団長室を後にして、そういえば捕まえたバサギリの居場所を訊いていないな、とヒカリは階上を振り返った。
「……まぁいいか」
シマボシに訊けばわかるだろう。テルは知っていたかもしれないが――いまは顔をあわせる気分じゃない。ヒカリは両手で頬を叩き、口の端をむにむにと持ちあげた。
団長室を覗いたが、シマボシはいなかった。
続き部屋になっている治療室から和やかな笑い声といい匂いが漂ってくる。
「ヨネさんは若いのにしっかりしているね」「アヤシシは安心していいよ」「うるさい! ヨネさんが困っちゃうでしょ! もう!」「おい、もっと飯と汁を持ってきてくれ。この姉さん食うぞぉ!」「坊主も可哀想になぁ。こんな小さいのに」「返せゴンベ! そりゃオレの飯だ!」「ほうほう、そりゃあ大変だったね」「あんときは助けてくれてありがとうね」
「あんた達んとこのヒカリのおかげで、アヤシシ様は落ち着いたんだ。礼を言うのはこっちのほうさ」
楽しそうな声に誘われるようにヒカリは顔を覗かせた。
「ヨネさん?」
途端にぴたりと声音が収まり、全ての目がヒカリを振り返った。
ワッと人々が押し寄せる。
「あんたすげぇなぁ! アヤシシだけじゃなくて一昨日の暴れポケモンも倒したんだろ?」「てぇしたもんだよ!」「どうやって倒したんだ? 教えてくれ!」「怪我はないの? 大丈夫?」「この調子で他も頼むよ!」「あんたがいればポケモンなんて怖くないな!」
「わ、あの、え?」
テルやデンボクとはまるで正反対の反応にヒカリは戸惑った。これはどういうことだ?
見知らぬ男に腕をひかれる。彼は声を低めて言った。
「団長がよ。バサギリがコトブキムラを襲ったことは他言無用らしいから、ヨネさんは知ってるけど他の奴には言うなよ。暗くてよく見えなかったけど、あんたがバサギリを鎮めたのは間違いないんだろ?」
デンボクも、バサギリが来たことは黙っておけと言っていた。キングが村を襲い、面妖なる光がお前を再生したと知れれば、あらぬ不安を村人が抱くであろうと。
即座の緘口令、夜間の豪雨による視界不良により、ヒカリ発光事件を知っているのはごくごく一部の人間だったのだとヒカリは気がついた。
門が一夜にして壊れたこと、門番をはじめとする怪我人が出たことは誤魔化しようがないため、そちらは〝外部の暴れポケモンが原因〟としたようだ。
で、真相を知っている人間はというと――わいわいと取り巻く人々の輪の外に、うつむいている男がいる。彼はヒカリと目が合うと怯えた顔を背けた。
あれが普通の反応だ。
真相が広がればコトブキムラにはいられない。発光しながら再生する得体のしれない人間(?)が村中にいるなど、恐ろしくてたまらないのだろう。
心中はさておき、それでも置いてくれるデンボクには感謝すべきか。ヒカリは複雑そうに眉を寄せた。
「おい、どうした?」
黙ってしまったヒカリを、みなが心配そうに見つめていた。
「大丈夫か」
「あ、あぁ。なんか暗い顔してたかな。えへへ」
笑って誤魔化す。彼らは続いて、「まだ傷が痛むんじゃない?」「丸一日寝っぱなしだったからなぁ」「ほら、あんたらが囲むから良くなかったのよ」「ごめんね。疲れてるよね」「腹減ってないか?」と、口々に詫び、ヒカリを迎え入れた。
「よっ!」
「ごんごん!」
ベッドからヨネが半笑いで片手をあげ、その足元でゴンベが握り飯を食べている。ぐー、とヒカリの腹が鳴ると、横合いから複数の握り飯が差し出された。
「あんたも食べなよ。朝飯まだなんだろ?」
ヒカリはお礼を言いながら形の悪い握り飯を受け取った。混ぜ物の多い芋飯だった。
「いつこっちに?」
「昨夕さ。あんたんとこには世話のかけっぱなしだよ」
ヨネは空になった椀を置き、ベッド上に正座した。深く頭を下げる。
「礼を言う。本当にありがとう」
「ング!」
口の中のものを急いで飲みくだし、ヒカリも頭を下げた。
「あんたも下げてどうすんの」
ヨネが呆れた。他の皆もどっと笑い、ヒカリは顔を赤くした。残りの握り飯を食べ、手を払うとヨネの耳に口を寄せる。
