永久に君を刻んで   作:アテル

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フロート・ジ・ユニバース

 人間、自分の精神を保つのは生き甲斐だ。やる事、為さねばならぬ事、それがあるから強靭な精神力を生み出し目を輝かせて生きる事が出来る。

 では逆にやることがないとどうなるだろうか。答えは簡単。退廃の一途をたどる。今の僕はまさしくそんな感じだ。来る日も来る日も、出来る事はただ考えるだけ。何も動けない。何にも影響を与えられない。そんな退屈以上に苦しい日々を送っていた。

 時は2007年。僕がこの体に入って1年が経過した。二度目の夏、熱さえ感じられないこの状況ではその季節さえただの情報以上の何物でもない。

 夜中。一組のカップルが車に荷物を積み込んでいた。

 

「真船君。今日はどこ行くの?」

 

 彼女はエリ。僕…いや、彼の彼女だ。競馬を通じて知り合って仲良くお付き合いをしている。夏、という事でお盆休みを貰った彼らは旅行に向かうらしい。旅行…旅行ねぇ…。

 観光庁職員として結構な頻度で全国あちこちに向かう彼にとって、旅行はそう貴重なモノでもないと思う。実際、トレーナーとして北は北海道南は北九州まで。全国各地を移動してきた僕にとっても旅行はさして貴重でもない。

 それでも行くというのは、余程特別なのだろう。恋人との旅行というのは。

 

「運がいいことにトレセンの見学予約取れたからさ、今日はそこに行こうかなって」

 

 トレセン!?

 

 

______

 

 

 

 レンタカーを使って出発する。東名高速道路、そして北陸自動車道を飛ばして進む。深夜という事で景色はそんなに楽しくない。暗すぎて何も見えないのだ。

 途中、名古屋付近のサービスエリアで夜を明かしながらも翌日の午前、目的地である滋賀県の栗東トレセンへ到着した。施設内の駐車場に車を止める。周囲には、明らか職員ではない、一般人であろう人たちの車も数台見受けられた。

 

「長旅お疲れ様、真船君。体は大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。エリちゃんこそ、ずっと同じ姿勢で体痛くなってない?」

 

 なんてことを言い合いながら見学開始時刻まで待つ。朝食を食べていなかったといい、菓子パンとカップシチューを食していた。昨年流行していたものだが、利便性が高く2007年になってもしょっちゅう朝ごはんとして食べているセットだ。

 2007年…。今年はティアラ路線が大きく騒がれる年だ。こっちの言葉に倣うなら、牝馬だろうか。ダイワスカーレット、ウオッカ。マーチャンの友人としてそれなりに交流のあった彼女ら。そんな彼女らは今年、その才能を遺憾なく発揮していた。ダイワスカーレットは桜花賞。ウオッカはまさかのダービー。8月時点では彼女らはこのG1を制覇してある。この後も年末まで彼女らの熾烈な優勝争いは話題を生み続けるだろう。あぁ、説明をするのを忘れていた。この、競走馬という存在は僕らで言うところのウマ娘に当たるのだろう、というのが何となくわかって来た。一応、馬は競走馬だけでもないらしいが詳しい調査が出来ない以上、何とも言えない。

 閑話休題。レースに絶対はない。その言葉の通り、これまで僕は何度も彼女らが争う様子を見てきた。時にダイワスカーレットが、時にウオッカが勝つためこれからの勝敗を予測できない。だが、一つ確信しているのは優勝争いは彼女らの間でしか行われていないという事だ。他の追随を許さない。他の者が立つ土俵など、用意されていない。それだけは間違いなく言える。

 

「会えるといいね~アストンマーチャン」

「うん。アストンマーチャンに会いたくて栗東に来たわけだしね」

「真船君、本当にアストンマーチャンにお熱だよね」

「初めて見た時ビビッと来たんだよね。小倉で見かけた時は今でも忘れられない」

 

 

______

 

 

 

 到着してから30分が過ぎた頃には施設の入り口に同じく見学する人達と顔合わせする。老若男女問わず多様な客層がいた。やがて職員の方がやってきて見学のあれこれを説明してくださった。今回の見学の流れや注意事項、前提の紹介等々、ウマ娘に関しては一流だろうと馬に関しては素人な僕にはありがたい説明だった。

 しかし施設の名称にはトレセン学園の機能と本当に大差がない。寧ろほぼ一緒なのだ。ウマ娘=競走馬の関係性をまじまじと感じさせられた瞬間だった。

 

「こちらが調教用のコースですね」

 

