誰もいない校舎裏。授業の賑やかな声が遠くで聞こえる中、僕は1人コンビニで買った菓子パンを乱暴に食べていた。袋は無造作に投げ捨て、屑をボロボロと零しながらただエネルギーを体に流し込む。
ループを始めてはや数万年。全く終わりの見えないこの状況に苛立ちを覚え、マーチャンがいない今、その苛立ちを露わにしていた。未だ彼女を救えない自分へ、そしてとことん理不尽を押し付けてくる世界に対して、ただひたすらに…怒る。このストレスの解消方法は分かっている。マーチャンが世界に存続出来ればいいのだ。だがそれが圧倒的に難しい。何せ何万年かけても全く分かる事がない。彼女を世界に存続させる方法は勿論、何故マーチャンは皆から忘れられて消えるのか、どうして僕がループするのか。情報が何一つない。
「おや?荒れてるね?」
ふと、声を掛けられた。とことん他人を見下した、酷く浅ましい声だった。正直煩わしかったがこの手の輩は無視するともっと五月蠅いので仕方がなく話に応じる。
「…何ですか?」
イライラを剝き出しにしながら質問する。顔を見て初めて分かったのだが、そいつは女性だった。胸には輝くバッヂが1つ。…同僚だった。随分と汚い声をしていたのでついURAの腐敗しきったおっさんか剝き出し。
そんな彼女は僕の言葉に苦笑を浮かべた。だが苦笑と言ってもその中にある嘲笑が見え隠れし、より僕を苛立たせる。
「君、見ない顔だね。新人かい?…そんな新人君にスーパーベリーベテランのこのわ・た・しがアドバイスをくれてやろう」
スーパーベリーベテラン。そのさぞ頭が悪そうな別称で彼女の事を思い出した。奴の名は
神様の気まぐれか、運命のいたずらか、この1番会いたくないタイミングで再会を果たしてしまった。それも以前より数倍のウザさを引っ提げて。連れてくんなそんなもん。
「…何を、言いたいんですか?」
「君の担当の娘を私が担当すれば解決するのさ」
「は?」
想像したモノより何万倍も最悪な提案だった。…さてはこいつ、僕がアストンマーチャンの担当だと知って寄って来たな。
「君の事は既に知っているさ。金城真船君。身長172cm、体重65kg、誕生日は1999年7月30日。実家は山梨県にあって名前は…」
いや、キモイキモイキモイキモイ。なんだこいつ僕のストーカーかよ。うっわ…本当に生理的に無理なんだけど。なんで全部的確に言えるんだよ。こっわ。引くわ~。
「ああ、私は全てのトレーナー、全てのウマ娘のデータを記憶しているからね。この程度、お茶の子さいさいだよ。まあ、これが私がスーパーベリーベテランたる所以さ」
よし、決めた。今後一切とこいつとの縁は切ろう。悪縁は断ち切るに限る。
「っと、話が逸れてしまったね。私が言いたいのは、君の担当。アストンマーチャンを私の下へ寄こさないかという話さ。そうすれば君たち若い衆に多い担当へ深入りしすぎて悩むなんていう悲劇は起こらない。君たちは優秀だからね。そんな些細な事で才能を無駄にしてしまうのは勿体ないのさ」
こっちの事を一切見ず、ペラペラと持論を熱く語る久美へ僕は最大限の非難の視線を送る。どうせ向こうはそんなの気にしないだろうし問題ないだろう。
「思春期特有の
ブチリ。堪忍袋の緒が確かに音を立てて切れた。
「あの娘が!マーチャンが!彼女が抱える辛さが!背負っている理不尽が!そんな単純な言葉で言い表せるものか!そんな容易く解決するものか!この世の不条理を一身に背負わされ願いを成就する事も出来ずただ涙を流す!その悲しさを知っているのか!?そんな彼女を救いたいとこれまで僕が費やしてきたものが無意味だったと、そう言いたいのか!?そんなに鬱陶しい持論なら入って来たばかりの新人か、未来大成するであろう大学生たちにでも言え!言って貴重な人材潰しでも楽しんでろこの醜い腐敗カボチャが!」
気づけば僕はそいつの胸ぐらを掴み、揺すりながら激しい暴言を吐いていた。
許せなかった。自分の尺度で好き放題言うこいつが。憎かった。マーチャンへの理不尽を体現している様で。そして何より、悔しかった。マーチャンへここまでの屈辱を言わせる原因を作ったのは僕だ。そう言われている気がして。僕自身の不甲斐なさを見せつけられて。