「……あの、他のポケモンも鎮めて欲しいって聞いたんですけど」
ヨネは深刻そうな眼差しでヒカリを見返した。
「出来るかい」
「どういうポケモンなんですか?」
「どこから鎮めるかは追々。なんせあたしは、しばらく動けそうにない」
ヨネは苦々しげに自身の足を撫でた。
「怪我したんですか?」
「ちょっと無茶しちまった。情けないがあんたが頼りだ。そうだ、このあと時間あるかい。忙しいか?」
ヒカリは首を横に振った。
「アヤシシ様に会いたい。連れてってくれないか」
「いいですよ。どこにいるんですか?」
話によると、コトブキムラの北西にある訓練場で治療されているそうだ。他の怪我人たちが教えてくれた。
バサギリはそこにはいないらしい。ヨネが「おかしいね。噂の暴れポケモンも治療中だって聞いたんだけど」と首を傾げた。
ヒカリを遠巻きにしていた別の男——彼もヒカリ発光事件を知っているのだろう——がぶすっと言う。
「そりゃあ、危ねぇから外に放りだしたんじゃねぇの」
「でもヒカリが倒したんじゃないか。もう危なくないんだろ?」
「本当かよ。死人はいねぇが門番のデンスケなんてまだ寝込んでる。みんな怖がってるし、イカれたポケモンを治療するなんてとんでもねぇよ。傷薬だって在庫があんのに、なんでバサ――」
「おい!」
最初に顔をそらした男に肘でどつかれ、ぶすっとしていた男は口を押えた。居心地悪そうに咳払いする。
「まぁ、アヤシシ様には感謝してるよ」
「今の話、こいつには聞かすんじゃないよ。あんたらの気持ちもわかるし、あたしには言ってくれて構わないから」
ヨネが、この騒ぎでも目覚めない隣の少年を見やった。
積乱雲のようにもこもこした頭髪が広がっている。ヒカリよりも幼い顔立ちの子供だ。
「この子は?」
「外で話そう。アヤシシ様のとこに案内しておくれ」
▼
ヨネに肩を貸して訓練場への丘を登ると、赤い屋根瓦のお堂が見えてきた。その間、なんとなく何処かしらから視線を感じたが、ヒカリは振り返らなかった。
訓練場では赤い髪に大柄の、筋骨逞しい女性がポケモンの世話をしていた。女性も調査隊員やデンボクたちと同じように、着物や顔が薄汚れ、傷がある。負傷しているようだ。女性はヨネに目を丸くした。
「あんたァ、元気になったのかい!」
「あんた誰?」
「わたしは警備隊隊長のペリーラ! 団長が救助隊を出しただろう。あの時、参加してたんだよね。覚えてないかい」
ほらほら、とペリーラがにっこりと自身を指さすと、ヨネは思い出したようだ。
「そっちのあんたはヒカリだろ! アヤシシだけじゃなくて、暴れポケモンも鎮めた凄腕だって評判だよ。よろしく!」
握手したペリーラの手のひらは分厚く、力強い。この人もヒカリ発光事件を知らないみたいだ。
腰にはモンスターボールがぶら下がっている。救助隊に同行するくらいだから腕が立つようだ。
「モクローもすっかり大人しくなった。ハハハ! また捕まえといておくれ」
「やっぱ捕まえないとダメですよね……」
最初の騒動を思い返すとげんなりする。ペリーラは豪快に笑い飛ばした。
「なーに、すぐ捕まるさ。ギンガ団の庇からずっと動かなかったからね。あんたを心配してるのさ」
葉擦れの音がして何かが飛び去った。ずっと感じていた視線が外れた。
図星だったのか、腹を立てたのかどっちだろう。
「ここにはアヤシシ様に会いに来たんだろ?」
訓練場の中は重症のポケモンたちが横たわっていた。
触覚が折れたニンフィアと赤黒い裂傷のサンダースが寄りそっている。甲殻にひびの入ったヘラクロスがじっとしており、傷ついたコリンクのそばにはレントラーが寝そべっていた。彼も腹部に包帯が巻いてある。
アヤシシは一番奥で、膝を折って横たわっていた。両足の蹄に木製の装具がはまっている。
「さすがキングだ。回復が早いね」
「そうか」
ヨネは胸を撫でおろし、アヤシシの前にひざまづいた。規則正しい呼吸に耳をそばだて、目をつぶる。
