その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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このお話は『お正月』の特別編となります。
時間軸は原作がスタートした以降、それがどのあたりなのかの想像は読者の皆さんにお任せいたします。

それでは原作時点での霊夢と刑香の物語、お楽しみいただけたのなら光栄です。




お正月特別編

 

 

 お正月といえば、多くの参拝客が初詣のために訪れる時期である。これから始まる長い一年、その年が良いものであることを祈願するために神前へと参る人々で賑わう。神棚に飾っていた古い御札は奉納し、絵馬や破魔矢を買い求めては、下駄と鈴の音を響かせる。普段は『妖怪のたまり場』として有名になってしまった博麗神社において、縁日を除けば正月は多くの参拝客で賑わう数少ない吉日であった。

 

 

「よーしっ、今年こそはお賽銭ザクザクで、おみくじとかの売り物もガッポリ売り捌く元旦にするわよ!」

 

 

両腕を振り上げて、雄々しく宣誓するのは紅白の巫女。

既に地平線から日は昇り、晴天白日にして風は穏やかだ。境内に雪はまるで残っておらず、それどころか人里からの林道に至るまで除雪済みという用意周到ぶり。ここまでお膳立てしておけば、去年を超えるだけの参拝者は見込めるはずだと胸を張る。ならば、少しくらい期待してもお釣りが出るだろう。神酒や正月の肴を多めに買い込んで金欠になっている霊夢は例年通りの皮算用を弾き出していた。

そんな博麗の巫女に対して、冷めた眼差しを送っていたのは純白の鴉天狗。

 

 

「‥‥‥毎年思っていたんだけど、年を追うごとに私の負担が増えているのは気のせいかしら?」

「気のせい気のせい、ちょっとお店を任せるくらいだから変わらないわよ。今年もありがとね、刑香」

「去年は人里から神社までの雪かき、一昨年は更に境内の雪かきだったわよね。とうとう今年は自分まで巫女服になるなんて想像も‥‥‥‥してないわけじゃなかったけど、実際に直面すると衝撃的ね」

 

 

そう言って肩を落とす刑香。

いつもの天狗装束を霊夢によって力づくで着替えさせられたのが、ほんの半刻前。一応は妖怪なので腕力的に抵抗するのは可能だったりするのだが、いつものようになされるがままだった。翼はしっかりと隠蔽して、妖気も消してしまっているので顔見知りでもない限りは天狗とは気づかないだろう。

千年も生きていると様々なことを否応なしに経験するものだが、さすがに巫女服を身に着けたのは今回が初めてである。来年は何を任されるのか、今から気になってしまいそうだ。

 

 

「それで今年の私は何をすればいいのかしら、博麗の巫女様?」

「えーと、形香には売り子をお願いしたいのよ。私は神事とか見回りで忙しくて、いつもお店を回せてなかったからね。そのあたりを今回は改善していこうと思ったの」

「つまり私が御札とか破魔矢を売ればいいってことよね。でも、それって妖怪が扱っても大丈夫なの?」

「鴉天狗に有効打を与えられる霊具なんて限られてるし、素人相手にそこまで強力なモノは渡さないわ。売り物はせいぜいが気持ちだけ祈りを込めた模造品ね。だから刑香が触れても問題ないわよ?」

 

 

どうせ縁起物なので、効果のほどはそんなもの。もし霊夢が全力で御札を作ったところで、他人が使いこなせるわけもないので商売としては確かに問題ないのだろう。しかし、刑香が気になったのは仮にも妖怪対策である代物を『妖怪』が売り捌いていいのかということである。だが肝心の霊夢が気にした様子もなさそうなので、これ以上は追求しても無駄そうだ。少し思うところはあるものの、今回ばかりは博麗神社の祭神にも見逃してもらうとしよう。

 

 

「形香が売ってくれるなら、目標達成は間違いなしよね。これで次の縁日の開催資金も集まりそう。ふふふっ、期待してるわよ!」

「最善は尽くすけど、その目標額がどの程度なのかは聞かないでおくわ‥‥‥」

 

 

こんもりと売り物が山のように積まれた屋台に、うんざりとした眼差しを向ける刑香。やたらと去年の末から霊夢が何かを縫っているのは知っていたが、この在庫を全力で作っていたらしい。幾ら何でも多すぎる、訪れた参拝者一人一人に必ず売りつける目算なのだろうか。日を跨いだところで痛むものではないので、残ったモノは次回に売ればいいというのは分かるが。

近いうちに、にとりへ商売の秘訣を聞いておこうと心に誓う。これはキチンと忠告しておかないと、そう遠くないウチに火傷しような予感がする。まさか霊夢が火傷どころか境内で火災を引き起こすことになろうとは、さすがの白い少女も思っていなかった。

 

 

「さあっ、売って売って売りまくるわよ!」

 

 

満面の笑みをした霊夢。

異変では妖怪たちを震え上がらせる巫女の無邪気な様子に、刑香は言いかけていた言葉を飲み込んだ。まあ、せっかくのお正月なのだから少しくらい我儘を聞いてあげてもバチはあたるまい。あまり残ってしまうようなら、また自分が協力して売って回ればいい。今年もそうやって自分への言い訳を考えつつ、白い天狗少女は苦笑した。

 

 

◇◇◇

 

 

