その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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活動報告にて予告させていただいた通りに、番外編『後編』を投稿します。

こちらのお話は『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものです。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方キャラクターたちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

尚、今回は後半が本作初の一人称(誰なのかはご想像にお任せ致します)となっています。あくまでも番外編のみの書式ですが、苦手な方はご注意ください。
寛大な心で目を通していただけると幸いです。


番外編その6~その絆は見えずとも~

 

 ぺたりと座る丘の上。

 すでに紅葉の絨毯がそこにはあるので、敷物は要らなかった。刑香はそれを一枚だけ手に取って、くるくると指で弄ぶ。憎らしいくらい鮮やかに色づいた落ち葉である。流れてきた風に紅葉を乗せ手放してから、何となく顔を上げる。

 

 

「幻想郷ではあり得ない景観ね。自然の営みからは外れてるけど悪くない。今も昔も人の子が成すことは、私たち妖怪には思い至らないことが多いあるわけか……」

 

 

 艶やかな葉の表面が光を反射していた。

 椛の持ってきた照明で下から照らされた紅い木々が、美しく夜に咲いている。暗い海に浮かぶ紅葉の舟は、風に揺られて枝を鳴らし、人工の月明かりに葉を瞬かせる。明暗のはっきりと別れる唐紅(からくれない)は妖怪の心にさえ波紋をもたらしていた。

 

 さあさあと寄せる秋風のさざなみに刑香はゆっくりと瞳を閉じる。体を動かすと、くしゃりとまた音が鳴った。白い少女は身体の全てで自然の息吹を感じていた。

 

 

 

 

「うーん、文も刑香も基本的には清酒よね。そうなると私はこっちを飲んだ方がいいのかな?」

「……まったく、あのカラスは私を何だと思ってるんだ。こっちに来てからは山での身分なんて関係ないのに、使いっ走りだなんて」

『へー、お酒が一杯あるねぇ』

 

 

 彼女の仲間がいるのは少し離れた場所。

 椛がよろよろとふらつきながら持ってきたクーラーボックス、その中身をはたてが吟味していた。白狼の少女は肩を自分で揉みながら、ぶつくさと何かを言っている。おそらく腹黒い天狗への不満であろう。そしてもう一人、誰かの声が鼓膜を揺らしたが誰も気にしなかった。

 

 そんな中で眼を閉じた刑香の後ろには、ニヤニヤと忍び寄る黒い影がいた。いつも通りに何かを企んでいる顔でビール缶を持っている。一歩また一歩と、ゆっくり刑香に近づいていく。よく冷えた飲み物を持っているので、何をする気なのかは説明するまでもないだろう。

 

 

「言っとくけど気づいてるわよ?」

「えっ」

 

 

 刑香は眼を閉じたまま牽制する。どうせキンキンに冷えたソレを、顔か首に押し付ける気だったのだろう。振り向くまでもない、ここは眼を閉じていても耳の奥へと響く『音』に満ちている。どんなにこっそり近寄ってきても足元の紅葉が丁寧に「教えてくれる」のだ。

 

 

「あやや、今回はイタズラ失敗ですね」

「心臓に悪いから急なイタズラは止めなさいよ。いつも言ってるでしょ」

「刑香もはたても面白かわいい反応をしてくれますからね。なかなか我慢できないんですよ、これが」

 

 

 じとりとした空色の視線などお構い無しに、文は刑香の横に座った。そんな親友へと呆れたように刑香はため息をつく。せっかく良い場所をセッティングしてくれているというのに、この付き合いの長い友人はいけしゃあしゃあとイタズラを仕掛けてくる。これではお礼を言うタイミングが掴めない。

 

 

「はあ、言っとくけど何度仕掛けても無駄だからね。葉っぱを踏んで来れば音が聞こえるし、それに……」

「そうですかー、それは残念残念…………隙ありっ!」

「わ、ひゃっ!?」

 

 

 びくっと体を震わせてのけぞる刑香。

 文がビール缶を刑香のほっぺたにくっつけた。冷たい感覚が頬にいきなり広がる。この友人はバレた上でいたずらを強行したのだ。思わず身を引こうとしてバランスを崩した刑香、すると今度はその首元へと冷たい缶を押し付けられる。

 

 

「やっ、ちょっと、しつこいわよっ!?」

「ええではないかええではないか」

「何よそれ!?」

 

 

 紅葉の上で、じゃれついている二人の少女たち。白い鴉天狗の反応をしばらく堪能してから身を離した文は楽しそうに笑った。

 

 

「ふふ、こういうのは久しぶりです。子供の頃はよくやってましたよね、二人で後々はたてに仕掛けてみませんか?」

「……残念ながらあんたへの仕返しが先だわ。ちょっと待ってなさい、お酒取ってくるから」

「ここにあるではないですか」

「そういう意味じゃないわよ、わかってるくせに」

 

