魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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お待たせしました。
これで戦いは終了です。
随分と長くしてしまいました。


第107話 犠牲

 

 

 気付けば、俺はさっきまでとは違う場所に居た。

 服装も、ラフな格好になっている。

 

 見覚えのある光景だ――長年此処で暮らしていた気がする。

 

 石造りの家で、まるで岩山をくり抜いて広がった秘密の城と言ったところだ。

 

 覚えている――此処は嘗て親父達と住んでいた隠れ家だ。

 

 人魔大戦に参加する時に破棄してからは帰っていない。

 どうして此処に居るのか分からない。分からないが、懐かしい気持ちになり歩いて見て回る。

 部屋や廊下は昔と何ら変わらず、まるで今も誰かが生活しているようだ。

 食堂、子供部屋、学習部屋、浴室、全てあの時のままだ。

 

 そう、俺達がまだ幼い子供の時と同じ――。

 

「……何が起こってる?」

 

 バタバタバタ――!

 

「っ……」

 

 複数の小さな足音が聞こえた。子供が走るような、そんな音だ。

 その足音を追いかけ、廊下を進んでいく。

 

 確か、この先は――記憶が正しければ親父の部屋だ。

 

 その予想は正しく、目の前に扉が現れた。

 親父の部屋だ。子供の頃、部屋に何度も入ろうとして怒られたのをよく覚えている。

 

 扉の取っ手に手をゆっくりと伸ばし、指先が触れる。

 

「……!」

 

 扉の向こう側から、気配を感じた。

 何者かが、部屋の中に居る。

 武器は何も無い。其れ処か、よくよく確かめてみれば魔力も感じられない。

 

 いったい何が何だか分からないが、俺はこの扉を開けて、向こう側に居る誰かと会わなければならない。

 

 そう感じ、扉を恐る恐ると開く。ギギギッ、と扉が軋む音を鳴らして押し開く。

 

「――――ぁ」

 

 真っ先に目に入ったのは、長い銀髪だった。美しい銀細工のような髪を垂らし、背中を此方に向けているその人を、彼を――俺は知っている。

 

 彼は机に向かって本を開き、ペンを握ってノートに何かを書き連ねている。

 その彼の背中を見つめていると彼の肩がピクリと揺れ、動きを止めた。

 

 そして此方へと振り返った。

 

「……何だ、ルドガーじゃないか」

「――――親父」

 

 その彼とは――ヴェルスレクス・エルモール、俺の親父だった。

 

 親父の顔は魔王になる前の穏やかで優しさに溢れるものだった。

 

 目尻に皺が見える……魔王になる直前の姿だ。

 

「どうしたんだい? そんな所に突っ立って」

「……」

 

 これは……幻想だ。現実じゃない。

 

 だけど、俺には分かる。目の前にいる親父は本物だ。偽りじゃない。

 

 そう断言できると、俺の魂が訴えている。

 

 なら此処は……あの世とでも言うのか? 俺は――死んだのだろうか。

 

 死んだとしたら、此処は地獄なのだろうか。地獄の檻が嘗ての住まいとか、何だか拍子抜けしてしまう。

 

「早く扉を閉めて、そこに座りなさい」

「……あ、ああ」

 

 親父に言われるがまま扉を閉めて中に入り、空いている椅子に座った。

 

 親父が開いていた本を閉じると、本やペンが独りでに動いてしまわれていく。そして親父が指を鳴らすと、石の床からテーブルが音も無く生えてきて俺と親父を隔てる。何処からともなくポットとティーカップが飛んで来て、飲み物をカップに注いでテーブルに置かれていく。

 

 そう言えば親父の魔法もエルフの学校、アーヴル学校で見ているような高等なものだった。

 

「ほら、角砂糖は三つだったね?」

「……それは子供の頃の話だ」

「おや? そうだったね……」

 

 あの頃は砂糖なんてそれなりに高価な贅沢品だったのに、親父と二人で飲む時は弟妹達には内緒で多めに入れていた。

 

 親父がお茶を啜るのを眺め、俺は親父に思ったことを訊く。

 

「……俺は、死んだのか?」

「……此処に来たということは、そうなんだろうね」

 

 親父はそう答えた。

 

