永久に君を刻んで   作:アテル

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ビヨンド・オブリビオン

 秋華賞の後。過行く日々、エリザベス女王杯も通過しアストンマーチャンは変わらず時の人として輝いていた。

 GⅠ3勝のアストンマーチャン、ダービー秋華賞バのウオッカ、エリ女有マ記念のダイワスカーレット。この世代のティアラ路線の大きな盛り上がりで世間が熱狂し続けていた。

 迎えた翌年。マーチャンの年明け初戦シルクロードステークスより異変は現れた。世間の熱狂具合、スプリンターズステークス勝利の功績。1番人気はアストンマーチャンで決まりだろう。真船もそう考えていた。

 だがしかしその期待は容易く破られる。まさかの5番人気。不当とも思える人気順に、2人の背筋が凍る。せっかくこうして2人会えたのに、どうしてまた引き裂かれねばならないのか。恐怖からか、彼らの距離感はより密接になっていく。離れることを執拗に怖がり、可能な限り一緒にいようと。

 

「…マーちゃん、何食べたい?」

 

 真船宅。膝の上にアストンマーチャンを乗せぼーっとテレビに映る映画を眺める。いつぞやか、ダブルデートと称しマーチャンが真船らを連れ出したあの時。その時見た映画をまた、眺めていた。

 マーチャンも真船の膝にちょこんと座り尻尾をぼ~っと揺らす。耳もしょっちゅう扉の方へ向いては、またテレビに戻す。

 彼女の迷いを、真船は認めきれなかった。

 

「…今日は、ピザの気分です。ドカンと…お願いします」

 

 らしくない。

 スマホを取り出し宅配ピザ屋に電話をかける。メニュー表を見て、ぽつぽつと、トッピングを盛り、ドリンクを頼み。映画の音声をバックグラウンドに、淡々と注文を唱える。

 不確かな幸福感と底に巣食う恐怖をひっそりと感じながら注文を終え、前を見れば。

 

「…マーちゃん?」

 

 アストンマーチャンは、時を迎えていた。

 

 

________

 

 

 

 海岸線、長い時間のせいか浸食が進み、かつて海水浴地として賑わっていた頃とは大違いの砂浜。崖を思わせる急斜面の上に、アストンマーチャンは独り立っていた。

 

「…待ってました」

 

 潮風を浴び、ワンピースをたなびかせる彼女の下に足音が近づく。

 

「行かないで」

「…行きたくありませんよ。私も」

 

 顔を見せてくれない。ただ、海を見つめる彼女に…足音がどんどん、近づいていく。

 

「離れないで」

「捕まえていてください」

 

 そっと、腕を回す。マーチャンは回された腕にそっと、掌を重ねた。

 

「…嫌だよ。嫌だ」

 

 抱きしめる力が強くなる。強く強く。その力が強まる度、マーチャンの顔に苦しさが増す。

 

「やっと追いついたんだ…。また離れ離れなんて嫌だよ」

「トレーナー…さん…」

「君が空っぽな僕に世界をくれた。何者でもなかった僕に、アストンマーチャンのトレーナーっていう役割をくれたんだ!」

 

 真船の声が荒くなっていく。蓄積された想いを吐露…いや、もはや吐き捨てるかのような言葉の強さだ。そんな想いを、マーチャンはしっとりと受け止める。

 

「君が僕の…すべてなんだ!!!!」

 

 流されるだけの人生。語るに足りない、つまらない人生。そんな彼が焦がれ、願いを叶えたいと足掻いて、足掻いてようやく掴んだこのヒントにして全て。

 それを手放したくない。可能な限り一緒に居たい。想いは無限に、彼から告げられる。

 

「私も…ですよ」

「…」

 

 だがそんな願いだけで覆せない現実も、嫌になるほど突きつけられてきた。これ以上何を求めるだろうか。苦しいほど泣いて足掻いて、まだ何が足りないのか。

 悲嘆に暮れる…そんなフレッシュな感情が湧き上がる。

 

