『トレーナーさん。○○○。○、やりました』
夢。朧気にしか見えない幻想。ふわふわとしていて前後の脈絡なんてものもない突飛なもの。
そう。夢…なのだ。…僕の担当の娘がURAファイナルズを優勝するなんて…。
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「それでは真船さん、お願いしますね」
まただ。またこうして勝手に担当を増やされた。いったいこれで何人目になるのだろうか。…ひいふうみい…6人目だ。随分と大きくなってしまったチームの規模を見つめて深いため息を吐く。
僕の名前は
そんなダメトレーナーの僕には一つ、大きな悩みがあった。それは身に覚えのない肩書き、『URAファイナルズ優勝トレーナー』というエリート中のエリートの証を何故か持っている、という事だ。勿論、そんな事あり得るはずがない。僕は今勤務6年だが、先に述べた様に担当の娘を誰一人重賞で勝たせてやれていない。しかも、その内最初の3年は
だがある日を境に僕は人々からその称号を理由にもて囃されるようになった。喜びなんて感情は芽生えなかった。当然だ。急に周りが僕自身の記憶とはかけ離れている事を口にし始めたのだから。
当然、僕は反論した。それなら担当の娘は誰なのだ、と。自分でも調べた。…いなかった。誰も名前を憶えていないし、どの記録にも載っていないのだ。ただ共通して言えるのは、その誰かも分からない、架空にも等しい彼女のトレーナーは僕だそうだ。
理解に苦しんだ。ドッキリを疑った。だがどうしてかいつまでも種明かしはされなかった。
やがて担当が付いた。初めての担当である彼女の口からは、先の架空の娘の話が出てきた。僕だけが探しても見つかることのないレースの白熱具合
それからあれよあれよと
そしていつの間にか5人のチームが結成されていた。そして今日、新たに1人増える。
「ったく…あの人は本当に狡いんだから」
噂ではURAファイナルズ優勝トレーナーの身分でありながら1人しか担当しなかった人間がいたらしい。今はもう退職してその担当していた娘の故郷へ婿入りする形でいなくなった…と耳にしたことがある。この扱いの差は何なのだろうか、と少し哲学的な思考に入りつつある脳に待ったをかけ、パソコンを起動する。
「せめて昼に伝えないでよ。朝にしてくれ」
新入りの娘が来るまで残り3時間。それまでに新しいメニューを仕上げなければならない。
やるべき事を前にし、僕は己の中に溜まっている鬱憤をため息に変換し、吐き出した。
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「でさ~、また担当増えちゃって…」
「大変だな。でもよ、それだけ期待されてるって事だろ?もっと誇れよ」
そう快活に語る目の前の男は
「はあ…翼が言うと嫌味にしか聞こえん…」
「そんな捻くれんなって。…あ、生2つ!今日は俺が奢ってるからさ」
「定期的に言うけど僕下戸だからね…」
居酒屋の喧騒に僕の嘆きは吸い込まれてゆく。翼は確かに悪い奴じゃない。寧ろいい奴だ。多少強引だが、それも気にならない程度のもの。だが今日に限ってはそれが嫌だった。重い現実がのしかかってきて、センチメンタルになっている心にその小さな強引さが割り込み、かき乱す。フラストレーションが溜まってきて1つぶちまけてやりたくもなるがそんな幼いことはできないと自制する。
「あ、あと唐揚げと餃子も!」
そうして僕は、もう30手前なのに油モノに強い彼をちょっぴり妬ましく思いながら枝豆をちびちび食べるのであった。
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千鳥足で自宅に向かう。アパートの階段を手すりをしっかり掴みながら踏み外さないよう登る。春が近いのにまだまだ寒い夜の空気は、一糸纏わぬ手を厳しく虐める。あまりの痛みに思わず手を離す。血だらけになったかのように真っ赤になった手を見つめ、『茨の道』という言葉がふっと浮かんだ。僕のこれからを示しているかのように感じ、肩が狭くなる。
これ以上手を虐めるのも可哀想なので手すりにもたれ掛かりながらゆっくりと登って行く。
