「…またか」
幾度となく見慣れた我が家の天井。区別用のポスターがないのでまた新しい時間にやって来た様だ。布団から這い出て体を伸ばす。深く長い眠りについていた錯覚を覚ますにはこの原始的方法が一番適している。首、肩、腕と上から順にほぐす。どこぞの時間で読んだ海賊モノの主人公じゃないが、体中の血管が伸びる錯覚を覚えた。…頑張れば蒸気も出せるのだろうか?今度一巡丸々使って修行してみるのも悪くない。
これまでのループで趣味は随分と増えた。アウトドアなものからインドアなものまで幅広く。ただ、マーチャンを見なければならないという都合上特定の場合を除いて旅行などの遠出するものが試せていないのは少し残念だろう。…まあそれ以上にマーチャンを間近で見られるので十分だ。我が魂は、マーチャンと共にあり。
「さて、今日は…あと1日あるな」
今日も4月16日。2回目のループがおかしかっただけで本来僕とマーチャンが出会うのは4月17日なのだ。なので今日は準備期間。居ても大して意味のない学園に休みの連絡を入れ、この時間の情報を収集とループ区別用の天井に貼るポスター制作を始める。
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100均から買ってきた模造紙に、これまた100均で買ってきた絵具でマーチャンを描く。前回はホワホワさんと仲良く会話するマーチャンだったが今回はどうしようか。何千話と4コマ漫画を描いてきたのが仇となったか、どう頭を捻っても構図が被ってしまう。
このマンネリ化は正直ここ100年くらいのずっとの課題だった。
正直な話、僕としては2度と同じマーチャンを描きたくない。何故なら2度として同じ瞬間のマーチャンをこの瞳に収めることなどできないからだ。どんなマーチャンもその一瞬だけ。その全ての一瞬を瞳に収めるために僕は専属レンズをしているのだ。
だがどうしても構図は似てしまう。そりゃそうだ。約3年間、細かな日常に差異こそあれど、大まかなストーリーに違いはない。どうしても似てしまうのだ、紡ぐ日々が。
ふと、テレビに目を向ける。構図を考えるのに意識を割き過ぎていたのか、先程まで情報収集がてら見ていたニュース番組はいつの間にか別の番組に変わってしまっていた。
「…まあこれもこれで文化とか知るきっかけになるしいいか!」
正直、ループした最初の頃はどんな情報でさえ欲しいのであまり気にしない。どんな些細な事であれ、どんな形であれ、情報は貴重なのだ。
『最近話題のこの、生キャラメルですが…』
また随分と懐かしいものが流行っているようだ。というかそれ僕が小学生の時に流行ったものだぞ…。そうツッコミながら脳裏に子供の頃の思い出がよぎる。そういえば、初めてのテストで頑張ったからって買ってくれたっけ。まだ幼稚園児だった弟と仲良く分け合ったのも不思議と鮮明に思い出せる。
「…久々に味わいに行くか」
売れ残ってる確証こそないが懐かしいあの味を思い出したいという感情から買ったのだ。
「キャラメル舐めてるマーチャンいいかもな」
ついでにさっきまでうだうだ悩んでいた構図問題も解決した様だ。
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翌日。今日は選抜レース。…とは言ってもここはそんなに重要なイベントじゃない。普通のウマ娘相手では勿論重要だろう。だがマーチャンは違う。彼女にとってトレーナーとは自分を映し続けてくれる専属レンズであり、ウルトラスーパーマスコットになるための相棒であり道具なのだ。ただ選抜レースで勝てるような有望な人材というだけでスカウトするような有象無象では力不足だろう。
「ま、世間様から見たら僕はまだまだ無数の玉石の1つでしかないだろうけどね」
大丈夫。今に結果は出せる。今までの数百年の経験から培った経験を携えた今、僕はベテランを超えたトレーナーなのだ。マーチャンと力を合わせれば無敵だろう。
「…なんかバカらしくなってきた」
ナルシスト全開な思考を振り返り、羞恥心を抱く。
僕は赤くなった頬が見られない様に、体を小さくしそそくさと選抜レースを見に来る人混みの中へ紛れていった。
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『ブリッジコンプ!今一着でゴール!続く二着は、ハッピーミーク!』
やかましいくらいの大声がターフに響く。今僕が見ていたのはマーチャンの選抜レース。だが結果は実況の告げた通りマーチャンの勝利ではなかった。それどころか結果は6着。他の有象無象に飲まれていった。
これまで数多の人間、ウマ娘がこの事に苦汁を舐めさせられただろうか。
〈レースは絶対ではない〉
