そんな世界に飛ばされた時、あなたはどうしますか?
パラレルワールド。並行宇宙ともマルチバースとも言われるその概念は一般人からしたら通念上の存在でしかなく、実際に観測する事など不可能だ。『もしも』はどこまで行っても『もしも』でしかない。どれだけ深い後悔を背負おうが、どれだけ強い願望を持とうが、既に起きた事象と並列する事は叶わない。
開幕早々かなり変な事を口走っているが、もう少しだけお付き合い願いたい。
僕、金城真船はこれまで3年間を幾億回という気が遠くなる回数をたった1人の少女のために生きてきた。しかし僕の願いは成就する事無く、今日までダラダラと生きてしまっている。そんな僕はついに、アストンマーチャンの真相へと入り込んでいくのだった。
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午後6時半、新宿の一角に位置する居酒屋。多くの人、ウマ娘が仕事の疲れや鬱憤をアルコールと共に流し込み明日への英気に変える飲み屋街。23区の郊外にて日々を送る僕にとって不慣れなこの街を、目の前に歩く男性は意気揚々と僕に案内してくれていた。
年齢は32歳。彼は楽天的で呑気そうな軽い足取りで僕の前を歩く。名を
象徴的な怪獣の像もなく、僕の知る時代より治安がよさげな大通り。そこから少し小道に入れば、居酒屋が一気に顔を出す。
「どの店に行かれるんですか?」
「も~1本先の通りにあるとこ」
龍樹さんが1の数字を示しながら歩いていく。
見慣れぬ景色に不安を覚えながらも言われるがままに進んでいくと、こじんまりとした居酒屋に着いた。通りの一角を小さく占有し、見つけやすいはずなのに気に止まらない雰囲気のこの店に、先輩は僕を引きづり込んだ。
「こんちゃ~!」
外装のシンプルさは内装にも引き継がれており、新しさと温かさを兼ね備えたヒノキで作られたカウンター席が真っ先に目に入る。席は3人ほどが座れて、席の端には小型ブラウン管テレビが設置されていた。奥の方には2つのテーブル席が見え、カウンター同様テレビがついていた。随分金かかってるんだな、という印象を受けた。そんな店舗だった。
「大将!とりあえず生2つ!」
「おうよコウ。なんだ?後輩か?」
店主と思われる男性が奥から顔を出してきた。年齢は30前後で、逞しい体と引き締まった腕が体を委縮させる。しかしいざ話し出すと気さくな雰囲気がにじみ出て来るのが何とも不思議だ。見た目と中身は必ずしも一致しない。一見強面だが実は優しい、シンボリクリスエスみたいな人だ。
「そうそう、今日から入って来た新人君」
「は~こりゃまた。…名前は?」
「金城…です」
「金城?沖縄から来たんけ?」
「あ~…父の出身地ですね。僕自身は山梨から来ました」
カウンター席へ案内されつつ、身の上を色々聞かれる。ここまで詳しく語るのは翼相手にしかしなかったので少々恥ずかしいが
「なるほどね…親御さんにもたまには連絡してやれよ?俺の妹もな…」
「あ~大将、ほらビールビール」
「ったく、コウはすぐ酒なんだから」
「その話を20回は聞かされた身にもなって欲しいね」
先輩が急かした為か、先輩のビールジョッキだけがドンと置かれた。その衝撃で少しこぼれた泡が飲酒欲を引き立たせる…のだろう。僕はお酒が苦手なのでよく分からないが先輩が嬉しそうに唸っていたので多分あってる。
…久々にお酒を見たなぁ。長い間居酒屋など行っていなかった為、この麦ジュースを目にすること自体懐かしい。麦茶で…いいじゃん。ビールを前に手が止まっていると、横からぷはーと気持ちのいい鳴き声がした。
「ほ~ら、飲め飲め!」
「はは…あまりお酒が得意じゃないので…。ゆっくり飲ませていただきます」
「ん?そうなのか?じゃあ無理すんなよ?」
「いえ、せっかく頂いたモノなので」
「無理だったら無理ってしっかり言うんだぞ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
ああは言って貰ったモノの、流石にここで一口目を付けないのは違うのでゆっくりと口内に注ぎ込む。金色の液体が味蕾を刺激し、反射的に舌を出したくなる苦さが襲ってくる。店主相手に変な顔はできない。そりゃそうだ。だからグッと堪えてくれた。
「いや~、にしても金城君がうちに来てくれて助かったよ。大きな即戦力だ!」
「いやいや、僕がたまたま出来ただけですって。寧ろ分からない事の方が多いんですから、よろしくお願いしますよ、先輩」
僕のこの発言、真っ赤な嘘でありながらも確固たる真実だ。先ほど言った通り、僕は今
つまり官僚として働くための知識も、履歴も、本来ありえないモノだ。今日訳の分からない業務をこなせたのは実にありえない事なのだ。
「どうよ?仕事の雰囲気は?」
「やっぱり、エリートが集う仕事だけあってやりがいはすごく感じましたね」
「そっかそっか、よかったよ」
もちろんこれも嘘。政治なんて何にも理解できないのだから、専門用語が飛び交うだけの変な空間にしか感じられなかった。ただ、そんな中でも僕の
どういう事か。以前、マーちゃんとのダブルデートの件で感じた違和感がある。体と魂が乖離し、自分を一歩引いたような視点で見続けさせられるあの現象。今日1日、その状態で時間を送っていたのだ。初めは気持ち悪くて仕方がなかった感触だが、こうも長時間過ごしていると流石に慣れてくる。今はもうVRで別人の人生を見ている、そんな風に感じつつあった。
そしてもう1つ、僕の胸中を揺るがす問題がある。先程から新宿のゴジラがない件なり、10年以上前に放送できなくなったはずのアナログテレビなりとやたらと古い状況を述べている。理由は単純、ここが昔だからだ。
