その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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第五十話:朝ぼらけの未来予報

 

 

 期待外れはつまらない、しかし予想が外れるのは面白い。不確実な要素を取り除いて生まれた必然よりも、自らが好むところは確固たる未来を打ち砕いてしまうような偶然性。そんなことばかりに惹かれる自分は変わっているのだろう、ならば人の道をほんの少しくらい外れても仕方ない。そう結論付けた。

 

 

 ーーー幼い少女は聡明にして早計であった。故に蔵の奥で眠っていた魔導書(グリモア)を開くことに、戸惑いはなく。

 

 

 いつの間にか魔道を志していた、いつの日にか日常を捨て去るだろうと予感する。親不孝者だと後ろ指をさされて生きていく、誰かに迷惑をかけ続けた果てに自分は死ぬのだろう。それでもきっと後悔はしない、胸に宿った炎は決して消えはしないはずだ。今のまま人並みの暮らしに甘んじることにこそ、悔恨の念は宿るに違いない。

 

 

 ーーー幼い魔法使いは大胆にして小心であった。いつも心の奥底で両親へと謝罪の言葉を口にする。

 

 

 魔導の書は密やかに、寺子屋の教科書で隠しつつ。店の折れた箒をこっそり魔法の箒へと。人里を度々抜け出しては空を飛び回り、帰りは人里の外れから徒歩にて戻る。魔法の練習は欠かさなかった、特に同い年の巫女の少女と出会ってからは熱が入っていた。心のタガが外れたように魔導に打ち込んだ少女は、半人前の魔法使いとなる。

 結局のところ、霧雨魔理沙という少女は凡庸でありながら誰よりも非凡であった。

 

 

 

 

「つまり、私たちは単純にこの場所にワープしたわけではないって話よ。ここまで来たら、時間そのものにズレがあっても不思議じゃないと思うわ。どう思うかしら、メリー博士?」

「それはホーキングが唱えたっていう、時間の矢の逆転説のことかしら。でもアレは随分前に本人が否定しているはずだけどね、助手の蓮子さん」

「ニュートリノに質量が発見されたのは、そのすぐ後よ。まだまだオカルトの領域だけど、時間の逆流は観測上ありえると私は思う。‥‥ところでこのお煎餅、イケるわね」

「うーん、でも結局のところは根拠が何もないのよねぇ。助手の蓮子さん、分析を続けてください。あ、こっちのお饅頭もおいしいわよ」

 

 

 難解な言葉がそびえ立つ会話。

 やれやれと観衆になりながら、博麗神社の一室で魔理沙は溜息をつく。霊夢と一緒に食べるはずだった和菓子たちを口にしながら、よく分からない話を繰り広げている見知らぬ二人組。話を聞く限り、彼女たちは外から迷い込んだ『迷い人』らしい。空腹を訴えていたので、手持ちの食糧を振る舞ってやったのだ。

 しかし、そのお礼が自分を置いてけぼりにしての『オカルト話』とは納得いかない。不満げに頬を膨らませてから、魔理沙は二人の会話へと言葉を滑り込ませる。

 

 

「あー、つまり‥‥アンタらは別の時代から来たかもしれないってことだよな!」

「そうね、そんな感じのことを今の私と蓮子は推定してる‥‥かな」

「っていうか、今の話が断片的でも分かるって魔理沙ちゃんってスゴイわね」

 

 

 たまにいるのだ。幻想郷を囲む『博麗大結界』を何らかの形で通り抜けて、コチラ側の世界に来る人間が。その大半は事故のようなモノで、迷い込んですぐ妖怪に喰われる者も多い。なにせ幻想郷の人間ではない存在、外の人間は妖怪たちにとって『襲っても構わない対象』とされているのだ。さっき聞いた話では、この二人もしっかりと襲われたらしい。

 よくもまあ、無事に生き延びたものである。魔理沙は自分の頭を撫でてくる少女たちを冷めた目で見つめていた。

 

 

「うーん、魔理沙ちゃんって可愛いし賢いわね。もう少し年が上だったら、秘封倶楽部の後輩として勧誘していたところよ」

「もう蓮子ったら‥‥わぁ、とっても髪の毛ふわふわで羨ましいなぁ」

「だぁーっ、あんまり撫でるなぁ! 何が悲しくてお菓子を驕ってやってるのに、訳わからんオカルト話を聞かされながら頭を触られなきゃならないんだよ!」

 

