魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第8話 船旅での魔法授業

 

 

 船旅は順調である。天候にも恵まれ、荒波に揉まれることも無く、海賊に見つかることも無く進んでいる。

 

 その間、俺はララの要望で授業をしていた。

 

 ララは悪霊を祓った時のことを気にしており、俺もまた魔法力が高いまま放っておくことは危険だと思い、魔法の授業に取り組んだ。

 

 アーヴル学校では魔法の授業はアイリーン先生の担当だが、それはあくまでも精霊魔法に関してだ。俺も精霊魔法は使えるが、俺の場合は触媒が必要。ララは触媒を必要としない程素質が高く、俺では力不足。だからエルフ族の魔法は教えずに人族の魔法を教える。

 

「良いか、ララ。先ずはお前の属性を見る。エルフの魔法は精霊を介せば全ての属性を使えるが、人族と魔族の魔法はそうもいかない。大抵の人は一つや二つの適正で、他の属性は余所から持ってくる」

 

 俺はポーチから掌サイズの水晶玉を取り出してテーブルに置く。

 

「これに魔力を流すと、適正のある魔力の色に変わる。火なら赤、水なら青って具合にな」

「複数の適性があった場合は?」

「少し混ざり合ったような色をする」

 

 ララは水晶玉を手に取り、魔力を流し込む。

 すると水晶玉の中心から煙のようなものが現れ、水晶玉の中を漂って広がっていく。

 玉いっぱいに広がった時、色が一色に染まる。

 

「……黒?」

「黒、だな」

 

 水晶玉は黒く染まっていた。混じりけの無い、純粋な黒だ。

 

 ララは不安そうにこっちを見てくる。

 

 正直、そうだろうと思っていた。

 何て言ったってこの子は魔王の娘だ。何も不思議なことじゃない。

 

 不安がるララを安心させる為、微笑んで頭を撫でてやる。

 

「おめでとう、お前は全属性に適性がある」

「そ、そうなのか?」

「ああ、嘘じゃない。お前は自分の魔力だけで全属性に変化させることができる」

 

 黒一色に染まるのは、七属性全てに適性がある者だけだ。

 

「センセの属性は?」

 

 ララから水晶玉を受け取り、魔力を流した。

 すると水晶玉はララと同じように黒く染まった。

 

「俺も同じだ」

「……何だ、珍しいことじゃないのか」

 

 ララはがっくりと気を落とす。

 だが俺は首を横に振る。

 

「いや、珍しい。俺とお前以外で全属性に適性があるのは、お前の父だけだ」

「そう、なのか……?」

「魔族も魔法力が高くても適正属性は人族と変わらない。特に魔族はそれが顕著だ。親の適正に左右され、その純度を高めていく。だからお前が全属性に適性があるのは、実は予想していた」

「じゃあ、何で調べた? 分かっていたんだろ?」

「半分は人族だ。もしかしたら使えない属性があるかもしれないだろ?」

「……確かに」

 

 納得したのか、ララはうんうんと頷く。

 

 一々反応が可愛いこいつに物を教えるのが、何だか癖になりそうだ。

 

 それから一冊の魔導書を取り出し、ララに初級の魔法を教える。

 

「最初はそうだな……火の魔法から始めよう。先ず呪文だが、七神に名前を告げる形になる。告げる名前だが、これは今から自分の行うことに因む。例えばこの蝋燭に火を灯したい時は……我、火を灯す者なり」

「まんまだな」

「初級は大抵そのままだ。中級、上級、最上級になるに連れて難解な言い回しになる」

「ふーん……どうして?」

「そうだな……いくつか説はあるが、解釈の仕方というのが有力だ。例えば、俺が幻影で見せた大火災。あれも火を蝋燭に点けることはできるが、蝋燭一本の為にあんな威力の火を出すわけにはいかない。だからもっと簡単に、灯すことだけを意識した言い回しが生まれた。あとはそうだな、大昔の言葉だったりだとか、七神の言葉だったとか色々ある」

 