 やはり、俺は死んだのか。

 ま、それはそうか。あんな致命傷を負って、呪いにも蝕まれて、生きているはずもないか。

 

 死んじまった……。ララに帰ると約束したのに裏切ってしまった。

 アーサーを殺して、カイを見捨てることになって、何も救えずにくたばっちまった。

 

「……っ」

 

 結局何もできなかった自分が憎い、悔しい。

 俺は兄としても、人としても、勇者としても出来損ないだったようだ。

 泣く資格など無いというのに、知らず知らずの内に涙が零れ始める。

 

「驚いたな。お前が泣くところなんて、初めてみたよ」

「……うるせぇ」

「聞かせておくれ。私が死んでから、お前が経験したことを」

 

 俺は親父に全部話した。

 

 親父を殺してから居場所を探して世界を巡り、エルフの国に行き着いて教師となり、ララと出会って予言に纏わる旅をしてきたこと、その全部を話した。

 

 親父は微笑みを浮かべたまま話を聞き続け、時折相づちを打っては反応してくれる。

 

 最初は何て言葉にしたら分からなかった。戸惑いもあったし、久しぶりに親父と会って緊張もしていた。だけど話していく内に舌は回り、親父に思い出を語るのが楽しくなっていた。 

 

 いつの間にかカップのお茶は無くなり、長い時間が流れていた。

 

「そうか……お前には苦労をかけたね」

「苦労……だったんだろうか。自分なりに楽しんでいた気もするけど」

「……ララも元気そうで何よりだ」

「あ、そうだよ。確かに娘がいるってのは聞いてたけどさ、半魔だなんて聞いてねぇぞ」

「できるだけ存在を秘匿しておきたかったのだよ。少なくとも、父である私はね」

「……俺にララを託したのは、予言を知っていたからか? 守護の魔法まで掛けて」

 

 俺はこの際、今まで気になっていたことを訊くことにした。

 親父が何を考えていたのか、どうして俺を育てたのか、どうしてエリシア達を勇者にしたのか。今まで謎だった部分を張本人の口から語ってもらおうと考えた。

 

 親父はポットのお茶を魔法で温め直してカップに注ぎ、一度飲んでから口を開く。

 

「それは――もういいだろう。全部終わったことだ」

「……何だよそれ? 教えてくれたっていいじゃないか」

「それを言ったところでもう意味は無いよ。お前の役目はもう終わった。もう何も背負うことなく、ゆっくり休めば良いさ」

 

 到底納得いく筈もない答えだった。モヤモヤしたものが心に残ったが、確かに――もう俺の役目は終わった。満足のいく結果ではなかったにしろ、もう死んでしまった俺がこれ以上考えても仕方のないことだ。

 

 ゆっくり休めと言われても、地獄でそうそう羽を伸ばせるとは思えないが。

 何にせよ、もういいんだ……。もう何も考えないで済む。

 最後に親父とこうして話せただけでも幸運だった。

 

 もう……良いんだ……。

 

 

 

 ――――センセ。

 

 

 

「……」

 

 声が聞こえた。後ろからだ。

 振り返って見るも、何の変哲も無い扉があるだけ。

 気のせいだと思い、扉から視線を戻す。

 

 

 

 ――――センセ。

 

 

 

「……!」

 

 聞こえた。気のせいなんかじゃない。確かに声が聞こえた。

 ララだ……ララの声だ。ララの声が聞こえた。

 

「……ルドガー」

「っ……親父、声が……声が聞こえる。ララの……ララの声が」

「……どうやら、お前はまだ此処へ来るべきではなかったようだね」

 

 親父は立ち上がり、俺の後へと移動し、扉を開いた。

 扉の向こう側は見慣れた廊下ではなく、青い輝きを放つ光の空間だった。

 

 その光から、見知った気配を感じ取った。

 

 これを、この青い輝きを俺は知っている。

 

 俺の大事な家族……大事な弟の輝きだ。

 

 その光はまるで俺に進むべき道を教えるかのように、強く強く光照らす。

 

「まったく、あの子は……。だが、これも私の咎か」

 

 親父はそう呟くと、俺に身体を向ける。

 