 

 外界の面白い話を聞けるかもしれない。

 そんな期待を込めて、持参していた食糧を振る舞ったというのにその結果がコレである。聞けばこの二人、昨日の夜から何も口にしていなかったらしかった。それに井戸の使い方も知らなかったせいで、神社に避難してからも水さえ飲めずにいたらしい。それなりに参っていたのだろう。そこに食事を提供したことで、二人だけの議論へのめり込む体力を与えてしまったのだろう。

 

 

「あははっ、それにしても『オカルト』かぁ。確かに進みすぎた科学は魔法と変わらない、昔からそう言われていた通りなのかもね。今は月旅行さえ出来る時代なんだし」

「一部のお金持ちだけだけどね」

「う‥‥‥まあ、そうだけどさ」

 

 

 メリーのツッコミに押し黙る蓮子。

 その脚に巻かれた包帯からは微弱な妖気が漂っていた。おそらく二人を襲ったのはルーミアだろうと、魔理沙は当たりをつける。『闇を操る程度の能力』を持つ常闇の少女、正直なところ強そうな能力名のわりには大して脅威でもない妖怪である。だがそれも幻想郷の定義で見た場合の話で、普通の人間が襲われたならひとたまりもない。

 

 

「‥‥ルーミアの奴はここ最近、よく見かけるようになった妖怪なんだ。妖怪の山に迷い込んでアイツに噛み付かれただけなら、アンタらはかなり運がいいぜ」

「いやいや、とんでもなく怖かったわよ。空飛んで追いかけてくるし、いきなり食いつかれる、かじられる。本当に命の危機だったんだからさ。幸運だったなんて、ありえな‥‥」

「アイツは人食い妖怪だ。いつも笑顔だし人懐っこい性格をしてるから、危険性は低い方だけどやっぱり喰われる時は喰われるよ。霊夢が来なかったら今頃、二人揃ってバラバラだったんだぜ?」

「っ‥‥‥!」

「それにあの山には、もっと恐ろしい奴らがいるしな」

 

 

 山岳信仰が根強く残り、未だに人跡未踏の地が数多く存在するとされる霊峰。巨木は神霊の拠り所で、深い御山は畏敬の象徴、そしてその守護者として天狗衆。連中は誇り高く、人間に対して容赦がない。あの山は人里の暮らしには無くてはならない恵みの場であるが、同時にこの幻想郷でも屈指の危険地帯である。

 許しもなく奥地に立ち入れば、山の入り口に首を晒されることになりかねない。それは外界から偶然迷い込んだ人間であっても例外ではない。

 話を聞いて口元を引きつらせる蓮子とメリー、そんな二人を見て魔理沙はもう一度だけ肩を竦めた。

 

 

「この幻想郷で怒らせてはいけない存在、その一、二を争うのが天狗衆なんだよ。連中にケンカを売ると冗談じゃ済まされない、だから人里でも『一部』を覗いて天狗っていう妖怪はかなり恐れられてる」

 

 

 この話は全て大人たちからの受け売りだ。

 実際に確かめたわけではないし、確かめる気もない。物心ついた頃から危険な妖怪やら場所については教えこまれてきたのだ。そんな連中にわざわざ近づくほど馬鹿でもない。だが『あの三羽』のような例外がいることも、魔理沙は知っている。

 少し前に自分がムカデのような妖怪に襲われていた時、あっという間に助けてくれた白い翼の少女。纏うは天狗風、起こすは竜巻。『あの頃』の自分では到底かなわないであろうチカラの持ち主だった。それでも本人曰く「他の二人は私よりも強いわよ」とのことなので、まったく恐ろしい話である。

 残念そうに新聞を広げる蓮子、一面記事に載っているのは白い鴉天狗の写真である。

 

 

「そっか危険なのかぁ。でもこんなにキレイなら、ちょっと会ってみたかったかもね。メリー、あなたもそう思うでしょ‥‥‥メリー?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと思いついたことがあったから考え込んでたの」

 

 

 それっきり黙り込む金髪紫眼。

 何事かを熟考しているらしい。その瞳に映るのは、昼と夜の境目に浮かぶような不可思議な紫色だ。どちらかといえば人間よりも『アチラ側』、出会った当初からそんな気配を感じさせてくる。気のせいだろうか、ほんの少しだけ妙な雰囲気がある少女であった。悩むように視線を泳がせると、メリーは言葉の続きをゆっくりと口にする。