 確実にこれだという答えは無い。人族の学者達が挙って魔法の研究をしてはいるが、学説が増えるだけで確証は持てない。

 

 今ではその答えを探している者がいるかどうかも怪しいもんだ。

 

 蝋燭を立てて先端に指を向ける。

 

「我、火を灯す者なり――フェルド」

 

 蝋燭に火が灯る。

 

「我、火を消す者なり――アン・フェルド」

 

 蝋燭から火が消えた。

 

「因みに、下級の魔法なら特訓次第じゃ無言で操れる」

 

 呪文を唱えず、蝋燭に火を灯しては消す。

 

 態々蝋燭の火を魔法で消すような奴はいないが、殆どの魔法にはそれを打ち消す反対魔法がある。それをセットで覚えることが、魔法の合格ラインだ。

 

 ララにやって見ろと、蝋燭を差し出す。

 

「いいか? 火属性の魔力に変えるには、イメージが必要だ。火を連想しろ。色、形、感触、動き、それら全てを魔力に込めろ。そうすればあとは魔力が勝手に変わる」

 

 ララは頷くと、蝋燭へと手を伸ばした。

 すると蝋燭に火が灯された。

 

 俺はジロリ、とララを見てしまう。

 

「……わざとじゃない。ちょっと無言でやってみたいと思っただけだ」

「どうやら魔力の出力コントロールから先にやったほうが良いみたいだな?」

「それは大丈夫。爺やから習ってる。無意識で魔力を垂れ流すことはしない」

「……そう言えば聞いてなかったな。魔族の魔法は使えるのか?」

 

 ララはアーヴル学校で初めて魔法を使った訳じゃない。それより前から使える。

 今の話を聞く限り、その爺やが魔法を教えていたようだが。

 

 今後魔法を教える基準点になるかもと思って尋ねたのだが、ララは目を逸らした。

 

「まさか……使えない?」

「違う、使える」

「じゃあ、何で目を逸らす?」

「…………い」

「なに?」

「……使いたくない。使ったら……誰かが死ぬ」

 

 ララは小さくそう呟いた。

 

 その様子から、ララの魔法に察しが付いた。

 

 魔族の魔法は、人族と同じで自分の魔力だけで魔法を発動する。

 人族と違うのは人族の呪文が七神への名乗りに対して、魔族は対象への命令だ。

 

 そして血族にしか現れない『血統魔法』の二つだ。

 

 前者は兎も角、後者は魔族にとって最大の武器でもある。これがあるからこそ魔族は例え適正のある属性が一つだけだったとしても、他種族に圧倒的優位でいられた。

 

 魔王の血統魔法は恐ろしいものだった。魔力に触れた生命が全て死に絶えるという、死の魔法。これに対抗するには魔王と同等の魔力で相殺する必要があった。

 

 俺は勇者程の魔力は無かったが、愛剣のナハトがそれを補う力を有していた。

 ナハトは魔王の力を唯一打ち破れる魔剣であり、魔王を殺せたのもナハトの力があってこそだ。ナハトの所有者となることで、魔王の力に対抗する体質を手に入れた。

 

 だからこそ、ララが半魔であると聞いた時に信じられなかった。

 魔王の魔力に触れても死なない人族が、勇者以外に存在していたなんて思いもしない。

 

 ララが魔族の力を使いたがらないのは、その力を受け継いでしまっているからだろう。

 

「分かった。お前に魔族の力を使わせるようなことは言わないし、させない」

「……」

「だけど困ったな。人族の魔法は魔族のそれと発動方法は基本的に同じだ。呪文が違うだけでやってることは同じだし。この分だと、人族の魔法は粗方呪文無しで使えそうだぞ」

「……でもどんな魔法があるのかは知らない。知らなかったら想像もできない」

「それもそうか。なら少し方針を変えて、どんな魔法があるかを教えて、それを一通り真似るようにしよう。その都度、解らないことがあればそれを教えよう」

「……うん!」

 

 ララは笑みを浮かべて頷いた。

 