「ルドガー。先の言葉は訂正しよう。お前にはまだ役目がある。まだ死んではならない」

「親父……?」

「お前に伝えなければならないことがある。だがそれを全て伝える時間は無い。だからこれから言うことをしっかりと守りなさい」

「ちょっ、待てって親父! いったいなにを――」

 

 親父が魔法で俺を青い光の前まで引っ張り出す。前に立った瞬間、青い光が俺を絡め取るように包み込む。身体が引っ張られる感覚を味わい、その場に踏み止まる。

 

「光の予言書と闇の予言書を見つけ出しなさい。光はエルフの国に、闇は魔の国にある。二つが揃ったとき、世界の真実が暴かれる」

「くっ――」

 

 引っ張られる力が強まり身体が持って行かれそうになるが、親父の腕を手を掴んで踏み止まる。

 

「いつの日か必ず、お前はいくつもの決断を迫られる。その時、自分を信じなさい。予言や運命や責任感に縛られず、自らの想いに従って突き進みなさい」

「親父――!」

 

 親父の顔が見えた。

 

 親父は優しく微笑んでいた。子供を見送るような、父の愛情に溢れた微笑みを。

 

「お前が何者であろうと、お前は私の子だ。私はお前を誇りに思っている。それを決して忘れるな」

 

 親父の手が俺の手を離す。

 俺は急激に強くなった光の力によって引っ張られ、光の中へと吸い込まれていった。

 

 もう親父の声は聞こえなかった。

 だが口の動きで、親父の言葉が理解できた。

 

 ――ララを頼む、真の勇者よ。

 

 

 

    ★

 

 

 

 覚醒した瞬間、身体の内から温かい力が漲った。受けた傷が瞬く間に治り、身体に力が入る。空になっていたはずの魔力が蘇り、身体を蝕んでいた呪いが一気に抑え込まれていく。抑えきれない魔力が身体から溢れ出し、覚醒の咆哮を上げた。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 飛び起き、目の前にいた『魔王』をぶん殴る。拳が頬を捉え、そのまま捻じ込むように拳を振り抜く。魔王の顎が砕け散る感触を拳に残し、そのまま魔王を殴り飛ばす。

 

 一瞬で何もかも理解した。何が起こったのか、どうして魔王と俺が蘇ったのか、その全てを俺の身体に『打ち込まれた』クリスタルが教えてくれた。

 

「魔王ーーーーーーーーッ!!」

「馬鹿な!? 確かに死んでいた――」

 

 蘇った俺に驚愕している魔王に突っ込み、鼻っ柱を殴り付ける。魔力を込めた一撃により、魔王は上半身を大きく跳ね上げ、血を吹き出す。

 そのまま俺は魔王の身体に拳のラッシュを叩き込む。相手に呼吸をさせる暇を与えず、防御を取る余裕さえ与えず、逃げる隙させ与えず、絶え間なく拳を叩き続ける。

 

「オオオオオオオ!!」

 

 顔面を殴り付け、地面に沈める。右脚に魔力を集中させ、魔王の腹に蹴りを叩き込む。

 魔王は身体をくの字に折り曲げ、宙に浮かぶ。魔王が地に落ちる前に回し蹴りを放ち、魔王を壁まで吹き飛ばした。

 

「ナハトォ!!」

 

 手を地面に落ちているナハトに伸ばして引き寄せる。ナハトを掴んだ途端、体内の魔力が更に膨れ上がる。その魔力を抑制することなく、力に身を任せて完全に解放する。

 

『ヴォオオオオオ!!』

 

 内なる魔を完全に解放し、俺は再び魔へと転じた。漆黒の鎧殻が全身を覆い、一対の黒い翼が生える。人の身ではどんなに魔力を振り絞っても到達できない強大な力を引き出し、ナハトへと送り込んでいく。剣身から青い魔力が吹き出し、大気を震わせる。

 

 魔力を集束させたナハトを何の躊躇いも無く振り下ろし、魔王に向かって力を解き放つ。

 空間を突き破る轟音と共に青の一撃が放たれ、壁にめり込んでいる魔王を飲み込んだ。

 前方の障害物を全て消し去り、強烈な衝撃を生み出しながら伸びていく魔力は次第に萎んでいき、やがて完全に収まった。

 