 

 

「オン・ガルダヤ・ソワカ。これは私たちが幻想郷に踏み入れる直前に、あなたが唱えた真言よ。意味するとこほは天竜八部衆の一柱、有翼の守護者である迦楼羅王」

「そういえば仏像の前でそんな話をしていたっけ。延命のチカラを持った仏法の神様のことよね。でも、それがどうかしたの?」

「忘れたの? 迦楼羅王は『鴉天狗』のルーツとなったとされる存在の一つよ。私たちが跳ばされる前の地点も、そして跳ばされた先も天狗たちに関わりのある場所だった。これは、果たして偶然なのかしら?」

「‥‥あ」

 

 

 思わず唖然とした声を上げた蓮子。

 それは誰でもいづれは思い至るであろう、極めて単純な結論であった。天狗にこそ自分たちが『幻想入り』した原因があるのではないか、よくよく過程を思い出せばすぐにでも思いついていたはずだ。やはり浮かれていたのだろう、幻想郷のことを調べることに集中していて、ここから帰る方法にはイマイチ考えが及んでいなかった。

 その時、魔理沙はイタズラっぽく口元を綻ばせる。ようやく自分にも参加できそうな話になったからだ。

 

 

「何だか知らないが、天狗に会いたいなら一人だけ心当たりがいるぜ。良かったらソイツの寝床まで案内しようか?」

「うそっ、魔理沙ちゃんって天狗の知り合いがいるの?」

「ふふんっ、私は顔が広いんだ」

 

 

 まあ人里ではそれなりに有名な天狗なので誰でも知っているのだが、それは黙っていることにする。

 なにはともあれ面白くなってきた。どうせこの二人だけでは人里すらまともに歩けないだろうし、誰かが付いていった方がいいだろう。せいぜい見返りを期待しつつ人助けをしてみようかと、魔理沙は魔女帽子を被り直した。

 

 

「でも、魔理沙ちゃんは巫女の子に会いにここへ来たんじゃないの?」

「ここにアイツがいないなら、今言った天狗の所にいる可能性が高いんだよ。巫女と妖怪なのにアイツらはかなり仲良いからさ。それと『ちゃん』付けは止めてくれよ。これでも私はーーー」

 

 

 パチンと指を鳴らす。

 すると縁側に放り出していた箒が動き出し、独りでに飛び立って手の平に収まった。穏やかな風が枝々をしならせ、フリルの付いた魔女服をなびかせる。「おおっ!」と上がった二人分の歓声に気を良くして、魔理沙はそのままスカートのポケットから試験官を取り出した。鮮やかな金平糖のようなカケラが詰まったそれは昨日作ったばかりの新薬。爪先で弾くようにして栓を開封し、中身を宙へとばらまいた。

 

 

「私はこれでも『魔法使い』なんだからな」

 

 

 好きな魔法は『光』と『熱』。

 空気と反応して刹那に燃え上がり、星のごとくに輝きを放つ魔力の結晶たち。それらが地面に着く前にガラス玉のように砕け散る姿はまるで流星のよう。その美しさに言葉を失う二人組へと、太陽を背にして笑いかけた。

 向かう先、寂れた神社にはもう白い少女がいないことを魔理沙はまだ知る由もない。

 

 

◇◇◇

 

 

 雄大な姿を見せる妖怪の山。

 まるで幻想郷の空を支える柱のようでいて、それは各勢力を結ぶ起点の一つ。山の何処かにあるという大穴からは『地底』に、裏側に拓けた中道の道からは『三途の川』へ、そして遥かな空の果ては『天界』へと繋がっているとされる。

 中腹以降には人の手が加えられた痕跡はなく、立ち入ることの叶わぬ聖域。天狗や河童、そして鬼族。多くの上級妖怪たちを惹きつけてきた深き御山である。幻想の息づく時代は終わり、外の世界は完全なる人の歴史を迎えて久しく。だが例え、人の子が地上を支配しようとも決して失われない世界がここにある。

 妖怪の山はそんな幻想郷の象徴の一つでもあった。

 

 

「では、ここより我ら白狼天狗がお供致します故」

「ご安心なされよ、お三方」

「貴女方は大切な客人、くれぐれも我らから離れること無きよう」

 