 少し、ララの性格というか、内面的なことが解った気がする。

 

 普段のララの口調は大人びたもので、「ああ」や「~だ」のようなものだ。

 だけど心が動かされるような喜びを感じた時には「うん」や「~よ」と、年相応の子供らしさが現れる。

 

 たぶんだが、半魔ということで孤独を感じ、病弱な母と暮らしていくには大人という虚勢を張らなければいけなかったんだ。そうすることで、自分の心を守っていた。

 

 俺もそうだったから解る。孤独で生きるには、そうしないといけなかった。

 

 なのに、俺は……ララを裏切っている。

 

 やっと出会えた同族。だけどその同族は両親の仇。

 それを知った時、ララの心はどうなってしまうのだろうか。

 ララから憎しみの目で見られることは怖い。

 だがそれ以上に、ララの心が壊れてしまうのではないかと、別の怖さが生まれた。

 

 楽しそうに魔導書を読むララを見て、俺は心が潰れていくような感覚を味わった。

 

 

 

 船旅もいよいよ四日経ち、目的の港が見えてきた。

 

 ララは渡した魔導書の殆どを覚え、呪文無しに魔法を発動できるようになった。

 今は風を起こす魔法で船を進め、船乗りのエルフ達から拍手喝采を受けている。

 魔力の出力コントロールも申し分ない。これならば精霊を介した魔法でも失敗することはないだろう。

 

 本当にララは魔法の天才だ。それが血なのかはさて置き、ララ自身魔法を学ぶことが好きであり、魔法を愛し魔法に愛された存在とでも言うべきだろうか。

 

 それならそれで、気になる事もある。

 

 ララは聖女だ。それは間違いない。ララの背中一面には聖女の刻印である赤い翼があった。

 聖女はその種の滅びを救う為の力を持っている。

 

 それであるならば、ララの聖女としての力はいったい何なのか。

 魔力、魔法力、魔王の力、そのどれもが可能性として当てはまる。

 

 それに、校長先生が仰っていた『予言』についてもまだ聞かされていない。

 俺とララが大きな選択を迫られると言っていたが、それも聖女に関係するものなのだろうか。

 

 分からないことが多すぎる中、今それを考えてもどうしようもないと思い至り、頭の片隅にでも投げ捨てて置いた。

 

「嬢ちゃん! もう魔法は止めて良いぞ! あとは自然の風に任せりゃ良い!」

「わかった!」

 

 風の魔法を止めたララは、甲板の端にいた俺の隣に移動し、港を見た。

 

「私はてっきり北の大陸に行くのかと思ってた」

「それはいくらなんでも無謀過ぎる。魔王が居なくなったとしても、魔族の力は油断できない。あのウルガ将軍が使っていた飛行魔法……あれは見たことが無い。たぶん、この五年で新しい力を付けているはずだ。だから、俺一人じゃ心細くてね」

 

 東の港を出港したこの船は、北ではなく更に東へと向かった。

 

 東の大陸――人族の大陸に、俺達はやって来たのだ。

 

「私、聞いたぞ? 人族はセンセのこと、あまり良く思ってないって」

「まぁ……国のお偉いさんはそうだろうな」

「……英雄ってのに、関係があるのか?」

 

 ――心臓が破裂しそうだった。

 

 今此処で打ち明けるべきか、一瞬だが迷った。

 だけど打ち明けられなかった。

 

 その英雄という称号は、今の俺にとって海の底へ投げ捨てたいと思える物だった。

 

「……半人半魔である俺が、勇者達と肩を並べて戦っていたのが気に食わないんだよ」

 

 嘘とも本当とも取れる言葉を並べて誤魔化した。

 

 ララは「酷い国だなぁ……」と冷めた目で港を見ていた。

 

 ララに真実が伝わるのは、この大陸にいる時かもしれない。

 そんな嫌な予感が、俺の心臓を撫でた気がする。

 

 そんな俺の気持ちを余所に、船は港へと着港した。

 あまり気の進まない足取りで、俺は五年ぶりの大陸に足を踏み入れた。

 