祈るヨネをペリーラとヒカリは見守った。
ヒカリはアローラ地方で祭られているポケモンを思い起こした――土地神であるカプを人々は畏れ、敬う。
カプに選ばれたトレーナーは島でもっとも強く、もっとも尊敬される。誰よりも勇気と愛、そして正しい力を示すトレーナーである証だからだ。
信仰とはそういうことなのであろう。
アヤシシとヨネもポケモンとそのトレーナーの関係でなくとも、それ以上に重要な関係性を持っているに違いない。勝手は許さぬ、というデンボクの言葉が腑に落ちる。キングを勝手に鎮圧することは、彼らの信仰を傷つけるに等しい。
「さて。ここに来た理由の半分、暴れポケモンはどこにいるか知ってるかい」
見回すがたしかにいない。ペリーラがポリポリと頬を掻いた。
「あたしも、なんでわざわざ野生のポケモンを治療しているのか知らないけど……事情があるんだろ? 村中では村人が怖がるから、信頼できる奴に預けて治療するって聞いた。てっきり倒したヒカリかと思ったけど違うみたいだね。シマボシ隊長が知ってるんじゃないか」
「シマボシ隊長はどこに?」
「さぁねぇ。いつもは執務室にいるけど、いなきゃ村中のどっかとしか言いようがないよ」
ペリーラと別れ、二人は訓練場の外の長椅子に腰を下ろした。
別れる前、警備隊長がなんでここに? とペリーラに問うと「怪我したポケモンがみんな怖いのさ」と苦笑いされた。実際、負傷したポケモンは通常よりも獰猛になる。アヤシシも、ヨネと一緒に救助活動をしていなければ、村中で治療は受けられなかっただろう。
「あんたはやっぱり変わり者だね」
ヨネが言った。
ヒカリは綺麗な秋晴れの空を見あげた。この時代の空は広く、空気も澄み渡っているように感じられる。
垣根もなく、道もない時代だから、迷う人もポケモンも多いのだろう。
「あたしが変わってるんじゃなくて、みんな、まだ知らないだけです。……あたし、未来から来たんです。みんなポケモンが怖くなくなって、一緒にいることが当たり前になる未来が必ず来ますから」
まだ一緒に生きる方法が分からないから怯えてるだけだとヒカリは信じたかった。
この騒動も治めなくてはならない。
当たり前でない時代で、人もポケモンも孤独を張り詰めて生きているのだから。
また視線を感じて、ヒカリは立ち上がった。
「どうした」
「ちょっと待っててください」
視線を感じた木に近づく。丸いシルエットが木の葉に見え隠れしていた。
ヒカリは手を差し出した。
「おいで」
数秒ほど間があった。
「怒ってないから。おいで」
さらに間があって、ようやく葉擦れの音がした。
飛び立ったモクローが腕に止まる。ヒカリは微笑みかけた。
「おかえり。あとでバトルの特訓するからね」
スーパーボールのように跳ね飛ぼうとしたモクローを捕え、即座にモンスターボールに突っ込む。
ヨネのもとに戻ると彼女はニヤニヤと腕を組んでいた。
「悪ガキの扱いに慣れてるね」
「モクローのこと知ってるんですか?」
「そりゃあね。ここの博士が手を焼いてただろう。セキの小さいころを思い出すよ」
「セキ?」
「うちの長であたしの弟だ。それにしても、そうか。あんたは未来から来たのか。あの空の裂け目からかい?」
あっさりとヨネが信じたことに驚きながら、ヒカリはうなづいた。
「あんたが変わってるのも、キングを鎮められるのも合点がいったよ。シンオウ様がお呼びになったんだね」
「その〝シンオウ様〟ってなんなんですか?」
「なんだ知らないのかい。シンオウ様は時を司る神様さ。シンオウ様がいらっしゃるから、こうして時間が流れているんだよね。あんたが未来から来たのだってシンオウ様が連れてきたんだと考えれば筋が通るだろ?」
「まぁ、確かに」
各地に存在する伝説・幻系のポケモンだろうか?
だったら最初に聞いた声の主はシンオウ様で、再生の原因もそこにあるのでは?
ヒカリの体は再生しているのではなく、〝怪我する前の時間に巻き戻している〟とか?
