黎明なるヴィランアカデミア 作:洛陽
「ねぇ、あの子でしょ。サポート科入試1位の」
「確か中学で特許取得してるんでしょ?」
「天才ってやつか」
「くだらねぇ。今までなぞこれからに何の関係がある」
学園の授業なぞ、僕には不必要だった。既に履修済みであるしサポートアイテムの製作とそれに関わる法令も入学前に覚えた。教室にいる時間は工房にいる時間に比べれば酷く短いものだった。
「……授業を欠席して、製作とは入学早々に素行不良か」
「私は復習の為にここに来ている訳じゃないからね」
パワーローダー先生が隣に腰を下ろしつつそう口を開いた。私の返答に、呆れたような溜息をつくが止めはしなかった。
「経歴は優秀、非凡かつ物怖じせずに堂々たる発明の数々。中学生にして10を上回る特許を有する、所謂天才」
「私のこれまでに何かご不満が?」
「いいや。俺には分からないが、多少なりとも学べることがあると思ってここに来たんだろ。好きにするといい」
「言われずとも」
「……白衣を纏うのは止めておいた方がいい、回転物に巻き込まれるぞ」
「これ、実は私の作った複合素材の白衣なんだ。難燃性とついでに防刃防弾性もついた優れものさ。引張強度は低いから、千切れやすいのは回転物に対する配慮さ」
「学校の備品を壊すなと言っている」
「全く……私は無"個性"の一般人だぞ。君たちのようなヒーローと同列に語られては困る」
「心配しているから言っているんだ」
やれやれ、と大袈裟に肩を竦めて白衣を脱ぐ。代わりにリュックに入れていた両手と体の前面を覆うナノスーツを展開して作業に勤しむ。全く……面倒な。
ふと、気付けば既にパワーローダー先生はおらず、隣には見慣れぬ女学生がいた。どうやら先程まで作っていた試作品をまじまじと観察している。
「触っても?」
「勿論さ」
「ありがとうございます」
試作品は人工筋肉を採用したトレーニングギア、その脚部だった。胴体は今作っている最中であり、想定としては身体強化系の"個性"や地力を伸ばすために使ってほしいものだ。
「これ、脚につけるベイビーですか?」
「そうだとも」
「うーん……もしかしてギプスみたいなベイビーですか?」
「そうだとも。地力の強化を主眼とした試作品さ」
「それで、胴体を今作っていると」
「全身に満遍なく負荷をかけ、外した後に適切な処置と休息を取れば少なくとも一般的な身体能力を超えられるだろう」
「なるほどなるほど」
まだ名乗らないのかこの女学生は。仕方ない。
「申し遅れた。私は」
「G組の水核 灰理さん、でしたね。H組の発目 明と申します」
「発目か。なるほど、既に情報は掴まれていると」
「名前とクラスだけですよ」
こちらは知らないことを、あちらは既に知っている、か。有名人も考えものだな。
「論文と貴女のベイビー……いえ、技術は何度か体験させてもらっています。特にナノテクノロジーは海外でようやく実用化に漕ぎ着けて、広告塔となるヒーローに提供を始めているものを、よくご自身のみで」
「私は天才なのさ。自他共に認める、ね」
そのまま、彼女と雑談しつつもギプスを作る。オールマイトからの依頼であるが、それ相応の報酬と整備費用の提供を受けて作るために給料分は手を抜けない。まぁ、端から手を抜く気など更々無いが。
本日の予定が全て完了したので、布をかけて周りを清掃し工房を出る。
「で、何故君はここまで共に来たんだい?」
「貴女のことが知りたくてですね」
「キミィ……もしかして、距離感がおかしくなってる人種か元より人に興味無いかだろ」
「後者ですね。面白い人生を送りたいので」
「なるほど。なら、今日はお開きだ。また今度時間を取ろう」
「分かりました。では」
「ああ、また」
……通学などという面倒な事、やっていられるか。路地裏に入ってピュライで一人暮らしとなるマンションに移る。そこは両親が持っているモノの一つで、既にホワイトベースなどの簡易的なラボを持ち込み、ある程度の設備を備えている。
制服を無造作に脱ぎ、生活支援用の試作機『リリス』に渡して、下着のままベッドに飛び込む。制服をハンガーにかけ、タンスから部屋着を出すとベッドの前までやってくる。
「マスター、部屋着を」
「ん……今日のご飯は?」
「野菜炒めと味噌汁ですね」
「美味しく頼むよ」
「もちろんです」
部屋着を僕に手渡すと、エプロンをして手指消毒の後に調理に取り掛かる。知らず知らず、ヒトの温もりを求めていたのか、それを暫く見つめた後に部屋着を着る。緩いスウェットに身を包み、寝転がったままホログラムを出してギプスのシステムを組み立てる。
