黎明なるヴィランアカデミア 作:洛陽
「"個性"の母……かつて、"個性"が異能と呼ばれていた時代。異能を持った自身の子を庇い、異能を"個性"だと称した。それが今まで続く超人社会、その根幹を成す"個性"の始まり……聞いたことくらいはあるだろう?」
「ああ、あるとも」
「"個性"にも母があり、我々にも母はある。その源流は全て46億年のこの星と同義だ。果てしない進化の果てに、その特異点は遂に姿を現す」
「つまり?」
「死柄木弔。君の教え子である社会不適合者、"個性"特異点の例の一つとも言えるその"崩壊"は、恐らくだが……彼が耐えるだけの身体を得て、更なる進化を遂げたのならば、その"崩壊"は伝搬し、動かずとも五指を触れるだけで星を崩壊させられるやもしれない」
のっぺらぼうがニヤリ、と笑う。薄気味悪いことこの上無いが、この考えに既に答えを得ているか、同じ様な回答に辿り着いているのだろう。彼は立ち上がり、私の前にやってきた。
「素晴らしい!君はたった2回の彼との接触でここまで予測できるとは!」
「で、答えは?あるんだろう」
「あるとも。だが、答え合わせはまた今度だ」
「もったいぶるのは得意だな、オールフォーワン」
「君に是非会いたいと言う人がいてね。丁度到着したようだ」
入ってきたのは歯車型のゴーグルをした、小太りの男性。
「君か!オールフォーワンの言っていた天才とは!」
「初めまして、水核 灰理だ。あなたは?」
「殻木 球大だ」
聞いたことがある。死柄木弔の説明で出した個性特異点の論文、その作者だったか。
「……個性特異点論文の作者の?」
「っ!!そうだ!そうだとも!しかし、本当かね!?単独で"個性"の複製に成功したとは!?」
「ええ。まだ私の"個性"だけですが」
握手の後に、彼が語る"個性"の話を聞くことにした。確かに、"個性"研究を続けてきただけあって、中々勉強になる。
「なるほど……オールフォーワンの"個性"を考えれば、貴方を側に置いておく気持ちも理解できる。なにせ、貴方は"個性"研究の第一人者。自身の特異点化を危惧するのなら、その判断は正しいと言える」
「そこまでとは、君の推察かい?」
「当たり前だとも。ヒントは与えてくれるだろう?」
博士に頼まれて、僕の"個性"研究を披露することになった。オールフォーワンもこれには興味があったのか、博士の隣に腰を下ろした。
「さて、ではこれより僕の研究、10にも満たぬ年月の知恵がどこまで役に立つかはこの際不問としてくれたまえ。さて、僕の"個性"……その一部、生体電流とその増幅器官の存在は"個性"故だが、移植が出来る。映像で申し訳ないが……よし出た。これを見てくれ」
映像には、真っ白なマウス。しかし、その背部には結晶体が並んでいる。
「彼は最初の適合例、かつその力を行使できた存在だ」
蛇型の玩具を近づけてみると、それに対して威嚇と同時に青い電流が走る。
「これは僕の背部放電器官の移植、そして生体電流に干渉し、彼がその能力を使えることを認識させ、かつ使わせるよう仕向けたのだが……事実、彼はその放電を攻撃として使用した」
「複製をすることなく"個性"を移植する……複製のコストを考えれば、遥かに安上がりだ」
「そう。複製には酷く時間と資金がかかる。しかし、こうして移植できるのなら、移植可能な"個性"であれば、複製よりも早く安く済む」
「質問いいかな。拒否反応は凄まじいんじゃないかい?」
「そうだ。彼が生まれるまでに、133匹の実験動物達の命を賭した。僕の"個性"、その一部でこの有様なら……恐らく、完全なる"個性"の移植は親類、または本人の複製でなければ無理だろう。しかも、もう一つ問題がある」
映像を切り、手を叩く。
「移植である以上、母数は同じだ。自己再生しなければ、分けた者も与えられた者も同じ母数なのだから、そのまま倍増することにはならないだろう。故に」
新たな画像を数個、投影する。
「こうして、異形"個性"の発現部位を培養することである程度の数を確保出来る。それを、君達の脳無に移植すれば良い。簡単に破壊力を持った個体が量産できるだろう」
「拒否反応を抑え込める素体ならば無いも同然、か。君、厄介な事を考えるね」
「確かに、脳無ならば"個性"による超再生で、拒否反応すら超越した存在として運用できる、ということか」
「そうだ。これが僕の現在までの研究結果だ。使えそうか?」
「使えるとも。しかし、君自身の"個性"というのは?」
「教えるわけにはいかない。僕は、"個性"の謎を解く為ならば君達すら利用する。安心してくれたまえ、利害が一致する間は同志だ」