 魔王はその一撃を凌ぎきっていた。どうやら魔力障壁を直前に展開したようで、直撃を免れていたようだ。

 だがそれでも身体の節々がロウのようにドロドロに溶けており、無事では済んでいなかった。

 

 魔王は膝を着き、顔の半分を溶かした状態で睨み付けてくる。

 

「おのれぇ……! この不完全な身体でなければ……!」

『……』

 

 俺はナハトを構え直す。

 だがその直後、急激に力が抜けていき、変身が解除されて膝を着いてしまう。

 まだこの力に身体が追い付いていないようだ。いきなりの大きな負担に身体が耐えられていない。

 

「っ!」

 

 俺が膝を着く様を見て隙だと思ったのか、魔王は自身の背後に黒い光の空間を作り出す。フラフラと立ち上がって、その空間へと下がっていく。

 

「今は退こう……! いずれこの身体を完全へと至らしめたその時、再び相見えよう。それまで、精々己の後悔に苛まれるがいい!」

「待て――!」

 

 魔王は空間の中に倒れ込むようにして入り込み、姿を消した。黒い空間は消え去り、魔王が完全にこの場から逃げ出したのだった。

 

 魔王を取り逃がしてしまったことに歯痒さを感じたが、そんなことよりも優先しなければならないことがある。

 

 俺は立ち上がり、ガクガクと震える脚を動かして後ろへと走り出す。

 そこには、シオンに身体を抱きかかえられたカイが横たわっている。

 

「カイ!」

 

 カイの下に駆け寄り、顔を覗き込む。

 カイの顔からは生気を感じられず、胸元は血で真っ赤に染まっていた。

 

「カイ、何てことを……! 今からお前にクリスタルを戻す!」

 

 俺は自分の中に埋め込まれたカイのクリスタルを抉り出そうとしたその時、その手をカイが止めた。

 

「カイ、離せ!」

「……だめ……です……それは……もう……おおあに……うえの……命……」

「っ……!?」

 

 俺はこのクリスタルの力によって蘇った。それを抉り出せば死ぬのは確かに道理だ。

 だが、弟の命と引き換えに生き長らえるなど認められるものか。

 

 俺はカイの手を外そうとした。

 だがカイの手は外れなかった。力無く震えているというのに、俺の手を絶対に離すものかと引っ付いて離れない。

 

「ぼく……は……たすから……ない……ですが……それで……いい……」

「良いわけあるか……! お前が死ぬなんて認められるか!」

「ぼく……おおあにうえの……おとうとで……よかった……」

「っ――」

 

 何で……何でそんなにお前は俺のことを……!

 俺はお前を助けることができなかったのに、エリシアを助けるためにアーサーを殺してお前を見捨てるようなことになったのに……!

 どうしてお前はまだ俺を兄として見てくれているんだ!

 

「し……おん……」

「お兄様……?」

 

 カイは俺から手を離し、シオンの頬に手を添えた。

 

「ごめ……んね……」

「……謝るくらいなら、最初からしないで下さい。クソ兄なんて放っておけば良かったんです」

「ははっ……そんな……こと……言わないで……シオン……」

 

 ――――愛してる――――。

 

 カイの手が、シオンの頬から零れ落ちた。カイの瞳から光が消え、呼吸を止めた。

 

 愛する妹の腕の中で、カイは永遠の眠りについてしまった。

 

 シオンはカイの瞼を閉じさせ、ボロボロと涙を流してカイを抱き締める。次第に嗚咽が大きくなっていき、嫌に静かになった空間に木霊する。

 

 シオンの慟哭を耳にしながら、俺は一つの現実を突き付けられた。

 

 俺は二人の弟の命を奪ってしまったのだと――。

 

 

 

    ★

 

 

 

「……来てしまったのかい」

「……父上?」

「……さぁ、こっちに来なさい。温かいお茶と甘いお菓子を食べながら、色々と話をしよう」

「……はい。色々と、恨み辛みがありますからね。そうですね、ざっと十数年分」

「それはそれは……。いいとも、暫くは二人きりだ。じっくり聞かせてもらうとしよう」

「それじゃあ、早速。よくも僕達にあんなものを植え付けてくれましたね?」

 

 

 

 

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