 

 尚もビール缶を頬に押し付けてくる文は優しく笑う。そのまま刑香にそれを手渡してきた。

 そして紅葉の舞う空を見上げ始める文。タイミングを外され、刑香は怒るに怒れない。苦笑しつつ「ありがとう」とお礼を伝える、どうにもこの親友には敵わない。

 

 黒い空を舞台に紅葉が踊る、燃えるような紅色は彼らの命の輝きそのものである。二人並んだ天狗の周りを彩る様に、かつての『山の神』を崇めるように舞い散っていく。刑香も文も、手にある缶の蓋を開けなかった。

 

 

「なーに二人で黄昏れてんのよ」

 

 

 そこにやってきたもう一人の友人。髪を手で払いながら、はたては二人の間に腰を下ろした。手に持っているのは『凍結』と書かれたチューハイである。静かな雰囲気を一変させるように、彼女は遠慮なくプシュッとソレを開けた。そして飲むのではなく、手に持った缶を掲げる。きょとんとはたてを見つめる刑香と文。

 

 

「何よ別におかしいことはないわ、乾杯くらいするんでしょ?」

「ああ、そういうことですか」

「なるほどね」

 

 

 はたては不機嫌そうにしているが、付き合いの長い二人にはわかる。要するに真正面から言うのが恥ずかしいから、ぶすっとしているのだ。二人は眼を見合わせてから缶を開けた。小気味よい音がする。

 それで乾杯をしようとしたが、刑香がふと気が付く。少し離れた場所で椛が立っているのだ。三羽の輪には加わらず、彼女は真面目な顔でこちらを見ているだけだ。

 

 

「どうしたのよ、あんたはこっちに来ないの?」

「あっ、いえ私は、その……」

 

 

 何か遠慮しているらしい。椛は前々から刑香へは堅苦しい感じがしていたが、それはこっちに来てからも変わらない。「ふむ」と刑香は考える。ならば逆にそれを利用してやればいいだろう、やり方は簡単である。

 

 

「それなら私達からの『命令』っていうのはどうかしら。まあ、指示を聞くのかは自由だけど」

「……どのようなご命令でしょうか」

「私達と同席してくれないかしら、犬走椛」

「貴女とはたて様が仰るならばそのように」

 

 

 素直に従う白狼の少女だが、今のは正直なところは『命令』ではなく『お願い』の類いだった。どうやら性格的に白い少女は強制を行えないらしい。だが生真面目な椛はクーラーボックスからてきとうな飲み物を取り出して、こそこそと近寄ってきた。

 

 

「それでは失礼いたします」

 

 

 すとんと三羽鴉の隣に座る。それを文がニヤニヤして見ていたが、黒い少女に対して椛は完全に無表情だった。反応したら色々な方面からイジられるからだ。だから腹黒い天狗から全力で顔をそむけた。

 車座で座る天狗達ともう一人。秋風が流れる空の下、紅葉が燃える草の上、涼しげな闇の中で、人ならざる少女達は秋夜の公園で声を合わせた。

 

 

『かんぱーい』

 

 

 カンっと五人分の音が鳴る。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 夜の帳が深まっていく、暗い空に星々が小さく瞬く、街外れに広がる静かな夜がそこにはあった。

 ただ、今宵に限って星は脇役らしい。私たちの見上げた先には美しく輝いている季節の欠片たち。赤でも黄色でも、彼らは鮮やかに身を震わせては光に踊る。

 

 風が吹けばひらひらと空を舞う、無ければすとんと落ちてくる。まるで個性を主張するかのように「どうだっ」と一枚一枚の葉っぱが紅い空の舞台から、思い思いに降りてくるのだ。

 それを白い髪の、私ではない白い髪の少女が手で掴もうとして、ひらりと葉から避けられてしまう。

 

 

 むうと唸る白狼天狗。

 

 

 それを見て笑い声が起きる。やはり中心にいるのは黒い髪の少女だった、お酒が入って桃色に染まる頬、それは天狗としてはあるまじき姿。なのかもしれないが、この世界では直ぐに酔ってしまうので仕方ない。それが楽しいのだろう。

 

 見本を見せましょうと黒い少女は立ち上がる。「ほっ」という可愛らしい掛け声を上げて、あっという間に一枚の紅葉を手に取った。鮮やかな手並みだった。やはり彼女はなんでも卒なくできると、こんなことからも思ってしまう。

 そして私の方を見て得意気に笑うのだ。その表情は昔から変わらない。つられて私も楽しくなってきた、見慣れているはずなのに不思議だ。

 

 そう思っていると、横から茶髪の少女が肩を叩いてくる。そちらに目を向けると、お酒の缶を両腕一杯に抱えていた。「どれを飲む?」と聞いてきてくれた。全て果実酒なのはどうかと思うけど、私はありがたくその中から選ぶことにした。