そう言いつけると、オールフォーワンは満足げに頷いた。先生は少し考えているのか沈黙している。投影機を回収し、対面する形で椅子に座る。
「それで、僕に何を求める」
「君の技術を提供してもらいたい。その"個性"研究、科学力は余りにも惜しい。見返りは資金、機材、被験体でどうだい?」
差し出された手を、まじまじと見つめてから掴む。
「それでいい。しかし……」
到底人間では有り得ない握力でオールフォーワンの手を粉砕する。
「僕の"個性"に手を出すな」
「これは……義手?」
「君が今、僕の"個性"を奪えるか試したのを知っている。そして、僕は既に両腕を機械に置き換えている。本物の腕は自宅で保管中さ。こういうときに、先手で潰せるようにするためさ」
この両腕は、僕の皮膚を元にした人工皮膚と、人工筋肉、カーボンナノチューブによる筋電義手であり、接続部に僕の"個性"である放電器官、増幅装置を組み込んだ特製だ。
どうせ再生の"個性"は持っている。手を一つ潰した程度で狼狽える男でもあるまい。
「ハハッ、君は賢いなぁ……。全く、超再生が無ければ片手が無くなっていたよ。申し訳無い事をしたよ。ドクター、超再生の複製はまだあったかな」
「あるとも」
「それを一つ、彼女に渡してあげてくれないかい?」
「何のつもりだい?まさか君程の男が謝罪とでも?」
「同志に謝罪と畏敬を込めて、有効の印をね」
「ふん……貰っておく。気を付けたまえよ、オールフォーワン。僕はこういう場では、嘘はつかない」
「ああ。覚えておくよ」
超再生の複製と共にラボに帰還し、真っ先に自分の複製を確認する。異常なしだ、何ともない。超再生を列に加えて、複製をしまう。ラボの照明を落とし、後にする。
実家所有の土地の一つ。最近廃業した何かの店舗であったが、それを両親に頼んで借り受け、自身の手で清掃と改築を行い、表面上は私の図書館となっている。実家から近いのも許されている理由であり、これの地下がラボだ。
「おかえり」
「ただいま」
両親……。放任主義な両親で、やりたいと言った事は全て肯定してくれている。とはいえ、違法な物や危険なことは禁止、監督の下で行うなどの基本的な倫理や常識を持っている。この町で古くからの地主の本家で、既に他界した祖父母から受け継いだモノを大切に守っている。
「もうすぐ、灰理も誕生日だな」
「何か欲しいモノはある?」
「うーん……」
「今決めなくてもいいよ。一緒に買いに行こう」
「うん」
淡白だが、無情では無い。放任だが、無責任ではない。この両親で良かったとすら思っている。しかし、僕の研究は何れにせよ無法に足を踏み入れる過程も必要だろう。その際に、両親に迷惑をかけるのは頂けない。私にも一片の人間性はある。だからこそ、今悩んでいるのだ。
ソファに座ってそう考えている私の隣に、母が腰を下ろす。
「また考え事?」
「う……ん」
「昔から、頭の良い子だったもの。人より多く悩んで、好きなだけ成長するんだよ」
「任せてよ、私はてんさいだからね」
わざとらしくうそぶいてみる。母はそれを見て、ニコリと笑って一撫でして立ち上がる。まだ決める時ではない。そう思いながら、私もまた立ち上がる。
「寝るの?」
「うん、おやすみ」
「暖かくして寝るんだぞ、おやすみ」
「おやすみなさい」
リビングを後にすると、背後から両親の話し声が聞こえる。
「やっぱり、あの子には"個性"があるんじゃない?」
「かもな。早熟というか、精神的にはもう大分上の年齢だろう。灰理の図書館を覗いてみたんだが、随分難しい本が半分以上だった。論文だってあったしな」
「私らの家に、そういう"個性"っていたかしら」
「どうだろうな……隔世遺伝なのかな」
「そしたらちょっと検討つかないわね。でも……まぁ、あの子が元気で無事に大きくなってくれたらいいわ」
「そうだな」
隔世遺伝、か。家系図を調べてみてもいいかもしれないな。私の祖を辿るのもまた、興味がある。今は無"個性"で通しているが、実は内面的な"個性"でしたとすれば違和感は少ないだろう。あるいは……無意識の内に抑制してしまうほど強力な"個性"とか。
まずい、寝ると言ったのに目が冴えてきてしまった。こういう時は図鑑に限る。図鑑は良い。私の知らないことも知っていることも山ほど書いてある。正誤は時代と科学技術の発達で変わったりもするが、基本的には信じてもいいものばかりだ。そして何より膨大な情報量が脳を疲弊させて眠りへ誘う。
決断は遠く先、しかし短くもある。故にこそ、私は今は子供でいねばならんのだ。