「じゃあな、旦那に嬢ちゃん。俺達は此処で補給してから国に帰る」

「本当に助かった。ありがとう」

「船旅、楽しかった」

「……気を付けてな」

 

 俺とエルヴィス船長は握手を交わして別れた。

 ルートにララを乗せ、俺は手綱を引いて前を歩く。

 

 この港は五年前と変わっていないようだ。エルフ族の船から降りてきた俺達が珍しいのか、彼方此方から視線を向けられるが、それらを無視して港から出て行く。

 

 次の目的地は此処から一日もしない所だが、足取りが重い。

 

 永遠に辿り着かなければ良いのにと、そんな悪い考えが頭を過ってしまう。

 

 だがそうも言ってはいられない。

 俺はこの大陸に、嘗ての友に、力を借りに来たのだから。

 

「センセ、これから何処に向かうんだ?」

「……此処からそう離れていない所にゲルディアスと言う王国がある。そこに……そこに知り合いがいる。その人に力を借りる」

「……勇者?」

「そう、勇者」

 

 勇者……そう、勇者。俺と大戦を戦い、生き抜いてきた勇者。

 

 最後は喧嘩別れのような感じになってしまったが、兄弟のように育ってきた。

 

 兄弟……兄弟ね。自分で言ってて、笑えてくる。

 何が兄弟だ。俺には勇者のような力は無い。戦うことができても、同じ力は持っていない。

 アイツらだって兄弟とは思ってないだろう。

 

「……センセ、勇者と仲が悪いのか?」

「どうだろうな。まぁでも、悪い奴らじゃない」

「私が魔王の娘って知ったら、どう思う?」

 

 俺は足を止め、ルートに乗っているララを見上げる。

 

 しまった……俺はまたとんでもない間違いを犯してしまった。

 

 表向きでは勇者達が魔王を討ったことになっている。

 なのに俺は自分のことで頭がいっぱいだった。真実を知らないララにとって、仇は勇者達だ。

 

 俺はララの気持ちを置いて、先走った行動に出ていたことを悟った。

 

「ララ……すまない。お前の気持ちを考えてなかった。ああそうだよ、くそ……お前にとって勇者は……」

「センセ、勘違いするな。前にも言ったろ? 復讐心を抱くには、父を知らなさすぎるって。だから私が勇者達に対して思うことは何も無い。ただ向こうが何て思うか……」

 

 ララは不安そうに目を伏せた。

 

 きっとララは勇者達に魔王の娘として見られ、父親と同じように討たれるのではないかと怖がっているのだろう。

 

 ララを怖がらせるような真似をした俺が恥ずかしい。勇者達の事情や人柄を知っているのは俺だけだ。ララは何も知らないのに、俺はララに何も言わずに此処まで来てしまった。

 

 教師どころか、大人失格だ。

 

「……ララ。勇者達はお前を悪く思わない。それどころか、お前の優しい心に共感して力になってくれる」

「私が優しい?」

「穏健派を助け出そうとしてるじゃないか。勇者は人族の味方じゃない。正しき者の味方だ。お前は正しい。だから勇者はお前の味方になってくれる」

「……もしなってくれなかったら?」

「俺がお前の勇者になってやる」

「――」

 

 それは本心から出た言葉だ。

 

 まったく酷い男だルドガー。お前はいずれララを裏切るクソッタレだと言うのに、ララを安心させたい一心で酷い嘘を吐くなんて。

 

 だがどうしても俺は、ララの勇者になってやりたいと思った。

 

 この矛盾を孕んだ願望が、どのような悲劇を齎すのかは分からない。例え勇者達がララの敵になったとしても、俺だけは最後までララの勇者でありたい。

 

「……ありがと、センセ」

「……どういたしまして」

 

 俺はルートに上ってララの後ろに跨がる。

 手綱をしっかりと握り、ルートを走らせた。

 

 目指すはゲルディアス王国の第二首都リィンウェル。

 

 そこに、『彼女』はいる――。

 

 


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