黎明なるヴィランアカデミア 作:洛陽
「……死柄木 弔。かのオールフォーワン、その教え子」
「何度も会っているだろ。何のつもりだ」
「今から殴り合う相手の情報の整理さ」
屈伸し、伸脚し、伸びを一つ。小指だけのグローブを着けさせている弔は、それを一瞥してから僕を見る。
「僕は殴り合いには向いていない。だからこそ、君にはその小指を封印させてもらっている。まだ死にたくはないからね」
「よく言う」
顔を狙った右手を、首を傾げて躱すと同時に膝を腹に叩き込む。たたらを踏んで下がる弔に、苦言を呈する。
「不意打ちとは、どうかと思うよ」
「対処してそれとは、恐れ入る」
右手が伸びてくれば、左足を引く。左手が伸びてくれば、右足を引く。"個性"を使えない故に確率の低かった右足での蹴りが来たので、左足の付け根を突き飛ばすように蹴る。バランスを崩した弔に対して、膝裏を抱える形で真正面から密着して背中から叩き付ける。
掴まれるより先に離脱し、袖の中から射出した捕縛用の特製ロープで両手首を地面に拘束する。
「っクソ!離せ!」
「両手さえ封じてしまえば、君とて一般人だ」
ロープを外す間、弔はずっとこちらを睨みつけていた。
「さぁ、再戦だ。来ると良い」
4歩程度の間を、瞬時に詰めてくる。身体能力は一般人のそれを優に上回っていると判断して構わないだろう。それに対して何の躊躇いも無く踏み切って両足で胴体を捉える。
「は?」
「っらぁ!」
クレバーとは一切言えない一撃を弔はまともに喰らう。吹き飛んで、受け身を取りつつ転がる弔に追撃のサッカーキックを加える。横腹に突き刺さるそれに、弔は防御出来ずにまたも転がる。
「加虐趣味は無いと思っていたのだがね。存外適正があるのやもしれない」
上から踏みつけ、またロープで拘束する。そんな事をしていると、オールフォーワンがやって来ていた。
「どうだい、弔は」
「まだ慣れていないと言った方がいい。だが、組み手に僕を選ぶのは辞めておいた方が賢明さ。真っ向勝負に弱くなる」
「今のは真っ向勝負じゃないのかい?」
「搦手さ。技術でしか戦えない僕だ。力負けするのは目に見えている。なら、力の関与しない部分で戦うべきだ」
「ドロップキックは力技じゃねぇってか」
「あれは猫騙しみたいなモノさ。牽制と言って差し支えない」
ロープを外し、手首を回して殺さんとする力でこちらを睨み付ける弔に肩を竦めつつ、少し思案する。
彼の成長の手助けになれば良いのだが、試作1号を出すか。アレなら既に調整済みで、力技なら得意分野だろうし。何より組み込んだ超再生も効力を発揮している。仮に崩壊してもまぁ、大丈夫だろう。
「オールフォーワン、僕の試作1号を連れてくる。少し手伝ってくれたまえ」
「おや、君が試作を出すだなんて、珍しい」
「試作とは言え使い道が無ければ不良在庫だ。使えるなら使ってしまえ」
オールフォーワンの手助けを借りつつ、試作1号を起動する。ポッドに入っていた1号……ゼフィは人工筋肉、血液、光ファイバー神経系と外観以上にハイテクな娘だ。その長い黒髪には超再生の試験の意味合いも兼ねている。
「コードはコスタリカ。お目覚めかな?調子はどうだい」
「……神経系に異常なし、同時に筋肉、内臓機能、共に異常なし。オールグリーン、動けます」
「それは良い。さ、来たまえ」
手を差し出す、それを取って立ち上がる。ゼフィは身長170cmとした素体組み、壊れても超再生で治るのは試験済だ。無論、痛覚などなく、組んだ段階で服従を仕込んであるので反乱の心配は無い。
「さて、ゼフィ。君にはこの男と戦ってもらう」
「殺害ですか?」
「組み手さ。殺すなよ」
「承知しました」
弔の5歩前に至り、ゼフィは見下ろしながら顎を引いた。刹那、外骨格に覆われたゼフィが掌底によって弔を数m程吹き飛ばしていた。
「がぁっ……!?」
「"個性"?……いや、違うね」
「そうだとも。ナノテクノロジーを利用した1秒未満の強化外骨格の展開、そして強化外骨格と人工筋肉による攻撃はオールマイトにも引けを取らないだろうさ」
「そういう事か」
着地した弔が殴り掛かるが、それを上から押さえ付けるようにして地面に叩き伏せる。……もしや脳筋か?しかし、それを甘受する弔では無い。下からの突き上げるような蹴りが見事に胴体に刺さるが、外骨格に阻まれてノーダメージ。
「こんなの聞いてねぇ!」
「言ってないからね」
立ち上がり、距離を取る。
「ゼフィ、弔の"個性"は"崩壊"だ。五指を触れるとその部分が崩れ始める。よって、五指で触れられたら君の負けだ」
「承知しました」
