ。公園に入った時に足元で「くしゃり」と音がした、脚をどけて見てみるとそこにあったのは、少しくすんでいる紅葉だった。

 

 

「ここって、もしかして……」

「どうしたの、刑香?」

 

 

 ざわざわと木々の囁きが聴こえてくる。

 ここは小さな丘と池がある町外れの公園だった。電燈は一本もなく遊具は一つもない。豊かな緑を育む丘と公園を分断している池から、魚の跳ねる音が静かな空気によく響いた。少し物寂しい気配のする場所だ。

 

 そして公園の真ん中には、スーツを着た黒髪の少女が立っていた。線の細いスーツ姿は彼女に良く似合っていて、やはり凛々しさがあるように思える。そんな少女は二人を見つけると、にんまり笑って口を開いた。

 

 

「来ましたねっ。刑香、はやて!!」

「私の名前で遊ぶなっ。はやてとかホタテとか、いい加減にしなさいよ!!」

「ホタテは私のせいだわ、ごめん」

 

 

 もちろん、その正体は清く正しい天狗こと射命丸文であった。スーツ姿なのは仕事帰りだからだろう。殆どの少女達がバイトで食いつないでいることを考えると、スーツを着る仕事、しかも記者をしている彼女は稀有である。そうなる為に並々ならぬ努力があったし、才能も三羽の中では一番あった。その影で犠牲にされた少女もいたが、気にしてはならない。

 

 いきなり挑発してきた文に刑香は呆れて、はたては食って掛かる。文はどうどうと茶色い友人を抑えてから、両手を組んで仁王立ちした。とても偉そうである。

 

 

「いやぁ。二人とも遅いから迷子になっているかと思いましたよ。飛べないから探しにもいけないですし、少しだけ心配しました」

「たかがこんな距離で迷子になるわけないでしょう。というか、私にきちんと連絡しなさいよ。何を企んでいるかは知らないけど」

 

 

 そもそもギリギリに変更をすれば、少々時間がかかることは分かっていたはずだ。いや違うと刑香は考える。もしかして文は時間稼ぎをしていたのかもしれない、さすがに自分に連絡を回していなかったことは解せない。

 ただ肝心の文がニヤニヤして見つめてきたので、その理由だけでも尋ねることにした。

 

 

「なによ、アプリってヤツが分からなかった私をバカにしてるの? まあ、知らなかったのは事実だから仕方ないけどね」

「いえいえ、そんなことではありませんよ。ただ暗い公園にいる刑香を見ていると懐かしい記憶が甦ったんです」

 

 

 文は眼を虚空に向け、そしてそのまま声音を変えて呟いた。

 

 

「あやねぇ~あやね。ここどこ~、まってよぉ、あやね~」

「っ!?」

 

 

 びくっと刑香が震えながら後ずさる。強烈に記憶がフラッシュバックしてきた、覚えがあるなんてものではない。しかし頬を紅く染めても、あくまで冷静に努めることにする。ここで食ってかかれば文の思う壺である。だが、いくつかの反論はぶつけてしまう。

 

 

「い、いつの話してんのよ。そんなの千年前の話じゃない。雛鳥時代の私の話を、いまさら持ってきたところで…………」

「つい最近のことですよ」

「いや嘘を言うのは勘弁しなさいよ、本当に……」

 

 

 くっくと文は笑っていた。過去の話をここぞとばかりに蒸し返す親友はいたずらっぽく笑う。刑香はそれを見て、ふと幼い頃に同じような顔で文が笑っていたような気がした。どうやら子供の頃から自分たちの関係は変わらないらしい。なるほど、それなら最近と言われても仕方ない。全て繋がっているのだから。

 

 だが、同時にはっと気づく。今の表情を昔と重ねられるということは『昔も同じようにからかわれた』ということである。そちらの関係性もあんまり変わっていないような気がして、かくっと刑香は肩を落とした。そろそろ逆転させたいものである。

 

 

「……ちょっと、あんた達。私と出会うより前の話をするのは控えなさいよ、私だけ疎外感がひどいんだからね」

 

 

 はたては置いてけぼりにされたようで、少し不満げに口を挟んだ。その様子に刑香も文も少しだけ微笑んだ、それを見て更に不機嫌になったはたては文を睨みつける。もちろん照れ隠しである。

 

 

「結局のところ、文はなんで私たちを呼び出したのよ。明かりもないし遊具もない、まさかこんな所で飲み会をするんじゃないでしょうね?」

「こんな所? ふふ、はたてもまだまだ甘いですね」

「…………はあ?」

 

 

 何言ってるんだコイツ、そういう眼差しをする茶髪の鴉天狗。黒い少女は自信たっぷりにクルリと後ろを向く、その顔には何かを企む色があった。

 

 

「こんなに良いところはありませんよ」

 

 