トレーナー養成学校でも繰り返し唱えられたもはや呪文に等しいこの言葉。そんなオセアニアじゃなくても常識な訓戒が頭をよぎる。
「…今回もか」
実は
それに昨日のニュース然り、各ループ毎に微妙な相違点が存在する。ただこれを深堀すると多次元宇宙論とかマルチバースだとかタイムパラドックスだとかの
っと、いけない。今はそれどころではないな。そう思い、契約のためのプランを考えながら、僕はレース場を後にした。
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レース場から少し離れた花壇。木々に囲まれ、涼しげな日陰のできるその場所に、マーチャンはいた。
「…アストンマーチャン、だね?」
分かり切った事を聞いている。と思われてしまうが、これが会話の切り出し方としてやり易すぎるので質問させて貰う。や、冗談抜きで便利なんだなこれが。こう聞けば大概の人は何かしらの質問をしてくる。
「おや?むむむ…もしかしてマーちゃんのファンの方ですか?」
「うん。そんなとこ」
君のトレーナーだった男だよ。なんて事、言えるはずもなく曖昧な答え方をするしかなかった。…いや、トレーナーは担当の1番のファンであれ、とは学生時代叩き込まれた教えの1つだ。ファンの形としては間違ってないだろう。
「…さっきは不甲斐ない姿を見せてしまいました。でも…あなたの心の片隅にでも残れたなら、私は満足です」
「…本当に?」
負けた事がショックなのだろう。いつもよりも消極的で灯火の様にはかない彼女を見て、僕は発破をかける。ナエマーチャンのままでは僕も、この子も困るのだ。
「本当に君は、それで満足かい?それで君の夢は『叶えられる』のかい?」
…夢。マーチャンの夢。これまで数えきれない程マーチャンの夢が崩れ、叶わなかったか。それを理解している身として『叶えられる』なんて言葉をあまり軽々しく使いたくないが、必要な場面では使わせてもらおう。
「…君の夢は、何だい?」
「…どうして。どうして…そんな風に言えるんですか?マーちゃんの…何を知っているのですか?」
初対面の人間からこんな事を言われれば当然ムカつくだろう。それに恐らくマーチャンは俺がトレーナーである事に気付いていない。すっと出てきた約10歳上の学園外の人間がこんな事聞いてきたらそりゃキモ過ぎる。
「知らなくても、
胸に付けてるバッジを指差しながら答える。
「!?もしや…」
「アストンマーチャン。君をスカウトしたい」
少々無理矢理だが、どうにかスカウトまで漕ぎ付けた。後はどう契約まで動かすかの勝負だ。
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浜辺。波の音が規則的なリズムを作り、静寂に包まれたこの場を僅かながら賑やかにする。波が織りなす喧騒という名の穏やかさに反し、僕の心は乱れ切っていた。
「ちくしょう…ちくしょう!ちくしょう!!!またかよ!何度目だよ!どうして、僕は…どうやったら君を…救えるんだ…」
再び、彼女は海へ流れていった。その痕跡を消しながら。
僕は大粒の涙を零しながら蹲っていた。何度経験しても慣れる事の無い多大な喪失感で胸が締め付けられる感触が心を支配し真空の様にぽっかりと空いた穴に吸い寄せられ様々な感情が、記憶が入り乱れる。このマーチャンと過ごした楽しい記憶でさえも喪失感という強すぎる調味料で味を変えられ、もう手が届かない苦しい過去へと変わり果ててしまった。
…彼女の軌跡を失ったこの時間に、僕はもう用は無い。もうじき僕はマーチャンと違って海へ流れる訳でもなく、時を逆らうだろう。それまで、彼女の唯一の形見であるこの王冠を抱き締めていたい。それが僕にとって今出来る唯一の贖罪であり、砕けそうな心を繋ぎ止める現実逃避。そんな気がするから。
僕の涙と嗚咽は
月も太陽も皆、時間という絶対的な概念の前には為す術なく屈し、従わざるを得ない。だが僕は違う。この世界で唯一、時に従わず寧ろ時を意のままにしようと足掻ける存在。今宵もまた、僕は還る。君の
真船君、重馬場を発動する。愛と理想が重いよ
ただ書いていて楽しくはあったしやりがいは感じたから…ヨシ!(現場猫)
実は没案としてマーチャンと家庭を『築こうとする』ルートも考えましたがあまりに生生しすぎたのであえなく没になりました。その位置でじっとしていろ(辛辣)
今回もご拝読ありがとうございます
いざ投稿してみて初めて知ったのですがハーメルンだとマーチャンモノほとんどないんですね。微力ではありますがハーメルンでマーチャンブームを起こすための力になれたらと思います。是非お気に入り登録をしてマーチャンを広める力になってください!(露骨な宣伝)
追記(2026/02/07) 誤字修正