その言葉とは裏腹に、歩を進める。弔は未だ萎縮せずに構えている。惚れ惚れする程に綺麗な前蹴り。既の所で姿勢を低くして避けた弔がその足を掴もうとするが、そのまま踵落としの形で弔の肩に振り下ろし、また地面に叩き付ける。そのまま制圧し、弔はこれで今日、3度目の敗北だった。
「脳無と違って思考し、理解し、進化する。流石は僕の試作1号だよ」
手元の端末でゼフィのステータスを覗いてみる。負荷は未だ許容範囲、どこにも異常はなし。対する弔は未だ狂気冷めやらず、ゼフィを睨みつけている。
「殺してやる」
「ゼフィ」
人間の速度を遥かに超えた平手。的確に顎を狙った一撃は、弔を後退りの後に倒した。しかし、だがしかし。ブツブツと呪詛を吐き、フラフラしながら掴みかかる。掌底が鳩尾に刺さり、また倒れる。
その後も立ち上がり、倒されるを繰り返される。もう何度繰り返したか分からないが、両者の動きが先鋭化しているのが見える。徒手格闘のデータを取りつつ、ゼフィはともかくとして弔も常人を逸する体力と気力の持ち主の様だ。しかし……。
「……弔、ここまでだ」
「何でだ!」
「そろそろ君の負荷が許容範囲を超える。怪我をし過ぎではこれからの計画にも影響が出る。終わりだ」
実際に、弔は全身に打撲と内出血がある。ゼフィはエネルギー残量がやや少なくなっただけで全く無傷だった。やはり、今の弔では勝てないだろう。だが、何れその成長性から見てもゼフィには勝てるだろう、ゼフィには。"個性"有りならば、カウンター狙いで勝率はまだ上がるだろう。
「ゼフィ、システムチェック」
「了解…………内部システム、オールグリーン。エネルギー残量80%……外装及び駆動系……破損無し。チェック完了、異常なし」
「よろしい。どうかな、オールフォーワン」
「脳無とは異なり、科学技術の面からオールマイトを超えるだなんて、君も突拍子も無い事を考えるね」
「僕は新たな側面から挑み、選択肢を増やすのさ。量産も可能で反抗の可能性は限り無く低い。しかし、一つ問題がある」
「それは何かな」
「"個性"による強化が望めない事さ。"個性"は科学を超えた力を発揮する。故にそれには及ばず、また、勝てないという事すら考えられる。今でこそ弔には圧勝だが……まぁ、オールマイトとやり合えば負けるだろうさ」
「超再生は入ってるんじゃないかい?」
「元の素体にあるものしか使えない。ゼフィには超再生の複製を打ち込んだ素体を使ったから使えてるだけだ。例え君でも、"個性"の授受はできないよ」
「なら試してみよう」
「ゼフィ、手を」
「承知しました」
握手の形になったゼフィとオールフォーワン。しかし、うんともすんとも言わない。
「……確かに出来ないみたいだ。取れないし、渡せない」
ゼフィを見やり、それにオールフォーワンも続く。相変わらずの無表情に愛着すら湧く。
「これ以上の強化は大型化を招く。そうすれば人間に偽装したステルス性も……あぁ、いや。問題無いな。そういう"個性"だとすれば良いか。気にしないでくれたまえ」
何個か、良い案が浮かぶ。
「悪い事を考えているみたいだね、灰理」
「僕は探求者だからね。失敗は恐れないが、無知を恐れるのさ。故に、思考は止められないのさ」
「それは良い。思考加速の"個性"でもあげようか?」
「今はいい。何れもらうかもしれないけどね」
ゼフィと共にラボへの撤収準備に取り掛かり、オールフォーワンによって転送される。この飛び方もどうにかしたいものだ。博士の所のジョンちゃんみたいなモノを造ろうか。
「ゼフィ、待機」
「承知しました」
自らポッドに入り、スリーブモードに移行したゼフィを一瞥し、研究机に向かう。"個性"と科学の調和を題材にした新たなる希望。夜明けを見たい。
「いや、まずはその前に移動手段だ」
培養ポッドから、素体を出す。無"個性"の、かつ健常な素体。これに遠隔でも"個性"の使用、または起動などを行える様に改造を施す。しかし、その過程で亡くなっては困るので、最小限に抑えるべく努力を重ねていく。だが、やはりこの作業は難しいものだ。既に素体を3体失っている。失った素体はドナーとして解体し、保存している。
とはいえ、基本的に僕専用だが。
この素体は、僕自身だ。何の比喩でも無く、僕のクローンだ。僕の遺伝子から作られ、"個性"を抜き取って無"個性"の状態で保管されている。そのため、僕の"個性"は重ね掛けの実験などに多く使用している。この事を博士やオールフォーワンに話したときには、流石に人の心を疑われたが、あの二人には言われたくは無い。
ゼフィだって、僕の生み出した複製機で生み出され、成長の促成をした素体を使用している。自分自身を研究に使っているのだから、文句を言われる筋合いは無い。とはいえ、一般常識や倫理的な面から見れば、人体実験を自身で行うマッドサイエンティストなのだろう。
それだけで止まる僕ではないが。