 

 

 

 

 

 そこで私はパンを作ってきたのを思い出す。

 バスケットを手に持って黒い少女に声をかける。彼女は白い髪の天狗と何か言い争っていたが、どうせ大したことではないだろう。その証拠に何か企んでいるような、いや、誰かをからかってやろうというあの笑いを射命丸文はしていた。

 まあ、お腹に何かを入れれば、眠くなって少しは大人しくなるかもしれない。

 

 

「いや違うか、この時の私は恥ずかしかっただけよね。それが何故なのかはわからないし、今思い出してもどうしてなのか理解できないけど」

 

 

 ただ、バスケットの中身を三人に見せた時に小さな歓声がこの紅葉の森に響いたことだけは嬉しかった。それだけは酔ってても忘れていない。

 

 

「駄目ね、これじゃあ口調が普通すぎる気がするわ。現代カラクリって便利だけど、油断すると文章が崩れてしまうみたいね。……えっと修正のボタンはどれだっけ?」

 

 

 あの夜はそれからも永かった、いやそうあって欲しかったのかもしれない。

 ライトアップされた紅葉の降る幻想的な場所、それなのに私たちが話したのは他愛もないことばかり。どこそこのスーパーの話、仕事の話、今手に持っているお酒の話。とりとめのない話も、騒がしい笑い声も、不思議と耳には心地よい。いつの間にか私も笑っていた、思わずほんの少しだけ。

 

 

 そんな時、アイツにパシャりとやられた。

 

 

 音がした方を見ると、デジタルカメラが私に向けられていたのだ。それはこの間、私が貸してやったヤツだ。真新しいフレームも磨き抜かれたレンズも間違いない。

 そしてカメラを構えた文は自分の顔を指でつついている。そこでようやく私は気がついた、のんきにパンをかじって笑っている瞬間を写されたのだ。

 

 今思うと恥ずかしい。少し酔っていて油断した。あんなものを広められては恥である。立ち上がってカメラを回収しようとしたが、文はあっという間に逃げていく。韋駄天ここに現れり、それくらい足が速い。

 

 そうして始まったのは追いかけっこ。少し足元がふらついたが、お互いに条件は同じだ。クシャリと落ち葉を踏みながら、空も飛ばない鬼遊びをすることになった。

 

 逃げる文は楽しそうだった。木の裏に逃げてみたり、私の脇をひょいと通り抜けてみたりと素早い。酔った私では少し捕まえられそうにない、流石は幻想郷最速だと思う。よくよく考えると子供の遊びなのに理不尽なことだ。

 しかし日ごろの人徳、天狗徳がないからだろう。少し声をかけただけで、はたてと椛が協力してくれた。特に椛のやる気は相当だった、あの目は本気だ。どれだけ日頃の鬱憤が貯まっているのか。

 

 

「まあ、そのまま三人で追い回したわけだけど。やっぱり速いのよね。小さな頃のまま、文はあやねぇのままで。…………もう絶対これは人に見せられる日記じゃないわ。書き終わったら封印決定ね」

 

 

 はたてが後ろに回りこんだが、文はそれを避けて空いたスペースに逃げる。

 そこに突っ込んだのは椛。お酒に強いのか、あまり飲んでいなかったのか動きにキレがあった。猟犬のごとき鋭い眼光で文に飛びかかったが、何かに躓いたらしく頭から地面に転んでしまう。小石にでも引っ掛かったのだろうか、とても痛そうだった。

 

 だが、二人が塞いだおかげで逃げる方向は予測できた。その先に私はいたのだ。逃げてくる文と向き合った時、彼女の口元がつり上がっているのが見えた。だいたいあんな顔をしている時はろくなことを考えていない。

 すっと重心を落として、私の脇を通り抜けようとした黒い親友。裏をかかれた私だったが、バランスを無視して文へと飛びついた。そのまま身体に抱き付くようにして押し倒す。ほとんど体当たりのようなものだ。

 

 

 捕まってしまいました、文は笑い出す。

 それに対して「久しぶりに勝った」と私は満足感に浸ってスーツから手を離した。胸の鼓動がうるさいので、少し休もうと紅葉の上で寝転がることにする。

 まあ、私は油断していたのだ。横を見ると文も同じような格好をしていたのもあって、私はそれ以上の警戒をしていなかった。

 すっと私の首に回された腕、もう一方はカメラを向けてきていた。そして文は私の頬に自分の頬をくっつけてきて、こう言ったのだ。

 

 

 

 はいチーズです。

 

 

 

 あの時の私はどんな顔をしていたのだろうか。あの意地悪な姉は見せてくれなかったので、分からない。

 

 

 

 

 




次回からは新章『映月天狗抄(予定タイトル)』を開始します。
妖怪の山とそれに関わる人物たちをを中心にした物語になる予定です。

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