「あやや、何処に行ったのかと思えば博麗神社で巫女のマネごとですか。かなり面白‥‥‥‥‥もとい、興味深いことになってますね」

「何だか刑香も大変よね。えーと、どうせだから安全祈願の御守りを一つ貰っとくわ」

「それでは、私は写真を一枚貰っときますね!」

「あ、それなら私も後で貰おっと」

 

「アンタたちねぇ‥‥‥‥」

 

 

光を放つカメラが眩しい。

決意から数分後、訪れた顔見知りのせいで早くも心労が溜まってきていた。山の仕事は終わらせてきている上に、自分が博麗神社に出入りしているのは天狗たちの間では周知の事実なので同族相手に悪びれる必要はない。しかし、この二人にとっては関係のないことで友人という立ち位置だからこそ厄介なこともある。パシャリと輝くレンズに収められた紅白衣装のおのれの姿。あのカメラの中身をそのままにしておくと、明日にでも先程の写真が幻想郷中にバラまかれる危険があった。

頬が引き攣りそうになるのを抑えながら、慎重に刑香は文への言葉を紡ぎ出す。

 

 

「当神社では撮影は禁止よ。だから、その写真を‥‥‥」

「おっと、このボロ神社にそんな規定はないでしょうに。心配しなくても巫女の装束は似合ってますよ、ちょっとサイズが小さいせいで脚の露出が高いところも含めて」

「どこ撮ってるのよ!? ともかくカメラを寄越しなさい!!」

 

 

慌てて手を延ばす刑香。

しかし、やはり一筋縄ではいかない曲者カラス。ひらりと躱して宙へと舞い上がり、白い妹分が追って来ようと翼を出そうとするや否や怪しげな笑みを一つ。こちらを眼下に収めながら、さっと鳥居の方を指差した。すると刑香は悔しそうに翼を仕舞い込んでしまう。鬼さんこちら手の鳴る方へ、そんなことを口ずさんで文はニヤニヤと口元を愉快そうに歪ませていた。

そんな不思議なやり取りに首を傾げていたのは茶髪の天狗少女。しかし、その尖った耳に石段を上がる足音が聞こえてくると納得したように手を合わせた。そして、そっと後退してから余所見をしている刑香へとカメラを構える。

 

 

「ああ、なるほどね。今日の刑香は鴉天狗じゃなくて、あくまでも人間のフリをしてなきゃいけないわけか」

「‥‥‥‥‥まあ、そうなるわね」

「ぼちぼち参拝客も近づいているみたいだし、連中の前で間違っても翼なんて出せないってことよね‥‥‥‥‥えいっ」

「はたてっ!?」

 

 

カメラのフラッシュ二つ目。

そろそろ人里からの第一陣が到着するのだろう。それに意識を向けたスキを突かれ、今度ははたてからシャッター音。黒いのはともかく、もう一人には大して注意を払っていなかった刑香。すかさず空中へ飛び上がった親友を半ば呆れたように空色の瞳で見送しかなかった。

 

 

「ごめんねー、刑香。文も私も新聞で博麗神社の宣伝をしてたのよ。その分の宣伝料として、この写真はいただいておくわ」

「そういうことですねぇ。ではでは、アナタも良いお正月を!」

「ちょっ、待ちなさいよっ、二人とも!?」

 

 

冬空に消えていくカラス二羽。

いつもなら即座に追いかけてやるところなのだが、すぐそこまで参拝客が来ているのに店番を放り出すわけにもいかず。ちらちらと本殿の方を見てみるが、霊夢の姿はない。あの二人のことなので直ぐにでも新聞に載せられて発刊されてるか、知り合いに満遍なく配られる可能性大である。しばらくは話の種にされること請け合いだろう。新年早々、とんだお年玉を貰ったものである。

椅子に腰掛けて、刑香は仕方ないとばかりに二人の去った空を見上げていた。

 

 

「あー、もう、わざわざ来てくれたのは嬉しいけどさ。まったく‥‥‥‥‥霊夢にしてもそうだけど、今年もアンタたちといると退屈しなさそうよ」

 

 

ちらちらと舞う雪が透明に輝いている大空がそこにある。

何にも遮られず、空を見上げて見渡すことのできる境内。頬に付いて解けていく氷の結晶を冷たく感じつつ、刑香は白い息を吐いた。年が明けたところで、急激に何かが変わるわけでもなく、冬風の匂いは去年のままだ。しかし新年を迎えて大人たちは浮足立ち、子供たちは楽しげに通りを走り回っている。

それは人里も天狗の里も変わりなく、かくいう自分も未明まで天狗衆の儀礼に参加してきているのだ。真っ白な空は一年の始まりに相応しく、揚げられた凧と弾幕ごっこが賑やかに香るお正月。

紅白巫女になるのは少しばかり意外だったが、これはこれで新年を祝うには面白い出来事なのだろう。

 

 

「今年もよろしく頼むわね、幻想郷?」

 

 

凍える寒さは雪風と共に。

きらめく季節の欠片たちは、そんな鴉天狗の声など聞こえぬとばかりにキラキラと舞い踊っていく。勝手気ままな妖怪と神々の住まう幻想の郷、旧き秩序と脅威が作り出す人ならざる者の楽園。外の世界では当たり前とされるモノはなく、代わりにかつて当たり前と思われていた懐かしさが芽吹く異界の地。そんな幻想郷で、自分は今年も生きていく。

 

 

これは、初日の出が昇った後にあったかもしれない少女たちの一幕。

 

 

 

 


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