 最初に案内されるは調教用コース。僕らで言うところのトレーニングコースだ。芝、ダート、障害それぞれしっかり備わっており学園の物と本当に遜色ない。このコースを走るウマ娘の姿が容易に想像できた。もう一度トレーナーとして働きたい。内なる欲望が湧き上がる。

 

 

______

 

 

 

 見学の時間も進み厩舎見学、という時間になった。厩舎とは馬たちが暮らす施設らしく多くの競走馬がまるでアパートのようにひしめき合って暮らしていた。まるでトレセンの寮の様ではないか。

 案内された厩舎を、()とエリはくまなく探した。目的の子を探すために。

 

「どの子か、会いたい子がいるんですか?」

 

 彼らの様子に職員さんが訪ねてきた。明らかに挙動不審だったし致し方がないだろう。正直、(名前だけ同じの別施設ではあるが)いちトレセン職員として学園内でこんな動きをされたら声かけたくなるし。

 

「あっ、いえ、アストンマーチャンはいないかなと思いまして…」

「彼が大ファンでして、会えたらなぁ~と」

「ああ、なるほど。マーチャンでしたら隣の厩舎ですよ。来ますか?」

 

 どうやら運が良かったらしい。かくして僕ら?彼ら?はついにマーチャンとの対面を果たすことになった。厩舎に入ると、数頭の馬が顔を出して待ち構えている。ふと遠い昔に結成していたチームを想起した。彼女らもこうして僕を待っていた。そんな感じがして何かがこみあげてくる感触がする。

 そしてその先には…

 

「はい、ここにマーチャンがいますよ」

 

 一瞬で分かった。この子は間違いなく、マーチャンだ。小倉で見かけた時、これまでのレースを追っていた間、どこか実感を持てなかった。目を見れていなかったから。あの可愛らしい栗毛を見ても、懸命に走るピッチ走法を見ても、心のどこかで疑っていた。この子は…名前だけ同じ。マーチャンはきっと別の場所にいる。そういう風に思い込もうとしていた。

 でも今、彼女の目を見て悟った。この芯の強い凛々しい瞳は、間違いなくマーチャンだ。僕の知っているアストンマーチャンの目だった。

 

「「ああ、可愛いねぇ」」

 

 手を差し出す。今、初めて僕と彼が一心同体になった気がする。そう錯覚するくらい、手を自然に伸ばしていた。

 手にマーチャンが吸い寄せられる。頭を摺り寄せ、甘えるように()の手を楽しんでいた。自然ともう片方の手が伸びた。両手で、彼女の顔を触る。暖かい。今まで温度を感じていなかったのに、今この時は彼女の体温が伝わっている。やっと…会えたね。つい1年前は毎日顔を合わせていたはずなのに、本当に久しぶりに会った錯覚がする。それはこの1年が退屈だったからか、それとも…

 

「「頑張って、アストンマーチャン。君の強さは本物だ。きっと凄い馬になると思うんだ。みんなの思い出に残る、そんな馬に」」

 

 その時、僕の視界が少しずつ崩れていく。視界の端から暗闇が侵食してきて、何も見えなくなっていく。視界だけじゃない。聞こえる音も遠ざかっている。これは…僕と彼が、分離しようとしているのか?感覚が乖離していっているのか…?

 

 

______

 

 

 

 次の瞬間、僕は宇宙にいた。周りには無数に銀河が輝き、精一杯恒星が膨張して光を放っている様子が見える。

 

「ここは…僕は…一体…」

 

 口に出さずにはいられなかった。何があってここにいる。そもそもここはどこなんだ。どうして僕が、こうした不思議な目にあっているのか。そんな無数の疑問は一人の人物に打ち破られる。

 

「ここは『天の瓶』…宇宙が集められた場所だ」

 

 後ろから声がして慌てて振り向く。そこには、黄色い衣装に身を包んだウマ娘が宙に浮かんで僕を見下ろしていた。荒々しい髪型と、目元にある一筋の古傷。そして黄色いジャンパー。いつぞやかで見た、メガドリームサポータというVRソフトに登場するバイアリータークというAIにそっくりだった。

 

「えっと…バイアリーターク…さん?」

「やはり貴様のよく知る姿で出てくるのは正解だったな。いかにも、私がバイアリータークだ。貴様の記憶にあるそれとは少々違うがな」

 

 少し違う…とはどういうことだろうか。首を傾げると彼女は説明を始めてくれた。荒唐無稽で突飛な、それこそ信じるに値しない話を。

 

「あの再現AIとは違う、本物のバイアリータークが私だ。今はこうして貴様に分かりやすいようこの格好をしているに過ぎん」

「本物…ってコトは、神様!?」

「ああ、そうだ。ウマ娘の祖として私は神になり、こうして世界を管理している」

 