今までの僕のループの起点は2020年の4月6日。だが今日は違うのだ。確かに日付は4月6日だ。それは変わりない。しかし、西暦はどうだろうか。そう、2006年、今日は2006年の4月6日なのだ。一応僕は1999年生まれなので本来新卒になる事はありえない。つまり今僕が見ている僕は別人…なのだろうか。同姓同名の?別人?そんな大きな謎をずっと抱えていた。僕が彼に干渉できない以上どうする事も出来ない。ただこうして考えるだけだ。
「んッは~!!うんめ~!」
僕が思案にふけている内に龍樹先輩は3杯目を飲み干していた。え、この人30過ぎてるんだよね?僕の享年より上だよね?なんでこんなに飲めるの…。
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その後も僕と先輩の飲みニケーションは続き7時半を迎えた。これまでに先輩が飲んだビールは6杯。対して僕は1杯のみでほとんどソフトドリンクをチビチビ飲んでいた。それでも脳にはアルコールが回っており先程から思考が安定していない。意識の乖離がなかったら今こうして脳内で語るのもままならなかっただろう。
「なな、今週末競馬いかねぇか?船橋の方でニュージーランドトロフィーがあるんだよ」
「あ~競馬ですね~…流行ってるんですかぁ?」
「流行ってる流行ってるチョー流行ってる」
やはりと言うべきか…頭が働いていない。だってケイバって何?って疑問が湧いてないのだから。ニュージーランドトロフィーという名が出ていたが…それは中山で行われる重賞だ。となるとウマ娘のレースだろうか。
確かにウマ娘の馬という漢字は『バ』と読む時がある。レースを指すのだから『競う』の『競』だろうか。それならば『ケイ』と読む。組み合わせれば『ケイバ』だ。
「なら行きます~。よろしくお願いしますよ~!」
一部ではそう呼ぶのだろうか。だが僕としては競輪や競艇を踏まえたような呼び名はギャンブルを思い起こすので快くない。
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その後特に変な事は発生せずに飲み会は終了。府中にある(はずの)自宅に向けて歩いていた。そんな道すがら、一軒の本屋を見つけた。
「競馬の勉強もしなくちゃな」
酔いが回っているのか、誰に言うでもなく独り言を呟き中に入っていく。
少し色あせた外見とは打って変わって綺麗に整えられた店舗内では多くの本棚が道を作っており、巡回路みたくなっていた。珍しいなと思いつつ、勝手に動く体に行き先をゆだねる。
にしても…こうして何もできない状況に放り込まれると一周回って冷静になってくる。極力表に出さないようにしながらもカリカリしていた最近。原因も何も分からない暗闇の中で足掻いてたためか心に余裕がなかったが、こうして己を見つめ直すと見えてくるものもある。
「えっと…スポーツ雑誌はこっちだから…」
とりあえず分かるのは今自分が体験している現象はループではないということ。ループなのにこうして差が表れるのはおかしい。ループじゃない。時を駆けていない。だからなんだ。ではなんと形容すればいいのだ。…分からないから今はループと仮称しよう。
僕がループをする条件は恐らくマーチャンが消える事。則ち彼女の消滅を防ぐことがループの終了条件、僕の使命だろう。
では何故マーチャンは消滅するのだろうか。僕は一度彼女の消滅を阻止したことがある。だが時が経てば再び消滅してしまったのだ。まだ根本的な問題は解決していない。その根本を判明させなければ堂々巡りは終わらないのか…。
「え~っと、お!あったあった!」
どうやら見つかったようだ。さて、今は誰が表紙を飾っているのだろうかと意識を視覚に集中させる。するとそこには僕は全く想像していなかった存在が写っていた。
誰だ…。いや、なんだ…これは?そう形容したくなるような生き物…動物が写っていた。生物学的な定義じゃなくて日常生活で使うような動物。犬とか猫とか、そういう存在を指す動物。つまり…獣だ。
面長で毛深く、クリっとした瞳を輝かせ、大きな蹄を持ち4足で立つ謎の動物なのだ。その生き物はターフの上に立ち、上に人を乗せていた。
「これが噂のディープインパクトか」
ディープインパクト。その名を知らないトレーナーはいない。というかいたら困る。それもそのはず。彼女は歴史にその名を刻みつけた存在。三冠ウマ娘なのだから。
そしてその名前が雑誌の表紙に堂々と書かれていた。『期待の三冠馬』という称号を上に載せて。
「ん~これでいっかぁ~」
雑誌を手に取りレジヘ進む。
にしてもアレは一体何なのか…。ディープインパクト?あの生き物が?それに三冠馬?となるとあの生き物もレースをするのだろうか。
湧き出る疑問は尽きないが、それを調べる事は出来ない。僕はただ、思案と傍観を貫く他なかった。
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そして来たる週末。不慣れな路線を乗り継いで辿り着いた中山レース場。競馬についての疑問は結局解決する事無いままついたこの地で、僕は天変地異とも言える体験をした。
「これが…」
これが…馬…。本当に…本当にこの動物がレースをするのか…。
パドックを歩く馬を見て、僕の知る場所とはかけ離れていることを自覚せざるを得なかった。
こっちではお久しぶりです。お受験と新生活してたらこんなに遅れてしまった…。
追記(2026/02/07) 誤字修正