 

 霊峰の何処かに存在する天狗の里。

 ちょうど魔理沙たちが神社を出立したのと同じ頃。大勢の天狗たちに囲まれながら、里の中心へと向かっていく『ある一団』の姿があった。周囲の天狗は警護というよりは監視、よそ者の行動を制限するための役割を全うする。一切の物見遊山を許さず、寄り道をさせず、何一つとして里の情報を持ち帰らせはしないための監視役。

 金銀で装飾された刀剣を帯び、艷やかな装束を身につけた天狗たち。その装備はどれもが儀礼用で、つまりは種族としてのチカラを客人へと暗に示すためのモノ。

 何とも嫌な歓迎の仕方であると、さとりは辟易として空を仰いでいた。

 

 

「ええ、私たち地底よりも遥かに恵まれた暮らしをしているのは理解できました。それをわざわざ見せつけてくるあたり、天狗らしい嫌味にあふれています」

「そう言ってやるな、これは天狗全体ではなく以前までの上役たちの意志だろう。いずれは変化していくさ」

「‥‥あの娘に期待でもしているのですか?」

「さあ、自分でも分からないんだコレが」

 

 

 さとりの言葉に苦笑する藍。

 そこにいたのは冬に行われていた会合に、古明地さとりを加えた面子だった。海を越えた大陸や、時を渡った平安の世に人間社会を大きく揺るがした伝説を持つ九尾の狐、歴史は浅いものの西洋世界において知らぬ者なき夜の支配者である吸血鬼。そして深き山に住みて精神を抉り心を喰らうという妖怪さとり。それぞれが強力な妖怪であり、何らかの勢力を代表する実力者である。

 

 

「ここは相変わらず、疲れますね」

「そうかしら、私は落ち着くけどね。地霊殿の主ともあろうものが情けないんじゃない?」

「私はあなたのように衆目を集めたがる妖怪ではありませんからね、紅魔館の主さん」

 

 

 すぐ隣を歩いていたレミリアへと、さとりは煩わしげに視線を向ける。

 恐ろしいほどに色素の抜けた肌の色、そして紅い宝石のような双眸はおよそ日差しの下には不釣り合いだ。蒼銀の髪は済んだ夜空を思わせ、背中の羽は西方のお伽話に出てくる悪魔そのもの。まるでガラスで作られた人形のように繊細な美しさを持つ少女、それが古明地さとりが肉眼にて抱いたレミリアに対する印象であった。しかし、この吸血鬼の中身がそんな生易しいものでない。

 鈍い輝きで、サードアイはレミリアを見据えていた。

 

 

「そういう意味ではないわ、特権階級っていうのはこうでなければならないということよ。下々の者たちと分かたれてこそ、高貴な家門は誇れるものだもの」

「それは本気で‥‥言っているようですね。ならば私たちの間には超えられない認識の壁があるのでしょう、ミス・スカーレット」

「気軽にレミリアと呼びなさい。妹同士が友達なんだから、姉同士だって仲良くするべきだと思わないかしら?」

「考えさせてください」

「ふふっ、それは残念」

 

 

 くるくると太陽を遮るための日傘が回る。

 話しかけられて心底迷惑そうな顔をする自分へと、紅魔の王はイタズラっぽく微笑んでくる。少しだけ意外だったのは、自分と仲良くなりたいと言っているのが偽りではないということ。この吸血鬼は本気でそう思っているし、サードアイではそれ以外の感情は読み取れない。分からない、レミリアは純真無垢なフランドールとは違うはずだ。覚妖怪の厄介な性質を正しく理解した上で近づこうとする、どうしてーーー。

 

 

「『八雲』より、八雲の式神であられる八雲藍様。ご到着!」

「『紅魔館』より、スカーレット当主レミリア・スカーレット様。ご到着!」

「『地底』より、星熊勇儀様の名代として古明地さとり様。ご到着!」

 

 

 猛々しい声を張り上げる護衛の天狗たち。

 その迫力に押されて思考が途切れ、意識が現実へと戻された。どうやら目的地に着いてしまったらしく、一際大きな屋敷の前で一団は立ち止まる。そして自分たち三人だけを門の正面へと残し、天狗たちが左右へと分かれていく。彼らはこれより先の立ち入りを許されていない、進むことの出来るのは客人のみである。周囲を何重もの壁と堀に囲まれ、まるで砦のような印象さえ受ける邸宅は『天魔』の屋敷。