「マーちゃんは…どうやら…とっても弱いんです。世界に居続けられない。そんな…繋がりが弱い…『馬娘』なのです」

 

 世界との繋がり。イメージは湧かない。でも、心のどこかで理解する感情と…否定する感情が湧く。そんなバカな。こうして僕が覚えている。

 そう、宣言するには既に…彼はイレギュラーな存在すぎた。

 

「だから旅をするんです。私の…本当の居場所を、知るために」

 

 イレギュラー…確かに、彼はもう普通の人間じゃない。でも…いや、しかし、初めからイレギュラーじゃない。後天的にこの運命に翻弄されている。ならば…その前は?

 記憶を辿る。過去の過去の過去、原点へ。

 アストンマーチャンがいなくなり、無の日々を送っていたあの頃。真船の門戸を叩いたかつての担当ウマ娘ら。彼女らはただ、流れるまま真船に辿り着いたのではない。彼の指導ではっきりとした夢を掴める。その情熱を抱いてやってきていた。

 その情熱の原点…原点にあるものとは…。

 

「心…」

「心?」

 

 URAファイナルズ。懸命な努力の成果か、たった1度だけ掴んだ栄光。それが…彼女らの心に宿っていた。熱狂が、栄光が、彼らの込めた熱い思いが、他者に広がり記憶を超越した心に宿っていた。

 

「そうだよ、心だ。存在が消えても、記憶からいなくなっても…僕らの残した心だけは消えない。心は…心に残る。そして…受け継がれていくんだ」

 

 それはきっと、この世界にも。

 

「ふふふっ…なんだか、ロマンチックですね」

「うん。でも、それでいいんじゃないかな。それくらいロマンチックな方が、マスコットらしいよ」

 

 アストンマーチャンが向き直る。正面から、互いを見つめる。

 

「あなたが…私の心を語り継いでくれますか?」

「違う。2人で繋ぐんだ。…君がいない世界に、留まるつもりなんてないから」

 

 幸い、時間は嫌になるほどある。何度繰り返してでも、必ず…必ずや。走ろう、歌おう、魅せよう、笑おう。ありとあらゆるすべてに、アストンマーチャンの生き様を刻み付けてやろう。これまでの軌跡なんてぶち壊すような、そんな傲慢な栄光を刻み続けてやろう。

 燃え尽きかけていた情熱が再び燃え上がりだす。

 

「どんな時もそばに居る。君の隣がいい。隣で…一緒に、アストンマーチャンを心に残そう」

「欲張りさんですね…ええ。ええ、マーちゃんもそれを望みます。あなたのレンズが…一番心地いいですから」

 

 アストンマーチャンが真船に寄りかかる。彼の首に耳を当て、その脈を微笑んで聞き取る。

 

「ちくたくちくたくちくたくちくたく…」

 

 ぎゅっと、腕を回す。

 

「…トレーナーさん。マーちゃんは…幸せ者ですね」

「君はウルトラスーパーマスコットだ。世界一の…マスコットになるんだ。なら、世界一の幸せ者じゃなきゃ」

「トレーナーさんは…生きていて、幸せですか?」

「君がいる限り、僕は生きていたい。生き続けたい。君がいるから」

 

 抱擁を解くとマーちゃんは彼の隣に並んだ。すると彼の手をそっと掴む。

 真船もそれを受け入れ、するりと指を絡めた。

 向こうに高波が見える。荒れ狂う大波が、やってくる。その奥は…嵐だろうか、快晴だろうか。なんだっていい。この船は、波に負けない。波を乗りこなす船だ。

 

「…海が、近いですね」

「ああ、波が…来る」

 

 アストンマーチャンの頭が真船に乗っかる。寄り添うように、乗るように。波が来る。波が語る。君たちはずっと…2人だ。

 ああ、よかった。もう離されることはないんだ。さぁ、永い旅も最後の帆張りだ。居場所を探す旅を…今度こそ。

 消えゆく体を見ながら真船は…いや、彼らはそう、願う。

 