 神や世界の管理やといったスケールの大きな話に発展していく説明に若干頭が追い付かなくなっていく。科学など無いと言わんばかりの超常的展開に脳の処理が負けてしまった。

 要するに彼女はウマ娘を生み出した一人として神様に抜擢。現人神として君臨した後、死後は『ウマ娘が存在する世界たち』を収めた『天の瓶』と呼ばれるものを、他の三女神と一緒に管理しているらしい。どうやって現人神になったとか、死後神様として活動するためのアレコレなど事細かに説明してくれたが、正直非現実的すぎて理解には遠く及ばなかった。

 

「まぁ…なんとなく分かりました。それで…何故僕がここに?」

「貴様が、我々の管理する『天の瓶』から抜け出していたからな。その回収をした」

「抜け出した…。ああ、なるほど」

 

 思い当たる節はあった。いや、節しかなかった。つい先ほどまで体験していたのだから。初めて経験したまったく体が動かせない数年間。強烈で退屈なその時間は良くも悪くも印象的だった。

 

「それで…僕はどうして今までタイムリープを?」

「タイムリープ?本気でそう思っているのか?」

「え…他に何かあるんですか…?」

 

 頭を殴られたような衝撃を覚える。これまでの大前提が一気に崩壊し足元から落下した気分だ。

 

「貴様は一度死に。各世界にいる『金城真船』を依り代にこの『天の瓶』を放浪してきた」

「はぁ……あ、やっぱあの時死んでたんですね」

 

 なぁなぁで流していた疑問がようやく解決し一先ず安堵する。スケールが大きすぎてついていき切れてなかった話に、どうにか理解できる部分が生まれたお陰かタークさんの話への集中がぐっと高まったように感じる。

 

「ショックか?」

「いや…むしろスッキリとした気分です。ずっと疑問だったのが解決したんで」

「逞しいな。いや…強くなったのか。これまで見てきた奴らよりずっと強い」

 

 微笑む彼女を見れば、女神と言われる所以が分かった気がした。いやガワはAIだから本当は違うんだけど、それでも美しい。輝きを放ち続ける、まさに太陽のような笑顔だった。この不可思議な事象を起こされて、超常的な理論を並べられて。そんなものよりも、何よりもこのたった一つの笑顔が僕に訴えかける。信じろ、私は神だ、と。

 一歩、踏み出す。教えてほしい、聞きたい。全部を聞いて、あの子のためになりたい。信じられない話じゃないって分かったから。

 

「ここまで来たらもう気狂いか。…問う、何故まだあがく?」

「マーチャンは…何もなかった僕に光をくれたからです。僕はあの子に救われた。そんなあの子が、未来半ばで消えるなんて可哀想じゃないですか。あの子のいない世界なんていらない。ただ、それだけです」

 

 流行りに身を任せ、成り行きに流され、自分なんてものは無かった。何も残らない僕にふさわしい空っぽの自室。そこにマーチャンは色んなものを置いて行ってくれた。マーチャングッズと共に増えていく思い出が僕を形成してくれた。恩人なんだ。だから助けたい。助けてもう一度…いや、何度でも笑い合いたい。貰ってばっかでさよならなんて絶対に嫌だ。嫌なんだ。

 少し見失っていた物を、もう一度掴み直す。初心忘れるべからず、なんて言える人間じゃないけど思い出したら帯は締め忘れたくない。

 

「見果てた根性だ。これまで幾人か似た者を見てきたが…お前ほど強靭な存在はいなかった」

「僕以外にも…いるんですか?」

「当然だ。どれだけキチっと法則を定めていても、それを超えたり穴抜けしてきたりする存在は必ず出てくる。いわば、『世界のバグ』のようなものだ」

 

 ハッキリ言われると流石に心に来る。バグ…バグかぁ…しっくりくる言葉だがどうしてもマイナスイメージが付きまとう為憂鬱な気分が滲む。言いたいことは分かるし納得できるせいで気分転換が無駄に難しい。それに…この人の法則やルールを重んじる辺りAIの彼女と似通った印象を受ける。他の2人もAIと同じような性格なのだろうか…。いや、神様だから二柱?

 …他の2柱は今はいないのかな。

 

「そんな世界のバグを、どうして私はここに呼んだと思う?」

「えっと…まさか、僕の抹消(デリート)!?」

 

 バグをいつまでもそのままには出来ない。僕だってその理論は重々理解はできる。ただ…後悔は多い。素直に受け入れる訳にはいかない膨大な後悔が僕にはあるのだ。

 

「なっ…!貴様、私をそんな野蛮な存在だとでも思っていたのか!?」

「野蛮!?」

 

 思ってもみない反応を貰ってしまった。…バグとはいえ、消されない…のか?