部屋に着くなり着替えもせずに布団にダイブする。今日はもう果てしなく疲れたので今すぐにでも眠りに付きたい所だが…
「う~さっむ。確かこっちに毛布が…」
3月手前の寒さがそれを拒む。寒すぎてまともに寝れやしない。
暗い押し入れの中を手探りで毛布を求める。するとふわりとした感触が伝わってくる。毛布と思い、引っ張り出すとそれは…
「ぬいぐるみ?」
ぬいぐるみだった。愛らしいルックスはぱかプチのそれとよく似ている。タグらしきものは見当たらない。きっとハンドメイドなのだろう。
改めてそのぬいぐるみをじっと見てみる。モチーフになっている娘はブロンズがかった鹿毛をしており、少しウエーブになっていた。
服装に関してはぱかプチと打って変わってトレセンの制服に身を包んでおり、頭部では紅い王冠が存在感を放っていた。
どうしてこんなものが押し入れの中にあるのだろうか。名も知らぬウマ娘のぬいぐるみを取っておくなど有り得るはずがない。僕は生粋のミニマリストなのだ。
『…ナー…ん』
ふと、声が聞こえた。いや、実際に聞こえた訳じゃない。頭に直接響いたのだ。ひどく懐かしい気がした。幼い頃の夏休みの思い出の様にふわふわとしていて、かつ確かにそこにある、そんな声が。
「…君は、誰だ?」
思わずぬいぐるみに問いかける。いや、ぬいぐるみを通してその声に問いかけたのだ。そうでもしないと、きっと気が狂いそうで。
『ト…ナー…ん』
再び声がした。まだ靄がかかった様に不透明ではあるが、先程より幾分かははっきり聞こえた。
「トレー…ナー?僕が、君の?」
トレーナー。そう確かに聞こえた。
それを認識した瞬間、頭に激痛が走る。記憶が崩れていく感覚が頭部から瞬く間に全身に行き渡る。自分が崩壊する。そんな錯覚に飲まれ、激しい混乱を引き起こす。
意識が混濁し、認識が荒波でもみくちゃにされる。これは誠か嘘か。ひっくり返るような感覚に苛まれながら、僕は微かな違和感を感じ取った。
「うっ…はぁ…あぁ…くっ…マー…」
マー?マー…何だ?いや、知っているはずだ。知っている…はずなんだ!
違和感がマーという言葉にとして口から零れる。零れた違和感を手繰り寄せ、その続きを探す。
「マー…チャン」
『はい。みんなのウルトラスーパーマスコット、アストンマーチャンですよ』
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「がああああああ!うああああああ!」
彼女の名を口にした瞬間、痛みは激しさを増して襲い掛かってきた。これまでの記憶に、マーチャンとの思い出が焼印を押し付ける様に刻まれていく。2つの記憶が交錯し、時間の概念が崩れていく。今も過去も未来も何もない。ただ、今僕が視えているのはマーチャンとの思い出のみだった。
初めて出会った時の事、初めての勝利の事、スプリンターズステークスの事、高松宮記念の時の事、あの恐ろしい春の事、そして…
雪崩の如く入ってくるその記憶に、僕は狂っていく。たった数分では受け止めきれるはずもない膨大な量の思い出、そしてそれに伴う感情が押し寄せ、荒波を打つように激しく乱高下する。少しでもその波を鎮めたいからなのだろうか、僕の体は僕の制御を無視し、荒れ狂う様に暴れ出した。壁には無数の穴が開き、家具は形が歪みもう使い物にならない。机の上にあったパソコンは全て床にぶちまけられ、中の基盤が飛び出てしまっていた。
そんな惨状すら、これっぽっちも認識できずに、僕はひたすら暴れた。これ以上何を壊すでもなく、ただ己の感情に抗うために。
『パリィン』
窓が割れる。このまま進めばどうなるかなんて一目瞭然だ。でも、止まれない。
3月の夜の闇に、僕の体は放り出された。物凄い勢いで吹き付けてくる風を一身に浴びながら、ただ1つ、祈った。
_神様、僕にどうか…アストンマーチャンを救う力を…
それが、全ての始まりだった。
はい、性懲りもなく新作ですアテルです
いい加減タイトルとあらすじとネーミングのセンスが欲しい(多分無理)
マーチャン実装から何か月経っとんねん我ェ!
許してください、プロット浮かんでも繋がらないことがありすぎて書くのに悩んだんです(何の言い訳にもなってない)
結構グダつきそうな今作ですが、温かい目で見てくださると幸いです
追記(2026/02/07) 誤字修正