「はぁ!はぁ・・・!」
少女は焦っていた。
思い通りに動かない身体に。
少女は思い出していた。
数日前に医者に言われたことを。
「問題はあなたの気持ちです」
怪我は手術をするレベルではなかった。
リハビリさえすればまた走れるとも言われた。
あなたはまだ活躍できるよ。
「そんなの・・・!」
ダンッ!
壁が叩かれる音。
拳が痛い。
「そんなの無理だよ・・・」
「私は・・・もう」
ほほを雫が流れる。
寒くもないのに身体が震える。
これは私が招いたこと。
私がトレーナーの忠告を無視した結果。
頭では理解している。
ただどうしようもない感情が溢れてくる。
コンコン。
扉が叩く音の後によろしいですか?と声がかけられた。
「・・・誰?」
アカソアイシアは目元を拭いながら扉の向こう側に問いかける。
そっとしておいて欲しいのに。
そんな気持ちだったせいか口調が少し強くなる。
「理事長秘書の駿川たづなです」
声の主から返事が返ってくる。
理事長秘書が私になんの用だろうか。
トレーナーに契約解消されたから退学通知かな。
マイナスな事ばかり頭を駆け巡る。
「失礼しますね」
ガラガラッ。
返事を返す前に扉が開かれる。
目の前には緑色の帽子に洋服を着た女性が立っている。
駿川たづな。
にこやかな笑顔を浮かべている。
が、アカソアイシアは彼女の表情より胸にかかえる物に目が向いた。
クリアファイル。
透明なそれには紙の束が見える。
やっぱり退学通知か。
親にはなんて説明したものか。
送り出してくれた友人たちにも合わせる顔がないな。
なんて考えていたアカソアイシアに思いもよらない言葉が投げられる。
「アカソアイシアさん、こちらの方が明日からあなたを担当するトレーナーさんです」
言い終えると同時にファイルを手渡してくる。
想像外のことに固まるアカソアイシア。
数秒の沈黙の後ようやく言葉を絞り出す。
「た、退学通知じゃ・・・?」
不安そうな顔で聞いてくるアカソアイシアにふふっ。と声が漏れるたづな。
コホン。
咳ばらいをして改めて切り出す。
「あなたはまだ走りたい。違いますか?」
たづなの問いかけに目を伏せるアカソアイシア。
そんな姿を見て
「お話をするだけでもいいと思いますよ」
声をかけたづなは部屋を出る。
残されたアカソアイシアはベンチに腰を掛ける。
手にはさきほど渡されたトレーナー情報の書かれた書類が入ったファイル。
「私の新しいトレーナーか・・・」
こんな私を担当するなんてどんな人なのか。
ちょっとした好奇心がファイルを開く手を後押しする。
・・・
藍。
トレーナー歴数十年。
他資格に義肢装具士、ランニングアドバイザー...etc
ー担当歴ー
・・・
「うげぇ・・・癖が強いってレベルじゃなくない?」
顔写真を見てげんなりしてしまった。
ガタイのいい男性が写っている。
それならばまだいいのだが、明らかに見た目の癖が強い。
げんなりしつつ書類に目を通していると
ー現在、オグリキャップを担当
担当歴に書かれた名前が目に入る。
オグリキャップ。
現在最強とも言われる灰色のウマ娘。
田舎からトレセンに来た者なら必ずと言っても良いほど憧れる人。
デビューして爆速で中央の第一線で活躍。
「私となにが違うんだろ」
きっと恵まれた能力を持って生まれたんだろう。
それに比べて私は少しオーバーしただけでまともに走れなくなった。
やっぱ私には無理な夢だったかな。
はぁ・・・。
ため息をつくアカソアイシア。
ファイルを鞄にしまうと制服に着替える。
「明日、断ろう」
リハビリルームの更衣室を後にし、寮に帰る。
アカソアイシアが背にした校舎の2階。
とある部屋には煌々と明かりが灯っている。
「さて、どうしたもんかしらねぇ・・・」
トレーナー藍はアカソアイシアの診断書を片手に頭を抱えていた。
理事長に言われたが彼女を診た病院に直接伺い、担当した医師にも話を聞いていた。
身体は完治している。
多少のケアは必要だが多少の無理は問題ない。
問題は外でなく内側。
心だ。
解決する場合もあれば解決することもない厄介な傷。
「はぁ・・・」
窓の外に目を向ける。
練習場。
外周トレーニング終わりのオグリキャップとサイレンススズカが見えた。
2人に同行していた星川ひまりが窓際でこちらを見ている藍に気づいたようだ。
藍が手を挙げるとそれに応えるように手を振り返してくる3人。
「理事長も人が悪いわよね」
3人の和気あいあいとしている光景を目にし決意を固める。
もしかしたら・・・。
いや。あの理事長ならこうなるとわかっていたのだろう。
書類を手にトレーナー室をあとにする。
アカソアイシア。
彼女が再起する手助けをするために。