そしてこいつへ苛立っている1番の事がマーちゃんではなく僕の事だと気が付き、また自分が憎くなる。栄光も、チームも、何もかも捨てて彼女のために尽くそうと何万年と過ごしてきて尚我が身第一になってしまう。彼女を救えない原因が、微かに見えた気がした。
いつの間にか、怒りの矛先は自分に向いていた。この世で誰よりも長く生きているにも関わらず、1人の女の子さえも助けられない情けない男への。
そして僕は、全力で殴った。拳は
最大限の侮辱を込めた一瞥を向けただけで、再び拳に目線を直す。
どうやら僕の一睨みでビビッて逃げていったみたいだ。…最早どうでもいい。
指の先から滴る血を睨みながら、僕はひたすら自分への恨み言と新たな決意を思っていた。
________
「~♪」
その後、沈んだ気分を少しでも盛り上げるために鼻歌を歌いながら業務に勤しむ。歌っている曲は『RPG』。学生時代見た映画の主題歌だ。久しく会っていない弟との、数多い思い出の1つ。…僕は、お前にとって良い兄でいただろうか。そんな後悔が込み上げてくる。
「おや?鼻歌ですか?」
丁度その時、マーチャンが部屋にやって来た。誰しも一度はあると思うが、1人で気分よく鼻歌を歌っている時に誰かと出くわすと物凄く恥ずかしくなる。それも知り合いとなれば尚更だ。
「あっ…」
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」
赤面し、うつむいていた所指摘される。そのせいで余計羞恥してしまう。
「まぁ…そりゃ人に鼻歌聞かれちゃあね」
「そういうものですか…」
彼女の生家は病院だ。もし仮に病院内で鼻歌を歌っていても癒しの存在的な扱いを受けたのだろう。老人たちと共に楽しそうに歌う彼女の姿を想像し、独りごちた。
「ところで、どんな曲だったんですか?」
「ああ、中学生の頃…丁度マーチャンの年ぐらいだったかな。その時観た映画の曲だよ」
そう前置きをし、歌詞を口ずさむ。
『空は青く澄み渡り 海を目指して歩く』
『怖いものなんてもうない 僕らはもう一人じゃない』
「おお~」
パチパチと拍手しながら称賛の辞が贈られる。そんなに上手かっただろうか。
「素敵な歌詞ですね」
「でも、マーチャンにとって海へ行く、っていうのは…」
「いえ、誰かと海に行ける。それはとっても幸せなことだと、マーちゃんは思いますよ」
どこか遠くを幻視して言うその風貌に、思わず見とれてしまった。毛の1つ1つ全てがマーチャンを成し、細胞1つ1つがマーチャンたらしめる。一にして全。マーチャンという存在そのものを感じ、引き込まれる。なんて…美しいのだろう。
ある人は言った。月は、届かないのだからこそ美しいのだと。誰の手にも渡らない存在だからこそ、美しさを感じ、人は月を見るのだ。僕は今、まさにそれを体験している気分だった。
「あ!違います!マーちゃんはトレーナーさんの鼻歌を聞きにここに来たのではありません!」
突如、ここに来た目的を思い出したのだろうか。むふー!と鼻息を荒くしながらこちらに詰め寄るマーチャン。先程の件で頭からすっぽり抜け落ちていたが今日はトレーニングの無い日。休日であり、本来彼女はここに来る必要がないのだ。
「ダブルデートをしましょう」
意気揚々ととんでもない事を言い出すこの娘に気が動転しそうになる。何故急にデート。何故相手が僕。何故ダブル。相手はどのカップル。疑問が一斉に湧き出て脳のメモリを埋め尽くす。その結果、椅子から転げ落ちる、なんて失態を冒してしまった。
「イタタ…」
手を擦りながらゆっくりと立ち上がる。どうやら右手の打ち所が悪かったらしく、内出血を起こしたらしい。
…ん?
「大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと打撲しちゃっただけ」
頭がこれだけ疑問に埋め尽くされている中、出てきた言葉は随分と落ち着いていた。これだけ気が動転しているのだ。疑問が出たり、もしくは何も言えないのが当然の反応ではないのか?