 

________

 

 

 

「うふふ…あの子たち、ようやく出会えたのね」

「ゴドルフィン…お前か、アイツらにちょっかいをかけたのは」

「ん~ん、私は真船君にだけよ」

「…大方そうだとは思っていたが、アストンマーチャンは天然か。にしても、なぜそんなことを?」

「簡単よ。愛する人と一緒になれないなんて…可哀想じゃない」

「あ、あの子ゴドルフィンが仕向けたんだ~なるほどなぁ」

「ダーレー…!」

「おお~幸せそうに。ふふっ、オレの見込み通り」

「ならもっとサポートしてやれ」

「あてっ…ぶ~。手を貸し過ぎるのもズルすぎるだろ~?」

「私の所に来るまでにボロボロになっていたんだぞっ!ったく…」

「優しいんだから」

「当たり前だ。女神なのだからな」

『おめでとう。三女神から、祝福を』

 

 

________

 

 

 

 トレセン学園レース場。選抜レース真っ只中、平日にも関らずその客席にはマスコミ、職員、生徒でびっしりと埋め尽くされ人を掻き分けて何とかレースを見る。そんな盛況具合。人々は声を上げ、友人に、担当になるかもしれない者に、家族に、推しに、ありったけのエールを送り飛ばす。

 そんなレースはこれまで。このレースは…違う。ただ1人、その圧倒的な足遣いに、皆の視線は釘付けになる。誰もを惹き付ける、プリティでキュートなマスコット。栗毛を靡かせ、圧倒的勢いでゴール板を今追い抜いた。

 時計を見ずとも分かるその才覚。有望な将来に記者はフラッシュを焚き、トレーナーたちはスカウトをしようと彼女の周りに群れを作るべく駆け出す。十人十色、各々持てる熱い甘言でそのウマ娘を口説こうと必死だった。

 だがしかし、その勝者のウマ娘はそれら人の波にほんの一瞬、手を振るばかりでとある場所へ、一直線に向かっていく。

 観客席の端、ゲート前ら辺。そこに座る人物目掛け足を走らす。

 

「テストをしましょう。あなたがトレーナーに相応しいかのテストです」

「なんだい」

「あなたの目に、私はしっかり映っていますか?」

 

 ウマ娘の真っすぐな視線に答えるよう、男が前に出る。彼の瞳に映る景色はただ1人、目の前のこの…愛おしいウマ娘だけだ。

 

「勿論。君の夢を、叶えるための目だから。この瞳に、君はしっかり映っているよ」

「…合格です」

 

 ゆったり風に吹かれる髪の下で、彼女が微笑む。可愛らしい、そんあ笑みじゃなく安心しきったような…そんな、慈しむかのような微笑みを。

 

「では、これからもよろしくお願いします。まいばでぃ」

「もちろん。末永く、よろしくね」




最終話です!!ここまで長い長い…本当に長いな…お付き合いいただきありがとうございました!!いやはやなんというか…非常にこんがらがる作風になってしまいましたね…本当にここまで読んでくださった皆様には感謝しかないです!!


書き上げた感想ですが…いや~ほんっとうに設定こねくり回しすぎた!途中では自分でも上手く管理できてませんでしたね。ここが書いていて1番印象に残るくらい難しかったです

それと同じくらい印象に残ったのは真船くんのキャラ付けですね。書いてると思いのほか動いてくれるんよ彼。本家マートレと対比すると大分薄口ですが、彼が抱えている虚無と情念、少しでも文章でお伝えできていたら幸いです

尽きぬ感想はありますが…本編はこれでおしまい!!スピンオフはちまちま進めてます!私生活が忙しすぎて手が付けにくいんじゃ…

ほんっとうに…本当にありがとうございました!!
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