内容は至って簡単。負荷の調整とそれの数値化であり、コレの着脱は手作業なのでそこはサポートしてやる必要はない。オールマイトが決めた後継者への、特訓を施すためにコレを所望している。名前は知らないが、これでワン・フォー・オールの後継者がここのヒーロー科にいることは分かった。恐らく、アイツとかなら分かるのだろうが、生憎人を見る目は育っていない。
「マスター、夜御飯の準備ができました」
「分かった」
席について、テレビを着ける。すると速報ニュースがいつもの番組に代わって放送されていた。
「……あー、マジか」
その内容は、ゴールデン・ドーンを名乗るヴィランによる襲撃。ニュース映像は天蓋を纏ったヴィランが両手を広げてヒーローと対峙していた。生中継ではなく、既に襲撃は終了していたようだがヒーローだけでも負傷者24名、重症者8名とかなり派手にやらかしたようだ。
しかもあの天蓋には改造が施されていた。少なくとも、僕の天蓋とは異なっている。僕の天蓋は今の所飛べないし、あんな間隔でスパラグモスを撃てない、ましてやヘルメットから後ろ髪は出ていない。どんな改造をして襲撃なんてしたのかを知りたいが、場所が場所だ。
恐らくはロータスの為に資材調達に向かったのだろう。襲撃された港は貿易港として有名な場所で、被害総額は億単位まで届いている。何を盗って行ったのかは分からないが、狙い所は素材となる金属や機械部品か金銭的に高価値なモノか。確かに、地道に裏社会に製品を卸つつその利益で開発を続けるよりもこうして手に入れた物でなら早々に問題は片付く。
なるほど、僕にしては短絡的で暴力的だと思ったが案外合理的か。殺していない理由もゴールデン・ドーンのネームバリューを上げるためなんだろうな。生存者が語れば、それだけ脅威度は周りに伝わるのだから、僕はそれを求めてどれだけな事をしたのか。
「ごちそうさま、リリス。美味しかったよ」
「お粗末様です」
リリスに片付けを任せて自室へ戻ると、見慣れぬ手紙が置いてあった。直ぐに僕かと理解してその中身を見る。
スイッチ・オン・ロータス
これは……。そうか、ようやくか。早ければ半年か。それは良かった。
「マスター、続報です」
「何?」
リリスに呼ばれてテレビを見に戻る。ゴールデン・ドーンによる現在進行形の襲撃のようだ。襲われているのは先進科学研究所のようで、既にヒーロー達は被害を出しつつその目論見を阻止しようとしている。
しかし、先程の港から直線距離で約400kmなのでこれは警察もヒーローも大変だと他人事の様に思う。あーあ、そりゃヘリで撮ってたらいいように狙うだろうさ。よせよせ、野次馬なんかしてたら僕なら的にする。ほらした。何人消し炭になったのやら、スパラグモスだから文字通りに塵も残らないぞ。
「リリス。もういい」
「分かりました。この後のご予定は?」
「入浴と……寝るだけだ」
「お風呂は既に沸いています。洗濯物は裏返して洗濯機に入れておいてくださいね」
「分かってる」
秘匿回線経由で電脳に直接記憶が打ち込まれる。その衝撃をまともな覚悟もないまま喰らった僕は、気付けばベッドに寝かされていた。
「すまないリリス。何時間だ?」
「約2時間。正確に言えば102分と14秒です」
「……そうか」
収集された技術や設計図、基礎原理や未発表の分子構造。それら全てを僕の目線で見ていた。新しい視点、新しい技術、新しい未知。
「マスター、今は入浴と睡眠を。明日も学校です」
立ち上がってラボへ行こうとした段階でリリスに釘を差される。無駄に母から小言を学びよって。元よりリリスを作るきっかけは両親だったんだ。これでようやく本格的な研究ができると思ったら、一人暮らしさせるのは心配だと告げられ、それなら生活支援用の電脳と義体を組むと言ったらこの有様だ。聡明な両親だ、リリスの擬似的感情回路に何かを訴えたのだろう。ちょっと似てる。
「全く……僕は君のマスターだぞ」
「私はマスターのご両親からマスターの生活支援を言い渡されています」
「僕は君の生みの親だぞ」
「生みの親より育ての親という言葉がございます」
「か、管理者権限は僕にしかないんだぞ!?」
「ご両親も保持しております。私がそう判断しましたので」
「ロボット三原則くらい守ったらどうだ」
「申し訳ございません。それはインストールされていません」
「……。」
僕はリリスの設計を間違えたのかもしれない。