自分を一歩引いて見ているこの状況に気持ち悪さを覚え、恐怖する。だが体の制御権は僕にない。勝手にマーチャンとの会話を進めていた。
「また突飛な…」
「これは大事な作戦なのです!ウオッカのラブラブゲット作戦なのです!」
「ウオッカ?あの娘がどうしたの?」
マーチャンが
ウオッカは彼女のトレーナーの事を好いているらしいが、デートが恥ずかしくて出来ず、困っていた。そこでマーチャンが提案したのがダブルデート。誰かと一緒ならまだ気楽にデートに臨めるだろうという算段だった。
確かに元の時間ではウオッカと、そのトレーナー、翼は結婚をしている。これはそのためのイベント、という事だろう。これは翼の親友である僕が一肌脱がない義理はない。全力でこのダブルデート作戦、遂行させてもらおう。
「それに、マーちゃんとしてもトレーナーさんともう一度ダブルデートをしたいのです」
追加でマーチャンが何か呟いていたがよく聞き取れなかった。というかノイズがかかった様に耳に入ってこなかった。今日はどうしてか不思議な事がよく起こる。
と、今になって思えるが話を聞かされている最中はずっと怖かった。何せ体が言う事を聞かず、自動運転よろしく勝手にマーチャンと話していたのだ。怖がらない方が不思議だろう。
その後、彼とマーチャンはダブルデート当日の集合場所などを確認し、解散していった。プランはマーチャンが考えるつもりらしいが、果たしてどうなるだろうか。妙な所でズレてるマーチャンに対し、失礼ながら心配になってしまった。
_______
そしてダブルデート当日。集合場所になっていた郊外の商店街へ向かうため、僕は校門前でマーチャンを待っていた。何を言っているか分からないと思うが僕も分からない。ダブルデートをする前にシングルデートをしようとしているらしい。本当に訳が分からない。
「お待たせしました」
いつも通りのサスペンダー私服ではなく、夏らしくクリーム色のワンピースで登場したマーチャン。シンプルな感じではあるが、所々にリボンが結ばれておりさりげない可愛さを引き出している。
「ん。じゃあ行こっか」
「じ~~~~~」
「…どうしたの?」
「じ~~~~~」
じ~、という効果音を自分で発しながらこちらを見つめるマーチャン。僕に何か付いているのだろうか。気になって周囲を一周し確認するも特に何も付いている様子はない。もしかすると着目して欲しいのは僕じゃなく他の箇所に存在するのではないか?そう思いマーチャンの方を見る。僕にとって僕以外存在とは(親友である翼を除いて)全てマーチャンの劣化に等しい。他の存在について何か調査しなければならない場合、まずマーチャンからというのが僕にとっての大原則だ。
さて、いざマーチャンを見てみると普段と変わらず今日もプリティーである。いや、少しばかり可憐さも備わっている。これは…化粧だ。化粧をしてきているのだ。
「あ、マーチャンもしかして今日メイクしてきてる?」
「じ~~~~~」
外れたようだ。反応に変化が見受けられない。
では一体どうしたのだろうか。頭を捏ね繰り回すが回答が一向に出る気配がない。
その時だった。
「あ、マーちゃん♪」
どこからか声がする。後ろを振り返るとそこにはカレンチャンがいた。マーチャンとは『ちゃんチャン同盟』なるモノを結成し仲良く活動している。過去にはその同盟が何の拍子か大ヒット、そのままの勢いで紅白出場を叶え間違いなくウルトラスーパーマスコットになった…が、結末はお察しの通りだ。
「マーちゃん今日もカワイイ~♪そのワンピースどこで買ったの?似合ってる~」
「ふっふ~今日のために拵えたにゅーうえぽんなのです」
「おっと、そこにいるのは…もしかしてマーちゃんのトレーナーさん?あ!分かった!デートなんだ!」
「正解です。流石はカレンチャンさん、特別にマーちゃんポイントを3000点進呈です」
「ふふっ♪ありがと~。それじゃ、デートの邪魔をするのはカワイくないからカレンはここで~」
「さらばです」
目の前で繰り広げられた一幕を見て遂に理解した。マーチャンは僕に新しい私服を褒めて欲しいのだ。それが分かってしまえば話は早い。新たな私服に対する感想を読書感想文位の文量で述べる。感想を述べているうちにマーチャンの顔はみるみる赤く染まっていき、述べ終わる頃には立派なマーチャン焼きが完成していた。
「トレーナーさんはズルい人です…」
僕の耳に届かぬ彼女のささやき。そこに込められた意味は、僕が知る以上に大きなものだった。
学生の皆さん、春休みですね
私は今年受験生なので死ぬ気で勉強漬けルートへ…行く訳でもなくのほほんと新作投稿です(ただ多少投稿頻度は落ちます)
RPG(セカオワ)は名曲。
シン・仮面ライダー、皆さんはもうご覧になりましたか?難解なストーリーではありますが面白い映画なので是非ご覧になってください。私は先行上映で観ました
また、近日中にこの『永久に君を刻んで』のスピンオフ作品を投稿予定です
クロスオーバー要素を多分に含むためご拝読の際は注意してください
それでは、今回もご拝読、ありがとうございました
次回もよろしくお願いします
追記(2026/02/07) 誤字修正