だが、そんな面倒な真似するくらいなら、死ぬ前の時間ごと巻き戻したほうが都合がよさそうなものだ。こっちは他人の目の前で再生するから困った状況になっている。
ふと、もしかしたら〝シンオウ様〟というのは別の呼称なのかもしれない、とヒカリは思い当たった。シンオウ様という名前のポケモンは知らなくとも、時を司る伝説のポケモンなら存在する。
「シンオウ様って、青くてでっかくて四つ足で、全体的にトゲトゲしてたりしません?」
「あいにく見た目は伝わってないんだよね。なんだい、未来ではシンオウ様のお姿が分かってるのかい?」
「伝わってるっていうより、ギ――」
「ギ?」
ギンガ団って人たちが赤い鎖で引っ張り出したから見たことあるんです。無理やり従えて、時空の裂け目は開くわ反転世界でギラティナも巻き込むわ大変だったんですよ、とは口が裂けても言えない。
言えるわけがない。
「ぎんが、だんって、でっかい会社があって、宇宙開発とか奇抜なヘアスタイルがうんたらとか、あー、間違えました。あの、ハクタイって町に、そのポケモンの像も飾られていたから、同じなのかなーって。それより、頭のもこもこした男の子がいたじゃないですか。あの子、誰なんですか」
「キクイ。バサギリのキャプテン」
今さらながらにヒカリは十のポケモンと古代の英雄の話をヨネから聞いた。ついでにシンジュ団は空間という偽のシンオウ様を信奉しており、昔から二つの団が対立しているとも教えてもらう。
そっちのシンオウ様はもしかしてパルキアとか言うんじゃないでしょうか、と思ったが、ややこしくなりそうだったので言わなかった。
さて、ヒカリを呼びつけたシンオウ様がディアルガだかパルキアだか、もしかしたらギラティナだか知らないが、この地方で力あるポケモンというと、その三匹くらいだ。もし他に〝シンオウ様〟と名乗る別のポケモンがいるならお手上げだが。
三匹に会う方法は、ヒカリの知る限りひとつだけ――アグノム・エムリット・ユクシーの湖トリオを捕獲して赤い鎖を作らせ、テンガン山で引きずり出すしかない。
そこまで考え、目的は違えどまったくもってアカギと同じルートを辿りつつある自分にヒカリは笑ってしまった。
これは最終手段として、当面はキングたちを鎮めるほうに集中しておこう。事が終われば〝シンオウ様〟が現れて、普通に帰してくれるかもしれない。この際それがどのシンオウ様だろうとどうでもいい。
各地のキングとクイーンの話を聞きながら、それらを鎮める方法をヒカリは考えた。
猶予のない場所から回らなくては死人が出る。
いや、もう出ているようだ。
純白の凍土、クレベースは鈍重で身動きがとれない。被害は広範囲に及ぶが、人々を雪原から避難させればなんとか。ヒスイウォーグルはヒスイ全域を彷徨っているらしい。面倒だが見かけたとき撃ち落とすしかない。
天冠の山麓はキャプテン達の腕が立つらしい。とくにノボリという男がヒカリと同じく、数十年前に行き倒れになっていた現代人っぽい(数十年前、という言葉に、ヒカリは引きつった。事と次第によっては本当に湖トリオを脅して赤い鎖を作らねばならない)。どっかで聞いたような名前に首をひねったが思い出せなかった。腕が立つならここも後回しでよかろう。
問題は群青の海岸と紅蓮の湿地だった。群青の海岸における、キャプテンの片方は戦えない。もう片方は戦闘向きの性格ではない。が、ここは事情があってキングが片方しかおらず、残ったキングは水ポケモンのため、戦闘範囲が限られる。
そうなると最高齢と年若いキャプテンがいる紅蓮の湿地が最優先である。ここはキングもクイーンも陸上系で、おまけに片方はドレディアときた。胞子を振り撒かれると厄介だ。
ああでもない、こうでもないとヨネと討論し、物欲しそうにこちらを眺めるゴンべが勝手に丘を降り、イチョウ商会の前でギンナンをしばらく見つめ(ギンナンはしばらく耐えていたが、根負けして干し木の実を投げた)、再びヨネのところに戻ったころ、ペリーラが鍛錬場から出てきた。
「あれ。あんたらまだいたのかい」
「ああ、もう昼か。体を休めるってのは性に合わなくて困るね」
「あたしもお腹空いたぁ……。隊長がいるかもしれないし、いもづる亭に行きましょう」
ヒカリが腹をさすると、ゴンべも、そうだそうだと両こぶしを突き上げた。じゃああたしも、とペリーラも混ぜて三人でいもづる亭に入ると、予想通り丼を食らっている隊長と、死体のように机に突っ伏すラベン博士と、その向かいで昼飯をとるテルがいた。