 

「いくら法則からはみ出た存在とはいえ我々の愛し子だ。消すなどと、責任のないことできるか」

「慈愛の女神に改名しては?」

「枠が被る。芸がないだろ」

 

 滅多に…というかほぼ全く人に観測されないのに芸とか気にするんだ…。キャラとか自覚して活動してるんだ…。尽きぬツッコミが湧き出てくる。さっきまでの厳格で威圧に溢れる姿はいずこへか、愛嬌に満ちた可愛い女の子に成り果てていた。

 緩やかになった雰囲気を正す為か、一つ咳払いし話が軌道修正される。頭が痛くなるほど壮大で、抽象的な僕らの話を。

 

「コホン…先ほどの世界、何か違和感を覚えなかったか?」

「あぁ~…ウマ娘がいませんでしたね」

「貴様…自分のことよりそちらなのか…」

「え…?…あ~体の自由なかったですね」

 

 どうしようもない位ウマ娘脳になっていることを自覚し頬が少し赤くなる。そういう生き物、という言葉が似合うくらい僕の芯までトレーナーだ。芯の芯の芯まで、ウマ娘の…マーチャンのことを考えている。だからこそ、さっきまでの違和感は猛烈だった。まさに異世界。いや彼女の言い方的に、異世界そのもの。

 

「最初にそれを言うべきだろう…」

「いやぁ返す言葉もない」

「…まぁ良い。ウマ娘がいないことも関連があるからな」

 

 彼女が最初に言った。

 『貴様は一度死に。各世界にいる『金城真船』を依り代にこの『天の瓶』を放浪してきた』

 『貴様が、我々の管理する『天の瓶』から抜け出していたからな。その回収をした』

 その意味が、すぐそこに見えてきた。

 

「パチン」

 

 音を鳴らせないのか、口で効果音を言いながらバイアリータークが指を弾く。もしこれを翼がしようものならツッコむが相手は三女神。そんな度胸もなければ相応しい雰囲気でもない。…でも…タークさん指パッチンできないんだ…可愛いな。

 そんな僕の思案を他所に、僕らの周囲の宇宙が微かな変化を見せる。どこか遠い、疎外感を感じていたあの場所から一変、あるべき場所だと思わせるような温かさを感じる空間になっていた。

 

「これであるべき場所に帰ってきた」

「…なるほど、僕はあそこの世界に()()()()()()()()ということですか」

 

 『天の瓶』、イマイチ抽象的なこの言葉。その真意は並行世界の集合体。僕は誤って、()()()()()()()()()並行世界の集合体(天の瓶)に来てしまっていたということらしい。ただでさえ異物な存在がより異物になる場所へ迷い込んでしまった。なら、干渉がロクに出来ないのにも頷ける。

 

「もう、出ていくなよ?」

「必要な寄り道だったと思ってます。だからこそこれ以上はしません。…行ってきます」

「頑張れ、金城真船」

 

 

______

 

 

 

 僕は旅をする。僕と…マーチャンの安息の地を求めて。僕は冒険をする。マーチャンを守るため。僕はこの『天』を漂う。マーチャンとの明日が欲しいから。あの目は間違いなく君だった。凛々しく、芯の通った目。諦めない。君が諦めていないなら、僕も諦めない。

 流星となってまた地球に落ちていく。この地球の僕と、マーチャンを救うために。

 『天の瓶』に一つ、新しい光が流れいく。(新たな旅人)は、それはそれは愛くるしかった。最も、その光と本当の邂逅を果たすのはもっと先になるのだが。




Q.エリって誰だよ。元ネタとか無いのかよ
A.ないです。これだけのシーンの為に生み出されたキャラです。本当にそれ以上でもそれ以下でもありません

2006年真船くん、当初は完全なミーハーだよでキャラ付け終わらせるつもりだったんですけどね…いつの間にか競馬好きリア充になっていました。彼にこれ以上の出番はありませんが幸せな人生を送っていてもらいましょう

はい。三女神による世界観説明が入りました。ちゃんと伝わったでしょうか。作者は書いていながらあんまし理解できてません。フィーリングが4割です。なんとなーくこんな感じなんだなってのが伝わっていただければ幸いです。

参考にさせていただいたサイト
https://kyouno.com/turezure/20240126_ritto-mitsuketa2024-1.htm


追記(2026/02/07) 誤字修正
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