 はたては刑香と顔を見合わせた。意味が分からない、目の前に広がるのは薄暗い公園だけである。夜風に秋草が流され、鈴虫の声が聞こえるのは風流と言えばそうだろう。だがそれは別にここでなくても良い、マンションの傍でも十分である。そんな二人の心を見透かすように文はニヤリと口角を吊り上げた。

 

 

「あやや、そうですか。まだ二人にはわかりませんか…………それじゃあこれならどうですか?」

 

 

 すうと手を上げて文はパチンと指を鳴らす、水面に波紋を立てるように、鳴り広がっていく高い音。おそらく合図なのだろう、何が始まるのかと白と茶の鴉天狗たちが身構える。だが、数秒経っても変化は起きなかった。あたりを警戒していた二人が拍子抜けして脱力する。文がわずかに狼狽えていた。

 

 

「あ、あれ?」

「何やってんのよ」

「い、いや違うんです。打ち合わせではこのタイミングで…………ああ、もう!」

 

 仕方ないと言わんばかりに、ぱんぱーんと手柏手を鳴らす文。「まだやるつもりか」と二人が半ば呆れ始めた、その瞬間であった。

 

 

 

 鮮やかな光が公園を包み込む。

 

 

 

 一瞬、はたてだけでなく刑香も何が起こったかわからなかった。ただ言えるのは、二人が眼を開けた時には目の前の光景が様変わりしていたことだった。

 

 丘が紅葉に埋め尽くされていた。その木々の下にはボール程度の丸い電燈がいくつも置かれ、それが紅葉の色を下から浮かび上がらせている。ライトアップと言えばわかりやすいだろう。池の周りをぐるりと囲むように紅葉した木々が、歓喜するように枝を鳴らす。

 

 その葉は数千枚はありそうだった。不思議と一枚一枚がくっきりと見え、枝から離れてひらひらと宙を舞っては地面へと降りていく。そして木々の下に敷き詰められた赤い絨毯の一部になり、「くしゃり」と敷き詰められるのだ。

 

 その光景を背にしながら、いつの間にか文は池の前にいた。ライトアップされた紅の色を背負いながら、彼女は振り向く。

 

 

「これでもご不満ですか、お二人とも?」

 

 

 後ろから光を受けているからか、文の影は黒い。ただ、その赤い目と満足げな笑みは見慣れた物だけに刑香にはよくわかった。「してやったり」という表情、イタズラに成功した子供のような輝きは千年経とうと、変わりはしない。固まってしまったはたての代わりに刑香は口を開いた。

 

 

「不満なんてあるわけないじゃない、あんた最高よ」

 

 

 それは良かった、と勝ち誇った文がもう一度微笑んだ。そして少しだけ文は目を反らす、よく眺めると顔を染めて照れていた。こっちの天狗も、真っ直ぐに気持ちを伝えられるのに慣れていないのだ。どうやら自分たちは三羽とも似た者同士らしい。刑香は文へと近づいていく。

 

 

「でもこの光は一体どうやったの?」

「むふふ、それは頼れるしたっぱを導入したんですよ」

「いやそれも意味が…………そこにいるのは誰?」

 

 

「ご無沙汰しております、刑香様」

 

 

 がさがさと草むらを掻き分けて、白い髪をした少女がひょっこり顔を出してきた。眼は少し眠たげだが、本当に眠いのではなくイライラしているだけである。葉っぱを払いのけて出てきた彼女はブルーの作業着を着ていた。白髪赤目の少女は刑香に向かい合って、恭しくその場で跪いてきた。

 

 

「久しぶりね、あんたも元気だった?」

「はい、おかげさまで壮健で過ごしております。刑香様もお変わりないようで安心致しました」

 

 

 犬走椛はそう言って深々と頭を下げた。そこで刑香にはカラクリが解けた、文の合図で電燈をつけたのは彼女だったのだろう。相変わらず主君に使える武士のように、椛は片膝を立てて跪いている。

 

 

「相変わらずね、私なんかを相手にそこまで畏まる必要はないわ。……立っていいわよ」

 

 

 刑香はそう言葉を返した。椛は固い態度を崩すことなく立ち上がり、さりげなく体から葉っぱを落とす。隠れていたからか、ちょっと服も汚れている。

 

 

「今回はそこのアヤサマから要望を受けて馳せ参じた次第にございます。そんな申し出は本来なら踏み倒すところなのですが、貴女とはたて様の名前を出されたので仕方なく……」

「そんなことよりご苦労様でした、椛!」

「はい、ありがとうございますアヤサマ」

 

 

 強引に話を打ち切った文をジトリとした眼差しで椛は見つめていた。元々あまり仲が良くない二人である。白狼の方は何か釈然としない物を感じているのかもしれない、だが天狗組織は基本的に上の言うことには絶対服従なので仕方ない。

 

 

 


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