テルはこちらに気がつくとパッと顔をそらし、「……ご馳走様!」と言って足早に出ていった。
「ヒカリか。ちょうどいい、お前に用があった」
「お前どこで油を売っておったんじゃ。働け」
シマボシが空の丼を置き、ムベがイモモチを焼きながら悪態をついた。
ヒカリは舌を出した。
「ボスに今日は休めって言われましたー休日なんですぅー」
「そうか。急ぎなんだが」
「たっ隊長にじゃないです! なんですか?」
ムベに言ったつもりがシマボシが眉を寄せ、ヒカリは慌てた。
シマボシは鷹揚に手を振った。
「食事に来たのだろう。終わってからでいい」
「ほれ。食え」
狙いすましたかのようなタイミングで三つの丼が出てくる。
ペリーラとヨネはイモモチ丼を食べながら、外のポケモンについて話し出した。
ヒカリはぴくりとも動かない博士に近づいた。
「どうしたんですか博士」
「オー! 昨晩はここに泊めてもらいました。早朝からずっとイモモチとおにぎりを作り続けて……つ、疲れました……」
「あのおにぎり、博士が作ったの?」
言われてみれば、きっちりした握り飯の中に形の悪いものがいくらかあった。
「ムベさんはボクが一個作る間に十個作ります。ニンジャでしょうか」
「忍者なんですよ。いだっ!?」
ムベに盆で頭を叩かれた。
「あとでポケモンにも飯をやっておけ。コンゴウの長が来たらすぐに出立なんじゃろ」
「ああ……うう……なんで殴ったんですか……」
「腑抜けた顔しとるからじゃ」
フン、とムベは鼻を鳴らして食事作りに戻っていった。殴られる直前まで気配も殺気もなかったところを見るに、本当に忍者かもしれないとヒカリは頭をさすった。
「ヒカリくん。テルくんと何かあったのですか?」
博士が頬を机に乗せたまま心配そうに尋ねた。
「ちょっと喧嘩しただけです」
「そうですか……。誰しも、行き違いはあるものです。ボクも来たばかりのころは、村の皆さんとなかなか上手くやれませんでした。ボクには君もテルくんも必要です。力になれることがあれば言ってください」
「うん」
「シマボシ隊長もさきほど、テルくんとなにやら話していました。誤解なら、きっとすぐに解けますよ」
誤解だが誤解ではないかもしれない。ヒカリはあいまいに笑った。
手早く食事を終えると、ヒカリはヨネと連れ立ってシマボシの執務室に入った。
シマボシはずっと立ち働いているはずだが、疲労が見えない。鋼鉄の面構えにヒカリの背筋も伸びた。
「あとで建築隊にビッパを貸し出してくれ。サザンカが早く返してくれと訴えている」
「はい」
「お前の寝る場所だが、別の場所を用意できた。今夜からはそちらに移動してもらう。そうすれば博士も部屋に戻れるだろう」
「ミジュマルが博士の部屋にいなかったけど、どうかしたんですか?」
「彼女はいももち亭で手伝いだ」
そこでシマボシは、部屋の壁に背中を預けていたヨネに視線を向けた。ヨネは肩をすくめ、団長室を出て行った。
人払いが済むとシマボシが切り出した。
「バサギリに会いに行く。来てくれ」
シマボシがヒカリの手をとった。
「ヨネさんは一緒じゃないんですか」
「バサギリはシンジュ団のキングだ。あまり首を突っ込ませてはいけない」
ケーシィに触れる。
視界が暗転した。
▼
大きな樹の影に、ヒカリたちは立っていた。
年輪は太く、幾年を超えて巨人が腕を広げているかのように雄大である。壮大に成長してなお老いる風情もない枝葉が無数の影を落とし、通り抜ける風さえも心地が良い。巨木にふさわしく、巨大な根っこが地面を盛り上げている。
その奥に彼は座っていた。
昆虫独特のほっそりした体に不釣り合いに大きな局部。大振りの斧を交差し、差し出すように置いている。
「彼がバサギリだ。シンジュ団キャプテン・キクイの世話するキングであり、この大樹をねぐらとしている」
風に吹かれる植物のように、バサギリはそこにいた。シマボシが歩き出したのでヒカリも続く。
「キミが鎮めたとおり、彼はもう正気だ。キクイが目を覚ましたら、即刻引き渡すつもりだった」
つもりだった?
座り込んだバサギリはヒカリを見て、槍のように鋭いまなざしを細めた。両斧の交差を外す動作にぴくりとヒカリは身を固くした。
バサギリは両斧を左右の地面に突き刺し、
首を差し出した。