 ガタリ、と内側から閂(かんぬき)が外される。そして重々しい音を上げて門が開いていく。目の前に広がっていたのは美しい庭園であった。

 

 

「枯山水と苔の絨毯、上下二段に渡る庭園とは見事なものですね。数百年ぶりですが、やはり天魔にはこの方面のセンスがあります。これだけは好印象です、これだけは」

「花鳥風月を愛でる、本当にこういう所だけはアイツの祖父なだけはあるわよねぇ。その他は大して似てないのに」

「くくっ、あれであの二人は似ている所が多いぞ。よく観察してみればお前たちにも分かるさ」

 

 

 容赦のない二人にもう一度苦笑する藍。

 昨夜は雨に見舞われていたこともあり、神秘的な輝きが朝の空気へ滲んでいく。湿った草木の匂いが爽やかな風に乗せられて、ゆらゆらと妖怪少女たちへと流れ込む。

 風と光に満ちた空間、渇きと水に彩られた庭園はやはり美しかった。

 門番の鴉天狗たちが恭しく一礼し、三人を招き入れる。そんな彼らには目もくれず、さとりは独り言を口にしていた。

 

 

「遥かな千年(ちとせ)を越えて、その名を轟かせてきた仏法の守護者。そんな彼が今や仏敵である『天魔』として、天狗たちから祀られているとは皮肉なものですね」

 

 

 あれではチカラが衰えるのも仕方ない。

 信仰を得られない神は存在を揺るがされ、やがては消えていく。あの男の場合は『天魔』として扱われること自体にも問題がある。本来の伝承とはまるで正反対、そんな誤った信仰を受け続ければ果たしてどうなってしまうのか。結果は火を見るより明らかだろう、それを分かった上でそうしているのだから救いようがない。

 そこまで考えてたところで、恐ろしい殺気を感じて思考を止める。しわがれた声が響く。

 

 

「不要なことに思いを馳せるのは止めておけ」

「‥‥‥そんなに恐ろしい殺気をぶつけるのは止めてください。ええ、確かに今回の会合には無関係なことではありますが」

 

 

 あの男の内側を読んではいけない。

 胸元のサードアイを守るように、さとりは華奢な指先を絡ませた。心を覗くというのは、相手の精神に入り込むということである。怒りに狂った心なら熱が、絶望に満ちた心なら冷たさが伝わってくるもの。庭園を抜けた先に待ち受けていた老天狗、今の天魔が抱いている感情をまともに見てしまうのは有毒に違いない。

 やはり白い鴉天狗の件、怒っているのだろう。仕方なかったとはいえ、自分は天魔との関係をバラしてしまったのだから。

 気を使った藍がさとりを隠すように踏み出した。

 

 

「‥‥各々方、思うところはおありでしょう。しかし今は心の奥にしまい込み、早めに本題を始めるとしましょう。これからの幻想郷の姿を決定づける会合を、博麗の巫女と我ら八雲が形作った『命名決闘法』について」

 

 

 ここに集まったのは八雲、天狗、紅魔館、そして地底の代表者たち。未だに『天界』や『冥界』、『彼岸』などの勢力は顔を見せず。しかし地上に関わることを避ける天界は元より参加するまでもなく、冥界の姫君は八雲と浅くない親交があり、そして彼岸は現世での取り決めには干渉を避けている。つまり実質的には幻想郷の将来を決定づけるに、最低限足りるだけの面々が集まっていた。

 

 もちろん例外はあり、

 迷いの竹林の奥地に千年近く前から存在しながらも、感知されることのなかった月の頭脳率いる『永遠亭』。

 妖怪と人間、その共存を謳いながらも志半ばで魔界に封印された仏教勢力。人間を辞めた尼僧と妖怪から神となった本尊が率いる『命蓮寺』。

 天界にて暮らす天人でありながら、退屈から地上への興味を抱きつつある『とある少女』。

 

 その他にも個人で絶大なチカラを持つ妖怪たちが少数ながら存在するのもまた事実である。それでも四人目が加わったことにより、振り子の振れ幅は大きくなった。ここでの結論はやがて時間をかけて、さざ波のごとく幻想郷中に広まることだろう。

 

 

 それは、霊夢が正式に『博麗の巫女』となる数週間前のこと。

 

 

 


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